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8.イザベラとの戦い




 この洋館には、彼ら以外の執事は住んでいないようだった。どうやら、イザベラは三人の執事と共に暮らしていたらしい。


 大廊下を真っ直ぐに進んで、地下へと続く階段を降りる。突き当たったところを右に曲がると、目の前に両開きの扉が出現した。


「ここだ」


 中から物音が聴こえる。この部屋の中に誰かがいるのは間違いないないだろう。 


「イザベラ、だったらいいなぁ。イザベラ、ボクを見たら何て言うだろうか。ふふふっ、楽しみだ」


 期待に胸を膨らませつつ、扉をノックした。ところが返事がない。何度も何度も、ノックをする。


「……あー、うるさい。聞こえてるわよ」


 イザベラの声だ。やっぱりいた。


「何。用があるなら、さっさと済ませて」


 五年ぶりに聴く仲間の声だ。気分が上がると同時に緊張する。体温が急激に上昇し、どくどくという胸の高鳴りが抑えきれない。


「……どうして何も言わないの?誰なのか知らないけど、そんなところに立ってないで、部屋の中に入ってきなさい」


 ボクは両開きのドアを、思い切り押し開けた。満開の笑顔で顔面を彩り、仲間との感動の対面を果たす。


「正解は、ボクだよー!」


「…………は?」


 厚い本を手にしたイザベラがそこにいた。五年ぶりというだけあって、容姿も服装も以前と比べて、大人っぽくなっていた。


 目の色や髪の色は変わらないが、顔つきや雰囲気からは上品さが感じられる。彼女は口をあんぐりと開けて、ぽかんと硬直していた。


「ジャック……!?」


「そうだよ。久しぶり、イザベラ!」


 イザベラは感情任せに、勢いよく直立。それまで座っていた椅子が大きく後ろに倒れた。


「どうして、何で、アンタが、ここに!」


「何でって、それはイザベラに会いたくて」


「違う。そんなことじゃないわ!」


 ボクの方を強く睨みつけ、糾弾するような口調でイザベラは言葉を放ち続ける。


「パーティを追放されて、地下牢にぶち込まれたはずのアンタが、どうして平気な顔してここに立ってるのかって、訊いてんのよ!」


「ああ、ごめん。そっか。それは、そのう、言いにくいんだけどさ」


 仲間の前だ。変に誤魔化す必要もないだろう。イザベラなら、ボクの全てを受け入れてくれるはずだ。


「実は、脱獄してきたんだ!」


「脱獄、ですって……!?」


「嫌だなぁ、イザベラったら。そんなに冷たい目でボクを見ないでよ。昔の仲間じゃないか。ボクだって悪いことをしたと思ってる。だけど理不尽な理由で、処刑されるのは嫌だったんだ!」


 訴えかけるように語ると、イザベラは複雑な表情を浮かべながら、静かに目を伏せた。


「わかったわよ、アンタの言い分は。処刑されるのが嫌で、脱獄して、今は自由の身ってわけ。よかったじゃない」


「う、うん」


 気持ちがわかるのだろうか。他者が寄り付かない洋館の中でひっそりと暮らしているところを鑑みるに、彼女も相当苦労したのだろうと推測できる。


「で、結局のところ何をしにきたの。ただ、アタシの顔が見たいってだけで、迷わせの森に入ったわけじゃないんでしょう?」


「顔を見に来ただけじゃない。話があるんだ」


「何」


 イザベラを前にして、ボクは檻の中にいるときずっと一人で練り続けていた考えを、大胆に伝えた。


「神託の剣を再結成しよう!アレキサンドルもブレディもマイアも誘ってさ。それで昔みたいに、また皆んなで暮らそう!」  


「…………マジで言ってるの。正気?」


「勿論正気さ。ボクは追放されたことなんて、全然恨んでない!むしろ檻の中で少し休めてよかったくらいさ!だからいいだろ。もう一度やり直そうよ!」


「……アンタって、変な奴」


 彼女は複雑な面構えで虚空を見つめた後、ぽつりぽつりと喋り始める。


「今更、冒険者になってどうすんの。アタシ達に戻れる場所なんてないわ」


「そ、そりゃあ、最初は難色を示されるかもしれないけどさ。ボク達が協力して頑張れば、いつか皆んなが認めてくれるようになるよ!」


「アンタってやっぱりバカね。全然わかってない」


 ボクの出した提案を、イザベラは辟易とした顔で一蹴した。


「魔王は死んで、魔物や魔族は絶滅した。冒険者って職業は完璧に忘れられたの。今更何を目指して、冒険者やれっていうのよ!」


「そ、それは」


「今の時代に冒険者になっても、儲からない。ちやほやもされないし、安定もしない。いいことなんて一つもない!」


「そんな言い方ないじゃないか。ボクはまた五年前のあの頃に戻りたいって、それだけで!」


「それはアンタの一方的な気持ちでしょ。魔王を倒した後、アタシ達は各国から巨万の報奨金を貰ってる。辛い仕事をする必要なんてないの!」


「…………それは、そうかもしれないけど。でも、誰も寄り付かない森の中に引きこもってさ。ただ何もしないで暮らすなんて虚しいじゃないか」


「とっくに慣れたわよ。そんなこと」


 イザベラは辟易とした様子で語る。直後、その眼付きは以前の鋭さ取り戻し、ボクを責め始めた。


「アタシはもう、昔に戻りたいだなんて思わない。大体アンタの無能っぷりには、ずっとイライラしてたのよっ!」


「そ、そんな」


「アタシ達が何でアンタを追放したかわかる?無能だったから!憤りを通り越して、最早憎かったわ!」


「……だから、ボクをパーティーから追放したの?冤罪なのに、ボクが地下牢に五年間幽閉されたのも、本当に皆んなの仕業なの?」


 問われ、イザベラはニヤリと笑みをつくった。


「今更気づいたの。そうよ。アンタを追放した後、アタシ達は魔王を倒した。アタシ達は世界中から救世主と謳われた。権力を行使して、アンタを地下牢に投獄するくらい簡単だったわ!」


「そんな、本当にっ、皆んなが、ボクを……?」 


「さっきから、そうだって言ってるでしょ!剣も魔法も使えない無能って、見てるだけでイラつくじゃない。だからブタ箱にぶち込んでやったの!」


「イザベラ、酷いよ。ボクは牢に入れられた後も、ずっと皆んなを信じていたのに!」


「キャハハハッ!勝手に信じてお疲れ様!無能は大人しくブタ箱の中に戻ったら?それとも今ここで――」


 その声と共に、彼女の眼光が強くなった。


「アタシが殺してやろうか!」


 イザベラはさっと杖を向けた。先に仕込まれた水晶からエネルギー弾が飛び出す。


「死ねえええええええええっ!」


「なっ!」


 ボクの身体に何十発もの光の弾が被弾する。それは皮膚を貫き、筋肉を焼き焦がし、血を蒸発させた。


「があああああああああっ!」


 熱い熱い熱い熱い熱い。圧倒的な苦痛がボクの神経をズタズタに断ち、一秒で何も感じなくなる。全ての五感が機能を失い、ついに意識までもが飛ぶ――。


「――イザベラ。いきなり攻撃してくるなんて、酷いじゃないか。びっくりするだろう」


「何で生きてんの……!?」


「蛍火程度の魔法で、動じる我ではない」


「なるほど。ようやく本性を表したわね。焼き殺してやろうと思ってたのに。失敗だったわ」


「ほう、驚いた。何もかもお見通しか。この調子でいくと、執事達の末路も伝えなくてよさそうだ」


「結構よ。どうせ殺したんでしょう!あの子達がアンタみたいな怪しい奴を、館に入れるはずないもの」


「クククッ……全てを予想済みとは味気ない。イザベラの反応を楽しみにしてたんだがなぁ」


 彼女の方が、一枚上手だったというわけだ。こいつは嬉しいハプニングだ。胸が躍る。

 

「ジャック、アンタは一体何者なの。人間、それとも魔物?本当の目的は何なのよ!」


「ふむ。そこまでは、わかっていなかったのだな」


「いいから、質問に答えなさい!」


「本当の目的か。クククッ」


「はっきり言ったらどう!?」


「そう怒るな。イザベラは、大きな勘違いしている。ボクの目的は神託の剣の再結成さ。だがボクの目的はあくまでボクの目的であって、我の目的ではない」


「何を言ってるの。意味がわからないわ!」


「わからなくていいさ。ボクの目的は神託の剣の再結成。そして我の目的は――」


 魔法でつくりだした防御壁を解除して、彼女に向かって急接近する。


「イザベラを殺すこと!」


「いい度胸ね。アタシが先に殺してやる!」


 彼女は風魔法を行使した。ボクの身体を吹っ飛ばされる。更に数十本の火炎魔法の槍と光魔法のナイフが追い討ちをかけてきた。


「ククッ、そう簡単に殺されてはくれないか!」


「アタシは史上最強の賢者よ!アンタ程度の無能に遅れを取るはずがないわ!」


 我は腕に防御魔法を行使し、イザベラの放った火炎の槍と光のナイフを空中で、素早く弾いていく。


「ふむ。造作もない」


「なら、これでどう!」


 我が着地した瞬間。闇魔法のエネルギー弾が飛来した。数は一つだけだが、絶大な威力が予想できる。


「そいつは跳ね返せないわよ。闇魔法に全身を少しずつ侵され、苦しみながら死ね!」


「なあに。跳ね返せないなら、喰わせればいい」


 右腕をさっと構え、我は闇魔法のエネルギー弾を片手で受け止めた。右手がじわじわと闇魔法に喰われていく。


「美味かったか、我の腕は」


 我の右腕が粉々になって腐り落ちた。我は指して動揺することもなく、いつものように回復魔法を行使して自身の右腕を再生する。


「イザベラ、今のはよかったぞ。我の右腕を落としたことは賞賛に値する」


「冗談でしょう。右腕だけで、アタシの闇魔法を受け止めるなんて。それに、その回復魔法は……!?」


「このくらいできて当然さ。なんなら、もう少し強力な闇魔法を撃ってもらっても構わない」


 プライドの高い彼女があんまりにも不憫だったので、我は素敵な提案を申し出た。


「そうだ。何だったら避けないで、立っててやろうか?」


「ざっけんなよっ!アタシは史上最強と呼ばれた賢者なんだ!このアタシが負けるはずないっ!あんまり舐めんなああああああっ!」


 炎の連弾が、毒の大雨が、風の刃が何十発も連続して飛んでくる。闇のエネルギー弾も合わせて、それら全てを、我は完膚なきまでに防ぎ切った。


「そんな、アタシの、全力を注ぎ込んだのに。アタシは、魔王に勝った賢者なのに。どうして」


「もう終わったのか」


「どうしても勝てない。こんな奴に、魔法を使って負けた。このままじゃ、アタシが殺される……っ!」


「イザベラ、もういいだろう。次は我の番だ」


 満面の笑顔でそう言うと、イザベラは涙を流しながらへなへなと床に座り込んだ。やがて何かを思いついたのか、肩を震わせて挑戦的な笑みをつくる。


「ジャック……アンタにアタシは殺せっこない」


「ほう。まだ何かあるのか?」


「味わいなさい。これこそが最恐の攻撃魔法。魔王と対峙したときにも使用しなかった、究極の奥義よ」


 何をするつもりかはわからないが、イザベラは杖を構えて言葉を紡ぎはじめる。


「古代魔法の一つ闇魔法、それを特殊性魔法化、全縛加工化、呪装加工化、爆炎魔法複合化した。アタシの五臓六腑を引き換えとして、この地に神さえ触れられぬ程の陰惨たる憎悪を撒き散らす!」


 困惑する我を置き去りに、イザベラは放つ、


 《 トワの悪魔 》


 瞬間。視界が暗闇に包まれた。




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