068 私達が向かうのはークラスメイトside
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リブラ国から水の心臓が無くなったという報せが届き、クラインは頭を悩ませた。
これで回収された心臓は二つ。封印されていた心臓は合計で六つなので、三分の一が回収されたことになる。
一つ目に続き二つ目の心臓も想定以上のペースで回収されており、このままでは同じ大陸内にある心臓も三つ目としてすぐに回収されてしまうだろう。
本来ならすぐにでも心臓の破壊に向かいたいところだが、黄島圭率いるグループは最近ようやくレベル40を超えたようなもので、山吹柚子の率いるグループはダンジョンに潜ったまま帰って来ていない。
未だに寺島殺害の件についても解決していない現状で、彼女等にさらに負担を掛けるのは申し訳無い。
しかし、だからと言って彼女等のレベルが上がるまでのんびり構えていれば、あっという間に魔女達が心臓を全て回収しきってしまう。
──一体どうすれば……。
「ただ今戻りました」
その時、部屋の入口の方から声がした。
顔を上げるとそこには、不思議そうな表情を浮かべて立っている山吹柚子がいた。
彼女は頭を悩ませていたクラインを見て首を傾げ、続けた。
「……何かお困りですか?」
「あぁ、いや……何でも……」
何でも無い、と流そうとしたところで、クラインは言葉を詰まらせた。
ここで誤魔化したところで、いつか誤魔化したツケが力を蓄えた魔女となって返ってくることは目に見えている。
生徒達の中でも代表的な存在である柚子には特に負担を掛けてばかりだが、それでも、ここで隠しておくわけには行かない。
クラインは恨まれる覚悟を決め、ゆっくりと口を開く。
「……実は、魔女が……二つ目の心臓を回収したと、その心臓があった国から報告がありました」
「……」
クラインの言葉に、柚子は目を見開いた。
しかしすぐに表情を戻し、「そうですか」と、呟くように答えた。
それに、クラインはすぐに続けた。
「回収された心臓があった国の大陸には、まだもう一つ心臓があります。……恐らく、魔女はすぐにでも、その心臓の回収に向かうでしょう」
「……だったら、その心臓を魔女より先に破壊すれば良いのですか?」
やけに冷静な口調で言う柚子に、クラインは僅かに驚く。
それに、柚子は顔を上げ、フードの奥に見えるクラインの目を見つめながら続けた。
「私たちのグループは、全員レベル45を超えました」
その言葉に、クラインはガタッと音を立てて立ち上がる。
珍しく目に見えて驚いた反応をするクラインに、柚子は自分の胸に手を当てた。
「私や最上さんは、もう少しでレベル50に達します。花鈴と真凛も、レベル45は超えています。不安はありますが、前にクラインさんが仰っていた条件は満たしています。……だから、心臓の破壊に向かわせてくれませんか?」
「……ちょっと、指輪を見せてください」
クラインの言葉に従って、柚子は指輪を付けた手を差し出した。
それに、クラインは彼女の指輪に触れて魔力を流し、ステータス画面を覗く。
視界に表示されたステータス画面を確認すると、確かに柚子の言うとおり、レベル50の一歩手前まで迫っていた。
「……本当に……超えているのか……」
「……嘘は言っていません。他の三人も、同様です。だから……お願いします」
そう言って頭を下げる柚子に、クラインは言葉を失った。
彼女のステータスを見る限り、本当に嘘は言っていないのだろう。
もしもここで嘘をつくのなら、せめて花鈴と真凛もレベル50の手前まで行っているというはずだし、何ならこの場で全員のレベルが50を超えたと言った方が確実だ。
……信憑性は、ある。
「……他の三人にも伝えておいて下さい。明日の朝、三つ目の心臓の破壊に出発すると」
クラインの言葉に、柚子はパッと顔を上げた。
それに、クラインは口元に僅かに笑みを浮かべ、続けた。
「魔女の動きが予定より早まっているので、急ぎますよ。……皆様なら出来ると信じています」
「じゃ、じゃあ……!」
「えぇ、行きましょう。……私達が明日目指す場所は──」
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月光に照らされる中庭のベンチにて、友子は一人腰かけていた。
柚子はクラインに心臓の破壊の申し出をしに行っており、花鈴と真凛は二人で部屋に戻ってしまった。
あの双子は仲が異様に良い為、あの二人だけがいる部屋にいると、非常に気まずいのだ。
──山吹さんは、よくあの二人と一緒に行動出来るよなぁ……。
ベンチに座りながら、友子はぼんやりとそんな風に考えつつ、瞼に掛かる前髪に軽く指で触れた。
──……あれから、私は変われたのかな……。
髪の毛先を軽く指で弄びながら、友子は心の中でそう呟く。
こころが死んでから、変わろうと……強くなろうと、行動してきた。
前髪を切り、柚子と共にステータスを上げるべくダンジョンに潜って戦ってきた。
人見知りを必死に押し殺し、他のクラスメイトとある程度の会話は普通に出来るようになってきた。
……こころが死ぬ元凶となった、弱い最上友子は殺した。
しかし、あれから強くなれたのかと問われると、返答に迷ってしまう自分がいた。
──私は……強くなれてるのかな……。
「最上さん?」
名前を呼ばれ、友子は顔を上げた。
そこには、キョトンとしたような表情を浮かべながら、こちらに歩いてくる柚子の姿があった。
「山吹さん……クラインさんは、何だって?」
「……明日、心臓の破壊に出発するって」
柚子の言葉に、友子は目を丸くして「本当?」と聞き返した。
それに、柚子は一度頷いて「本当」と答えつつ、友子の隣に腰を下ろして目を合わせた。
「ところで、最上さんはこんな所で何を考え込んでたの?」
「えっ……?」
「何か考えてる風だったから……また猪瀬さんのこと?」
柚子の言葉に、友子はドキッとした。
しかし、よく考えなくても普段からこころのことばかり考えているし、柚子にもそのことはある程度知られている節があるので、当てられるのは当然のことのように思えた。
友子はすぐに小さく笑い、「正解」と答えた。
「こころちゃんが死んだって知った時……山吹さんは、強くなろうって言ってくれたよね?」
「……うん。言ったね」
「だから、今まで強くなろうと頑張ってきた。でも、自分では強くなったのか分からなくて……」
「……強くなったと思うよ」
柚子の言葉に、友子は顔を上げた。
それに柚子はフッと微笑み、「最上さんは強いよ」と答えた。
「レベルはあの時よりも10以上上がったし……今日なんて、猪瀬さんの仇の魔物を倒したんだよ? 強くなってないわけ……」
「そういうことじゃなくて!」
慌てた様子で遮る友子に、柚子は目を丸くして口を噤んだ。
それに、友子は胸の前でギュッと強く手を握り締め、続けた。
「そういうことじゃなくて……その……精神的なところ……と、いうか……」
「……?」
「だから……あの時の私は、いじめられっ子で……弱くて……こころちゃんに助けられてばかり、だったから……あの時よりも、強くなれたのか、気になって……」
尻すぼみな言い方になりながら、友子はゆっくりと俯いていった。
それに、柚子は少し間を置いてから、ソッと目を伏せて「そうだね」と呟くように言った。
「それは……私には、分からないな」
「……」
「私には、目に見えている最上さんの姿しか分からないから……最上さんの心が成長したかどうかは、私には分からない」
柚子はそう言いながら、両手の指をソッと絡める。
それから少しだけ俯いて、「でも」と続けた。
「最上さんが不安になる気持ちは、分かる、かな……」
「……え?」
「私も、強くなりたいからさ」
柚子の言葉に、友子は目を丸くした。
それに、柚子は友子の目を見てフッと笑みを返し、続けた。
「妹達を守れるように……クラスの皆を守れるように、身も心も強くなりたい。……でも、心が強くなったかどうかって、分かりにくいもんね」
「……山吹さんも……?」
「でも、きっと……この戦いが終わったら、強くなっていると思う」
言いながら、柚子はギュッと両手を強く握り合わせた。
彼女はすぐにパッと手を離して、胸の前でパンッと叩き、友子を見て笑みを浮かべた。
「だから、今は目の前の問題に集中しよう。明日から、やっと心臓の破壊に向かえるようになったんだからさ」
「……確かに、そうだね。……やっと、スタートラインに立てた」
柚子の言葉に、友子は小さくそう呟きながら、胸の前で手をキュッと握り締めた。
少しして、彼女はとあることに気付き、パッと顔を上げた。
「じゃあ、明日からは、その魔女の心臓がある国に向かうってこと?」
「うん。そうなるね」
「それって、一体……」
友子の言葉に、柚子は表情を引き締めながらも笑みを浮かべ、口を開いた。
「明日から私達が向かうのは──タースウォー大陸ってところにある、ラシルスっていう国だよ」
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