3-2 朗読
その日の夕方、ベルと一緒に買い物に出かけていたとき、フィナンシェの広場から聞き覚えのある声がした。
「フェリシアじゃない?」
ベルが聞こえてくる声からそう判断した。僕も間違ってはいないと思った。
「なにしてるんだろう」
僕たちは買い物の途中だったけどあまりにも気になったのでフィナンシェの広場へと向かった。広場には十数人のひとが集まっていた。鳥打ち帽をかむった紳士や、極彩色の布に身を包んだ夫人などいろんなひとがいた。その群衆は芸術家っぽいひとたちの姿が多かった。僕の知っている小説家のひともいた。
そのひとたちの視線の先、フィナンシェのオブジェの側で「SOAP」と書かれた木箱に乗ったフェリシアが詩を朗読していた。
群衆の後ろからじゃどうもまともに聞こえなかったので、ベルが僕の手を引いて群衆を迂回し前のほうに出ようとする。フェリシアに近づいていくと、残念ながら朗読が終わったしまったみたいで、拍手があったあと群衆が解散し、オブジェの周りには僕とベルとフェリシアだけが残された。
「フェリシア」
とベルは、自分の前の敷いていた布に並べられたお菓子や本や服や宝石などの報酬を確認しているフェリシアに話しかけた。
「あれ? こんなところでどうしたの?」
「お買い物に来てたのよ。そしたら広場でシアの声が聞こえたから」
「そう、なるほどね。今日はお仕事だったの。見てよこれ」
フェリシアは自分の前に並べられた雑多なものを指で示した。
「けっこういいの貰ってるわね」
「でしょ? 評判いいのよ、あたし」
ベルが赤い半透明の石をつまんで太陽に透かしたり、とても近くで見たりして、ははあなどと宝石商みたいに唸っている。
「綺麗よね、その石」
「ええ。でもこれ、このままじゃただの綺麗な石でしょ。どうするの? アクセサリーにしたりしないの?」
「それがいいかもね。ベルはなににしたい? ペンダント? イヤリング? ブレスレット?」
「うーん迷うなあ」
「というよりそもそもなんでフェリシアはベルにその石をなににしたいのか訊くの? その石はフェリシアのものだろう」
僕は彼女たちの女の子トークについていけず思わず口を出してしまう。
「あらあら、女の子は服とかアクセサリーの貸し借りは当然なのよ。知らなかった?」
「知らなかったよ」
「だからベルの意見も一応訊いているのよ」
「なるほど」
「それにね、楽しいことは独り占めするよりも、親しいひとと分かちあいたいじゃない。君もそうでしょ?」
それを聞いて僕はとんでもない天啓を得た気分になった。女の子という生き物の一部を理解することができたからだ。女の子は世界の真理の一部を知っているし、うまく実践している。
人間が自分ひとりしか幸せにしてやれないのだとしたら、世界じゅうの人間は人ひとり分の幸せしか得ることしかできない。しかし他人を幸せにしてやれるのだとしたら、それはすくなくとも自分を含めてふたり以上を幸せにすることができる。そしてそれを世界じゅうのひとびとが実践するのであれば、人間はふたり分以上の幸せを得ることができるはずだ。
僕は、僕ときみを幸せにしたい。きみにも、自分と自分以外の誰かを幸せにしたいと思えるときが来てほしいと思う。