070 待っていて-クラスメイトside
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<最上友子視点>
「それじゃあ、二人組を作って下さい」
どこからか聴こえた声に、私はゆっくりと顔を上げた。
そこは私の通っていた高校の体育館で、声のした方には体育の先生がいた。
ジャージを着た先生の言葉に、生徒達は皆仲の良い人に声を掛け、ペアを作っていく。
長い前髪越しに見えるその光景を前に、私は服の裾を強く握りしめた。
人見知りでいじめを受けている私にとって、この時間は一番の苦行だった。
周りから聴こえる嘲笑と陰口に、私は唇を強く噛み締める。
俯けば私を貶す嘲笑や蔑んだ目から逃げられるような気がして、私は静かに俯いた。
しばらくすると大半の生徒はペアを作り終え、私ともう一人の生徒だけが残った。
「じゃあ最上さんは猪瀬さんと組もうか」
「は、はい……」
先生の言葉に応じ、私はポツリと立ち尽くしている生徒……猪瀬こころさんの元に歩いて行った。
今年同じクラスになったばかりで、彼女のことはよく知らない。
しかし、あまり人と関わろうとはせず常に一人でいて、クラスの皆からは一目置かれていた。
背が高く、その顔は彫りが深くて整っており、モデルのような雰囲気を漂わせている。
ハーフなんじゃないか、なんて噂もあって……とにかく、凄い人なんだ。
私のような孤立とは違って、孤高の存在というか……どっちにしろ、私なんかとは住んでいる世界が違う。
そんな彼女は俯いていて、私が近付いても気づかないのか、ただジッとそこに佇んでいた。
私なんかが声を掛けても良いのかな……と戸惑いつつも、このままでは授業が始まらないので、私は勇気を出して口を開いた。
「いっ……猪瀬……さん……?」
声を振り絞って、なんとか名前を呼ぶ。
すると、彼女はハッとした表情で顔を上げ、目の前にいる私を見た。
ずっと考え事をしていたのか、私が来たことにも今気づいた様子で、こちらを見つめたまま硬直してしまった。
こういう時に何と言えば良いのか分からず、私も彼女を見つめたまま、立ち尽くすことしか出来ない。
お互いに何も言えずに固まってしまっていると、先生がパンパンと手を叩いた。
「じゃあ二人共座って~。はい、これで皆ペアを作れましたね~。それじゃあ今日やることは……」
先生はそう言いながら、今日やる授業の内容について話し始めた。
私は腰を下ろすと体育座りをして、すぐに目を伏せた。
猪瀬さん……今頃、凄く嫌な気分になっているんだろうなぁ……。
一年生の頃に東雲さん達に目を付けられてから、ずっとそうだ。
学年内でも女王様のようなポジションにいる彼女を皆は恐れていて、彼女に目を付けられている私には極力関わらないようにしている。
だから、こういうペアを組む時に誰かしらと組むと、皆どこか嫌そうな表情をしながらペアワークを行う。
でも、気持ちは分かる。私と一緒にいたら、東雲さんに目を付けられてしまうかもしれないし。
きっと猪瀬さんもそれは同じことで、今頃凄く嫌な気分になっていることだろう。
彼女の顔を見ることも怖くて、私は俯いたまま、先生の説明に耳を傾けた。
しばらくして先生の説明が終わり、早速運動を始めることになった。
今日やる授業はバレーボールで、今からペアでボールを使って練習をすることになる。
すでにほとんどのペアの片方がボールの入ったカゴに群がっており、何組かはすでに場所取りに入っていた。
流石に人が多かったのか、猪瀬さんはカゴを囲む人たちがいなくなるのを待つように、その場で立ったままカゴの方を見つめていた。
「……ご、ごめんね……い、猪瀬さん……」
ひとまず、私はそう謝っておいた。
私が謝ってどうにかなる問題では無いと思うが、嫌な思いをさせてしまっている手前、何も言わないでおくのはどうかと思ったのだ。
いつもクールな彼女のことだから、無視するか軽く流すかの二択だとは思うが……。
「へ?」
しかし、猪瀬さんの反応は、私の予想とは大きく違っていた。
彼女は目を丸くして、キョトンとした表情で私を見ていた。
……っていうか、「へ?」って何? すごい気の抜けた声……。
驚きつつも、私は顔を伏せたまま続けた。
「わ、私、なんかと……組むことに、なって……」
「……いや、別に嫌じゃないけど……?」
どこか驚いたような声色で言う猪瀬さんの言葉に、私は反射的に顔を上げ「えっ……?」と聞き返した。
先程の猪瀬さんに負けず劣らずな感じの、素っ頓狂な声だった。
すると、彼女は驚いたような表情を浮かべながらも頬をポリポリと掻き、少し間を置いて口を開いた。
「私も一緒に組む人いなかったし……声掛けてくれて、助かったよ」
「いや、そ、れは……せ、先生に、頼まれた、から……」
「でも、私が助かったのは変わりないよ」
彼女はそう言いながら、バレーボールが入ったカゴの方に視線を向けた。
気づけばカゴの周りにいた人たちは大分減っており、ボールを取りに行ける余裕があった。
猪瀬さんはカゴの元に歩いて行き、底の方にあったボールを一つ掴んだ。
両手でしっかりと掴むと、彼女は私の方まで歩いてきてボールを差し出し、少し笑って続けた。
「ホラ、早く練習始めよう。……グダグダしてると、東雲さんに睨まれそうだし」
後半の方を少し小さな声と早口で言うと、彼女はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
……私とペアを組んで、こんな風に笑ってくれた人が、今までにいただろうか。
それが、クールで皆に一目置かれている猪瀬さんなら尚更だ。
驚いていると、彼女は私を軽く促し、空いている場所に向かって歩き出した。
少し大きな背中を見つめながら、私は自分の胸に手を当て、服をキュッと握りしめた。
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目を覚ますと、ガタゴトと揺れる馬車の震動をまず感じた。
ゆっくりと瞼を開けば、すぐに目の前で眠る双子の姉妹が視界に映り込んできた。
彼女等は指を絡めて手を繋ぎ、花鈴さんは真凛さんの肩に頭を置き、真凛さんはその頭の上に頭を置いて眠っていた。
……相変わらず、仲のいい姉妹だ。
髪色が違うので二人の判別は容易だが、寝顔はそっくりで、パッと見ではどっちがどっちか分からなくなる。
私は今でもたまに間違えるが、中学からの付き合いである山吹さんは、二人を簡単に見分けられる。
出会った頃から二人を見分けられていた、なんて聞いたこともあるけど……どうやってたんだろう……。
そんな風に考えつつ視線を横に向けると、そこでは山吹さんが眠っていた。
彼女は私の体に寄りかかり、スヤスヤと安らかな寝息を立てながら安眠している。
童顔の彼女が寝ていると、ただのあどけない少女に見えた。
今日は早朝出発だったし、皆疲れているのだろう。
二度寝でもしようかと思ったが、どうやら先程の睡眠で眠気は晴れてしまったようで、あまり眠くは無かった。
仕方がないので、私は頬杖をついて窓の外に視線を向けた。
スタルトという動物が引いているというこの車は、中々の速度で走っており、窓の外に見える景色は高速で後ろに流れていく。
もうギリスール国の城を出て、どれくらいの距離を走ってきたのだろう。
眠っていたのでどれくらいの時間が経ったのかは分からないが、この速度であれば、もうかなりの距離を走ってきたのだろう。
私たちはこれからイブルーという国にある港からタースウォー大陸に渡るらしいが、流石にぶっ通しで移動していると疲れるだろうからと、隣のグランルという国のヴォルノという町にて少し休憩を行うことになっている。
なぜその町なのかと言うと、どうやらそこに魔女の心臓の内一つが封印されていたらしく、魔女の調査を兼ねているらしい。
……死者蘇生という禁忌によって蘇り、不老不死になったという魔女。
魔女自身に興味は無いが……死者蘇生の手段は知りたい。
もしも魔女が知っているのなら、捕まえてその口から聞き出してから殺してやる。
私は自分の胸に手を当てて、服をキュッと握りしめた。
こころちゃん、待っていて。
時間はかかるけど……絶対に、生き返らせて見せるから。
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