私は銃口を向けた
二話完結予定のショートホラーです
ずっと外国人に憧れていた。
音楽も映画も小説も海外のものがずっと好きだった。
自分が稼いだおかげで自由に旅をするようになってから、外国人になれば責任もなく自由に生きられることを確信をした。でも、その確信ができたのは、弁護士という仕事のおかげだ。私の仕事は日本の主権が及ぶ範囲でしか成立しない。外国人になったら、自分の食い扶持が稼げない。だから、旅行者として外国人を満喫している。外国人でいられる場所が私の本当の居場所で、仕事はそのための手段に過ぎない。仕事と結婚した女、と影で言われていることは知っているが、冗談じゃない。仕事なんかと結婚するわけないでしょう。
そもそも私は結婚には縁がない。外国人と結婚するとか、海外に赴任する日本人と結婚するとか、そのどちらかができたら私は憧れの外国人になれたはず。でそれなのに、私は弁護士になってしまった。確率的にどちらが低いかと言われたら弁護士になる方だろう。だから、私は納得していた。結婚に縁がないのも当然だわ。だって、自分だけの力で外国人になることができる、自分の居場所を確保することができるのだから。
同僚の二十代の若い女の弁護士が大きなミスをしたのか、ボスの部屋で罵声を浴びせられているのがガラス越しに見える。声は漏れてこないが、口の動きが丸見えだ。
私はボスの口の動きに合わせて心の中でアフレコをする。
「袴田~、こんな簡単なこともできないのか? 今頃クライアントは話してるぞ、あんな『バカまだ』なんて弁護士雇ってる事務所は切った方がいいんじゃないかってな、おまえのせいでこの事務所の信用に傷がつくんだよ、わかってるのか?」
その後彼女はしばらく席に戻ってこなかった。一人でトイレで泣いていたのだろう。心配はない。私だって新米の頃はやらかした。
「蛭田、おまえみたいに使えない奴は昼飯なんて食ってる場合じゃないぞ、蛭田は昼飯ぬき!」何度言われただろう。罵声も嫌になるほど浴びた。でも、泣いたりはしなかった。
「可哀想なヒルダ」私は自分の苗字と同じ名前を持つドイツ人の女性を心の中に作り出した。
「私に罵声を浴びた上司にどうやって復讐するか一緒に考えましょう」そうやって私は泣く代わりに復讐の計画を練った。もちろん復讐は成就しなかった。思いつく方法はいつもあまりにもくだらなくて、自分のバカさに嫌気がさしておしまい。彼女も泣いたことをすぐに忘れるだろう。あの程度で泣くなんて涙の無駄遣いだ。失敗はいまのうちだけ。経験を積めば失敗をしなくなり、やがてアラフォーと言われる年齢になれば、私のように苗字さえも呼ばれず、ただの『先生』というのが通りなる。蛭田那奈という私の名前を書面では見かけても、この名前を口にしてくれる人は誰もいない。名前をからめて罵声を浴びるのは、若いうちしかできないのよ。
3か月前、クライアントからの要請で、契約に立ち会うため九州のXX市へ出張することになった。契約は午前中の早い時刻、打ち合わせは前日に行う。現地で一泊する必要がある。
XX市は世界有数の半導体メーカーY社の誘致に成功し、最新鋭工場が完成したことで、錚々たるグローバル企業のオフィスと関連工場が世界中からこの地に集結し、新しいホテルも複数開業していた。プライベートの旅行では、私は最高級のホテルしか利用しない。仕事で出かけるときにランクを落とす必要もない。とはいっても、もともとビジネスホテルと観光旅館でさえ持て余していた土地だろう。新しいホテルといっても、たいしたことはないだろう。私は半ば見下すような気持でネットで情報を探すと、ここならいいかな、と思えるホテルが一件だけ見つかった。ホテル・サンタ・アナ。住所はxx市アルマス通り。
確かに、京都には、通りの名に「上る」「下る」「東入ル」「西入ル」がつく住所が許されている。このホテルの住所は、敷地を貫く「アルマス通り」という通りの名前だけで番地もつかない。
何よ、これは? しかも価格設定が恐ろしく強気だ。
なんてふざけたホテルよ! 私は心の中で呆れるように笑った。いいわ、どんな場所だか見せてもらうわ、どうせたいしたことないでしょうけど…。
待っていなさいよ。私は期待をした。ホテル・サンタ・アナに期待したのではなく、このホテルにどれだけおツッコミを入れられるかを期待したのだ。
朝の飛行機で羽田からXX市へ飛び、打ち合わせを終えて、夕方ホテルへ到着した。
高台にある客室から海を見下ろせば、陽は遥か先へと連なる島々を超え西の果てへと落ちる。私はこの景色に言葉を失った。
やがてクライアントの担当者が3名、ホテルにやってきた。彼らのオフィスからはタクシーで15分。ホテルの中のレストランをディナーの場所にセッティングしてくれた。
ディナーの席は辛かった。食事があまりに素晴らしくて、「明日は大事な仕事、今夜はクライアントの前で酔った姿を見せるわけにはいかない」そう自分に言い聞かせてワインを自制するのが本当に辛かった。彼らと別れた後、最上階のバーへ一人で向かった。私はバーカウンターへ通された。テーブル席はスーツ姿の男たちと、どこから現れたのか高そうな洋服を着た美しい女たちでいっぱいだった。海に面したリゾートホテルであり、夜はビジネスの社交場。しかも半導体工場は24時間操業している。夜のXX市はSF映画に登場する巨大な未来都市。私はここでも言葉を失った。
部屋に戻れば天国のようなベッドと、うっとりするような空間の意匠に私は包まれた。満足したホテルの名前はいくらでもあげられる。でも、横になったまま時間が停止して永遠に起きていたい、こんな気持ちになったことはない。
私は決めた。次の休暇はここで過ごそう。そのために、それまでは頑張ろう。
私はいまホテル・サンタ・アナに滞在している。
チェックインに際し、普段聞きなれない「蛭田様」という名前を呼ばれる。するとあのドイツ人のヒルダが私の前に現れる。復讐を成し遂げたかのように満足げな笑みを浮かべて私を待っている。私の休暇はこうして始まる。
一人で過ごしたいから旅行には一人で行く。それが性に合っているのだろう。単なる慣れかもしれないけれど。それでも、ときには闇のような寂しさに襲われる。街を見て買い物をするのは、寂しさを埋め合わせているだけだと思いしることもある。今回は違う。ホテル・サンタ・アナで私は満ち足りている。見たい景色も欲しいものも退屈もない。この場所が私の世界のすべてだったらと夢を見る。従業員は完璧な距離と時間的間隔を保ちながら私をかまってくれるし、話し相手が欲しい時には、絶妙なタイミングでヒルダが私の中に現れる。
ラウンジにあった写真集をめくりながらコーヒーを飲んでいたら、眼鏡をかけたグレーのスーツの女がパソコンに向かっていた。キーボードに触れる代わりに、指先は髪の毛をいじり、所在なさげにパソコンの画面を見ていた。
「所在なさげじゃないわ、あれはすべて演技」頭の中にヒルダの声が聞こえる。
「そうなの?」私は声を出さずにヒルダと会話を始める。
「あの胸元、誰でも目が行っちゃうでしょう? 獲物のおでましよ、ほら!」
男が一人彼女に向かって歩いていく。彼女は男に気がつかないふりをして、いよいよつまらなそうな顔になる。男が女に声をかけた。女はゆっくりと顔をあげ、一瞬驚いた表情を作り、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「彼女は中国企業に雇われたスパイよ」ヒルダが言葉を続ける。
「あの男は利用されるということ?」私は相変わらず声を出さずに喋る。
「そうよ」
「恐ろしいわね」
「そう、恐ろしいわ、だって失敗したら彼女は殺されるのよ、代わりはいくらでもいる、貧しい農村出身の彼女にはこの方法しかなかったのよ」
「人生を変える方法?」
「違うわ、他の人生を送る方法よ」
こんな調子でヒルダは私を楽しませてくれる。
ヒルダがいなくなる瞬間を私は知らない。いつの間にかいなくなり、次に現れるまで私はヒルダを忘れてしまう。
土曜日は結婚式が行われた。吹き抜けのロビーの螺旋階段を、新郎新婦は手を取り合っておりてくる。周りにいたすべての人々が心から祝福をした。花嫁はそれほど若くない。私と同年代か、もしかしたらもう少し上の40代かもしれない。結婚には縁がないと当然のように思っていた。ウェディングドレスの女に出くわすたびに、「絶対に視線を向けるものか」と意地を張って歩いてきた。注目されたい人間に嫌がらせをするには、存在を無視することが最善だ。それなのに、今日に限っては眩しくて美しくて、柄にもなく私は目に涙をためながら拍手を送っていた。花嫁の年齢など関係ない。たとえ新婦が60代でも私は心から祝福していただろう。
ホテル・サンタ・アナの結婚式は幸せの魔法だ。
私も一度は結婚するべきかもしれない。上手く行かなくても気は澄むだろう。やった後悔より、やらなかった後悔の方が大きいというのは本当かもしれない。
日曜日の朝、まどろみながら考えていた。
それにしても、どうしてこんなに居心地が良いのだろう。私はずっとこんな場所をもとめていたのではないかな。
「旅」という漢字は、住んでいた場所を追われるような、強いられる移動を表すものだったと聞いたことがある。旅は楽しみやレジャーではなかった。かつて、住む場所がある人間は旅などしなかった。現代では、旅は喜んでするものだ。定住と旅は、本来相反するものだが。たいていのことがそうであるように、相反する二つのものは一人の人間の中に共存する。共存の配合が似たものどうしは共感をし、共感が行き過ぎればそれが人類共通の認識だと勘違いをする。バランスが悪い人間も常にいる。旅行なんて行かずにずっと家に閉じこもっていたいという人間がいれば、家になど何の愛着もなくずっと旅をして過ごしたいと願う人間もいる。休暇に入り旅に出たばかりの私は、バランスの悪い後者に憧れる。休暇の終わりが近づくにつれ、いまが非日常であり、帰るべき日常があることを、抵抗なく受け入れる。ホテルは非日常を過ごす人間が集まる場所。だから私も非日常を過ごせる。それでいいじゃない。そうやって私は気持ちよく旅を終わらせてきた。
それなのに、今回はそうならない。
非日常を引き延ばして、日常に変えてしまいたい。その欲求が抑えられない。今日チェックアウトするなんてあまりにも悲しい。
ホテル・サンタ・アナには連泊は6泊までというルールがある。一週間を超えて滞在することはできない、というのが建前だ。ルールは交渉で変えられる、こんな当たり前のことを世間の人たちは知らない。こちらは一週間連泊している。ホテルにとっては上客。融通が利かないはずがない。
私はガバっとベッドから立ち上がり、自信満々にフロントに電話を入れたが、電話に出た若い女性は慣れた口調で私の要求を却下した。私が落ち着いて「上の人間と話したい」と告げると、彼女は困った様子もなく「かしこまりました」と言って、ルーティーンのように上司の男性につないだ。私はまず、部下の女性の対応が素晴らしかったと伝え、そのうえで滞在を延長したい旨を申し出た。彼も部下の女性と同様、私を交渉のテーブルにさえつかせない。
「申し訳ございません。おかげさまで当ホテルは連日フル稼働でございまして、ご滞在のご延長をお受けしたくてもお部屋がご用意できないのです」
「では、体調を崩してもう一泊させてほしいというお客様にはどう対応されるのですか?」
「はい、そういった場合は市内の別のホテルに送迎をさせていただいております。10分ほどご乗車いただく必要がございますが」
取り付く島がない。
何とも言えない気持ちになったが、落ち込む前に私は身体を動かした。バスタブにお湯を張り、表面をすべて入浴剤の泡で満たした。水に流すとはよく言ったものだわ、ゆっくりとお湯に漬かると、身も心も頭の中のわだかまりも、すべてグニャグニャととろけていった。
混雑する時間を避け、少し早めにフロントに向かった。
「チェックアウトでございますか?」アナと言う名札を付けた女性が私に微笑んだ。
ホテル・サンタ・アナで働くアナ、まるでホテルの一部のようだわ。そんなことを思いながら、彼女と視線を合わせた。まだ二十代後半だろう。いわゆる、若くて美人の部類だ。そういえば、「若くて美人」とは言うが、「美人で若い」とは言わない。「若い」が「美人」の前に来る、それだけ価値があるということ? 若いうえに美人だったら鬼に金棒ってこと? 私は数分後にここを去らなければいけない。彼女は残る。若くて美人だから?
財布を取り出すためにバッグを開けた。一番上にピストルが入っている。見てはいけないものが目に入ってしまった。目をそらそうと私は顔をあげた。アナが微笑んでいる。すっとぼけたような顔で。なるほど、と私は納得をした。殺意はこうして生まれるのだ。
私は彼女に銃口を向けた。
ほんの一瞬、彼女は驚いた表情を見せたがすぐに笑顔を取り戻し、そして言った。「意外と当たりませんよ」
そのとき、カウンターの下から何かが飛び出し、私の下腹部に強烈な一撃をくらわせた。痛みで声が出ない。私は意識を失った。
目が覚めると、日本の刑事ドラマに出てくる取調室のような場所にいた、右手の壁には外の見えない窓、その奥にはドア、左手はただの壁、私は折り畳みの椅子に座り、目の前には横長の机、向こう側には折り畳みの椅子が二つ、その奥は壁。天井の監視カメラが私を睨んでいる。薄明りだけがついていてすべてがモノクロだった。
ドアが開き、ひとりの男が入ってきた。光沢のあるグレーのスーツ、渋いボルドーの無地のネクタイ、白のワイシャツ、表情は険しい。私に一瞥さえもくれずに黙って椅子に座った。男が座るのと入れ替わるように、私は立ち上がり。「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。男が反応するまで上半身を45度傾けたまま保とうと決めた。この最敬礼で、たいていの場合は印象をよくすることができる。
男は私の顔を見て表情を崩した。意外といい男だ。年齢は不詳。「お座りください」声も優しい。私は恭しく腰を下ろした。
「おかしなことでしたかはありませんでしたか?」
おかしいと言われたら、すべてがおかしい。「バッグの中にピストルがありました」
「あなたのものですか?」
「まさか」
「では、誰かがいれたものでしょうか?」
「いつ? どうやって?」
私の質問に男はもったいをつけるように微笑んだ。
「刑事さん」一生口にすることがないはずの言葉が、私の口から出てきた。
「私は刑事ではありません」男は言った。
「え?」
「今はあえて名乗りませんが、いずれわかります」男は一呼吸置くと言葉を継いだ。「種明かしをしましょう。あなたはピストルをかまえた。時々いらっしゃるんですよ、チェックアウトの際に殺意を顕わにするお客様が。私はあなたの殺意を感知し、このホテルをトラブルから守った。仕事ですから。まあ、弁護士さんの仕事も似たようなものでしょう」
雄弁さなら自身のある私が言葉につまった。
「あなたはこのホテルをたいへん気に入ってくれた。もっと長くここにいたいのに、今日チェックアウトしなければいけない。ここに残る人を羨ましく思った。ですよね?」
「整理すれば、そうなります」
「つまり、嫉妬が殺意に変わった」彼は少しだけ間を置いた。「まあ、弁護士さん相手にわざわざ申し上げることでもありませんが、殺意を抱くだけなら罪にはなりませんし、どんな人間だって生きている間に殺意の一度や二度は抱くものです。その殺意を止めてくれる誰かがいれば、人は罪を犯さずに一生を終えることができます…」
私は言葉を挟もうとしたが、男はそれを許さなかった。
「嫉妬もまた、誰もが感じるものです。嫉妬心を満たす方法は二種類あります。一つは相手を自分と同じ立場にすること。もう一つは自分を相手と同じ立場にすることです。あなたは前者を企てた。ここの従業員を、あなたと同じように、もうこの場所にいられないようにしようとした。賢明な方法ではありませんね。あなたがここにいたいという欲求は満たされませんから。まあ、落ち着いて考えれば誰にでもわかることです。でも残念ながら、人間の行動は時として論理よりも感情を優先させる。そしてとりかえしがつかないことをしてしまう。このままお帰りいただいてももちろん構いませんが、すぐにまたあなたの嫉妬心に火がつかないとも限りません。そこで、もう一つの方法をご提案させていただきます」
「もう一つの方法?」
「はい、先ほど申し上げた通り、嫉妬する相手の立場にあなたを置く方法です。ホテル・サンタ・アナはお客様の滞在日数6泊7日まで、つまり一週間までとさせていただいております。例外は決してありません。半導体のプロジェクトでひと月ほど滞在したいという海外のお客様からのご要望も少なくありませんが、その場合は他のホテルを紹介し、最後の一週間のみこちらでお過ごしいただいております。ただ、例外はなくても方法はあります。ホテル・サンタ・アナの従業員であればもっと長い間こちらでお過ごしいただけます」
「つまり、私に顧問弁護士になれということですか?」
「いいえ」男はきっぱりと言った。「顧問弁護士はホテル・サンタ・アナの従業員ではありませんし、顧問弁護士がホテル・サンタ・アナで過ごすこともまずありません。ここで働けばここにいられる、ならばここで働いてみませんか?」
「え?」
「ホテルはお客として過ごすから楽しい、働いたら仕事なのだから楽しいわけはない、そうおっしゃりたいのでしょうね? ですがそれはあなたの想像に過ぎません。さあ、記憶を手繰り寄せていきましょう。ご滞在の間、あなたはどれほど幸せだと感じたでしょうか? これほどの幸せを感じたことが今までの人生であったでしょうか? ないですよね? ないから従業員に対して殺意につながるほどの嫉妬を感じたのです。つまりこのホテルこそがあなたの居場所なのですよ。もちろん、あなたを縛りつけるつもりはありません。弁護士に戻りたくなったらいつでも戻ればいい。あなたほどのキャリアをお持ちなら、いまの事務所を離れても引く手あまたでしょう。ホテル・サンタ・アナでの勤務経験を活かせばホテル業界の顧問弁護士契約をごっそり頂戴することも可能でしょうね。そして、休暇が取れたらまたホテル・サンタ・アナでお客様としてお過ごしいただけばいい。いかがです?」
男の言葉はすべて理解できたが、その言葉は定着することなく脳内を彷徨っている。私はからわれているのだろうか? 何のために?
「実感がわきませんか?」男は見透かすように言った。「では、1時間ほどご体感してみてはいかがでしょうか? ご納得のいく結論に到達できるはずです、差支えなければ後ろの壁の前に立っていただき、天井のカメラに向かって一回りしていただけますか?」
私はカメラを見上げ一呼吸置くと、言われた通り折り畳みいすから立ち上がり、男に背を向けて歩き出した。六歩で後ろの壁に到着した。身体の向きを変えてカメラを見上げると、レンズが少しだけ方向を変えていた。
「ゆっくりと一回りしてください」男は言った。私は右側から一回りした。
「反対周りもお願いします」男は指示を出し、私はしたがった。
「ありがとうございました。お戻りください」私はカメラを見上げながら折り畳み椅子に戻ったが、レンズの位置は動かなかった。
「椅子を右側に向けてください」私が席に着くと、男が言った。窓だと思い込んでいたものはスクリーン。そこに映像が映し出された。ホテルのフロントの裏側。何時間か前に私が撃ち殺そうとしたアナがいて、その隣りに彼女と同じ制服を着た私の姿があった。