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4.冒険者ギルド




 わけがわからなかった。ふと気づいたときには、ボクは地上にいた。


 朧げな記憶を掘り起こし、悟る。どうやらボクは脱獄を成し遂げてしまったらしい。


「やった!ボクは殺されずにすんだ!ボクはちゃんと生きてるぞーっ!」


 歓喜の声を上げたものの、すぐに口をつむぐ。この状況で自由を謳歌できる程、ボクは能天気な性格じゃない。


 とりあえず、ボクは一生懸命に走ることにした。何しろ脱獄してしまったのだ。今更、後戻りするわけにはいかない。


 これからは常に追手を意識し、逃げ回る暮らしとなるだろう。今後のことを思うと、後悔の気持ちが芽生えないでもない。


 だけど、それ以上にボクは嬉しかった。外の世界に戻れたんだ。上手くいけばパーティーメンバー達と再会できるかもしれない。


「はっ、はっ、はっ、アレキサンドル、イザベラ、ブレディ、マイア……!」


 疾走しながら、仲間の顔を思い出す。あれからもう五年も経っているから、姿も変わっているはずだ。


「ボクは仲間を信じてる。皆んながボクのことを裏切ったなんて、ありえない。皆んながボクを追放したのには……きっと、何か深い理由があったんだ!」


 息を荒げ、森を駆け回り、沼地をひた走る。川を泳ぎ渡り、道がわからなくなれば人に訊ねた。そうやって懸命に先へと進む。


「衛兵さんが言ったことは、全部嘘っぱちだ。そうに決まってる。ボクは皆んなを信じ続けるんだ!」


 馬鹿と罵られようが構わない。不器用でも無能でも別にいい。自分の心に真っ直ぐに生きたその先に、何か尊いものがある気がするんだ。


「おおおっ、頑張れボクーっ!」


 仲間への想いが、ボクに無限ともいえる体力を与えてくれた。そして気づいたときには、首都アルスフォルンに到着していた。


「――相変わらず賑やかなところだなぁ!」


 街の中央にある広場を眺め、感嘆の声を上げた。流石は王国の首都だ。他の街にはない華やかさがある。


 野菜や肉を叩き売る者、それを買う女達、馬に乗っている旅人らしき集団。博打に興じている男達、占い師に大道芸人に彼を取り囲む子ども達。


 それらは輝かしくも、懐かしい光景だった。感慨のあまり棒立ちになっているボクのところに、


「おい、野郎」


 木箱を運んでいる男が通り、ボクの肩にぶつかってきた。両者ともバランスを崩し、軽くよろめく。


「通行の邪魔だ。ぼーっと突っ立ってんじゃねえぞ」


「すみませんっ!」


 退くと同時にさっと顔をそむけた。今のボクは囚人服の上に、薄いボロ布を頭巾代わりにして被っているという風体だ。


「今のボクは脱獄囚だからな。素顔が割れちゃ駄目なんだ……あ〜、それにしてもお腹が減った」


 腹の虫が栄養を欲して、ぐうぐうと鳴っている。逃走に夢中で、昨日から何も食べていないのだ。


「ご飯が食べたいけど、お金がない。あそこで稼げる場所を探そう」


 金銭の獲得と情報収集を兼ねて、ボクは冒険者ギルドの門を叩いた。







 冒険者ギルドは強者共の集会場だ。筋骨隆々の強戦士、優雅な魔法使い、一流を目指す剣士などが、ひしめきあっている。


 場所は違うけど、ボクがアレキサンドル達と最初に出会ったのも、冒険者ギルドだった。懐かしい。けれど、今日は利用者の数が少ないのが気になる。


「すみません。受け付けはここですか?」


「はい」


「ああ、よかった。冒険者登録がしたいんです」


「登録ですか?」


「そうです。名前はジャッ……」


 本名を言いかけ、慌てて口をつぐむ。お姉さんはボクの顔を見て、怪訝そうに首を傾げる。


「じゃ?」


「これは違うんです!ボクの名前はジャックじゃありません!い、言っちゃった。あ〜もう、今言ったこと全部忘れてください!」


「えーと……つまりどういった用件でしょうか」


「はい、だからそのっ、ボクは冒険者登録をしに来たんですけど名前は。あの、そのう」


 困ったことになった。冒険者登録をするには、本名や出身地、特技の情報を書き込まなければならない。


 それらは記録され、高位魔法によって白銀色の長方形のプレートに書き込まれる。


 つまるところ、下手な嘘を言っても簡単にバレてしまうのだ。なので、本当の情報を告白しなければならないのだが。


「う〜ん。どうするべきか」


「あのう。冒険者登録は、なさらなくて結構ですよ」


「え?」


「プレート制度なら廃止になりました。今は冒険者の個人情報を、ギルド側で管理することはありません」


「な〜んだ。そうだったんですね!」


 ああ、よかった。五年前とは勝手が違うらしい。これで本名を晒さずに済む。


「すみません、お姉さん。何しろ数年ぶりなもので」


「ふふっ、久しぶりに冒険者ギルドをご利用するお客様は、未だに間違われることが多いんですよ」


「はあ、そうですか。けど冒険者の名前をギルドで管理しないとなると、そちらは混乱しませんか?」


「いいえ、全然。何しろ時代が変わっちゃいましたからね。近頃冒険者を目指す若者の数は、めっきり少なくなったでしょう……?」


「そ、そーですね」


 そうだったのか。どうりで街中に冒険者がいないはずだ。この五年間で、若者達の価値観が変化したということだろうか?


「一応、名前だけは控えさせていただきますね」


「わかりました。ボクの名前はマルコです」


「マルコさんですね」


 偽名を語って、その場をしのいだ。


「では、マルコさん。クエストの受注をなさる際は壁に貼ってあるクエスト用紙を持ってきてください。また、クエストは冒険者が発行することもできます」


「わかりました。あと、もう一つ」


「はい。何でしょう?」


「神託の剣というパーティーをご存知ですか」


 ギルドの受付係を務めている彼女なら、アレキサンドル達のことを、知っているかもしれない。


「神託の剣ですね。はい、勿論知っていますよ」


「本当ですか!?」


「ふふっ、マルコさんってば。神託の剣の名前なら子供でも知ってますよ」


「そうなんですか……すみません不勉強なもので。別にお姉さんを、からかっているわけではないんです」


「いえいえ。彼らについて知りたいとおっしゃられる方は、山程いらっしゃいますから。それで、神託の剣の何を知りたいんですか?」


「そうですね。彼らは今どこで何をしているのか。できれば、具体的に全て教えてください!」


「マルコさん」


 お姉さんは申し訳なさそうな表情で、こう言った。


「……神託の剣は、五年前に解散してしまいました」


「え!?」


「彼らは解散後、全員が冒険者を辞め、それぞれが別の道に進んだそうです。なので、今はパーティー自体が存在しないんです」


「解散!?どうして!?」


「魔王を討伐したからです」


「魔王を討伐した!?」


 驚きのあまり放心していると、後ろから肩を掴まれた。振り向くと、そこには髭面の大男が立っている。


「さっきから素っ頓狂な声を上げて、何をしていやがる。用があるならさっさと済ませろよ。後ろが詰まってんだぞ!」


「す、すみませんっ!お姉さんから、魔王が討伐されたって聞いたもんですから。つい」


「はぁ?何を驚くことがあるんでい。魔王が討伐されたことなんざ、子供でも知ってるだろうが」


「はあ。不勉強なもので。どうもすみません」


「まあ、いいってことよ。魔王が死んで世界が平和になったのはいいが、おかげで大半の魔物が絶滅。クエストの数が激減。それに合わせて冒険者を目指す若者の数も、激減しちまってよお」


 髭男はがっくりと肩を落とす。


「ここのギルドだってそうさ。周りをぐるりと見渡してみろよ。閑古鳥が鳴いていやがるぜ。そ〜れカッコウ、カッコウ……」


「もう、ボビンさんったら、余計なこと言わないでくださいよっ!」


 話を聞いて辛い事でも思い出したのか、お姉さんは目頭をハンカチで押さえている。


「貧乏なのは自覚してるんですから……うう〜っ、しくしくしく」


「人気ナンバーワンの職業だった冒険者が、こんなことになるなんてなぁ」


「色々と大変なんですね……」


 どうやら、アレキサンダル達は、ボクがパーティから追放された後も冒険を続け、無事に魔王を倒すことができたらしい。


 だけど、そのことが原因で冒険者や冒険者関係の仕事に就く人達に、多大な損失をもたらした。


「ふざけやがって。神託の剣の奴らを、ぶっ殺してやりたい気分だぜ。ちくしょうっ!」


「彼らが表舞台を離れ、隠遁の道を選んだのも、自分達の身の危険を、案じたからなのでしょうか……」


「そうだろうな。奴らを憎んでいる冒険者は、俺だけじゃねえ。そいつらに居場所がバレたら、奴ら消されるぞ」


「魔王を討伐する為に、冒険者を志した方々も多いでしょうに。魔王が倒されたことで、逆に仕事を失うことになるなんて……皮肉なものですね」


「うむ。魔王が死ねば幸せになれると、皆んなが思っていたからな。実際はこのザマだ。安いクエストを大量にこなして、暮らしていくしかねえよ」


「は〜……何が幸せかわかりませんねぇ」


「これでいいんだろうよ、きっと。世の中がよくなったんだ。古い職業は淘汰されるのが自然の摂理だろ」


「淘汰される側は、たまったもんじゃないですよ。はぁ、この仕事やめようかなぁ……」


 後ろを見ると、ボビンさんの他にも冒険者が立っているが一様にその顔は浮かばれない。


「あのう、ボビンさん」


「ん、何だぁ?」


「もっと教えてください。冒険者のこととか、ギルドのこととか、色々と!」


 頭を下げてそう言った。彼は察するにかなりベテランのようだ。彼から学ぶことは多い。


「ん、お前何も知らないのか?」


「はい。色々あって、世間と隔絶した場所で暮らしていたものですから。ここ五年間のことを何も知らないんです……」


「そうか。複雑な事情があるんだな。だったら、いいぜ。他にやることもねえしな。オレの知識を授けてやろうじゃねえか。さあ、一緒に来い!」


「えっと。でもボビンさんは、受け付けに用があるんじゃ……」


「いいや。心配はいらねぇ。こいつを受注しようと思ってただけだからよ」


 ボビンさんはクエスト用紙を自らの顔の前に掲げ、ぴらぴらと動かして見せた。


「床下にいるネズミの退治、ですか」


「しょうもねぇクエストだろう?ったく誇り高き冒険者をなんだと思ってやがるんだ。チクショウ!」


「あはは……ボビンさんはやらない方がいいですよ」


 ボクらは連れ立って、受け付けの列から離れた。




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