表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

伝えられるもの

作者: エチュード

 先日、祇園祭の山鉾巡行があり、その様子が朝からテレビで中継されていた。昨年、一昨年と新型コロナの為に中止になっていたので、三年ぶりということになる。おまけに日曜日とあって、大勢の見物客が詰めかけていたようだ。山鉾巡行は祇園祭の一部でありながら、最大のイベントだろう。まず、長刀鉾に乗ったお稚児さんが、注連縄というしめ縄を一刀両断にする様子が最初の見どころのようで、そのシーンはニュースなどでも、毎年必ず大抵の局で取り上げられる。

 さて、テレビを見ていると、そのシーンが近づいて来た。何度も見慣れてはいるが、縄がスパーンと切られる様子には、胸がスカッとするような爽快感がある。観客もカメラも、テレビの視聴者も一斉に注目する瞬間だ。さあ、お稚児さんが大きく刀を振りかぶった。ところが、ところがだった。振り下ろした瞬間、「アッ」と思わず声が出てしまった。なんと一刀両断の筈が、縄は切れなかったのだ。テレビのアナウンサーも、一瞬無言になった。流れてくる映像の雰囲気にも、ちょっと戸惑いのようなものが感じられた。見ているこちらも、どうなるのだろうと気になった。今までずっと、一回でスパッと切れる映像ばかりを見てきていたから。

 ところが、当のお稚児さんは慌てる様子もなく、ゆっくりと態勢を整え直して、今度は一回目よりもさらに両手を大きく広げたかと思うと、再度刀を振り上げた。そして、今度は見事にスパーンと切れたのだった。周りの雰囲気も一瞬で元に戻り、大きな拍手が起こっていた。その様子に、テレビを見ているだけのこちらも、内心ホッとした。お稚児さんに慌てる様子がないと書いたが、白塗りのお化粧をしているので、いくらカメラがアップで撮っていると言っても、表情までは覗うことはできない。それに、お稚児さんは手を添えているだけで、背後に付き添っている大人が、二人羽織のように刀を扱っているらしいので、ひょっとしたらその人は少し慌てたかも知れない。と、下種の勘繰りをしてみた。

 夕方のニュースでは、切れなかった一回目から映されていた放送局もあったが、そのことには触れることなく、続けて二回目の様子を流していた。そして、殆どの局では一回目はカットされていた。切れた場面だけを放送しているとしたら、毎年必ずしも一回で切れるものでもないのかも知れない。

 日本には古くから伝わる行事やお祭り、習慣、文化などがあるが、個人的に祇園祭には特別興味を持っている。というのは山鉾巡行との初めての出会いが、あまりにも偶然の上に突然で、しかもその時に見たスケールの大きさが、想像以上だったからだ。

 京都にも、またお祭りにも興味がなかった私だが、祇園祭が毎年行われることは、テレビのニュースなどを見て知っていた。そんな私が京都の学校へ通うことになり、自ずとそこで過ごす時間が増えてきた。そんなある朝、いつものように電車を降りて、四条河原町で地上に出た。ところが、その場の様子がいつもと全く違っていることにびっくりした。四条通りにも河原町通りにも車の姿はなく、歩道は四条側も河原町側も見渡す限り人、人、人でいっぱいだった。道路はガラ空きだったが、渡ろうとする人達は、お巡りさんに制止されていた。遠くに目を遣ると、四条通りの向こうの方に、大きな鉾の姿が見えた。その時初めて、これが山鉾巡行かと悟ったのだった。見えていたのは長刀鉾で、見どころである辻回しが行われる交差点へと向かっていた。

 用事があってそこまで行ったのだが、そうなるともう用事は後回しになった。偶然出会った一大イベントに興奮しながら、壮大な巡行を充分に堪能することができた。近代的な建物が並ぶ大通りを、普段あまり目にすることもないようなデザインの、古めかしい飾り付けをした巨大な山鉾が、ゆっくりと通り過ぎる様子を見ていると、言い表し様のない気分に捉えられていた。次々に姿を見せるひとつひとつの山鉾に大勢の人が関わっていて、そう言えば、学校内の掲示板に、山鉾を引くアルバイトだか、ボランティアだかの、募集が出ていたことを思い出したのだった。それ以後、祇園祭と聞くと妙に気持ちが落ち着かず、山鉾巡行は何度か見物に行くこととなった。

 古くから伝わるものの中でも、祇園祭が平安時代に始まったことを思うと、気の遠くなるような昔のことに思われる。そして、2019年(令和元年)には、1150周年を祝ったという。応仁の乱(1467年)といえば、歴史の中でも古い時代の出来事だという認識があるが、それまでに既に600年近く続いてきていることを考えると、驚嘆するばかりである。しかも、その応仁の乱から33年間も中断しながら、復活できたのにもびっくりさせられる。開催されていない期間、何をどんな風に次の世代へと伝えてきたのか不思議に思える。それと言うのも、都であったが故に、その時々の事象や伝統などを、芸術家が作品として後世に残してきたことも大きかったのではと思う。最近でも、祇園祭の踊りについて不明な点を、『洛中洛外図屏風』を参考にしたと、関係者がテレビで言っていた。

 ところで、古いものやことを伝えていくには、時代時代でそれなりに苦労が伴うものである。明治時代には、電話線や電灯線、市電の架線など、道路に張り巡らされた障害物により、山鉾巡行は存亡の危機を懸念する状況に陥ったこともあったらしい。その場合にも、伝統を守ることに重きを置く決定がなされたことには敬意を表したい。その結果、信号機などは折り畳み式になっていて、大きな通りに跨るような配線はなされていないという。

 お祭りで重要な役割を担うお稚児さんや、その周囲でお世話をする人達にも、今の時代に、遥か遠い平安時代の大イベントを行う為の苦労はあるようだ。その例として、神の使いの役目であるお稚児さんは、公式行事の場では、決して地面を歩かない決まりになっているそうで、外を歩く場合はどうするかというと、強力という役の大人の男性が、肩に乗せて移動するらしい。その為、小学3年から中学1年の男子が対象となる稚児の人選には、候補者の体重も関係してくるということだ。

 また、神の使いとなってから山鉾巡行までの数日間は、お稚児さんに女性を近づけてはいけないので、選ばれた少年は、母親と離れて父親と一緒にホテル住まいになるそうなのだ。その間は学校へも行けないが、新型コロナでの経験から、今年はオンラインで授業を受けたと、テレビの番組で言っていた。古いしきたりのようなものには、神聖とされているものから、女性を遠ざける傾向があるのは珍しくない。ジェンダーフリーなどと叫ばれる世の中になっても、その辺は延々と受け継がれ、これからも続いてゆくのだろう。それとも、女の子がお稚児さんになる時代が来るのだろうか?来ないような気がする。別に、ありとあらゆる物事に、新しい価値観だからといって、何でもかんでも適用しなくても良いわけで、適材適所で考えていけば良いのではないだろうか。

 また、かつてはどの山鉾にもお稚児さんが乗っていたらしいが、今は長刀鉾だけに人間が乗り、他は人形になっているそうだ。神の使いであるお稚児さんの数が多いと、それだけでいろいろと大変になることもあるだろう。そこは時代に合わせたやり方へと変化したのだろうか。

 お祭りの関係者だけでなく、一般の人々も不便を感じなければならないのが、お稚児さんの八坂神社参りの時だそうだ。稚児は狩衣と烏帽子姿で白い馬に乗り、役員など一行は徒歩で四条通を移動するのだが、神の使いである稚児を車が追い越してはいけないので、路線バスを含めて車は皆、稚児の後を徒歩のスピードで進まなければならないらしい。その為、バスは一時間近く遅れることもあるそうだ。何も知らずにバスに乗ってしまうと、えらいことになる。でも、知っていながら神様のお使いの後を、ゆっくり進んでみても良いかも知れない。

 京都在住の知人と祇園祭について話をしたことがあるが、中京区や下京区以外に住んでいて、ましてやサラリーマンの家庭にとっては、それほど馴染みがあるものでもないようで、ただお稚児さんを務めるには、莫大なお金が必要だとだけ言っていた。それだけ狭い地域だけで維持していく為には、関係者の御苦労は大変なことに違いない。クラウドファンディングも利用されているみたいで、時代が代わればその時なりに工夫できることもあるだろうから、この先もずっと伝統を守って行けたら素晴らしい。

 疫病の流行が、祇園祭が始まるきっかけになり、悪疫を鎮める為に始まったことを考えると、新型コロナで二年間中止になったことは皮肉なことかも知れない。でも、それ以外に中止になった原因が、応仁の乱や太平洋戦争であったことからすると、途切れることなく存続させる為には、人も国も世界中が健全であることが何よりも大事に思える。三年ぶりに行われたお祭りによって、疫病を退散させ、世界各地で起こっている争いが鎮まると信じたい。



 

 

 














 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ