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さよならを云って  作者: 久慈くじら
第一章 プロローグ
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1-2 砂漠に水を撒くようなこと

 ご飯を作るのは基本的に僕だ。彼女たちはローテーションで僕の料理を手伝ってくれているけど、手伝うとは名ばかりで料理の勉強と云ったほうが正しい。


 僕たちのなかで一番料理がうまいのは意外にも最年少のムニラだ。

 絵描きである彼女は、料理と絵は工程が似ているから得意だと云う。具体的にどう似ているのかと訊くと積み重ねていくところだと答えるので、それはたしかに似ているのかもしれなかった。


 でもムニラが描く絵はいわゆる抽象画と呼ばれるものなので、たまに抽象的な、混沌とした料理を作りあげてしまうことがある。

 ムニラ以外の僕たちはそれができあがったときはケラケラ笑いながら平らげる。見た目とは裏腹になぜかおいしいのが可笑しいのだ。


「ううん……、この新作のソーセージ、やっぱりあまり好きじゃないかもしれません」


 スズネは肉屋さんが新作だからとおまけで持たせてくれた香草のソーセージをひとかけら食べたあと、ぜんぶ僕のお皿に移した。


 やっぱりというのは、今日のお手伝い当番だったスズネが、焼いているときの香草の独特の香りに「これは本当においしいんですか? お薬なんじゃないでしょうか」と不安がっていたことが的中したからだった。


 スズネはあまり濃い味や強い香りの食べ物を好まない。出身地が繊細な味つけを得意とする土地だったからだ。

 反対にムニラは複雑な味を好む。

 フェリシアは基本的になんでも食べるが、珍しいものを好む。

 ヘンリーッカは彩りや盛りつけが綺麗な料理が好きで、ベルは僕が作る料理ならなんでも好きだった。


 というのも僕は特別なことがない限りベルの舌を基準として料理をするからだ。今回はもらいもののソーセージがあったから例外だけど、ベルが好きなものとほかの子が嫌いなものは被らないから、ベルを基準とすることで誰もが家の料理をおいしく食べることができる。

 日々の料理はそういうものでいいはずだ、というのが僕のスタンスだ。


 もちろん特別なときにはその子の大大大好きな料理を作ったりすることはある。たとえばヘンリーッカは、ライ麦生地でベーコンとお魚を重ねて包んで焼いた郷土料理が好きだけど、スズネとベルはあまり好きではない。


 だからヘンリーッカのためにその料理を作ったときは、スズネとベルが食べられる違う料理も一緒に作る。

 もちろんこれはめんどくさくて大変なことだけど、好きな料理が食卓に出ているのに、スズネとベルが顔をしかめながら食べる姿を見たくはないだろうから。


 でも、これは僕の手の届く範囲だからできることで、もし不特定多数に料理を届けるとなったときはこうはいかないだろう。もしそうなったときにはどうすればいいのだろう、と僕は思う。

 答えはまだみつかっていない。


 フェリシアがヒントになるかもしれない。

 彼女は詩人だから自分の詩をフィナンシェの広場で朗読する。広場に集まるのは顔見知りばかりだけど、不特定多数であることには変わりない。


「不特定多数のひとに詩を届けるときはどういう心構えでいるの?」


 香草のソーセージをナイフで切ってパンに載せているフェリシアに訊くとこう答えた。


「詩は不特定多数に届けるものじゃないわ」

 ソーセージ載せパンをひとくち食べ、パンを口に含んだままこう云う。

「どこかにいるはずのこの詩を必要とするひとに向けられているの。そしてだいたいは大空を舞う途中で寒風に吹かれて地面に墜ちて消えてなくなってしまう。そしてもし、大空の遠くまで飛んでいったところを見たとしても、届いたかどうかまでは見えるわけがない。おわかり?」


「それって砂漠に水を撒くようなことみたいだ」


「そうね。でも、砂漠に水を撒くと、地球の反対側まで浸透して、その村の枯れた井戸が復活するかもしれないけどね」


 そう云うフェリシアはどことなく自慢げな表情をし、芝居がかった所作で春キャベツのスープを飲んだ。たしかに詩人はそういうものかもしれない。けど、心構えのヒントにはならなかった。

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