13.血みどろの死闘
「皆んな逃げてしまったが。まだ戦いを続けるつもりなのか?」
「当たり前だ。最初から他人に期待なんかしていない。どうせこうなるだろうとわかっていたからな」
アレキサンドルは言い捨て、腰に携えられた聖剣を引き抜いて構えた。
「一対一で戦おう。いくぞ、ジャック!」
「臨むところだ。アレキサンドル」
死闘はこうして始まった。手始めにアレキサンドルが動く。聖剣を大きく振りかぶり、必殺技を放つ。
《 光神流奥義・聖極殺 》
光のオーラに乗った斬撃が飛来。彼が得意とする光属性の魔力を纏った剣撃は、対象を焼き焦がす効果がある。我はそれを片手で受け止めた。想像以上のパワーだ。右手がビリビリと痺れる。
「これは。なかなか、効くなっ」
「おいおい、どうした。本気を出せよ。ジャック!」
「くっ!」
久しぶりに戦闘で左手を使った。両手を使用して彼の剣撃を抑え込む。かろうじて受け止めたものの、危機一髪といったところだ。
「我に両手を使わせるとは……少しは楽しめそうだ」
「楽しんでる余裕なんてないぞ。気がついたときには昇天しちまってるだろうからな!」
「ほお。我を相手に挑戦的じゃないか。魔王を討伐しただけのことはある」
「お褒めに預かり、恐悦至極だ。そのまま死ね!」
我は両手を合わせ掌底の形を成す。そこから魔法の凝縮弾を生み出し、何十発も打ち放った。
《 暗黒貫通掌、爆装弾 》
《 光神流奥義・聖烈切断 》
我の発射した数多もの闇魔法弾を、アレキサンドルは聖剣を使って次々と捌いていく。これだけ打っても末端が擦りすらしない。
「ジャック。お前は一体何者なんだ。その強さはどこで手に入れた。大人しく正体を表せ!」
「質問に答えてほしくば、半殺しにしてみろ!ちょうど我がイザベラにしたようにな!」
「そうか。お前がそんな態度を取るならば、こちらも本気を出させてもらうぞ!」
アレキサンドルは腰に聖剣をしまった。姿勢をゆるりと下部に落とし、聖剣の柄を握り締めながら、こちらをぎらりと睨む。
「……こいつはオレがもっとも得意とする技だ」
「……知ってるさ。だが、その技は溜め時間を要するはずだ。我がそれを待つと思うか?」
「ほう。つまり怖いんだな」
「何だと」
我が突っかかってくることも、恐らく予想済みだったのだろう。アレキサンドルは溜めを持続した状態のまま、ニヤリと皮肉げな笑みを浮かべる。
「オレの技を受けるのが怖いから、阻止しようとするんだろう。お前の気持ちはよくわかるぞ」
「安い挑発だな。貴様に何を言われようと、我は溜め時間の途中に、渾身の攻撃を打ち込んで勝利する」
「それで、勝ったつもりになるわけだ。試合に勝って勝負に負けるとはお前のことさ!」
「減らず口を叩くなっ!」
「だってそうだろう。相手に得意技を使わせなかったんだから。万が一、オレがこの技を使えないでお前に殺されたとしても、オレは自分に勝ったと言い聞かせて死ぬだろう!」
「詭弁だな。精神的な勝利などに意味はない。現実的な勝利にのみ価値が生じる。今すぐ貴様の首を掻っ切るぞ!」
「怖いなら、素直にそうしろよ。さっさと首を掻っ切れ。そうすればオレは死ぬが、お前の心には残り続ける。真の勝者としてな。お前はオレに得意技を使わせなかった臆病者だ!」
我は重い溜め息をついた。勝利に対する貪欲な姿勢だけは彼に敵わない、改めてそう思った。
「わかった……得意技を撃ってこい。我はそれを正面から受け止めてやろう。避けることもしない」
「それでこそ漢だ。よく言った」
「アレキサンドルよ。そういう言動をしていると、勇者の看板が汚れるぞ?」
「笑わせるな。人類の平和の為ならばこの看板、いくらでも汚してみせよう……!」
苦笑するアレキサンドルの姿に、我は本物の勇者像を見た。そうだ、勇者とはまさしくこの姿だ。
勇敢なアレキサンドルよ。だからこそ、我は貴様に惹かれたのだ。
「……早くしてくれ、もう待てない。我は貴様を殺したくて、たまらぬぞ」
「悪いが、お前の望み通りにはいかない。この技を正面から食らうがいい!」
腰を丸く屈め、聖剣の柄を強く握る。一見するとしゃがんでいるだけのように感じるが、脚をバネのようにして使用することで跳躍力を発生させ、それを光属性の魔力と上手く組み合わせる仕組みだ。
《 光神流秘義・覇導閃 》
――瞬間。彼の姿が消失した。
「かっ……はっ……!」
流石は勇者だ。全く太刀筋が見えない。我の心臓が一瞬で細切れになってしまった。
「……まだ、すぐに、再生をっ!」
右手に魔力を込め、即座に治癒魔法を発動しようとするが。その瞬間、右腕が根本から切断された。
「くそ、なら、左腕っ!」
右腕は落下し、地面を転がる。直下を垣間見て、我は驚愕した。なんということだ。そこには、我の左腕までもが転がっていたのだ。
「右脚、も。ひっ、左脚、も!」
この間一秒。鮮血が乱れ舞う。全て我の身体から放出されている。皮膚が、内臓が、骨が、神経が。
「ああ、ああ、ああ!」
我の目の前でワルツを踊っている。正確にいえば身体から離れ、宙に飛び散っているのだ。少し遅れて両方の眼球神経が断ち斬られる。視界が遮断された。
「まだ、我は、死なない。我には、この心臓、が」
我は並の人間とは身体の出来が違う。心臓を破壊されない限り、我は何度でも甦ることができるのだ。
アレキサンドルは得意技を使用した後で体力を消耗している。今の隙に治癒魔法を行使するのだ。その後にじっくりと、なぶり殺してやる!
「我の、勝利は、確定っ」
「――リイナっ!今だ!」
「はいっ!」
刹那。一撃で心臓を貫かれた。
「誰……だっ!」
「油断したわね。この化け物が」
名前も知らぬ女が背後から突然現れ、我の心臓を破壊した。ああ、なんということだ。こんな無名の剣士に、この我が攻撃されるなんて、全くの予想外だ。
「あ、アレキサンドル、貴様、一対一だと……っ!」
「おいおい。甘ったれたことを言うなよ」
我は身体をバラバラにされ、粉状となった。アレキサンドルは尚も聖剣を向けながら、毅然と言い放つ。
「オレはどんなズルい手でも進んで使う。中傷や嘲笑も受け付けよう。全ては人類の平和の為だ」
「…………」
アレキサンドルのそばに、急急と件の女剣士が駆け寄る。彼女も勇者に劣らぬ手合いであった。
「見習い剣士が、成長したじゃないか」
「見習いだと思ってるのは、アンタだけ。私は畑弄りの合間にも、ちゃんと修行してたんだから」
「よくわかったよ。成長したな、リイナ。ほら見るんだ。奴の身体が粉塵となって、風に流されていく」
「うん。やっと勝てたわね。イザベラ様とブレディ様を殺して、私達までをも苦戦させる。イザベラ様がおっしゃっていた通り、こいつは魔王にも引けを取らない強敵だった」
彼らは幸福な雰囲気を醸し出していた。いい感じじゃないか。それではネタバラシといこう。
「……クッ、クククッ、クククク」
「ん、リイナ。今、笑い声が聴こえなかったか?」
「う、うん。聴こえた。誰かが見てるのかな」
「おい。オレ達を笑うのは一体どこのどいつだ。死んだジャックの仲間か!」
風に乗って飛んでいた粉塵が寄り集まり、それらは一つの塊となる。そして、一人の男の姿を形成した。
「ククククッ、正解は……死んだジャックだ」
「ジャック、何故生きている!?」
「ど、どうして。あの攻撃を受けて、まともに立っていられるはずがない。心臓を破壊したのに!」
「我を、貴様らのくだらん理屈に入れ込むなよ。この程度の攻撃で、我の心臓が壊れるものか」
元通りの姿となって彼らの前に立つ。二人の絶望に満ちた表情には、かなり嗜虐心をくすぐられる。
「正体を現そう――これこそが我の本当の姿だ」
人食いによって得た魔力を、完全に解放した。額が真ん中から大きく割れ、青色の一本角が隆起する。
二枚の黒い翼が肩甲骨から発芽し、背中で大きく羽ばたく。全身の肌は希少な鉱石を思わせる深紅色に変化した。
身体周りの筋肉は弾けんばかりに膨らみ、我の存在をこれでもかと主張する。
金色になった瞳をちらりと光らせ、子猫を慈しむような目で、我は二人を見つめた。
「魔人オヴロ。それが我の本当の名だ」
「変だとは思っていたけど、ほ、本当に、本物の化け物だったなんて……」
「ジャック、お前は人間ではなかったのか!魔物だったんだな!いやしかし、魔物は基本的に知能が低く、人語を理解することなどできないはず……!」
「我は魔物でなく、魔人だよ」
修羅場を潜り抜けてきた彼らでさえ、我のような者と相まみえるのは初めてのようだ。
戸惑っていたのは束の間であった。すぐに正気を取り戻したアレキサンドルは攻撃を開始する。リイナと呼ばれた女剣士もそれに続く。
「オヴロだろうが、ジャックだろうが関係ない。人類の平和の為にオレはお前を殺す!」
「これだけは確かなことだわ。アンタみたいな奴が生きていたら、また同じ悲劇が繰り返される!」
二人が放った剣技を、我は右手の人差し指で軽くいなす。先程までの我とは、強さのレベルが違うのだ。
「……やれやれ。魔物が滅亡したおかげで、職をなくした冒険者や、失業して貧困に喘ぐ者もいると言うのに。実に勝手な奴らだな」
「お前に何がわかる!魔物は人間を殺してまわることで快楽を感じ、畑の作物を好き勝手に食い荒らす。魔物はこの世から消えてなくなるべき存在だ!」
「クククッ、正義とエゴは表裏一体。お前らに志向があるならば、こちらにもまた志向がある。我には我の理想とする世界があるのだ!」
尚も攻撃を続ける彼らに対し、牽制の意味も込めて我は自身の目標を大々的に主張した。
「もう一度この世界に魔物を繁栄させ、地上を魔物達で埋め尽くす。魔の世界の復興。それが我の夢だ!」
「させるかああっ!《 光神流奥義・聖烈切断 》」
「このおおおっ!《 光神流奥義・勇光炸裂撃 》」
我は右手を上げ、炎を放つ。
《 神紅の火 》
◇
周辺一帯は炎の渦に包まれていた。さながら生き地獄といったところだ。
「ああ……ジャックよ、我の中で見ているのだろう。この明かりこそが、腐りきった世界に希望を与える叛逆の灯火なのだ」
我の足元には、焼け焦げた二つの身体が眠るように横たわっていた。




