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さよならを云って  作者: 久慈くじら
第一章 プロローグ
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1-7 屋敷

 僕たちの住む屋敷の隣には緩やかな坂があって、石畳が敷かれて道になっている。


 この住宅街は町からはすこし高いところにつくられていて、そこらじゅうに階段と坂道がある。だから家々は折り重なるようにして建っているように見える。


 隣の道は僕たちの屋敷の二階にぎりぎり届くほどの高さの崖の上にあって、その道に出るためには崖に作られた無骨な石の階段をあがる。

 この階段には鉢植えがいくつか置いてあって、ムニラのものであったり、近所のひとのものであったりした。

 今は春先なので赤いヒナゲシが鉢植えで咲いている。


 屋敷のファサードは南側にあって、道は北側にあった。白い扉の勝手口は北側にあって町から帰ってきたときはいちいち玄関に移動するのは面倒なのでここから出入りする。


 屋敷の北側(つまり屋敷の裏側)はほとんどなにもなく、道のある崖まで五メートルくらいだった。そのため北側はすこしだけ薄暗いのだけど、二階の窓からは歩いているひとたちがすぐそばに感じられる不思議な光景が広がっている。


 ムニラとベルはこの光景が好きなので二階の窓からよく裏側の道を眺めている。するとそれに気づいた近所のひとが話しかけてきて、それからしばらく喋りっぱなしということもあった。


 正面にはスズネが朝の体操をする芝生が多少広がっている。ムニラはよくここにイーゼルを立てその前に坐ってぼうっとしている。でもただの日向ぼっこではない。

 あるときなんの前触れもなくムニラは筆をすごい勢いで動かし休むことなく一枚の絵を完成させる。それらの絵はほとんどは物々交換で使ったりするけど、たまに僕たちにプレゼントしてくれることがある。

 これはベルにぴったりなどと云って渡されるのだけど、ムニラの絵は抽象画なので僕たちにはなぜぴったりなのかはわからない。でもいつかはわかるときが来るのかもしれない。


 僕たちが住む前は、一組の老夫婦と大きな犬が二匹住んでいた。今この屋敷にはひとりの男と五人の少女と一匹の猫が住んでいる。僕自身もそして彼女たちもずっとこの屋敷に住んでいるわけにはいかないだろう。夢のためとか結婚とかで違う町に移り住むことになるはずだ。


 だから僕たちのこの生活は永遠ではなく、いつか終わりが来る。


 正面から屋敷を眺めると、三角の屋根には一本の白く細い煙突があることに気づく。これはもちろん暖炉から伸びるもので、ベルとヘンリーッカはここから聖ニコラスがやってくると云っている。


 玄関の扉の上にはアーチ状の庇がある。その横には上部が半円になった木製の窓が並んでいる。壁は漆喰の白色で、柱は焦げ茶色の木製。

 屋敷の正面から見える二階のまんなかの窓はベルの部屋で、右隣がヘンリーッカ、左隣がフェリシアだ。

 フェリシアの部屋の出窓からは、ひとつの小さな植木鉢が見えている。それはハーブで、たしかカモミールが育っているはずだ。


 西側には八角形のサンルームがあって、誰かがお菓子なんかを作ったりもらって来たりしたときなんかはここでお茶をすることが多い。

 なにもなくてもここでお茶をするのはスズネとベルだった。


 玄関の扉を開けるとエントランスがあって、左にリビング、右に食堂とキッチンがある。エントランスには階段があってそこから二階にいける。

 階段の下にはヘンリーッカが演奏するチェンバロが置いてある


 二階にあるものを云うのは簡単だ。

 ベル、フェリシア、ムニラ、ヘンリーッカ、スズネ、僕の部屋、あとは大きな寝室。それだけだ。

 でも一階はむずかしい。

 リビング、サンルーム、キッチン、食堂、クローク、トイレ、浴室、倉庫。たくさんある。


 人間が住むにはこんなにたくさんのものが必要だってことは不思議だ。でもそれらのものは生活にとって煩わしいものではなく、むしろ生活を楽しくしてくれるものばかりだ。


 もしかしたら裸のままの人間はまったく生活が楽しくなかったのかもしれない。

 だからこうやって生活を楽しくしてくれるものをいっぱい増やしていったのだろう。そしてそれが寄り集まったものが家になった。


 家がそこにあるのが当然だと思っていると生活が楽しくなくなってゆくのは、家はそこにあるだけであって動いたりしないからだ。

 だから僕たちは家をよく見て「読む」ということをすれば、きっといつだって楽しくなれるはずだ。

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