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11.地獄の宴 





 イザベラとの再会後、ボクは迷わせの森から脱出した。そして戦士ブレディを探す為、ロケイタウンへと向かった。


 ロケイタウンは海と隣接している町だ。新鮮な魚介類が名物で、港から運ばれた海産物を売り捌く、大きな市場がある。


 新鮮な魚介類が取れる場所なので、必然的に人の通りも多くなる。つまり、情報収集には持ってこいというわけだ。


「おじさん。一つ訊きたいことがあるのですが、いいでしょうか」


「何だい、あんた。藪から棒に」


「いや、ここで色々な人達の話を見聞きしているおじさんなら、知っていることも多いと思いまして」


「うーん。まあ、そうだな。確かに噂話や通な情報なら少しは知ってるぜ。自慢じゃないがな。よし、時間もあるし、いいだろう。何でも訊きな」


「ありがとうございます!」


 魚売りのおじさんから情報を入手する。こういった地道な努力の積み重ねが身を結ぶのだ。


「神託の剣について、何か知っていることはありませんか?」


「……神託の剣か」


 魚売りのおじさんは眉間に皺を寄せ、複雑な様子で腕を組む。


「何というか。オマエさんも物好きだねぇ」


「そうでしょうか?」


「そうだろうよ。彼らを恨んでいる元冒険者連中は多い。きな臭いことに巻き込まれない内に、手を引くのが賢明だと思うぜ」


「それでも知りたいんです。お願いします!」


 ボクの眼差しに心が動いたのか、魚売りのおじさんは渋々返答する。


「そうだなあ。何しろ、神託の剣っつーのは、伝説的な存在だからな。滅多に人前に現れないと訊く。妙な噂くらいしか、知らねえなあ」


「噂でも構いません!是非教えてください!」


「おうおう。オマエさん、そう熱くなるなって。わかったよ、教えてやるさ……ここから東に少し行ったところに、ズマ村っつう小さな村があるんだがな。そこに最近越してきた奴が、戦士ブレディの顔に瓜二つらしい」


「それは本当ですか!?」


 こいつは僥倖だ。まさか、こんなにも早くブレディの情報が入手できるとは思わなかった。


「いやいや、本気にすんなよ。あくまで噂さ。戦士ブレディに似てるといったって、皆んな素顔なんて伝記本の口絵でしか見たことねえしな」


「そうですか。それでも一応行ってみますね!」


「オマエさん、つくづく物好きな人だねえ。恐らく別人だろうし、会ってくれるとは限らねえ。それに例え噂が真実だったとしても、本人がそれを認めるとは思えないぞ?」


「それでも会ってみますよ!」


「はえ〜。熱狂的なファンって奴か。感服したよ」


「えへへ。そのようなものです」


 実際はファンではなく、昔の仲間だ。早くブレディと再会して、想い出話に花を咲かせたい。ついでにパーティー再結成の検討も頼みたい。


「それにしても、彼は小さな農村の中で、独り暮らしをしているってことなんですね。ブレディ、寂しくないのかなぁ」


「いやいや、それがな。オマエさんが想像しているような暮らしはしてないようだぜ」


「え、それってどういう……?」


 ボクが不思議に思って訪ねると、魚売りのおじさんは人目を気にするように、ボクの耳に口を寄せた。


「……村の女衆を毎晩家に引き入れて、取っ替え引っ替えしているらしいぜ。けっけっけ」


「ほお。それは凄い」


「だろう。噂では毎晩のように、村で宴を開いているそうだ。こういう理由もあって件の噂が立ったのさ」


「なるほど。農村に越してくる人は普通、毎晩宴を開く程の財力はないですからね」


「そういうことだ。金、女、権力。それらを手にしている。なのに、まるで姿を隠すように、農村の端でコソコソと隠居している。何かおかしいよなぁ」


「そうですね。見事な考察です」


 おじさんの発言はなかなかに筋が通っていた。確かにブレディは派手好きなうえ、女好きでもあった。


 魔王討伐後に手に入れた莫大な報奨金があるだろうに、派手にそれを使えないとなると、鬱憤も溜まるだろう。それをこうした方法で、発散していると考えれば幾らか合点がいく。


「にしても、羨ましいもんだぜぇ。ほんの少しでいいから、オレもおこぼれを頂戴したいもんだ。魚を献上すりゃ何とかなるかなぁ」


「う〜ん。ブレディは魚を貰っても、喜ばないと思いますよ。それに運送中に腐っちゃうだろうし」


「そうか。ちっきしょう!」


「あはは……」


 苦笑いを浮かべつつ、ボクは考える。情報は一つ手に入れた。もうひととき市場で情報収集をした後、ズマ村に赴いてみるとしよう。


( クッククククク )


「え?」


 背後で嘲笑が聴こえたような気がして。ボクはさっと振り返った。それらしい姿は確認できない。


「どーした。オマエさん」


「いや、あのう。ボクの背後で男の笑い声が聴こえた気がするんですけど。何か見ましたか?」


「後ろ?いいや、何も見えなかったぜ。どうしたんだよ。突然そんなことを言い出して」


「ああ、そうですか。いや、本当にすみません。実は少し前から、幻聴や幻覚に悩まされているんです」


「そうなのか。生活に支障はないのかよ」


「幸いにも、日常生活に問題はないです。ただ、記憶が飛んだりすることが時々あって。さほど気にしてはないんですが」


「いやそこは気にしろよ!?つうか、そういうときは魚食え。新鮮な魚を食えばどんな病気も治る!」


「ありがとうございます。おじさん」


 その後。僅かな雑談の後、魚売りのおじさんに別れを告げ、ボクは情報収集を再開した。結局のところ魚は買わなかった。







 そして、後の情報収集は終了した。紆余曲折の末、魚売りのおじさんが語っていた件のズマ村へと赴くことにした。


 村の周辺は麦畑に埋め尽くされており、その隙間にほったて小屋がちらほらと見える。典型的な農村といったところか。


「本当にこんな場所に、ブレディがいるのかなぁ」


 ここに来るにも、かなりの時間を要した。ここまで来て、取り越し苦労だけはごめんだ。


 日はすっかり沈み、周囲は暗闇に包まれている。だが、一件だけ強い明かりの灯った建物があった。


 接近してみて驚いた。城塞程の巨大な建物が建っていて、中から若い男女の騒ぎ声が漏れ出ている。


「うわぁ……わかりやすいなぁ」


 扉をどんどんと叩くと、中から美しい女性が顔を出す。小綺麗な衣服を身につけており、色鮮やかな装飾品を見に纏った上品な人だった。


「どちら様?」


「ああ、夜分に申し訳ございません。ボクは旅の者なのですが。あいにく今晩の宿がないので、泊めて頂けないでしょうか」


 恐る恐るボクが伺うと、女性は含みのある嬌声を小さく漏らした。


「ふふ。隠さなくてもいいわ。かねてから、ブレディ様に伺っているもの。さあ、どうぞ上がって」


「え、それって、どういう」


「貴方、ジャックでしょう。隠さなくていいの。皆んなが知っていることだから。食事の準備はとうにできているわ。円卓でブレディ様がお待ちよ。さあさあ」


「そ、そんな急に。なんだか不自然な気が。ちょっと待ってください。わ、わかりましたよ」


 艶かしい女性に手を引かれ、ボクは半ば強引に建物の奥へと連れて行かれた。


「さあ、どうぞ」


「は、はい。では、失礼します!」


 食堂のような場所に到着した。両開きの扉が開けられる。前方に出現した光景に、ボクは感嘆の息をついてしまった。巨大な円卓には煌びやかな料理が大量に並べられていたのだ。


「わ〜、これは凄いですね。ひょっとして、ボクの為に用意してくれたのですか?」


「ふふふっ、貴方が来るとわかっていても、具体的な時間までは予想できませんよ。普段通りの料理を並べているだけですわ」


「えっ!いつもこんな豪勢な食事を!?」


「はい。私のような一介の村娘が、このような豪奢な食事に預かれるのも、全てはブレディ様の慈悲があってのことなのです」


「…………ブレディ、か」


 広い円卓の周りに、沢山の女性達が並んで座っている。だが、その誰一人として、豪奢な食事に手をつけようとはしない。


 場の全員が、主人が先に食事に手をつけるのを待っているのだ。円卓の一番奥には、この家の主人であろうブレディが快活な顔で鎮座していた。


「よお。ジャック」


「ブレディ!」


「五年ぶりだな、オレ様のこと覚えてるか?」


「当たり前だよ。仲間の顔を忘れるわけないじゃないか。ブレディ、久しぶりだね!」


 五年越しにブレディと再会した。別れてから五年あまり経過しているから、彼は現在四十歳ということになる。若干老けたものの、豪放磊落な雰囲気は未だに消えていない。


「ブレディ。早速だけどさ、ボクにも話したいことが色々とあるんだ。まずは、神託の剣につ」


「まあ、落ち着け。実はオレ様もお前に言いたいことがあるんだ。五年前は酷いことをしたな。本当にすまなかった!」


「あ、そうか。うんと。そのう、面と向かって謝られるとボクもなんて言っていいんだか、わかんないんだけど……」


「おお、そうだよな。まあ、お互いに積もる話もある。まずは目の前に並んでる料理を食ってくれ。こいつが最初の贖罪って奴さ。ウチの料理は、舌がとろける程美味えぞ!」


「う、うん。わかったよ。それじゃ頂くね!」


 ボクは前方の魚の丸焼きに手を伸ばし、丸ごと齧り付く。ブレディも近場の小麦パンを千切って、口に入れる。女性陣はその後に続いた。


「どうだ。いつも食ってる物と違えだろ!?」


「もぐっ、はぐっ、はふっ。凄く美味しいよ。ボクこんなものを食べたのは、生まれて初めてだ!」


「ほら、もっと食え。あれも、それも食え!」


「これも美味しい、これも美味しい、美味しいよ!」


「そうら、もっと食え……こいつがオマエの最後の晩酌になるんだからなあ!」


「えっ」


 途端。鋭利な槍が身に飛来した。奇跡的にボクはそれを避ける。豪奢な料理は盛大にぶちまけられた。床や壁にスープの染みや焼き物のカスが飛び散った。


「ブレディ、いきなり何をするんだ!」


「うっせーよ!クソ雑魚ジャック!」


「な、何てことを言うんだ。さっき言っていた反省の言葉は嘘だったのか!」


「はぁ!?どうしてオレ様が反省しなきゃならねえんだよ!反省すんのはテメエだろ無能!あの世でな!」


 ブレディが指パッチンを鳴らす。円卓に座っている女性達が全員動き、テーブルクロスの下から両手剣や杖を取り出した。


「さあ、皆んな。今からジャックの野郎を、血だらけの八つ裂きにするぜええええええ!ひゃっほおおおおおお!」


「「ふおおおおおおおおおっ!」」


「「いええええええええいっ!」」


 ブレディが声を上げ、女性達も歓声を上げる。彼女らは剣や槍を手に、ジリジリとボクの方へ、にじり寄ってきた。


「この人数相手に勝てるわけないっ!今すぐに逃げなくちゃ!あ、ああ、い、うう、あれ……?」


「ふんっ、逃げようたって無駄だぜ。さっきの食事には痺れ薬をたっぷりと仕込んでおいたからな!」


「そ、そんな。ボク一人を殺すのに、どうしてそこまでするのさ!?」


「教えてやろう。仲間から、助言を受けたんだよ。テメエを殺すつもりなら、絶対に油断せず、やれることは徹底的にやれってな!」


「ひ、ひいいいいっ!殺さないでよ!」


「うっせえんだよ。観念しろや!」


 高笑いするブレディから逃げるように、床を這いつくばって移動する。入り口まで辿り着いたところで外側から、両開きの扉が開いた。


「久しぶりだな。ジャック」


「なっ、どうして、君がここに……!?」


 ボクは驚愕せずにはいられなかった。そこには神託の剣のリーダーであり、伝説と呼ばれた男。勇者アレキサンドルが仁王立ちしていたのだ。




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