081 いつもと違う
<猪瀬こころ視点>
翌日、私達はレンタルしたドレスやタキシードを着て、早速カジノに向かった。
普段着ている服や武器などは、リートの道具袋の中に仕舞って懐に隠した。
これなら傍から見ればただのカジノに遊びに来ただけの客に見えるはずだし、ダンジョンに潜った後ですぐに装備を正すことも出来る。
どうダンジョンに潜るかは建物に入ってから考えるとして、ひとまず、私達はカジノに潜入することにした。
……潜入することにしたのは良いんだけど、ここで一つ問題が生じた。
「だぁから、なんで俺がコイツと恋人のフリなんてしないといけねぇんだッ!」
不満を口にしながらリアスを指さすフレアに、リートは「うるさいのう」と言いながら耳を塞いだ。
それに、フレアが「あぁ!?」と声を荒げた。
問題というのは、カジノに潜入するに当たって四人で一緒に行動すると怪しまれると判断し、二人一組で動くことになったことだ。
私とフレアがちょうどタキシードなので、男女でのカップルのフリをして行動することになったのだけれど……。
「別に良いでは無いか。あくまでフリじゃぞ? 本当に付き合うわけじゃあるまいし」
「お前はイノセだから良いだろうが。なんッで俺がこのちんちくりんと一緒に組まねぇといけねぇんだ!」
「そんなの、ソックリそのまま返すわよ。こっちから願い下げだわ」
「テメェ……!」
「あと、ちんちくりんっていうのは背が極端に低い人を馬鹿にする言葉であって、私に使うのは間違ってるんじゃない? こんなことも知らないの?」
「俺よりチビなのは事実だろうがッ!」
「ストップ、ストップ」
今にも殴りかかりそうなフレアと、飄々とした態度で煽るリアスの間に慌てて入り、両手を広げて仲裁する。
どうしてこんな時まで喧嘩を始めてしまうのだろうか。
なんとか宥めていると、リートが呆れた様子で「仕方ないであろう」と言った。
「逆に聞くが、リアスとイノセを一緒に行動させて何も起こらないとでも思っているのか?」
「あッ……!?」
リートの言葉に、フレアはギョッとした表情を浮かべて声を詰まらせる。
……そこまで考えていなかったのか。
いや、まぁ……二人は不仲だから、そういう細かいことは抜きに文句が出るものなのだろう。
それに、リアスだってこんな状況まで私に手出してきたりしないだろうし……しない、よね……?
なんとなくリアスに視線を向けてみると、彼女は私の顔を見てニッコリと笑ってきた。
……あ、してくるやつだ。
「……」
フレアもそれを感じたのか、不満そうな表情でリアスを見た。
それからすぐに溜息をつき、ガリガリと頭を掻きながら「わぁッたよ」と言った。
「俺が我慢すりゃ良いんだろ? 悪かったな我儘言って!」
「あら? 我慢するのは私もなんだけど?」
「そもそも誰のせいだと思ってんだ? 大体……」
「……お主等、カジノの中で騒動とか起こすでないぞ?」
呆れた様子で言うリートに、二人は一度互いに顔を見合わせると、すぐにプイッと顔を背けた。
タイミングバッチリ……ホント、仲が良いのか悪いのか分からないな。
そう思った時、リートは「とにかく、じゃ」と続けた。
「カジノとやらの中がどんな風になっているのかも分からんが、とりあえず別々で中に入って、後で落ち合おう」
「そうね。最初にどっちから入る?」
「お主等からで良い」
リートの言葉に、リアスは指で丸を作って「りょーかい」と言って笑い、フレアの腕に自分の腕を絡めた。
突然の密着に、フレアはギョッとした様子で「はぁッ!?」と声を荒げた。
「おまッ……急に何すんだよ!?」
「あら? 恋人の演技でしょう? だったら、それらしい距離感でないと不自然じゃない」
「んなッ……だからって近過ぎンだろッ!」
「そんなことより、言葉遣い荒いわよ? 良い恰好してるんだから、もっと礼儀正しくしないと」
「お前さぁ……!」
相変わらずの言い争いをしながら遠退いて行くのを眺めながら、私は襟を指で軽く直した。
……大丈夫かな、あの二人。
フレアが元々男っぽい見た目をしているのもあり、見た目だけなら普通にお似合いのカップルなのに……中身が……。
せめて、カジノの中まで喧嘩が続かなければ良いが……。
「あやつらがカジノに入って少ししたら、妾達も行くぞ」
「わ、分かった」
二人を一切心配する気の無さそうなリートの言葉に、私は驚きつつも頷いた。
……彼女は彼女で、ドライなものだ。
そう呆れ、溜息をついた時だった。
「あっ、ねぇねぇ、見て!」
どこからか聴こえた声に、私はビクッと肩を震わせた。
今の声……なんか、すっごい聞き覚えがあるぞ……?
固まっている間に、その声は続いた。
「ホラ、あそこ! 昨日私とぶつかったお姉さんだよ!」
「……? ──?」
「あの、青い髪の人! ……あっ、赤い髪の男の人と歩いてる人だよ!」
「───。……────?」
「どうなんだろー……気になる~」
話し相手の声は小さいのか、人ごみの喧騒にかき消されて聞き取ることが出来ない。
しかし、そんな中でも容易に聞き取ることの出来る声は、やはり聞き覚えがあった。
私は気取られないように、恐る恐る視線を向けた。
「ッ……!?」
そして、絶句した。
だって、声のした方にいたのは……かつてのクラスメイト達だったのだから。
声の主は、私が危惧した通り、望月花鈴だった。
彼女は頭の左側で一つに纏めたサイドテールを揺らしながら、隣にいる双子の姉の望月真凛に何やらしつこく話しかけている。
望月真凛は気怠そうにしながらも、適度に返事をしつつ流していた。
二人の様子に見かねたのか、少し後ろを歩いていた山吹さんが何かを注意している。
そして、そんな山吹さんの隣を歩いているのが……──
「──……友子ちゃん……?」
「む? 何か言ったか?」
掠れた声で口から零れた友の名に、隣にいたリートが反応する。
それに、私は咄嗟に首を横に振り、「何でも無い!」と否定した。
リートは少し不満そうにしたが、すぐに溜息をついて「まぁ良い」と言った。
「あの二人ももう中に入ったし、もう少ししたら妾達も中に入るぞ」
「う、うん……分かった……」
リートの言葉にそう返しつつも、私の視線は、カジノに向かうクラスメイト達に釘付けになっていた。
……なんで今、あの四人がここにいる……!?
いや、そもそも私達がこの世界に召喚されたのがリートの心臓の破壊の為なんだから、彼女達がここにいること自体は別におかしくない。
しかし、だとしても、こんなに都合よくタイミングが合致するものか?
というか……友子ちゃん、前髪切った……?
今こんなことを気にする状況では無いかもしれないが、ふと気になってしまった。
友達になった時に前髪を切ることは提案したけど、あの時は前髪を切るどころか顔を見せることすら拒絶していたというのに、一体どういう心情の変化だろう。
……いや、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも、この状況をどう打開したものか。
寺島に頼んでおいたから、私がリートと共に旅をしていることは知っているはずだが、問題はそのリートだ。
リートが心臓の持ち主の魔女であることは、流石に寺島にも言っていない。
もしもここでうっかり鉢合わせしてボロが出れば、かなり面倒なことになるだろう。
出来れば、それだけは避けたいが……。
「……うむ。そろそろ行くか!」
「えっ?」
ハツラツとした声で言うリートに、私は咄嗟に聞き返す。
しかし、そんな私の反応は気にせず、彼女は私の腕に自分の腕を絡めて歩き出そうとする。
……ちょっと待って!?
「ッ……!」
咄嗟に私は足を踏ん張ってリートの歩を止め、引き寄せる動作を利用して彼女の背中をカジノの外壁に押し付けた。
一瞬、ドレスが汚れてしまうと危惧したが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
私はそのまま彼女に体を密着させ、顔を隠すようにリートの首筋に顔を埋めた。
「い、イノセ!? 何をッ……!?」
「静かに」
驚いた様子で声を上げるリートを制し、私は耳を澄ませた。
遠くからは、相変わらず望月花鈴らしき人物の声がする。
しかし、その声は徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
……建物の中に入ったか……?
ソッとリートの体を離してカジノの入り口の方を伺うと、そこにはクラスメイト達の姿は無かった。
見つからなかったことに安堵し、私は「ふぅ……」と一度大きく息をついた。
そこで、ハッと我に返る。
ヤバい。突然のことで混乱していたせいで、自分でもよく分からないことをしてしまっていた。
リートからすれば突然私が抱きついてきたようなもので、奇行以外の何者でもない。
目の前で怒り心頭であろう我が主を想像し、内心ビクビクしながら、私はソッと視線を下ろした。
「……っあ……」
「っ……」
視線を下ろすと、ちょうどこちらを見上げていたリートと目が合った。
羞恥心からだろうか。彼女は顔を耳まで真っ赤にしており、潤んだ目でこちらを見つめている。
つい数瞬前まで密着していた為に距離感も近く、見慣れないリートの表情に驚き言葉を詰まらせる。
彼女は彼女で、先程僅かに声を上げてから何も言わない為、不自然な静寂が流れ始めた。
どう切り出せば良いか分からずに固まっていると、ソッと胸に手を当てられ、軽く押された。
「は、早く、行くぞ……!? 二人を、待たせておるからのう!」
リートは真っ赤な顔で目を背けながら、気まずさを誤魔化すように少し大きな声でそう言った。
それに何か答えるよりも前に、彼女は私の腕を掴んで強引に歩き出す。
私はそれに驚きの声を上げ、付いて行くことしか出来なかった。
これだけ見ればいつもと変わらない風景に見えるかもしれないが、一つだけ、いつもと違う点がある。
それは……リートの耳が、未だに紅潮していることだ。




