第一話 出会いの風
【雲のあい間に虹を見た(第一話 出会いの風)】
・夏海は高校2年の途中で、東京から母親の活動拠点である鎌倉に引越してきた。両親の離婚を契機に、知らない場所に引越して来て、知らない学校に転校した。その初の登校日の前夜である。
《自宅の夏海の部屋》
あのー…私は、安藤夏海と申します。ニックネームは『あんドーナッツ!』、宜しくお願いします。……夢、夢・・・夢かぁ〜。
ウソみたいな夢、あ〜〜、なんだこれ!、んもーぉ、いやだいやだ!
うぅるさい!!、なつ、早く寝なさい。
ママ、また変な夢見ちゃった!
あんた、転校するからって、ちょっと気にし過ぎじゃない。成ったらなったで、その時に考えて、ダメならダメで仕方ないっさ!
なによそれー、ママが離婚して前の名字になったから『あんドーナッツ』になっちゃったんじゃない。前は、小林だったから良かったけどさっ……もう寝る。おやすみ!
はいはい、寝な寝な! 明日6時だからね、、。
分かってる、あ〜あ!
《翌朝》
ヤバい、二度寝しちゃったぁ、やっちまったぜ!
ママ、駅まで送って、お願い!
ガッテン承知よ!、早く着替えなさい。朝ご飯と、お弁当は車に積んだから。
それと、歯磨きは駅前のコンビニでしょう(笑)
あと、鍵と定期は忘れちゃだめよ!
もう〜、人の弱みにつけ込む非情の母親を持つ、『お夏』とぁ〜!あっしのことでぇござんす。
時代劇はあとにして! ほら、時間ないよ、早く乗んな!、初日から遅刻じゃ〜、あだ名どこの話で済まないから。
〜〜車のドアの閉まる音〜〜
《車内》
どうしてそれ、蒸し返すかな〜・・・。
あんた、寝癖直さないと。見てごらん!
あっ、ほんとだー。
今日は対局前の打合せだから、遅くなると思う。冷蔵庫にある物で、適当におかず作っておいて!
はいはい。カツ丼がいいい?…カツレツ、串カツ、ハムカツー!
うるさい!!
・母は女流棋士の名人戦の予選中であった。
ごめんなさい! 対局前の大事なときに……。
いいから。ほら、コンビニすいてるみたいだから、ゆっくり直してきな。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい!
うん、分かった。
〜〜車のドアの音、コンビニの自動ドアの音〜〜
…すみません、、、お手洗い借りまーす。
どうぞ。あっ、ちょっとお待ち下さい。紙、入れるの忘れてました。
あ〜あ、いいんです。電車来るまで、歯磨きと寝癖直すだけですから。あの〜、私いつも夜勤の田中さんに、ここ使わせていただいてるんで……。
分かってます。最近、そういうお客様が来るって、店長から聞いています。どう〜ぞ!
はあ〜良かった。余裕で間に合ったし……あのー、田中さんって店長さん、ですか?
そうです。今日は僕が交代してます。急に代わってほしいと言われて、家が近い僕に連絡があったんです。
えっ!そうとは知らずに……、
ところで時間、大丈夫ですか?
そうだ、お、お借りします!
〜〜水道音と、うがいの音〜〜
時間だ。ギリセーフ! ありがとうございました。
どういたしまして!
〜〜コンビニの自動ドアの音〜〜
《学校》
あ〜、良かった。間に合った。でもやっぱ、緊張ビッグマックスだ。来たら最初に教員室に来いって言われたけど……。
・夏海は、何故か緊張の中で、懐かしさのようなものを感じていた。
あっ、なんだ!!、入口の横じゃん。
おはようございます。転校してきた安藤と申します。あの〜、秋山先生は……?
安藤さん! 秋山です。宜しくお願いします。お手洗いとか特になければ、早速クラスに行きましょう。
《教室》
皆さん、おはようございます! 今日は転校生の紹介からです。では、挨拶をお願いします。
はじめまして。あんどう、な、つ、み、です。あの〜、よろしくお願いします。
安藤さんの席は、一番右の、前から3番目です。遠山さんの隣です。
えっ!……。
何で何で、コンビニから! 何でここに居るの?
しっ!!、静かに。後で説明するから。授業はじまるよ。
《休み時間》
おい! お前ら知り合いか?またまた、モテ男の金ちゃんたら、やるね〜まったく。
ん!遠山さん。金ちゃんって!?
あ~あ、また説明が増えた。俺の名前は遠山金志郎。ニックネームは金ちゃんだ! そして、駅前のコンビニでバイトしてる。そんでさっき、バイト先で君と初めて会った。歯磨きさんとね!
えぇ~! でも一緒に電車に乗らなかったよね?
そう〜だ! 確かに乗らなかった。
あんた、忍者みたいに電車をぬき去った?!、えっ、まさか……。遠山の金さんは、お奉行様、だったよねっ!
あ〜ぁっ、話をややこしくするな。俺は、自転車通学、で、電車より早く学校に着いただけ。チャリはいつも、店の前に停めてあって、さっきバイト終わって速攻で来、た、の!
またまた〜ウソでしょ。誰かに車で送ってもらったとか。
違うって。うち等の駅から河川敷を通ると、だいたい20分で学校着くの!
え〜、そんなに早く!
そうだよ。信号無いし、下りだし。電車はかえって遠回りだから! 20分以上早い。あっ、そんでカネ要らないし。
そっか、じゃあ私もやろっかな!
無理だな! 俺はこの学校で一番足が速い。
やってみなけりゃ、分かんないじゃん!
んなこと言ってるより、さっきの挨拶、あんドーナッツは、私ですって言ってるように聞こえたぜ!「あんドーナッツ、me!って」(笑)
もう、失礼だな!あんただって金じゃんか。嫌な感じ!
《次の日の朝》
まじヤバい、また寝坊した!、……ギリだ。
ママ、お願い、早く、早く、お願い。
こっちは、準備オッケーよ! さっさと車に乗って……。
・駅に向かって暫く行くと、渋滞に巻き込まれた。
何だか道が混んでるね。こういう時ほど、焦らず騒がず、そして欲張らずよ。これ、師匠のパクリ!
あーダメだ。こんな時に限って渋滞かぁ、もうお腹痛いって休もうかな〜。
あんた! 切り札は、いつも効果があるとは限らんて。人生そんなに甘くないから、ね!
分かった! あわわわっ、もう走る。あと500メートル。
・夏海は息を切らして走ったが、電車がホームに着いているのが見えた。
ダメだ!電車が来てる、、、。神様、停めておいて……あぁ〜、行ってもうたぁ〜。はああ!
あれ! あいつの自転車がある。
おぅ! おはよう。なんだ安藤、遅刻か!
頼む、お願い!
なに?
後ろ、に、乗せて! 一生のお願い。
えっ、俺まで遅刻か〜(笑)
ダメ?!
いや、困ってる人は理由が何であろうと、助けるのが俺の流儀! ほれ早く乗れ。時間がない。
ありがとう。恩に着る!
カバンは前かご、脚は開いて乗れ。いいか行くぞ! 河川敷までは、カーブが多い。俺につかまって!
・夏海は、初めて男性のたくましい背中を間近で見た。
バーカ!、抱き着けとは言ってねぇ、シャツにでも掴まってろ。
こう、これでいい!
ああ、そんで、カーブの時は、俺にしっかり抱きつけ!
やっぱり抱きつくんじゃん!
さっ、行くぞ!
その調子だ。バランスいいぞ……。土手を越えるときは、チャリを降りて、土手道の階段上がって上で待ってろ。俺は坂をこいで登る!
うん分かった!
あそこが土手だ。あの登り口の階段で降りろ!
うん!
お待たせ、早く乗れ! 一気に坂を下るぞ。しっかり掴まれ!
わーー、早い。凄い。あんた、競輪の選手になれるんじゃない!
余計なこと言うな!
ごめんなさい(_ _;)
あれ!……バイパスの橋が渋滞してる。何だか変だな〜。いつもと違う。事故でもあったか!?
あそこ通るの?
いや、違う。あの先の人道橋を渡る。その手前で土手の坂を上がるから、そん時は勢いで、上がれるだけ上がる!……
乗ってていいの?
ああ! だから、俺が降りろって言うまで乗ってろ。チャリが止まったら、降りて走って上がれ!
分かった!
あそこから上がるぞ! 降りろ!……早く上がれ。もしかしたらギリで間に合う。
えっほんと! 今何時なの?
体内時計だ。毎朝通るときの、感覚だ! いいぞ、また乗れ。早く!
うん。ほんとだ。あと5分!
この橋渡れば、学校は直ぐだ!
やった〜!
《学校》
ありがとう!
俺はトイレで着替えてから行く。先に教室に入ってな。
分かった、そうする。良かった〜。1分以上余裕だ。
《教室》
あれ!半分しか来てない。どうして!? あっ、先生だ……。あっっ! 金も…来た。間に合った。
おー、遠山。間に合ったか! 道、混んでただろう。早く席に着いてくれ!
・担任の秋山は、朝の交通事故の状況を説明した。
皆んな、おはよう! 知ってる人もいると思いますが、近くのバイパスの交差点で、トラックと乗用車の事故があったらしい。そのため、今、バス組は遅れています。なので、1時間目は自習にします。
ええ、まじ!……あんなに急いで来たのに。
バーカ! 急いで来たのは俺だ。お前は後ろに乗ってただけだ。寝坊したのがいけないんだろぅ!
そういう言い方しなくったってー。もう知らない!
あれ、怒った?まあー、俺にとってはトレーニングになったし、結果的に良い方に転んだんだから、機嫌直せよ!
ふん! 電車で来たって、これじゃあ間に合ったじゃん。
おい、それは結果論! 人生はそんなもんさ。
そんな門!? どんな門かは知らないけど、水戸黄門だか、五右衛門だか、時代劇は好きじゃないの!
ああ、分かったから落ち着け!
ふーんだ! 金のやつ……。
・自分だけ冷静を装うなんて、嫌な奴。でも……。
あんドーナツは、
・……まるで瞬間湯沸かし器だな(笑)
・怒った顔がカワユイ!……でも声、ばかデカ。フフッ!
・あっ!先生だ。
授業がはじまるから、う〜もういい!
《自宅》
ねえ、なつ!
今日、学校の近くで事故あったんだって。だからあんなに道が混んでたみたい。トラックが乗用車にぶつかって、電柱をなぎ倒して、辺り一帯、停電やら信号が点かないやらで!
ああ、うん! 先生から聞いた。
あんた、あれから駅まで走って行って、ちゃんと間に合ったの?
あぁ、なんとか。
そう、良かったね。 あの時間じゃー、てっきり電車、無理って思ってた。心配で学校に電話したら、ちゃんと来てるって言われてホットしたわよ。そしたら、事故のこと聞いてさ。まぁ、とりあえず無事で良かった。
何だか疲れた。ママ、夕飯パスしていい?……シャワー浴びて寝る!
いいけど、明日はちゃんと起きなよ!
は〜い。
《ベッド》
本日は、お日柄もよろしく、新郎の金志郎様、新婦の夏海様には、はれの日をおむかえになられ、大変お幸せのことと存じます。
・結婚式だ!
私は、お二人が通われた高校の担任でありました、秋山と申します。
えー、!!!何これ。また夢、夢だ〜〜。
何時! あっ、まだ4時かー。だめだ、ここで寝ると寝過ごす。がまん、がまん。昨日、あんなことになって……金のやつ口聞いてくれないかも! よく考えたら、うちらって、もしかしたらもしかする! いやいや、確率的にはあり得ないレベルの出会い、だけどね〜。
・夏海は、枕元の目覚まし時計を確認した。
見た目は細マッチョで、イケてるんだよな~。でも名前が遠山の金さん。あ〜あ、うちも、あんドーナッツ、meか!
《朝》
なつ! なつ、起きろ。また遅刻するよ!
ああ、ヤバい! 寝ちゃった。
ママ、お願い……。
あんた、その先は言わないで、さっさと着替えて、車!
分かった!
今日はコンビニ寄るの?
うんん、行かない!
じゃあタクシー乗り場につけるわ。
うん!
あっ! あいつの自転車だ。未だ居るのかな?!
・夏海は、小走りで駅へ急いだ。振り返って……。
ありがとうママ、行ってきまーす。
・また、振り返った。
何だ〜このドキドキ感。ダメだ、改札入れない! コンビニに行く!!! 金、金ちゃん!、ごめんなさい。
おっ、なつ。早く齒みがいて、髪整えて! カバン積んでくから。
ありがとう。
さってと、行くか! しっかり掴まってろ。
うん。お願い!
何だか昨日よりも、こぎやすいな。お前バランスいいじゃんか……。
えへ! 夢でトレーニングしたから。
それってイメージトレーニングじゃないのか?まっ、いいけど!?
うち等もしかしたら。でも、そんなことないか。
・自転車は土手を猛スピードで降りた。
今日は抱きついても、何も言わないで(笑)
《学校》
到着。お〜、昨日より3分も早い。
あっ、いけない。俺、弁当忘れた。あそこのコンビニ行ってくる。先行っててくれ!
あっ、金ちゃん! 私ので良かったら、あげる。昨日から食欲なくて、朝ご飯用のおにぎりと、お弁当があるから。
分かった。じゃあいただきマンモす。でもほんとにいいのか?腹減ったら言ってくれ。
《昼休み》
いょぅ! 金ちゃん。
お前たち、付き合ってんのか?
昨日、バスの中からチャリで二人乗りしてたの見たぜ! ちょうど、河川敷をすっ飛ばしてたよな。
おう、バレたら正直に言うしかないか。そう、そのとおりだ。俺たち付き合ってる!
そうか。でも、安藤は他から引っ越して来たんだろ。だから、うちの学校に転校して来たんじゃないのか?
そう〜だ! たまたま俺のバイト先のコンビニに顔出してたんで、俺がレジで声かけたってこと。
ねぇ、ちょっと待ってよ、もう!
そんな、恥ずかしがることないだろ。
え!
俺ら、何も悪いことしてないし!
へえ〜! まぁ、ちゃんと認めたんならそれでいい!
さすがモテ男。金ちゃん、やるね〜(笑)
あっ、時間ない!トイレ、トイレっと。
ねぇ待ってよ! 何で付き合ってんのか、意味分かんないよー……。
おぅ〜漏れそう。話はあと!
もう、最低! 何がモテ男よ。フン、、!
《授業中》
何であんなこと言ったのよ!
わりーな。いや悪うございました。あいつ、しつこいからさ。柔道部の寝技・関節技師、山田ってヤツだ。覚えておきな! 根は悪くないんだけどな。
でも、嘘つく必要はないと思うわ!
あっ、そっか! 振られちゃったか。残念……せっかく背中に抱きついてもらったのにな〜!
もう、それと、、これとはべつでしょ!
・後ろの席から
安藤さん、少し静かにして下さい。
ごめんなさい。
《休み時間》
ノートに書くから、ちゃんと見てよ! 後ろは誰だっけ、、!?
角さん。角歩だ。
あんた、声が大きい。もうっ!
・?金に角、歩!?……私って詰まされちゃうのかな〜
何呟いてんだ? お前、将棋出来んのか?
ええ、少しね。ママがプロ棋士!
えっマジ。すげぇな!
次は英語の授業だよね。まだテキストないから見せて!
いいけど。あっ先生が来た! あれ!チャイム未だだよな?
ちょっと時間前ですが…、ミスタ遠山、ミス安藤、この授業のあと、秋山先生のとこへ、プリーズ!
・生徒たちの驚きの声が、チャイムと入り交じる〜〜プリーズ、プリーズ、美・サイレント?!
《教員室、英語の授業の後》
遠山です。失礼します!
しっ、失礼します。
おう。遠山、調子どうだ?
まあまあです。
安藤さん。学校の雰囲気はどうですか?
あっ、まあまあです。
先生、今日の授業うるさくしたのは僕のせいです。もうしわけありませんでした。
そうですか。そんなことが……。
・担任の秋山は、少しゆっくり話し始めた。
早速ですが、昨日、うちの制服を着た人が、自転車に二人乗りしてたと、警察から連絡がありました。それで、屋外カメラの記録を確認してたら、あなた達が二人乗りしてたことが分かりました。まあ理由はともかく、二人乗りは危険ですし、法律違反です。警察には、校長先生から監督不行き届きということで、謝罪していただきました。
あの〜、私が寝坊したのがいけないんです。無理に後に乗せてって、遠山さんに頼んだんです。
分かりました。二度としないと…あっ! 違いましたね。二度しちゃったので、これからは絶対に交通法規を守ると、約束して下さい!
はい。
はい。
それと、遠山は残って下さい。話があります。
分かりました。
じゃー私、先に戻ります。
うん! おう。
《放課後》
ねぇ、金ちゃん。家に電話した?
ああ、……した。
お前は?
ママは仕事。対局中だから後にする。
えっ! お父さんは?
うちは離婚したばかりで、お父さんはいないよ!
そっか、悪かったな。
べつに、悪いことはないよ。悪いのはこっちだし。
秋山先生に叱られたの?さっき教員室に残されて……。
ああ〜、あれは違った意味で注意されたんだ。
俺、二人乗りの時にお前が言ったとおり、競輪選手目指してるんだ。秋山先生はそのコーチ役さ!
ええ! まじで。
ああ、だから先生がもっと慎重に物事を考えるようにってんで、これから仕切り直しの練習だ!
そうなんだ。じゃましてごめんね。
いや。二人乗り、楽しかったよ(笑)……じゃあな!
うん。私も!
《自宅》
ごめんなさい。私のせいで警察沙汰になっちゃって。
そう、そんなことがあったの。秋山先生から何度か着信があったけど、対局中だから出られなかったの。終わってから電話したら、だいたいのことは伺ったわ。
明日、学校に謝りに行くって言ったら……!
え〜、謝りに行くって言ったの!?
来なくていいって(笑)
良かったー!
なんでも、秋山先生の後輩が警察の交通課長で、校長先生がその時の担任だったんですって。それ以上わからないけど、わたし的には、出来れば次の対戦に集中したいかな!
えっ、ほんと! やった。勝ったんだ。
だから、あんたもしっかりしてよ!
ごめんなさい。
あ、それで遠山さんのお宅に電話しようとしたら、先生が僕の方から電話しておきますっておっしゃったの。
あんた、明日、遠山さんに会ったら、ご自宅の電話番号きいといてね。
うん。分かった。ほんとごめんなさい。
はいはい。いいから引きずらない。切り替えて!
分かった。
《ベッド》
(咳払い!)え〜、私は新郎新婦の共通の友人であります、山田と申します。友人を代表して一言、ご挨拶いたします。えーと!……夢、夢になれ、夢に……。
何で、あの、ちょっかい山田が結婚式の挨拶をしてるかな、、、。
ダメだ、完全におかしくなってる。でも今、ママに言ったら対局に影響あるし。ああーどうしたらいい……。
《翌朝》
おはよう、なつ!
珍しく自分で起きて来るなんて(笑)、きっと警察沙汰効果かな〜。
んも~。切り替えろって言ってたくせに、また思い出させるんだから。もっ最低!
わたしは、切り替えろとは申しましたが、忘れろとは言ってません。ご飯食べて、さっさと学校にいってらっしゃい!
むむ……、ママも対局続きで疲れてる。なのに私がこんなんだから、迷惑かけて!
ウジウジしてないで、早く学校行って! 楽しく青春してらっしゃい! 遠山君は、きっとカッコいいんでしょ。
んも~、最悪な母親!
あんたも最悪の娘!……あれ、顔が赤くなった。ラブラブか〜?
なにをバカバカしっ!
《学校》
おはよう、安藤! 今日は余裕で間に合ったじゃないか。
おはよう! 金ちゃんも、私を乗せないと余裕だね。
まあな! なんかあったか?
うん。出掛けにママとケンカ! 対局で疲れてて、大事なときなのに、だめだなー。なんで私っていつも、瞬間湯沸かし器みたいに……。
もう仕方ないだろ。きっとお母さん切り替えてるって! プロ棋士がそんなことで影響出ないよ。たぶん!
あっそうだ、金ちゃんの家電と、この前のことで謝るとしたら、誰にすればいいの?
親父はいま入院中だ。おふくろは朝から別のコンビニと、スーパーで働いてる。家には誰もいないよ。おれが、練習から帰るのが夕方の7時過ぎで、その後いつも、おふくろが帰って来るって感じだ。
へー、そっか!
おふくろは、この前のこと知ってるから、そっちから謝んなくても、いいみたいなこと言ってた。
そうなんだ!
あっ! おれんとこの家の電話と店の電話は一緒だから、遠山サイクルで調べれば、すぐ出るよ!
分かった、ママに言っとく!
《金志郎の家》
はい!、もしもし、遠山サイクルです。
あの〜、安藤と申します。夏海がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。
いえ、僕も! あっ、すみません。今、僕しか居ませんので、親には電話があったこと伝えます。
失礼ですが、もしかして、夏海の隣の席の遠山君?
あっ、はい!
いつも、うちの娘がお世話になって! 本当にありがとうございます。いろいろ話していただいたり、コンビニで歯磨きさせていただいたり!
いえ、こちらこそ仲良くさせていただいて、いつも元気もらってます。
天然で、瞬間湯沸かし器みたいで、たぶん煩くしてると思いますけど、宜しくお願いします。何だか、あの子も自転車やり始めるみたいで、走りに行ったり、筋トレしたりしてます。あっ、これは内緒の話しね!
え、そうなんだ!
今度、家も近いから、遊びに来て下さい。はい、それではまた!
はい!
《学校》
おはよー安藤!
おはよー金ちゃん! お母さんと話したんだって!
ああ!、いい感じの人だな! 落ち着いた話し方で、さすがプロ棋士って感じ……。鷹がとんび、いや、勝負士が天然ガスの瞬間湯沸かし器をうまく使いこなしてるって思った。
なに、その訳わかんない感想は。要は私がダメな娘だって言いたいんだ! 見そこなった!!
それもある! 転校して来て、不安で、何をしていいか、やりたいことは何か、探している! 違うか?!
なによ、うちのこと知らないのに!
だったら、やればいいだろ! 先ず、やってみて、合うか合わないか、試せばいいと思った! 俺の後ろに掴まるより、自分で好きに漕いで、バランスとって風切って!
ええ! 聞いたんだ!
安藤夏海さん!、僕を好きと言わずに、部長と呼んでくれませんか?! 正式に自転車部にオハーさせて頂きます。
な〜によ!、その自転車部の勧誘なんだか、告白みたいな、もう中途半端な言い方! おかしいでしょう! だから、答えは保留!
《河川敷(朝)》
・風の強い河川敷を二台の自転車が走っていた。
あれ! 安藤……。おはよう。でも、そのスピードだと学校間に合わないぜ!
ええ!
おれの後ろに付けろ。おれが風除けだ!
ふうー、ギリ間に合ったね! ありがとう。
でも、明日は自分で風を切って走んな! おれに着いてきたいのなら、ロードバイクでも買って練習しろ!
《金志郎の家(遠山サイクル)》
ただいまー。おふくろ、帰ってたんだ!
ええ、早く仕事が片付いたんでね! 注文のメールが入ってるみたい。母ちゃん苦手だから、ちょっと見て!
ああ! あれ、安藤のお母さんからだ。えっ! ビアンキ(イタリア製)の30万円くらいのおすすめ品か! うちの在庫データー見て注文してくれたんだ!
《学校(翌朝)》
おはよう金ちゃん!
おう! 今日学校終わったら、うち来るか?
えっ、、いや、あの、わたし初めてだし、心の準備もできていないし!
そっか! おまえにちょうどいいビアンキがある。乗ってみないか?
あっ、そっちか! あっ、明日にして下さい。高い買い物ですので!
分かった! じゃあそうする。待ってるから気を付けて来てくれ!
はい! よろしくおねがいします。
・えっ、なんで緊張してんの! 自転車だよ、自転車。
《金志郎の家(遠山サイクル、自転車引き渡し)》
ここか。金ちゃんの家! 意外と広い。シャッターが半分あいてる。
・金志郎が、中からシャッターを全開にする。
あっ、金ちゃん!
おう、安藤! いらっしゃい。入って!
おじゃまします。
・店の中央に新品のロードバイク(ビアンキ、白)が置かれていた。
えた、これ! こんなにカッコいいの!
ああ! おれのと同じモデルだ! 少し小さいが、たぶん乗れば気に入ると思う。軽乗ってみるか?
いいけど、乗り方知らないよ!
大丈夫だ! おれが横でアシストする。バランス取って、ゆっくりこげば、おまえなら出来るよ!
うん! 分かった。
あっ、ヘルメットと女子用のスーツはサービス! どれでも好きなやつ選びな!
えっ! 着替えるの?
そう! こいつ(ビアンキのロードバイク)に乗るための儀式みたいなものだ。フゥイッティングルームはそこだ! おれも仕度してくる。
・着替えがおわり、フゥイッティングの鏡の前で二人が並ぶ。
安藤部員! なかなか似合います。・・・可愛い。
ええ、入部の儀式?……・・・朝のママチャリを漕いでる金ちゃんじゃない。チョウ、チョウーカッコいい!
ぼっとしてないで、行くぞ!
あ、待って下さい。部長!
行くぞ!
はい! よろしくおねがいします。
《学校(5年後)》
おう! 待たせて済まない。
うんん! 金ちゃんこそレースで忙しいのにわざわざ連絡くれて。
久しぶりに、行かないか!?
え、どこに?
河川敷さ!
うん。いいけと、雨が……。
降ったら、降っただ!
そうね。行こうっか。でも、自転車家に置いてきちゃった。
そっか。じゃー、おれの使えよ。
え!
おれは走るから。
分かったわ。二人乗りは、しないから。
当たり前だ!(笑)
《河川敷》
懐かしい。この感じ、何も変わってない。
そうだな~。写真、撮らないか?
えっ、ここで?……いいよ(笑)
じゃー、後ろに座って!
こんな感じ?
行くぞぉ〜、はいチーズ。
どれ、見せて!
ほら、いい感じだ!
あっ、ホントだね。何だか二人乗りしてるみたい。
そうだな!(笑)この河川敷が、今のおれを支えてくれてる。
そっか、よかった!
あのとき、おまえが入部してくれて、そんで柔道やってた山田がいきなり柔道部を休部して、自転車やりたいって言ってきた。まあ、そこまでは想定内だったけどな!
そうだった。まさか、大学受験に掛けてた角さんまで自転車やるとは思ってなかった。
そうだな! 4人でここで走っていた。おれが競輪学校に受かって離れたあとも、山田が柔道部に復帰して、全国行けた後も。角とおまえが、ここで練習してたな!
そうねー、やってた!
おまえのお母さんとは、卒業式以来会ってないな!
そっか! 毎年、予選は勝ち抜いて、本戦もいいとかまで行くんだけどね!
そっか! おまえが自転車の会社に入って、メカニックやるのも、あれが切っ掛けだからな!
そうだね!
あっ! よく見ると、ちょうど雲の合間に、虹が見える!
えっ、本当?……何も見えないよ!
俺には綺麗な虹が見える。雲の合間に! お前のように、素直で綺麗な虹が……。
えっ! わたし?
ああ…、…、おれと、結婚してほしい。
…………。
どうして、返事、して、くれないんだ?
……これからの人生も、金ちゃんと二人乗り、、だよね。
いやか?
あっあの、逆に私でいいの?こんなんだよ。
いいに決まってる。お前が大好きだ。
人生初のプロポーズの相手から、振られちまった、か!
あっいや、そうじゃなくて! こんな私ですが、よろしくお願い致します。
おう!
あー! 虹だ。本当に虹が見える!
えっ、本当に虹だ。なんか不思議だなーーー。
なんだ、さっきは見えてなかったんじゃん!
見えてた。お前という希望の虹が! そしたら虹が出てきた。雲の合間にな!
…………。
愛してる。着いてきてくれ!
わたしも!……ありがとう。ありがとう金ちゃん。
泣くなよ! 遠山夏海…………。
〜〜おわり〜〜
作者 カズ ナガサワ