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7.敵の人肉




「ボクはお前らを許さないっ!」


「……つまらない」


「命乞いなんて絶対にしないからなっ!」


「つまらない」


「殺すんなら、いっそ殺せっ!」


「あー、つまらない」


 右脚が根本から切断され、左脚も同じように斬り飛ばされる。両腕も両脚もなくしたボクは、自立することすらできない。


「あーあ。腕も脚もなくしちゃってカワイソー!でもウチらに舐めた口きいたんだから当然って感じー!」


「全くその通りですな。それにしても、ロウゼの拷問趣味は相変わらずですなぁ」


「これは私の趣味ではありません。彼に対しての純粋な罰です……さて、両腕と両脚を切断しました。今すぐ私達への侮辱的発言を撤回し、泣きながら謝罪しなさい。そうすれば、楽に殺してあげますよ?」


「誰が謝るもんか!お前らはボビンさんより弱い!」


「仕方がないですね……《 返撃・極 》」


 ロウゼが刀を舐めた瞬間。想像を絶する程の痛みが、ボクの身体中を目まぐるしく駆け巡った。


「がああああああああっ!」


「ふふっ、痛いでしょう。四肢が切断されたときの痛みを三倍に増幅して、貴方の元に返還しました」


「はあっ、かはっ、けほっ、けほっ!」


「もう一度言います。私達に謝罪しなさい。でなければ、今の痛みが再び貴方を襲います」


「けほっ、かはっ、絶対に、謝らない……っ!」


「そうですか。愚かな男ですね」


「ねえ、ねえ。ロウゼ〜。このままじゃ埒があかないから、手法を変えてみようよー!」


「ルビー。何か面白い作戦でもあるのですか?」


「まあまあ。見ってて〜♪」


 ルビーがゆっくりとボクの方に近づいてくる。ボクの頭を右踵で強く踏んづけ、口汚く罵ってきた。


「ねえ、雑魚!お前さっきから、ウチらのこと責めてるけどさぁ。オッサンが死んだのって、お前のせいじゃねー?」


 ずきりと胸が痛んだ。


「うむ。確かにそうですな。男は貴方を庇うようにして戦っていました。もしそうでなければ、ワタクシ達の方が逆に負けていたかもしれませぬ」


「そうですね。つまり、全ては貴方が悪いのです。自分の弱さを私達のせいにしないでください」


 ……胸が痛んだ。確かに、神託の剣の話を最初にボビンさん達に語ったのはボクだ。もしボクがボビンさんに話しかけなければ、彼は今頃ネズミ退治に出かけていただろう。


 それに、もう少しボクの力がもう少し強ければ、こんなことにはならなかった。ボクが弱くて、無能だから、ボビンさんは殺されたのかもしれない。


「お前が弱すぎるから、オッサンは死んだんだよ!それなのに、ウチらのこと睨みつけてるって、完全にバカじゃん!」


「まあまあ、ベリー。こういう男はどこにでもいるのですぞ。自分の能力不足を棚に上げ、失敗を他人や環境のせいにばかりする」


「く……っ!」  


 彼らの言っていることは完璧に正しいわけではないが、完璧に間違っているとも言えない。ボクがもう少し強ければ、ボビンさんと共闘して彼ら三人に勝利できたかもしれない。


 だからって、ボクが全部悪いのか!?冤罪で地下牢に投獄されて、せっかく出られたと思ったら、こんな目にあって、四肢を切断された挙句、まだ責められなきゃいけないのか!


「無様だこと。弱者は自分で、自分を責めることができない。弱者のまま、一生強者に搾取され続け、最後は適当に喰われて死ぬ」


 ロウゼが再び刃を舐めた。怒涛の痛みがボクの身体中を高圧電流の如く駆け回る。


「があああああああああああっ!」


「………つまんな〜い。なんかウチ飽きてきちゃったなあ。ねえねえ。これからどうすんの。ロウゼー?」


「そうですね。このまま放っておきましょう。そうすれば、いずれ自然に死ぬでしょうから」


「しかし、ロウゼ。こんな汚い肉ダルマを館に置いておいたら、イザベラお嬢様に叱られてしまいますぞ」


「それもそうですね。ならば草むらにでも、捨てておきましょう。その辺の獣が勝手に食べるでしょう」


 そんな、ボクは、いつまで、こうしていればいいんだ。鮮血が迸り、体液が飛び散る。だんだんと意識が遠くなっていき、叫ぶだけのオモチャに成り果てる。


「がああああああああ!やめろおおおおお!ぎいいいいい!やああああああ!ごろじでえええええええ!」


 手足をなくし、のたうち回ることすらできないボクを目の端で捉え、三人は揃って失笑した。


「ぷっ、可哀想な死に方。間違っても、あんな風にはなりたくないものですね!」


「アッハハハハハッ!肉ダルマが大声で叫んでて、マジで面白〜い!最期は獣に喰われて死ぬとか、マジでかわいそ〜!」


「フォッフォッフォ。全く滑稽ですな!弱者が強者に逆らったから、こうなるのです!強者である我々には関係のない話ですなあ!」


 三人は顔を見合わせ、しきりに笑う。束の間雑談した後、それぞれの業務へと戻ろうとする。


「じゃあ、ウチはお風呂掃除に行ってくるねー!」


「ワタクシは溜まった書類の整理を始めます。そこの肉ダルマは手筈通り、ロウゼが捨てといてくだされ」


「了解しました。周辺の掃除を終わらせた後、私も通常業務に戻ります」

 

 意識が途切れ始める。ああ、もうダメだ。眼が見えなくなった。ここでボクの人生は終わりか――



 シュン、シュン、シュン。



 そのとき。何かが斬れる音がした。



「…………ん、今何が起こったのお?」


「…………はて。妙な物音がした気がしますが。ロウゼは無事ですかな?」


「…………私は無事です。それより一体何が」


「――クククッ、まだわからないのか?」


 状況が理解できていない彼らを眺め、我は優雅に微笑を浮かべる。


「うるさいな無能がって……何っ!?」


「手脚が再生している、だと。ありえぬ!?」


「そんなまさかっ!確かに私が切断したはずです!それをどうして、そんな平気な顔して、立って!?」


 口をパクパクさせている彼らを眼下に、我は薄らと笑う。驚くのも無理はない。彼らが魔法で切断したはずの我の身体が、元通りに再生しているのだから。


「ど、どうしてなのですか!」


「私の魔法が効かないわけないのにーっ!」


「これは何かの間違いです。悪い夢ですぞ!」


 未だ現実を受け止めきれない彼らに対し、我は素敵な忠告を施してやった。


「クククッ。お前ら。我に目を向けている場合ではないと思うぞ?自らの身体を見てみろ」


「は?」


「ん?」


「えっ」


 三人は恐る恐る視線を傾け、絶叫を上げた。ようやく気づいたようだ。自らの両腕と両脚が切断され、ダルマのような容姿に変貌していることに。


「な、何でええっ!ウチの両腕と両脚がない。ダルマみたいにっ!嘘でしょおおおおおおおっ!」


「ワタクシがこんな惨めな姿になるなど、ありえない。何故なのだ。油断などしていなかったはず!」


「ふっ、ふざけるな!どうしてこんなことにっ!どんな手品を使った!お前は一体何者なのですか!」


「応える義理はない。さて、落とすぞ」


 ぷかぷかと宙に浮かんでいた彼らを落とす。浮遊魔法を解除された彼らは正にダルマの如く、ゴロンと床に転がった。


「くっ……さっきの怪音は、私達の手足が切断された際に生じたものだったのですねっ!」


「このワタクシが、こんな無能な雑魚に弄ばれるなど。ありえぬっ、これは何かの間違いだ!」


「やだあああっ!ウチの手足返してよおおおおっ!」


「クククッ、三つ子のダルマ盛りだ。よく吠える」


 甘美の面持ちで、ベリーの方に近づいていく。卵形の頭部を右手で掴み、その幼なさが残る端正な顔面を丁寧に見定める。


「何っ、ウチの身体に何をする気っ!?」


「なあに。大したことではない」


「ふんっ、どうせウチの頭を踏みつける気でしょ。ウチがさっきそうしたみたいに!」


「……踏みつけられるくらいで、済むと思っているのか?」


 我はベリーの両肩をがっしりと掴み、その白い肌に食いついた。我の犬歯が彼女の皮膚を破り、新鮮な肉を破壊する。ぶしゅうっと鮮血が溢れ床が汚れた。


「があああああっ!ふっ、ふざけんなああああっ!お前一体何をしてんだよ!?」


「見てわからないのか。これから、貴様を喰うのだ」


「ウチを、喰うって……!?なんで、どうして、そんなっ!人間が、人間の肉を喰うなんて、頭が狂ってるんじゃないの……!?」


「はぐっ、もぐっ、じゅる……貴様が何を思おうが、どうでもよい。それより見ろ!貴様の内臓が外に飛び出ているぞ!」


「ひっ、ぎあああああああああああっ!」


「クククッ、あまり大声を出さない方がいいぞ。次々と飛び出してくるから。これは小腸で、こっちは大腸か。色は悪いが、味は悪くない」


「やめろ!そんなところ喰うな!小腸も大腸もなくなったら、まともに動けない!ウチが死んじゃう!」


「安心しろ。ロウゼの魔刀と同効果の魔法を使用しているから、今の貴様には痛覚がない。逃げることすらできず、ただ自分の身体が我に喰われていく様を、黙ってそこで傍観しているがいい」


「やめて!ウチまだっ、死にたくない。生きていたいの。嫌なのっ!やめて、やめて、お願いだからぁ!」


「はふはふっ、はぐっもぐっ、はふっ、じゃく!」


「ぎっ……」


 脳味噌の一部を噛み潰したら、そこからベリーは喋らなくなった。絶命したようだ。だが、未だにピクッピクッと口角を痙攣させている。


「フッハハハ。貴様達の仲間は面白い表情をするではないか。死して尚忘れぬユーモアの心か!」


「何ということだ。悪魔のような奴め……っ!」


「ベリーが喰われて、死んだ。人間が、人間に喰われた……っ!」


「次はお前だ」


 ジョルジの方に近づいていく。ひいいいいっと荒げる彼の声をまるきり無視して、自らの前歯をその肉に深く喰い込ませる。


「おかしいですぞっ、ワタクシが、こんな死に方をするなどっ、考えられない……っ!」


「はふっ、がぶがぶっ、しゃくしゃくっ、はもっ」


「か、考え直すのです!こ、こ、こんなことはありえない!非人道的だ!あ、ああ、ありえないいいいいいいいいっ!」


 腹を千切り破り、右手を雑に突っ込む。臓器の端を指で掴み、そこから大腸を、ずるずるずるんっ!と引っ張り出した。彼は何も語らなくなった。


「確かに我は非人道的だろうな。しかし、貴様らも言っていたではないか……弱者は悪だと」


 食い荒らした二体の死体を眼の中央で捉え、まるで彼らに語りかけるように言葉を紡ぐ。


「貴様らは我より弱かった。だから、こうなっても仕方がなかったのだ」


 死んでしまった彼らが、反論を述べることはもうない。我は背後に首を向けた。残す獲物は、獅子の仮面を被っている四肢の欠損した女執事が、ただ一人。


「どうして、どうしてっ、私の魔刀と同じ効果を持つ魔法が使えるのですか……!」


「貴様できることは、我にもできる」


「では何故っ!あの男が殺される前に、本気を出さなかったのですか!」


 当然の質問だろう。


「ボビン……どうして彼が死ぬ前に我が本当の力を出さなかったのか。それは――」 


 ニィと口角を吊り上げ、言葉を発した。


「あのときは、我が我ではなかったから」


「何を言って……?」


「知らなくてもいい」


 そのままロウゼに方に闊歩で近づき、彼女が被っていた獅子の仮面を、強引に剥ぎ取った。


「ほう」


 ロウゼの素顔は、碧眼の美しい女性だった。どんな凶悪面が出てくるのか楽しみにしていた手前、なんだか拍子抜けしてしまう。


「な、何ですか……っ!」


「よし。チャンスをやろう」


「チャンス!?」


「命乞いをすれば、助けてやる」


「誰が信じるものですか。さっさと殺しなさい!」


「そう焦るな。ほら、我の身体を見るのだ。四肢が完璧に再生している。貴様の身体も簡単に戻せるぞ」


「私の、身体も、元に……!?」


「そうだ。四肢の欠損した今の貴様は、放っておけば出血多量で死に至る。こういった場合、どのような態度を取るべきか。賢明な貴様ならわかるだろう?」


「……くっ!」


 逡巡の末、ロウゼは決心したようだ。彼女の眼差しは柔く蕩ける。それまで低く凛としていた声音は、妖艶で甘ったるい物に様変わりした。


「ご、ご主人様!私、ロウゼは貴方の為ならなんでもします!お好きにお使いください!私の人生はここから始まったのです!」


「そうか」


「私は、貴方様一筋です!」


「ほう。ならば、子犬の如く吠えてみよ」


「わ、わんっ。わんっ!わわんっ!どうかお願いですから、殺さないでください!お願いですから、四肢を再生してください!本当に何でもしますから!」


 先程までとは、態度がまるで違うだはないか。本当に同一人物なのか、疑ってしまいそうになる。


「フッハハハハハッ!こいつは傑作だ。貴様には間違いなく、執事の才能があるぞ!」


「ありがとございます!ありがとうございます!」 


「では最後にクイズを出題する。我の名を答えよ」


「……えっ」


 ここにきて、クイズを出題されるとは予想していなかったらしい。ロウゼは露骨に焦りはじめる。


「どうした。答えられないか?」


「いいえ、まさか。ご主人様の名前を忘れるなど!」


「ならば、答えろ」

 

 ボビンと共闘中の際、彼は()()のことを二種類の名前で呼んでいた。

 

『マルコっ!』


『ありがとう。ジャック』


 ロウゼが死にゆく者の最期の言葉に、耳を傾けるような、純粋な心を持っているならば、必ず後者の名を口に出すはずだ。


「えっと、そのう、あのっ」


「どうだ。わかったか?」


 ロウゼの顔を見つめていると、それまで思い悩んでいた彼女の顔にパッと光が差した。


「ま、マルコです!」


「…………不正解」


 彼女の顔が、真っ青に変容する。


「これはっ、ち、違うんです!どうかお許しくださいご主人様!何でもしますから!だから、どうか、お願いです!殺すのだけはご勘弁をっ!」


「もういい。戯れは終わりだ」


 我は右手に握っていた獅子の仮面を、拳の中で粉砕した。ロウゼの顔面は血と涙と鼻水で汚れ、妖艶だった眼差しは、濃厚な絶望の色へと染まる。


「ロウゼよ。執事ごっこは楽しかったか?」


「くそがあああああああっ!ざけんなああああああああっ!こけにしやがってえええええええええっ!」


 我は構わず、食事を再開した。





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