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さよならを云って  作者: 久慈くじら
第三章 春から夏
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Interlude 3

 僕は十何日分かかけてベルの部屋で小説を書いた。ときにはお喋りをしながら、ときにはベルの眠っている姿を見ながら、ときにはご飯を食べながら。


 作中では夏がはじまろうとしているところだったけど、そうやって小説を書きすすめていると京都はもう秋になっていた。


 僕がベルの部屋に行くのは週に一回、土曜日と決まっていた。だからベルと会うたびに季節はどんどんと進んでいった。あとから小説で季節を追いかけるような形になった。


 僕はすこし前の気温や大気の匂いのことなどを思いだしながら、あの町のことを書いた。それが僕にとっての小説を書くということだった。


「小説ってとてもたいへんそうね。一日にたったそれだけしか進まないんですもの」

「そうだね。でも小説は一気に時間をとばしたりすることもできるんだよ。たとえば、それから数年後、とか、数十年後とか書いたりしてね」

「現実とはぜんぜん違うのね。私の人生にもそうやって数年後って書いて、今の時間をとばせたりいいのに」


 僕はその言葉にどう返答していいのかわからなかった。ベルは今この時間を生きていることが辛そうだった。小学校は合わなかったし、親だってあまりかまってくれない。そして賢い少女だったから、生半可な言葉や、文学では彼女の精神を救うことはできなかった。


 いや、それで救われることもあるだろう、とベルは思ってはいるが、それで救われたってなんになるんだろう、と思っているように僕には思えた。


 だからほんとうを云えば、僕がこのようにして小説を書いて読みきかせたってすこしも好転しないだろう。僕はこの小説をどのように終わらせたらよいのか、まだ検討がついていない。


「でもそうやって時間をとばしてしまったら、こうやって色づきはじめているイチョウやモミジだってすぐに枯れ落ちてしまうことになるよ」

「それでいいじゃない。彼らは人間に見られるために色づいているわけじゃないでしょう」

「はは、たしかにそうかもしれないね。……ベルだって他人のために色づきたくないよね」

「……もちろん。でもそれは、あなただってそうじゃないの?」

「そうだね。でも、自分のために色づくことが、他人のためにもなるんじゃないかって考えることはあるかな」

「そう……。ほんとうに、そうだったらいいのにね……」


 ベルはベッドにもぐり込みながら云った。くぐもった声だったからどのような感情が籠められているのかわからなかった。でも僕には、なんだか泣きそうな声に聞こえた。

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