間話 バレンタインデー
今日はバレンタインデーということで、それも兼ねて今回はよく同室になるフレアとリアスの日常風景を少し書いてみました。
バレンタインデーに合わせて書いたので本編との矛盾点もまぁまぁありますが、あくまでちょっとしたオマケ程度に見てやって下さい。
今日は、こころの住んでいた世界の暦では、バレンタインデーというイベントのある日にあたる日だった。
友人関係に疎いこころは今までまともにバレンタインを経験したことも無く、今までバレンタインデーというものに対して興味を持ったことが無かった。
ただ、リートに日本にいた頃のことを聞かれて答えていた時にバレンタインデーの存在を思い出し、その日付が暦的に近かったこともあって話したのだ。
こころとしては深い意味は無かったが、好きな人に菓子を渡す祭日にリート達は興味を示し、各々で準備をした。
そして、当日にはリートがこころを独占し、菓子を渡すついでに二人きりになって他のメンバーには菓子を渡させないようにした。
──全く……リートの独占欲と行動力には、本当に困ったものだわ。
泊まっていた宿屋の一室にて、部屋に備え付けられた椅子に腰掛けたリアスは、内心でそう呟きながら同じく備え付けられた机に頬杖をついた。
恐らく、今日はずっとリートがこころを独占する為、用意した菓子は渡せないだろう。
分かりきっていたことではあるが、折角のチャンスが無駄になったことが悔しく、リアスは一人不貞腐れていた。
「……馬鹿みたい」
小さく呟きながら、リアスは両手を組んで机に突っ伏した。
今日はリートがこころを連れ回していることだし、一日の間はこの町に滞在するのだろう。
特にすることも無いリアスは、これからどうやって暇を潰そうか思考を巡らせた。
しかし、今のところ私物で特に困っているものも無いし、町に出てまで見るものもない。
目立つ行動は極力控えた方が良いということもあり、不必要に外に出るのは避けた方が良い。
「こんな時、白馬の王子様が迎えに来てくれればいいのに」
「……何気色悪いこと呟いてんだ?」
幼い少女のような妄想を冗談めかして呟いた時、背後からそんな声がした。
それに、リアスは咄嗟に体を起こし、驚いた様子で振り向いた。
するとそこには、汗だくになった体をタオルで拭きながら、気味の悪い物を見るような目でこちらを見つめているフレアの姿があった。
「……貴方……いつの間に……」
「……悪ィな。白馬の王子様じゃなくってよ」
ニヤニヤと笑いながら悪びれることなく言うフレアに、リアスはすぐに水の球を作り出し、まるで銃弾のような目にも止まらぬ速さで射出した。
それを、フレアは咄嗟に素早く振るったタオルで弾き、水を霧散させる。
しかし、その際に空中に舞ったタオルに隠れるように素早く上体を低くして懐に潜り込んだリアスは、すぐさま体を捩って側転の要領で蹴りを放った。
フレアはそれを、体を捻る形で紙一重で躱し、逆立ちしているような体勢になっているリアスの顔に向かって蹴りを放った。
リアスはすぐさま床についていた手で強く体を跳ね上げさせることによって躱し、クルリと空中で綺麗に身を翻し、綺麗に着地した。
「……白馬の王子様より、私は白髪のお姫様の方が嬉しいわ」
「……ハッ……同感だな」
そんなやり取りを休戦の合図にするように、フレアはヒラヒラと手を振りながら、先程までリアスが座っていた椅子にドカッと腰を下ろした。
リアスはそれに僅かに眉を顰めたが、仕方なく、手近にあったベッドに腰を下ろした。
「ところで、貴方は今までずっと何をしていたの? そんな汗だくになって」
「トレーニング。折角の休みだし、少しでも体を鍛えておこうと思ってな」
「ホントに脳筋ね」
「あ゛ッ?」
リアスの煽りを合図に、第二ラウンドのゴングが鳴る……なんてことは無かった。
トレーニングに加えて先程のリアスとのじゃれ合いもあり、フレアは流石に少し疲れていたのだ。
それを見透かしていたのか、リアスはフッと小さく笑って、続けた。
「まぁでも、こういう時に時間を潰せる何かがあるのは良いことだと思うわ。羨ましい限りね」
「……」
リアスの言葉に、フレアはギョッとしたような、何か気味の悪い物を見る顔をした。
それに、リアスはムッとして「何よ?」と聞き返した。
「何か変なことでも言った?」
「いや、お前が珍しく普通に褒めてくるモンだから……何だ? 何か変な物でも食ったか?」
「お生憎、貴方と違って道に落ちてるものを食べる趣味は無いの」
「俺にだってねぇよッ!」
吠えるように言うフレアにリアスはクスクスと少し笑ったが、すぐにソッと表情を緩め、目を逸らした。
「別に……ただ、今日は貴方と言い争う気力も湧かないだけの話よ」
「……へぇ……?」
「好きな人は別の人に独占されてるし、特にすることも無くて退屈だし……馬鹿な誰かさんの相手をして無駄な体力を消耗するのもあほらしいと思って」
「おい。誰が馬鹿だ。誰が」
「あら、貴方が一番よく知ってるんじゃないの?」
どこか馬鹿にするように笑いながら言うリアスに、フレアは「何ィッ!?」と怒鳴りながら立ち上がる。
それにクスクスと笑うリアスを見て、フレアは少しキョトンとした表情を浮かべたが、すぐにガリガリと頭を掻いて椅子に座り直した。
「ッたく、ちょっと大人しくなったと思ったらすぐこれだ」
「ふふ、だって貴方があまりにも」
「あーあ、心配して損した」
貴方があまりにもイジりやすいんだもの、と茶化そうとしたリアスの言葉は、続いたフレアの言葉に遮られた。
それに、リアスはキョトンと目を丸くして、「え……?」と聞き返した。
「あ? 何だよ?」
「貴方……私のこと、心配してくれていたの……?」
信じられないと言いたげな様子で聞いてくるリアスに、フレアは一瞬、何が言いたいのか理解出来ずに押し黙った。
しかし、すぐに先程の自分の発言を思い出し、一気に自分の失言に気付く。
途端にフレアは顔を真っ赤にして、「ばッ……!」と声を上げた。
「別にッ、変な意味はねーぞ!? ただ、いっつも口うるさい奴が静かだと、落ち着かねぇだろうが!」
「そんなものかしら。私は貴方がいつもうるさいから、もう少しくらい静かにして欲しいけど」
「お前ッ……あーッ! マジで心配して損した! めっちゃ元気じゃん!」
頭を抱えながら言うフレアに、リアスはクスクスと楽しそうに笑った。
フレアはそれに大きく溜息をつき、椅子の背凭れに体重を預けた。
しかし、彼女はふと何かを思い出した表情を浮かべ、「そーだ」と呟いて立ち上がった。
それから自分の荷物を纏めている所に歩いて行き、掌サイズの箱を一つ手に取った。
「……? 何してるの?」
「ホレ、やるよ」
不思議そうにするリアスに、フレアはそう言って箱を軽く放った。
突然のことにリアスは驚くが、何とか箱を落とさないようにキャッチする。
綺麗に赤色の包装紙が巻かれたその箱に、彼女は目を丸くしながら顔を上げた。
「……これは?」
「イノセにやる予定だったやつ。自分で食うのも虚しいし、やる」
フレアはそう言いながらリアスが座ってない方のベッドに歩み寄り、バフッと音を立てて倒れ込んだ。
それに、リアスは「ちょっと」と言いながら立ち上がった。
「そこ私のベッドなんだけど。汗臭い体で上がらないでよ」
「別に、宿屋のベッドに私のも何もねぇだろ? どーせ一回しか寝てねぇんだからよ」
「そういう問題じゃなくて……!」
「なんかもー色々疲れたんだよ。ちょっと寝るわ。お休み」
手短に言うと、フレアは緩慢な動きで掛け布団を被り、そのまま睡眠の準備を始める。
リアスは、突然の横暴に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、これ以上フレアに構っても面倒事が増えるだけだと判断してやめた。
それから自分の掌の上にある小さな箱を見て、大きく溜息をついた。
「……ホント、変な時だけ気が合うわよね。私達」
そう呟いたリアスは、懐から掌サイズの小さな箱を取り出した。
フレアが渡してきたものと全く同じ大きさの箱だが、包装紙は同じデザインの色違いだった。
両手に持った箱を改めて見比べたリアスは、青色の包装紙が巻いてある箱の方を、フレアの枕元に置いた。
「……ありがとね」
最後にそう小さな声で呟いて、リアスはベッドから離れた。
フレア(寝起き)「お前折角俺がやった菓子なんで返してくんだよ!?」
リアス「同じ店で買った別物よ! 包装紙見て分からないの!?」




