21.聖女爆発
「今、行きます。マイア様!」
「待ってよ、グレイ!」
グレイは脇目も振らずに、マイアのもとへ走りだした。ボクも背中に乗せた材木を地面に降ろし、慌ててグレイの後を追う。
森を抜け、小川を渡り、平地に出る。そこからまた走り、ようやく家へと到着した。
ボク達はそこで、衝撃の光景を目の当たりにすることになった。
「なっ……!?」
「どうして……!?」
家の前には、数匹の魔物達が出現していた。ゴブリンに、オーク、コバルトにサキュバス。
ドラゴンや、スライム、スケルトン。それらは全て、この世界で数年前まで、現存していた生物達だ。
それらの魔物達が、ボクらの方を好奇の眼差しで見つめている。魔物達が織りなす輪の中心には、マイアが倒れていた。
「マイア様!」
「マイア!」
うつ伏せのまま視線を上げ、マイアはボク達を発見した。苦悶の表情をしながら、不明瞭なうめき声を呟いている。
魔物が何故こんなところにいるのかわからない。だけどそんな疑問を抱いている余裕なんて、今のボク達にはなかった。
「その声は、グレイ、ジャック。二人とも、無事だったの、ですね……!」
「マイア様、なんで、どうして、こんなことに!ここで一体何が起こったというのですか!」
「それが、私にもわからないのです。今朝、目が覚めて、強烈な頭痛で気を失ったかと思ったら、気づいたときには、こんな有様になっていたのです」
「強烈な頭痛!?まさか。数日前、ジャック様に治癒もらった奇病が、再びぶり返したのでしょうか」
「そ、そうかもしれません。私は今、か、身体中が焼けるように痛くて……頭痛もこれまでにない程激しくて。ううう、はあ、はあ、はあ。ああああっ!」
「マイア様、今そっちに行きます!」
グレイは急いでマイアの元へと向かった。苦しそうなマイアに向けて、グレイは何度も名を呼びかける。
「マイア様、目を覚ましてください!」
「……グレイ、私の命は、もうすぐ尽きてしまう、でしょう」
「マイア様、そんなの嫌だ!」
「今までお世話に、なりました。ありが、とう」
「嫌です!そんなことを言わないでください!」
狼狽するグレイを元気付けるように、マイアは青白い顔をひきつらせ、淡い笑みを作り出した。ボクにはそれが、自らの死期を悟ったように見えた。
「さようなら。グレイ、ジャック」
「マイア様、マイア様ああああっ!」
「マイアああああっ!」
マイアの右手は震えながらも持ち上がり、グレイの頬を優しげに撫でる。
……予想していなかった現象が、そこで発生した。
マイアの白い指がきっちりと揃い、鋭利さを持った手刀へと変化する。その手が唐突に――グレイのこめかみを貫いた。
「え……?」
気の抜けた声を出したのは、他ならぬグレイ本人だった。
「マイア様、これは、なんですか」
「ふふっ」
マイアはグレイのこめかみから、自身の右手を引き抜いた。グレイの頭部に開いた穴から、血がどろどろと噴出する。
マイアはそれを浴びて、軽く微笑む。全身に付いた赤黒い血が、マイアの不気味さを際立たせている。
「な、んで!」
グレイは驚愕の表情を浮かべながら、大きく体勢を崩した。流れる涙と共に地面の上へ転がりこんだ。
「痛い。ま、マイア様、なんだか、わからない。おでこから、真っ赤な血が、いっぱい溢れ出ていて!」
「クククッ。私がやったんですよ?」
「マイア様。何故、ですっ、か。なんで僕に、こんなことを、するのですか……!?」
「何故ですって、それはね。ククッ、ククククッ、アハハハハッ!」
「ぼ、僕は、貴女の為に、毎日尽くしてきました。それが、どうして、こんな目に遭わなくちゃ……っ!」
グレイはうつ伏せの状態で、怒りとも憎しみとも驚愕ともつかない、絶望的な表情をしている。そんなグレイに対し、マイアは更なる追い討ちをかけた。
グレイの頭部を右手で掴み、その頭部に圧力をかけはじめたのだ。マイアの手に圧縮され、グレイの頭蓋がメコメコと嫌な音をたてはじめる。
「アハハハハッ!」
「痛い。痛い、です。マイア様。やめてください!」
「そう?痛いの。アハハハハッ!」
「痛い、痛い、マイア様、やめてくださいいい!」
「ぐりぐりぐり。アハハハハッ!」
「痛い痛い痛い!苦しい、くる、ああああああ!なんで、があああああああっ!」
「い、いいひ。ククッ、アハハハッ!アハハハッ!」
「んあ」
がきいっ、と生々しい破裂音を最後に、グレイの頭蓋は砕けた。その瞬間にグレイの呼吸音が、この世界から消えてしまった。
「グレイ!」
「アハハハッ、アハハ、クヒヒヒヒ」
「くそ!わけがわからない。なんでこんなことに。頼むから返事をしてくれよ。グレイ!」
「アハハハッ。死んだから無理ですよ」
「そんな……!」
グレイは今、最愛の恩師の手によって、残虐な方法で殺害されたのだ。それはボクにとっても、殺されたグレイ本人にとっても理解不能な出来事だった。
「マイア、なんでグレイを殺したんだよ!」
「アハハハハハハッ!」
「グレイはマイアのことが大好きだったんだぞ!昔マイアに拾われたから、その恩を働いて返すんだって一生懸命頑張っていたのに!」
「アハハハハハハッ!」
「マイア、なにがおかしいんだよ!グレイのことを大切にしていたんじゃないのかよ!」
「アハハハハハハッ!」
「ああ、狂ってる。変だよ……マイア、おかしいよ」
マイアは涙を垂れ流しながら、高笑いしていた。口角を歪めながら、眉を八の字に曲げている。それは見たこともない奇怪な表情だった。
目は泣いているのに、口は笑っている。まるで二人の人間の感情を、一人で体現しているみたいだった。喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも見える。
「アハハッ、アハハハハッ、アハッ……っに。に、ニンゲン如きが、気安く儂の、身体に、触れるデナイ」
途中から、マイアの声が明らかに変わった。
「どういうことだ」
「じ、ジャック、うううっ、私を殺してっ!おかしくなって、る。うううっ、らああああああああっ!」
「マイア!」
瞬間。マイアの身体が爆散した。家や魔物達が爆発に巻き込まれ、もやのようにかき消えていく。
爆発はしばらくして終わった。ボクは恐る恐る目を開ける。周辺の地面には、マイアの血肉や臓物が、どす黒いシミとなって付着していた。
ボクは顔に付着した血を右手で拭いながら、マイアのいた場所を目を凝らして睨む。そこには僅かばかりの、赤い肉塊しか残されていなかった。
「マイアが、死んだ……!?」
その赤い肉塊が、もごもごと不気味に蠢く。内側から分厚い肉の層を突き破り、小さな脚が現れた。次に白い腕が、塊の中から突出した。
「何が、どうなってるんだ」
肉塊が、内側から完全に破られる。マイアの死肉を突き破って出てきたのは、紫色の長髪を持った可憐な少女だった。
「ふう〜、ようやく外に出られたわい」
「お、お前は!?」
「むう?」
「お前は誰なんだ!どうしてマイアの中から……?」
「なんじゃ、お主。出会って早々に話しかけてきおって。そうか、儂の名前を聞きたいのじゃな」
可憐な少女は、にやりと笑って、
「魔王じゃ」
誇らしげに、自身の名前を発した。




