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さよならを云って  作者: 久慈くじら
第一章 プロローグ
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1-5 世界じゅうに等しく降りそそぐ(前)

 歯を磨いて一緒に寝室に向かった。けっきょくムニラは一度もリビングに現れなかった。いったいどこに行ったんだろうねと話しながら寝室の扉を開けると、僕たちがいつも眠る大きなベッドのまんなかで、ベッドカバーの上に猫のように丸まって寝ているムニラをみつけた。


「もう、春だっていってもまだ夜は寒いんだから、それじゃあ風邪をひいちゃうよ」


 すぐさまヘンリーッカがベッドまで駆けよってムニラをゆすり起こした。

 ムニラは文字に書き起こすことのできない声をもらしながら気怠く目覚めた。


「もう朝?」

「いいえ。朝はとうに過ぎてしまって、もう夜よ。もう一度寝ましょう」


 ベルがいたずら心を出してそんなことを云った。


「あー」とムニラは抑揚のない声をあげた。「やることあったのに。まあ、明日でもいっか」


 そのままムニラは手を使わずに器用に身体をくねらせてベッドカバーに潜り込んでいった。僕たちはそんなムニラを見てくすくすと笑った。


「やることってなに? あたしたちも手伝えること?」


 ベッドに入りながらフェリシアが訊ねた。


「おひるね」と眠たそうな声でムニラは答えた。


 僕たちの笑いはくすくす笑いでは収まらなかった。もしムニラがベルの冗談のなかに住んでいたとしたら、もうすでにやっていたことだったからだ。


 でも一日中寝っぱなしというのはお昼寝にカウントされるのだろうか? 夜の睡眠がずっと続いているような気がするし、じっさいムニラもそう思ったから思わずお昼寝がしたいと云ってしまったのだろう。


 夜の睡眠に比べてお昼寝は特別なものだ。昼間なのに眠たい気分になったら眠れることはなにも用事がないときじゃないとできない。もしかして特別じゃない日を特別にするためのとっておきの方法なのかもしれない。

 それに、昼間の睡眠は夢をたくさん見る。僕たちにとって夢というのは創作のタネだから(でもそのほとんどは矛盾だらけでボツになってしまうのだけど)、たくさん見れるのはありがたいことだ。


 ムニラのようなイメージを絵で描き出すような芸術家にとっては、夢はとてもいい隣人に違いない。でもムニラは四六時中夢を見ているような感じだけど……。


 お昼寝が特別なものだとしても、僕たちにとって夜の睡眠もまだ特別なものだった。

 いつかは慣れるのかもしれないにしても、今のところ僕たちは眠る瞬間と起きた瞬間は、毎日のすばらしいことのひとつだ。


 寝室に設えたベッドは僕たち六人が寝てちょうどいいサイズだった。彼女たちは身体がちいさいのでベッドひとつで事足りる。


 夏でも冬でも彼女たちは僕にくっついて寝る。彼女たちは彼女たちにくっついて寝る。僕も彼女たちにくっついて寝る。それが一日の終わりだ。

 位置はそのとき次第だった。たとえば昨日はヘンリーッカとスズネが僕の隣だった。今日はムニラが先にまんなかで寝ていたので僕の隣のひとりは必然的にムニラになった。


 基本的には僕がまんなかで寝る。そうじゃないと彼女たちに押されて床に墜落してしまうからだ。

 僕がベッドのまんなかに横たわると、僕の身体をなにかに見立てた遊びがはじまる。たとえば川を挟んだ砲撃戦であるとか、山を開拓する探検隊であるとか。


 もちろん最初はちょっと騒がしい。きみたちはほんとうに寝ようとしているところなのか疑いたくなる。どこかの神話の神々が夜を追い出そうとしたお祭りに似ているくらいだ。


 でもしばらくしているうちに彼女たちの肌から眠たい匂いが漂ってきて、声もだんだんと落ちついてくる。それから声は優しいものになって、少女特有のひそひそとした秘密の話がはじまる。

 そのひそひそ話にときおり笑わされたり、面映ゆくなっていたりしているうちに、密やかな声はひとつひとつ消えてゆき、最後は静寂となる。そして僕たちは寝ているあいだに見る夢を見る。


 目覚めると夜は遠いどこかへ旅立っている。かわりに朝日がこの町のありとあらゆるものを照らし、まだ寝ている者の身体をいっせいに撫でて起こしてゆく。


 僕が起きたとき、スズネはだいたいの場合はもういない。彼女は早起きで、起きてすぐ顔を洗い、それから素足のまま表のちいさな芝生に出て体操をする。

 最初は雨の日も外でやりたいと云っていたのだけど、さすがにそれは風邪をひいてしまうだろうから止めた。


「雨の日は晴れの日よりもすくないんですから、なおのこと裸足で感じないともったいないじゃないですか」


 とスズネは云った。

 彼女のもったいない精神は、ふつうのひとが手からこぼれ落としてしまいがちなものを引きとめるために役立っている。それがスズネの感覚が鋭敏な理由のひとつだと思う。


 でもこのもったいない精神は、漁師が使う網の目がありえないくらい細かいということに似ている。

 漁師は自分が狙う魚の大きさに合わせて網と漁場を選ぶ。大きな魚を狙う漁師はちいさい魚がかからないように網の目を大きくする。ちいさな魚を狙う漁師は網の目をちいさくし、ちいさな魚がたくさんいそうな場所を漁場とする。


 でもスズネの場合は、ほとんど布みたいななんでも取れるような網を広げながら海を泳いでいるような状態だ。そんなことをしていると網にかかった魚をいちいち見て選別しないといけないし、その網を支えているだけでも疲れてくるだろう。


 だから、そんなのだと疲れちゃわないの、と訊いたことがある。するとスズネはこう答えた。


「疲れたなあって感じたときにやめたらいいんですよ。幸いにも今までこれで疲れたことはないですし。むしろこうやってないひとたちは力を持て余しすぎてるのだと思いますよ」


 スズネは意思が強いのだと思う。やめたいときにやめるのも、それまた労力のいることだ。


「スズネは自分の身体だけじゃなくて意思の爪先まで意識を通わせているんだね」

「身体が動くと意思が動く、意思が動くと身体が動く、とおじいちゃんが云っていましたからね」


 スズネは頑固なので、雨の日も外で体操をしたいと云いだしたときはほんとうに止められるだろうかと不安だったけど、身体を壊してしまうと云うと素直に聞いたのはそんな考えがあったからなのだろう。


 でもスズネはやっぱり頑固だったので、一度だけという条件つきで雨の日の体操をしたことがあった。

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