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3.変わった食事




「仲間に裏切られた挙句に、五年間も檻の中にいるとか面白すぎんだろ!ぶっはははははははっ!」


「黙れっ!」


 拳で檻を強く殴りつける。衛兵は一瞬口をつぐんだものの、顔に張り付いた笑みが消えることはない。


「……うひっ、ようやく現れたな。殺人鬼の本性が」


「だから。ボクは何度も、冤罪だと言ってるでしょうが。いい加減にしてください!」


「今更喚いても遅せえんだよ。バーカ」


「ふざけるな!殺すぞっ!黙れえええええっ!」


「はわわわ〜っ、殺人鬼が檻の中で吠えてるよ〜、超こわ〜い」


「…………くそぉ」


 駄目だ。衛兵の煽りに一々反応していたら、こちらの精神がもたない。

 

 ここが檻の中でなければ、今すぐにでも衛兵の身体に飛びかかり、その憎たらしい顔面に思い切りパンチを入れてやるのに。


「……ボクが裏切られたって、根拠はあるんですか」


「まだわかんねーのか。別れ際にリーダーに言われた台詞を思い返してみろよ」


 ボクは鈍感な頭をフル回転させて、あのときの情景を脳内に再現する――



『心配はいらないぞ。ジャック』


『えっ』


『衣食住なら、すぐに確保できるだろう』



 ――顔中の毛穴から、冷や汗が浮き出てきた。ボクの様子を眺めて、衛兵は再び笑みをつくる。


「衣食住が確保されていて、身寄りのないお前が行ける場所といえば、たった一つしかないよなあ?」


 衛兵はプッと吹き出した。


「牢獄のことだ。お前のリーダーは、最初からお前が投獄されるという事実を知っていた。つまり全ては仕組まれてたってことだ!ぶっはははははははっ!」


「……そんな。信じられない」


 黒幕はパーティーメンバー達。ボクが五年間も暗い牢獄にいるのは、皆んなの仕業だったというのか。


「ふと思ったんだがよお、オメエの所属していたパーティーの名前は“神託(しんたく)(つるぎ)”っていうんじゃねーか?」


「そ、そうです。“神託(しんたく)(つるぎ)”です!」


「やっぱり、そうきたか」


 衛兵は顎に手を当て、満足げに頷く。


「五年間檻の中にいるお前が、その名を知っているというのなら、今までのホラ話にも、多少の真実味が出てくる」


「衛兵さんは、神託の剣をご存知なんですか!?」


「今どき知らねぇ奴なんていねぇよ。そうか……奴等なら罪状を捏造し、お前を牢獄にぶち込むことくらい簡単にできるだろうなぁ」


 衛兵の発言はイマイチ不明瞭だ。しかし、それも仕方がない。何しろボクは五年も檻の中にいるのだ。昨今の世情にはどうしても疎くなる。


 衛兵はボクの方に近づき、檻の外から囁いた。


「まあ、流石に同情するぜ。来世に期待しろや」


「……それが訪れるまで、この小汚い檻の中で、ボクは何十年待てばいいんですか」


「ひひひっ、喜べ。明日で終わりさ」


「え」


 今、何て言った。ボクは顔を上げ、慌てて衛兵の方を見つめる。


「明日って、どういうことですか!?」


「そのままの意味さ。お前は明日処刑されるんだ」


「…………え」


「噂ぐらいは耳にしてたんだろう?急遽処刑の日が明日に決まったんだ。よかったなあっ!」


 全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。急にそんなことを言われても、実感が湧かない。


「処刑って、ボクが死ぬって。嘘だ。いや、あの、そんなのっ。冗談なんですよね。衛兵さん……?」


「残念ながら、本当だ」


「頼みますから!冗談だと言ってくださいよ!」


「うっせえ!黙って自分の死を受け入れろ!ここにぶち込まれて、五年も生きられただけ感謝しろよな!」


「そんな、どうして。ボクは冤罪だって、五年間ずっと言い続けていたのに!」


「バッカだなあ。お前の発言なんて、誰も真剣に聴いちゃいねえんだよ。重罪人に認定された奴は、人間として扱われてねえんだから」


「…………あまりにも酷すぎます」


「まあ、元気出せよ。遺言代わりの与太話なら、存分に聞いてやったし、お前にこれ以上生きてる意味とかねえだろ。潔く死んどけや」


「嫌だ、嫌だぁ。そんなの嫌だああああああっ!」


「まーた幼児退行が始まった!今更泣いても喚いても無駄だっつってんだろ!五年間過ごしても、まだわかんねえのか!ぶっはははははははははははっ!」


 檻の外から、憎々しい高笑いが聴こえる。ああ、ボクの人生は明日で終わるんだ。明日になったら、ギロチンで首を刎ねられて殺される。


 何も残さぬまま、人知れず、親しい者も、愛する者もなく、大量殺人犯のレッテルを貼られたまま、ひっそりと……。


 ボクを裏切ったパーティーメンバー達の顔が次々と念頭に浮かび、幻覚のように霧散していった。


「ぷぷぷーっ!まあ、お前はよくやったさ。全ては運と環境が悪かっただけ!お前の親が阿保なせいでお前も、こ〜んな出来損ないに育っちまった。文句は地獄で垂れとけや。てことでお疲れ〜!」


「…………なない」


「あぁ?」


「ボクは死なない」


 衛兵は唖然とする。それから再び笑い出した。


「ぶっはははははっ!オイオイジャックさんよお!お前急にどうしたんだ!?えっ、自分が重罪人だってこと忘れちまったのか!?あのう、頭悪すぎん?」


「何度でも言う。ボクは死なない」


「ふんっ、あんまり調子に乗んなよ!この頑丈な檻の中で、魔法も剣術も使えねえお前に何ができるってんだ?お前は明日に処刑されるんだよ!親も兄弟も仲間もいないお前に希望なんてねえ!潔く諦めろ!」


「何を言われても、絶対に諦めません!」


 衛兵はボクを見つめ、呆れ混じりの溜息をついた。


「はあ〜、流石に頭悪すぎんだろ……だからよお。お前は仲間達に裏切られた挙句、明日処刑されるんだってば。ま〜だわかんねえのかよ。このボンクラ」


「ボクは自分を……そして、神託の剣のメンバー達のことを今でも信じています。自分が処刑される瞬間が訪れるまで、絶対に信じ続けます」


「正気かよ。お前を追放した奴らのことだぞ?」


「確かにボクは昔、仲間に罵られ、パーティーから追放されました。それには今でも納得がいってません。だけど――」


 それだけじゃない。


「一緒に冒険したり、ご飯を食べたり、戦ったり、ピンチを乗り換えたり……沢山の想い出がある。それら全てが偽物だとは思えないんです」


 誰に何を言われようと、この身が朽ちようとも、想い出の輝きが霞むことはない。


「この五年間で色んなことを考えました。悪いことも沢山考えた。だけど、自分の中にある核は絶対にぶれません!」


 衛兵はへらへらと薄ら笑いを浮かべながら、檻の方に近づいてくる。ぎりぎりまで顔を寄せ、至近距離からボクを罵ってきた。


「負けたよ。ここまでとは恐れ入った。治療不可能の阿保だなあ……お前って奴はよおおおおおおっ!」


「何とでも言うがいい。ボクは仲間を信じる!自分を信じる!仲間に会うまで、絶対に死ぬもんか!ボクは絶対に死なない。ここで死ぬべきなのは――」


 檻の隙間から素早く腕を伸ばし、嘲笑する衛兵の虚をつき、その首を両手でがっしりと掴んだ。


「貴様の方だ」


 そうだ。このときを待っていた。

 五年間、ずっと待ち続けていた。


 舐めた態度の衛兵が油断して、手の出せない罪人を煽りに檻の側へと近づいてくる、この瞬間を。


「何だ、ジャック、お前一体何してっ……ぐっ!?」


「クククッ、まだわからないのか?」


 檻の隙間から伸ばした両手に渾身の力を込める。衛兵の首がじわりじわりと締まっていく。


「貴様は今ここで、殺されるのだよ」


「おいクソジャックっ……おめぇ、こんなことっ……して……許されるとっ……思ってんの……かはっ!」


「クククッ、何を言われてもやめない」


「ざけんなよっ……おめぇ、クソ雑魚野郎がっ、この俺の手でっ、今すぐ……ぶっ殺してっ……ぐくう!」


 構わず首を締め続ける。ぎゅるぎゅるという心地よい音が辺りに響き渡る。


「おいっ……いい加減にしっ……今、やめればっ……特別に許してっ……やるからっ、りゅぎゅううう!」


「かなり締まってきたな」


 そのまま続けていると、衛兵は生存本能から自身の死を悟ったのか、眼から大粒の涙をボロボロ流しながら、申し訳なさそうに詫びはじめた。


「わかっら……ごめんらさいっ、謝るがっ……ゔゔゔっ……許じでっ……ごっ、殺さないれぇ……っ!」


「おお。謝ってくれるのか?」


「ウっ、ウンっ……謝るっ、謝るがらっ……なんろもっ、謝りまずっ……土下座も……じまじゅ……だがらああっ!」


「ならば、許す」


 少しだけ力を緩めてやると、衛兵の目に意識が戻った。命恋しさからか、何度も何度も酸素を吸い込む。


「はーっ、ふーっ、はーっ、ふーっ、し、し、死ぬかと思った。言っとくが、う、嘘じゃないぞ。さ、さっきまでのことは、全部謝るからな!本当にすまなかった。だからすぐに手を離しっ」


「衛兵よ、心からの謝罪に感謝する」


 再度手に力を込めた。


「逝ってよし」


「やめええええええっ!やぐぞっ、じだのにっ!なんれっ、ぐるじっ、いいいいいいいいいいっ!……ぁ」


 手を放すと、衛兵はぐったりと倒れた。 


「死んだ」


 呆気ない最期だった。


「ここで見つかるのも厄介だ。やはり脱獄するか」


 檻の隙間から腕を伸ばし、死肉になった衛兵の袖を掴む。そのまま少しずつ檻の方へ引き寄せて、尻ポケットに携帯されていた鍵を奪った。


「これでようやく檻の外へ出れる。だが、それだけでは意味がない」


 ここは地下牢獄だ。檻の外へ出たとしても地上に出る道中に他の衛兵に見つかってしまう可能性は高い。


「せめて、高位魔法が使えればな……」


 高位魔法を使うには大量の魔力が必要だ。魔力を増やす方法は大きく分けて二つ。味方に治癒魔法を掛けてもらうか、栄養豊富な食事を摂取するか。


 さっき檻の中で簡素な食事を取ったものの、囚人に与えられる飯だけでは足りない。何か他の食料を追加で摂取して、栄養を補給しなければならない……。


 ふと、転がっている死体に目がとまった。


「これも脱獄の為だ。仕方がない」


 衛兵の死体から上着をずりずりと脱がし、肩の肉にがぶりと噛み付いた。皮膚と肉の境目から、ぶしゅうっと鮮血が吹き出す。


「ほう。人肉を食べるのは初めてだが、こいつはなかなかいけるな」


 衛兵の死体は適度に柔らかく、生前の温度を保っていた。硬直はさほど進んでいないようで、思いの外食べやすい。死体に犬歯を刺しこみ、流血を滴らせ、肉を飲み込み、骨を豪快に噛み砕く。


「はふっ、はっ、はっ」


 うむ、意外と美味い。何故か死体の肉はほんのりとした甘味を有しており、後味も爽やかで悪くない。右肩を半分食べ終えたところ、


「いっ……ぬっ、がっ……んがあああああああっ!」


「おお。まだ生きていたのか」


 衛兵が突然叫び出した。痛みによるショックで瞬間的に目を覚ましたのか。それとも、死後変化の一端だろうか。


「まあ、どうでもいい。食事を再開しよう」


 我は気にも止めずに、食事を続ける。


 がつ、がつ、ぼりぼり、はぐ、もぐもぐ、ぼり、がりがり、しゃくしゃく、ぼりぼりぼり、がつがつ。


 その後、衛兵の死体を食べ終わった。次に補充した魔力を消費して魔法を使用する。


「どの高位魔法を使おうか」


 こういった場面で使うべき最適の魔法は、やはりワープ魔法だろう。


 ワープ魔法とは、自身の身体を別の場所へと移動させる空間魔法の一種だ。


 ここからずっと離れた場所にワープしたいところだが、今の身体状態では地上に出るのがやっとだろう。


 だが、あまり贅沢を言ってはいられない。地上に出てからは自分の足で逃走するとしよう。


「短い間だが、世話になったな。衛兵よ」


 骨と皮だけになった衛兵に礼を言う。魔力が満タンになった。もうここにいる必要もない。


「さらばだ。地下牢獄よ」


 衛兵の惨殺死体を置き土産にして、我は地下牢獄からワープした。




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