1.パーティー追放
「ジャック、お前をうちのパーティーから追放する」
パーティーリーダーの剣士アレキサンドルから放たれた台詞に、ボクは耳を疑った。
「追放って、何故、どうして、突然……!?」
「ぷっ、キョどりすぎでしょ」
「妥当な判断だと思うぜ」
「私達に意義はありませんわ」
他のメンバーである、賢者イザベラ、戦士ブレディ、治癒師のマイアは、文句なしと首を縦に振る。
「これは、お前以外のパーティーメンバー全員で決めたことだ。異論は認めない」
「お前以外ってそんな……ボク自身の気持ちはどうなるんだよ!」
「ジャック、もう喋らないでくれ。全ては決まったことなんだ」
唐突すぎる話だった。今まで魔王を倒すことを目標にして皆んなで頑張っていたのに、ボクだけ急に追放されるなんてありえない。
「ひ、酷い。あまりにも突然な話じゃないか。せめて追放の理由くらい教えてくれよ!」
「……そうだな、理由は」
「おいっ、クソ雑魚ジャック!」
ブレディが怒鳴った。
「リーダーを困らせんなよ!ガキみてえに駄々をこねやがってよお。テメエの役立たず具合は、テメエ自身が一番よく分かってんだろうが!」
「そ、それは」
「アレキサンドルは超一流の剣士だ。イザベラは超一流の賢者、マイアは治癒師でオレは戦士……そんでテメエは?」
「ボクは。そのうっ、あのう」
「何言ってんだ!ハッキリ喋れよ!あぁ!?」
「そーだ。そーだ!聞き取りづらいでしょ!ずっと前から大嫌いだったの。ジャックのそういうところ!」
「二人とも……静かになさい。いいじゃないですか。どうせこれで全て終わりなのだから」
仲間達の視線が一勢に集中し、ボクは屈辱のあまり顔を背ける。床を見つつ、小声で彼らに返答した。
「ボクは……料理人、です」
瞬間、
「がっはははははははははは!りりりりりょーりにん!テメエ魔王舐めてんだろ。それでどうやって戦うつもりだよ!?」
「アハハハハハっ!マジでダッサすぎ!料理なんてその辺のガキでもできるじゃん。もしかして、そんなんでアタシ達と同格だと思ってたわけ!?」
「そ、そんな!同格だなんて思ってないよ。ただボクは皆んなの役に立ちたいと思って、それで!」
「オレ達の役に立ちたいだぁ!?クソ雑魚ジャックが何言ってんだ!テメエに助けられる程、こっちは落ちぶれちゃいねえんだよ。ボケが!」
「アハハハハハッ!全くブレディの言う通りね!アンタは自意識過剰なのよ!剣も振れない、詠唱も知らない、治癒もできない、とんでもないド無能が。一体誰の役に立つって?」
次々と罵倒が浴びせられる。どうして突然悪口を言われているのか、わからない。弱いことがそんなに駄目なことなのか?
不意に涙が溢れ出た。それは頬を伝い、どうどうと流れ落ちる。恥ずかしくて目頭を押さえたが、一度溢れ出した涙は、止まることがなかった。
呆気なく告げられたパーティー追放の宣告。別に誰が憎いわけでもない。ただ、ひたすらに悲しかった。
「ううっ……うう」
「泣いてねえで、早く荷物をまとめろよ!」
「そうそう。アンタの居場所なんてないんだから!」
軽蔑の念が込められた二人の睥睨。生ゴミを見るような目つきだった。仲間に向けていい物だとは到底思えない。それが今はボクに向けられている。
「じゃあ、ま、マイア!」
「ん、何でしょうか」
いつも優しいマイアなら、きっとボクを庇ってくれる。そう考えて、ボクはマイアに水を向けた。
「マイアなら、わかってくれるよね!?ボクが料理人として、うちのパーティに必要不可欠だってこと!」
「料理なら、私でもできますが?」
期待は打ち砕かれた。
「私も勿論、貴方のパーティー追放に賛成しています。イザベラと、ブレディと、それに私が賛成しているのです。そうなると後は、リーダーのアレキサンダルが決めることです」
「じ、じゃあ、アレキサンドルは!」
「……さっきも言っただろう、ジャック。お前はうちのパーティには必要ない」
絶望した。強烈な頭痛がボクを襲う。ありえない。おかしい。これは本当に現実世界で起こっていることなのか、なんて考えてしまうのも無理はない。
そうだ、きっと。これは全部夢なんだ。皆んながボクにこんな酷いことを言うなんてありえない!
「アレキサンドルっ!」
「今日中に荷物を持って出て行け」
希望は打ち砕かれる。アレキサンドルの放った無慈悲な言葉は、ボクの脳内を楽観的な妄想から、冷酷な現実へと引き戻した。
「そんなのってないよ。美味しい料理を作る料理人はパーティーに必要なものだって、アレキサンドルも言っていたじゃないか……」
「お前の作る料理は、クソ不味い」
「えっ」
愕然とした。その言葉は料理人が最も言われてはならない台詞だったからだ。
「それに、順調に行けばもうすぐ魔王の本拠地に着くだろう。戦闘能力も利用価値もないお前は、ハッキリ言って邪魔だ」
「そうそう。つまりテメエは生ゴミってことな!わかったら、さっさと出て行けよクソ雑魚ジャック!」
「そーよそーよ、戦えない奴なんていらないのよ!このクソみたいに不味い料理を作るクソ料理人が!」
「貴方に調理される食材が可哀想だと、前々から思っていました……」
全く酷い言われようだった。反論する気力はもうすっかり失せていた。ボクはこのパーティーには必要のない人間だったんだ。
その事実だけが、ボクの心を傷つける。この場所でなら上手くやっていけると思っていたのに。
親も兄弟もいないボクに残された、大切な居場所だったのに。ボクはもう一人ぼっちじゃない。大好きな仲間達と協力して頑張れる……。
そう思っていたのに。こんなところで理不尽に追放される羽目になるなんて。
勿論、反論したかった。だけど、皆んなの言っていることも的を得ていると思った。イザベラの放った酷い台詞が、ボクの脳裏を掠める――
『アハハハハハッ!全くブレディの言う通りね!アンタは自意識過剰なのよ!剣も振れない、詠唱も知らない、治癒もできない、とんでもないド無能が。一体誰の役に立つって?』
……悔しいけど、イザベラの言う通りだ。ボクは無力で無能だ。料理なんて誰でもできる。間違ったことは何も言ってない。ボクは皆んなの為にも、ここを去るべきなのかもしれない。
所詮、彼らとボクでは住む世界が違ったんだ……苦悩の末、ボクはパーティーを去ることにした。
◇
ボクはその日のうちにパーティーを離れることになった。
外は既に真っ暗で、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれていた。一度足を踏み出そうものなら盗賊や獣の群れに襲われ、なぶり殺しにされてもおかしくはない。
そう必死に説明したものの、アレキサンドル達は全く耳を貸してくれなかった。
「……寂しいけど行くよ。皆んなまたね」
「二度と会うかよクソ雑魚が!早く出て行けやっ!」
「貴方の作る料理はクソ不味かったわ!それだけよ!早く出て行けっ!」
「私から言うことは特にありません……パーティーメンバーは、ただリーダーに従うだけですから」
「ジャック、早く行け」
皆んなの罵倒に耐えきれず、ボクはぎゅっと目を瞑る。どうしてボクが、こんな目に遭わなければならないんだっ、と憎悪の感情すら湧いてくる。
だけど。瞼の裏に映るのは、やっぱり思い出の数々だった。危険な目にも沢山あったけど、今までの冒険は楽しかった。
パーティーの皆んなも優しかった。それが今日になって突然豹変してしまった。
「アレキサンドル!」
ボクは、叫ぶ。
これが一生の別れだなんて、あまりにも酷すぎる。
「本当は全部演技なんでしょ!?皆んなはそんな酷いことを言う人間じゃないはずだ!」
「ジャック……」
「この場に及んでガタガタうっせーぞ。クソ雑魚!」
激昂したブレディが背中の戦斧に手をかけた。まずい、殺される。そう直感し、ボクは身震いした。
「あんなもんを見ちまったんだ。仕方ねーんだよ!」
「え、それって……いったい?」
「ブレディ。口を慎め」
「ちっ!」
アレキサンドルに嗜められ、ブレディは不服そうな様子を見せつつも、黙って戦斧を背中に戻した。
「とにかく絶対に追放だ。これだけは変えられない」
「わかった……改めて、またね皆んな」
「だから、二度と会わねえつってんだろ!早く出て行けよ!このクソ雑魚がーっ!」
「貴方の作る料理はとにかくクソ不味かったわ!言いたいことはそれだけよ!早く出て行けーっ!」
罵詈雑言を背に、歩みを進めていく。
これから一人ぼっちの寂しい旅が始まるのだ。
「心配はいらないぞ。ジャック」
「えっ」
アレキサンドルのかけた言葉に反応し、ボクは即座に振り返った。
「衣食住なら、すぐに確保できるだろう」
「え、それってどういうこと……?」
アレキサンドルは、意味深な微笑を浮かべる。
「いいから行け」
「……う、うん!」
ボクはアレキサンドルの発した言葉の意味をすぐに理解した。きっと彼は、ボクを勇気づける為に言ってくれたんだ。
ウチのパーティーで数々の修羅場を潜り抜けてきたお前なら、衣食住くらい簡単に確保できる。
こう言いたかったに違いない。なんだかんだ言ってもボクのことを気にかけてくれているんだ。ボクは心の中でアレキサンドルに感謝した。
こうして、快い気持ちを胸に抱きつつ、ボクはパーティー達と別れた。
――それから数日後のことだ。
宿屋で昼食を取っていたところ、突然憲兵に捕まってボクは牢獄に幽閉された。
そして大量殺人の冤罪を着させられ、あれから五年経った今でも檻の中にいる。
噂に聞いた話では、近々ボクは死刑になるらしい。
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