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6.洋館の死闘

 



 洋館はレンガ造りの古い建物だ。御令嬢が住んでいそうな気品を、建物全体から漂わせている。


 二人で玄関の方に近づいてみた。門の脇には赤や黄色の美しい薔薇が飾られていて、洋館の玄関を妖艶に彩っていた。


「本当にイザベラがここにいるんでしょうか」


「わからねぇ。人の気配はあまり感じねぇが」


「玄関のドアを叩いてみますね」


「待てよマルコ、正面突破はまずい!」


 ボクが両開きのドアにそっと手を触れると、それに反応したかのようにドアがほんの少し開いた。


「あれ、鍵が掛かってない。空き家なのかな?」


「おい、一回とまれマルコ。何だか不気味だぜ!」


 先へ進もうとするボクを、ボビンさんが制した。


「まるで誘いこまれてるみてぇだ。これ以上は進まない方がいい。別の侵入口を探すぞ」


「侵入って、それじゃまるで悪いことをしに来たみたいじゃないですか」


「……あながち間違いとも言えねぇな」


「え」


 そういえばボクはまだ訊いてなかった。どうしてボビンさんが危険だと知っていながら、ボクについてきてくれたのか。


「オレは神託の剣に恨みがある。魔物が絶滅して仕事がなくなったのも、仲間が引退したのも、元を辿れば全部あいつらのせいだ」


「それは、そうかもしれませんけど。まさか、ボビンさん。イザベラを殺すつもりですか!?」


「流石に命まで取るつもりはねぇさ。ただ一発ガツンと言いに来ただけだ。けどよ、本人を前にしたらどうなっちまうかわからねぇ」


「そんな……」


「驚くことはねぇだろう。だっておかしいじゃねえか。オレ達がこんなに苦労してんのに、あいつらは安全な場所でぬくぬくと隠居してんだぜ?」


「ボビンさんの気持ちはわかります。だけど!」


「知ってるかマルコ。神託の剣は魔王を討伐した直後に各王国から、巨額の報奨金を受け取っているんだ」


「報奨金……」


「名声も富も手に入れたんで、仕事をやめて隠居しますってそりゃねえだろ。奴らのせいで殆どの冒険者が失業に追い込まれたんだ。皆んな苦労してる!」


 拳を握りしめて語るボビンさんの姿は、真に迫るものがあった。


「オレ達全員に謝れよ、責任取れよ、逃げんじゃねぇよ!」


「ボビンさん……」


「奴らが憎くてたまらねぇんだよ!お前もそう思ってたから、神託の剣を探してたんじゃねえのか?」


「ボクは……」


 彼にこれ以上嘘はつけない。本当のことを伝えようと思った。


「ボビンさん、すみません。ボクは貴方を利用していました」


「何だと?」


「ボクの本名はジャックといいます。わけあって追われていて。それと、その」


 息をゆっくりと吸い、事実を告白した。


「……神託の剣の、元メンバーです」


「あぁ!?」


「ボクがここに来たのは、五年前に別れた仲間と再会する為なんです」


「おめぇ、一体全体、何を言って……」


 しばらく状況が飲み込めない様子のボビンさんだったが、ボクの真剣な顔を見てその発言が冗談ではないと察したようだ。膝を落とし、虚な目で空を眺める。


「……そっか、そういうことかぁ。オレはまた騙されちまったんだなぁ。神託の剣の奴らに」


「ボビンさん、ボクにも、その」


「うるせぇ!言い訳なんざ聴きたくねぇよ!こうなったら、オレ一人で館に乗り込んでやる。お前もイザベラも殺してやる!」


「落ち着いて、ボビンさん!」


 そのとき――館のドアが勢いよく開け放たれ、衝撃波がボクを襲った。あまりのスピードにボクは、殆ど反応ができなかった。


「い、今のは一体」


「マルコ見ろ。おめぇの右腕が!」


「ボクの右腕…………?」


 右腕が肩の方から、ぼろんと落ちた。ナイフで切られたような綺麗な切り口だ。不思議と痛みはない。


「ぼ、ボクの腕がああああっ!」


「大丈夫かマルコ、チクショウ。誰がこんなマネをしやがった。出てこい!」 


 洋館の中で妙齢の女が微笑を浮かべていた。黒色のスーツを着ていて、獅子の仮面を被っている。艶のある黒髪は後ろで一つに括られていた。


「来客の予定はなかったので、侵入者とお見立てしましたが、間違いでしたか?」


「てめぇ、何者だ!」


「人に名を訊くときはまず、自分から名乗るものなのですが。まあ、いいでしょう」


 漏らし笑いを一つしてから、女はゆっくりと息を吐いた。左手には漆黒の太刀を備えている。


「私の名はロウゼ。当館の執事を務める者でございます。そして勿論、庭のゴミ掃除も私の職務のうち」


「誰がゴミだと。舐めやがって!」


「ロウゼさん、ぼ、ボクの話を聴いてください!」


 鮮血の迸る右肩を庇いながら、必死に叫ぶ。


「ボクはイザベラの元仲間なんです。彼女に会わせてください!ジャックと言ってくれれば、たぶんわかると思います!」


 彼女はボクの方に視線を動かし、睥睨した。


「…………身の程を弁えなさい。生ゴミが」


「え」


「イザベラお嬢様は、今世に名を轟かせる史上最高の賢者なのです。そのようなお方と、お前のような生ゴミが仲間のはずないでしょう?」


「ほ、本当なんです。信じてください!」


「黙りなさい。これ以上お嬢様の名を汚すな」


 言い捨て、彼女は漆黒に輝く太刀の刃をじゅるりと舐めた。


《 返痛(ヘンツウ) 》


 太刀の刃が血の色に煌めくと同時に、それまで感覚が消えていたボクの右肩に、怒涛の痛みが走った。


「がっあああああああっ!」


「ちっ、魔刀か!」


「ご名答。これこそが魔刀セイリュウの力。切り口に生じる現象を自在に操ります」

 

 のたうち回るボクをよそに、ロウゼは魔刀をぶるんと振って挑戦的な微笑みをつくる。


「……貴方も殺されますか?」


「へっ、殺せるもんなら、殺してみろよ。このバカタレがああああっ!」


「ま、待ってください。ボビンさん」


 激昂したボビンさんは洋館の中へと入っていく。感情的になって我を失っているように見えるが、実はそうじゃない。


 ボビンさんはボクの為にも戦うつもりなんだ。傷を庇いながら二人で逃げても、途中で追いつかれてしまうだろう……こうなったら戦うしかない。意を決して、ボクも建物の中へ歩んだ。







 洋館の内部に入って愕然とした。ロウゼの他にも仲間がいたのだ。階段脇に犬の仮面を被った男が一人。


 壁際に黒猫の仮面を被った少女が一人いる。薄々わかっていたことだが敵はロウゼだけではないらしい。


「ワタクシの名はジョルダ。普段は執事ですが、お嬢様のまわりを飛ぶ蠅を、叩く役目も担いまする!」


「ウチの名はベリー。以下同文〜。あんたらには悪いんだけどさぁ、大人しく殺されてくんな〜い?」


「我ら仮面執事三人衆。イザベラお嬢様を護衛する者として、貴方がたを速やかに排除します」


「臨むところだ。この野郎!」


 ボビンさんは腰に携えた大剣を抜き、ロウゼに向かっていく。


《 螺旋の剣戟 》


 ボビンさんが強力な技を放つ。同時に竜巻の形をした巨大な衝撃波がロウゼの身を襲った。彼女の身体は上空に吹き飛ぶ。


「どうだっ!」


「風を起こしたところで、どうなるというのです」


「ふんっ、負け惜しみだ!」


「貴方こそ、足元に気をつけた方がよろしいですよ」


 ロウゼは宙を飛びながら体勢を整える。その状態のまま太刀をジュルリと舐めた。


《 返撃・極 》


 途端。前方から巨大な斬撃波が出現し、ボビンさんに突撃していく。ボビンさんは豪快に大剣を振ってそれを弾いた。


「くそっ、この野郎。あらかじめ床に傷をつけていやがったな」


「ふふっ、その通り」


 仲間の使用した風魔法により、ロウゼは怪我なく綺麗に着地を決める。


「床に僅かな斬り口をつけておいたのです。後は魔剣の効果で、その斬り口に斬撃効果を生じさせるだけ」


「そいつは厄介だな」


「諦めて、大人しく殺されますか?」


「冗談言うな。まだまだこれからだ!」


 そこから激戦が始まった。仮面執事であるロウゼ、ジョルダ、ベリーは巧みな戦術でボビンさんを追い詰めていく。


 剣術、武術、魔法。そのどれもが強力だった。いくら熟練冒険者のボビンさんといえど、三人を相手にボクを庇いながら戦うのは至難の技だ。


「床から次々と斬撃が現れます。果たして貴方に勝てるでしょうか。アッハハハハハハハハ!」


「カカッ、ワタクシの武術も捨てたものではないでしょう。貴方の頭蓋骨くらい簡単にカチ割れますぞ!」


「ベリーの魔法をいなすなんて、オッサンまじで強いね〜。でも三人を相手にして体力限界って感じぃ?」


「くそおおおおおおおっ!」


 ボビンさんの額に疲労の汗が滲む。ボクも応戦したいところだが、重傷のせいで戦うことができない。


「ボビンさん。今からでもボクを置いて逃げて!」


「うるせぇ!怪我人はオレの後ろに引っ込んでろ!」


 そのとき。ベリーの杖がボクの方に向いた。彼女はニヤリと笑う。同時に巨大な火炎玉が放たれた。


「マルコおおおおおっ!」


 音速で近づいてきたボビンさんは、ボクの身体を担いで横方向に大きく跳躍した。


「ふふっ、隙あり」


 完全にボクのせいだった。ロウゼの魔刀によってボビンさんの身体は真っ二つに断ち切られた。


 そこにジョルダが追撃を加える。首に強烈な蹴りを受け、ボビンさんの首がグキッと嫌な音をたてた。


「がっ……はっ……!」


 ボビンさんは、その場に倒れる。ボクは這いながらボビンさんの側にすり寄った。もう助からないだろうということは、治癒師ではないボクでもわかった。


「ボビンさん、しっかりしてください!」


「もう……ダメだ……」


 ボビンさんの意識は失われる寸前だった。その目は今にも閉じてしまいそうだ。


「帰った後……おめぇには、色々と文句が言いたかったんだがなぁ……まあ、いいか」


「そんなこと言わないでくださいっ!一緒に帰りましょうよ!文句ならいくらでも聴きますから!受付のお姉さんになんて言えばいいんですか!」


「お前と一緒にいてよ……久しぶりにっ……仲間と過ごしてた頃を思い出せたぜ」


「そんな、嫌だ。逝かないでください!」


「色々とすまなかった……ありがとう。ジャック」


 直後、ボビンさんの首は吹き飛んだ。ボクは斬撃が飛んできた方向を、恨めしげに睨みつける。


「あら。オッサン特有の臭い演技だと思ったのですが。私の勘違いだったようですね」


「ロウゼってば、やりすぎっしょ!?首を斬り飛ばされて死ぬとか、マジで可哀想。ほんとウケるわ〜!」


「ベリー。ロウゼを責めても仕方がないでしょう。全ては自分自身が悪いのです。オッサンがもう少しだけ私達よりも強ければ、死に方も選べたでしょうに」


「あははははっ!そだね〜、弱いのが悪いよね〜!」


 ボビンさんの死体を見て笑っている。ゴミを見るような目で見ている。ボクは許せなくなって、叫んだ。


「三人で戦ってるくせに何言ってるんだ!ボビンさんは懸命に戦った!弱いのは三体一で、卑怯な戦い方をしているお前らの方だ!」


 ロウゼは素早く剣を振る。斬撃が飛来し、今度はボクの左腕が根本から切断された。


「貴方は……歯応えないですねぇ」


 ロウゼはつまらなそうに、そう言った。





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