066 リアス⑤
「おるぁぁぁぁッ!」
フレアは叫びながら、巨大なヌンチャクをリアスに向かって振るった。
リアスはそれを紙一重で躱し、フレアに向かって水の鞭を振るう。
しかし、フレアはそれを体を捻る形で強引に躱し、その動作を使ってそのままヌンチャクを振り上げた。
力任せに振るわれたヌンチャクをリアスは躱し、氷の刃を作ってフレアに向かって射出する。
真っ直ぐフレアに向かって飛んだ幾多もの刃は、巨大なマグマのヌンチャクによって防がれ、一瞬にして溶ける。
「……この死闘にどうやって混ざれと」
「気合で何とかせい」
「いや、無理っしょ」
サラッと鬼畜なことを言ってくるリートに、私はそう答えた。
絶対無理だって。だって、先程の攻防が大体一秒くらいの世界の中で繰り広げられる空間だよ?
急に割り込んだりしたら、二人の攻撃を諸に喰らってあっという間に塵と化しそうだ。
いっそのことこの二人の死闘に私達の勝敗を委ねる、という手もあるが……それは悪手だ。
今は互角に見えるこの二人の戦いも、フレアが力業でゴリ押して何とか互角に持ち込んでいるだけで、よく見ればリアスの方が優勢だ。
リアスの動きには余裕があり、隙が無い。
それに対してフレアの動きは力任せで強引で、もしも不測の事態が起これば、一瞬で均衡が崩れてしまいそうな危うさを孕んでいた。
オマケに、先程リアスが言っていた二人の能力の相性もある。
リアスの水によって火魔法がかき消され、上手く攻めきれないみたいだ。
このまま二人の攻防が続けば、いずれはフレアが押し負けてしまう。
しかし、二人の攻防がハイレベル過ぎて、少なくとも中に入ってフレアに加勢することは不可能。
ここから干渉するにしても……リアスに攻撃して隙を作って、フレアにトドメを刺させる?
いや、それも無理だ。リアスには余裕があり、今ここで私が参戦したとしても、あっさり対処されてしまう可能性が高い。
私やリートが自分に危害を与える可能性を全く考えてないはずもないし、いつでも対応できるように準備をしていてもおかしくない。
「……一体、どうすれば……」
私はそう呟きながら、抜いた剣の柄を強く握り締める。
こうして考えている間にも、リアスの能力によって、ジワジワとフレアが押されつつある。
何か、策があるはずだ。
……何か……。
「……そういえば、イノセ」
「……?」
突然名前を呼ばれ、私はリートに顔を向けた。
彼女はリアスとフレアの死闘を見つめたまま、続けた。
「前にお主にスキルの使用を禁止じゃと言ったが、あれは闇属性のものだけじゃ」
「……え?」
「妾が嫌いなのは闇属性のみじゃからな。……他の属性のスキルは、使っても構わん」
リートの言葉に、私は少し考えてから、「あぁ」と納得した。
そういえば、彼女に会った頃にそんなことを言われた記憶があった。
あれからスキルを使わないようにしていたし、フレアが加入してからは魔物との戦闘は基本彼女に任せていたので、あまり気にしていなかったな。
でも、なんで急にスキルの話なんて……──。
「……ッ! そうか……!」
私はそう呟きながら、リアスとフレアの攻防に視線を向けた。
リアスへの妨害が無理なら……フレアに加勢すれば良い。
剣を使って直接戦闘に加入することだけが、加勢ではない。
すぐに右手の指輪に力を込めて視界にステータス画面を表示させ、スキル欄を確認する。
この状況で二人の戦闘を妨害せず、フレアに力を貸せるスキルは……──これだッ!
ステータス画面を閉じる間も惜しく、私はすぐに剣をフレアに向けて構え、力を込めた。
「フレアッ!」
名前を呼ぶと、フレアは僅かに動きを止め、驚いた表情で私を見て来た。
少しでもこちらに意識が向いたなら、それで良い。
私はさらに剣に力を込め、口を開いて叫んだ。
「サンシャインキャノンッ!」
叫ぶと同時に、剣の刃先に巨大な火の球が出現する。
太陽のようなそれは、すぐさまフレアの方に向かって飛んで行った。
フレアはそれにギョッとしたような表情を浮かべたが、すぐに犬歯を見せて笑い、火の球に向かってヌンチャクを振るう。
「サンキュー! イノセッ!」
彼女はそう言いながらヌンチャクを火の球に向かってぶつけ、巨大な炎を纏わせる。
巨大な火柱を大きく振り上げ、フレアはリアスを睨んだ。
「えっ!? ちょっと……!」
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
雄叫びのような声と共に振り下ろされたヌンチャクを、リアスは水魔法を駆使して受け流そうとする。
しかし、私とフレアの二人分の炎を消すには足りなかったようで、その水は瞬く間に蒸発して水蒸気と化す。
刹那、その炎はリアスを飲み込むようにして、地面にめり込んだ。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
炎が止むと、そこではフレアが、ヌンチャクを振り下ろしたような体勢で立っていた。
彼女の前では、体中に火傷を負ったリアスが倒れている。
……気絶しているのだろうか?
マグマを解除したのか、巨大なヌンチャクは元の鉄製のものに戻っていた。
ずっとあの巨大なマグマを維持していたのだ。彼女の魔力の消費量は、それは凄いことになっているだろう。
「フレアッ!」
私は声を掛けながら、フレアに向かって飛びだした。
すると、彼女は私を見るとパァッと顔を輝かせ、こちらに駆け寄って来た。
「イノセ! 俺やったぞ! リアスを倒した!」
「う、うん、それは良いから……怪我は? 凄い刺されてたけど」
私はそう言いながら、フレアの怪我を調べるべく、少し破れた服の隙間から彼女の体を見た。
しかし、服こそボロボロではあるが、体自体に目立った外傷はほとんど無かった。
それに、私は目を丸くした。
「あれ? 怪我は?」
「んぁ? あー、あの氷の奴?」
「う、うん……」
「あー、戦ってる内に治った」
「治った、って……」
そんなに早く治るものなのか? と思ったが、よく考えたら彼女はそもそも人間じゃないか。
リートの傷ももう治っているみたいだし、自然治癒力が高いのだろう。
そんな風に呆れていると、リートがこちらまで駆け寄り、倒れているリアスを見下ろした。
「……コイツは死んでおるのか?」
「いや、殺してねーよ。……多分」
「ちょ、多分って……」
「て、手加減はしたからな!?」
「ゲホッ……」
フレアが反論した時、リアスがそう咳き込んだのが聴こえた。
それに驚いて視線を向けると、彼女は緩慢な動きでゆっくりと体を起こし、すぐに顔を顰めた。
「ッ……私は……」
「よっ。おはよーさん」
起き上がったリアスに対し、フレアは彼女の前でしゃがみ込み、そう言いながら軽く手を挙げた。
それに、リアスはビクッと肩を震わせ、地面に落ちている薙刀を拾おうとした。
しかし、それをリートが足で蹴り飛ばして遠くに転がしてしまった為に、武器が無くなる。
ダメ元で手に水を纏わせるリアスに対し、フレアが「やめとけ」と諭した。
「お前もうボロボロじゃねぇか。……ここで戦っても、意味無いだろ」
「……」
フレアの言葉に、リアスはどこか不機嫌そうな面持ちで、フレアを睨んだ。
しかし、すぐに小さく息をつき、続けた。
「……なんで最後に、力を緩めたの? 私が……死なない程度に……」
リアスの言葉に、フレアは僅かに目を丸くした。
……なんか、フレアと戦った後のことを思い出すな。
心臓の守り人達は皆、なんで殺されないだけで疑問を抱くのだろうか……なんて考えていると、フレアはすぐに溜息をついて、口を開いた。
「ンなもん……殺す理由がねぇからに決まってんだろ」
「……はぁ?」
「俺達の目的は心臓の回収で、お前に恨みがあるわけじゃ……いや、無くは無いが……殺す程の恨みはねぇからな。殺す理由は無い」
フレアはそう言って、側に立つ私をクイッと親指で示し、「……って、俺も前にイノセに言われた」と言って笑った。
……言ったっけ?
思い出そうとしていると、フレアは膝の上で頬杖をついてニッと笑い、続けた。
「まーイノセを攫ったことは許せねぇけどよ。殺す程でもねぇし、殺さねぇ」
「……やっぱり面白い人ね。貴方は」
リアスはそう言いながら、フレアの後ろに立つ私を見て、どこか呆れたように笑った。
それから、懐からリートの心臓を取り出し、リートに向かって放った。
「うわッ!?」
突然放られたものだから、リートは慌てて受け止めようとして取り落とす。
仕方が無いので私が代わりに受け止め、手渡した。
「全く……気を付けてよ?」
「……すまん」
珍しくしおらしい態度で謝るリートに、私は少しだけ驚いた。
しかし、彼女は特に気にする素振りも見せず、すぐに心臓にグッと力を込めた。
すると、心臓は青い光を放ち、彼女の体に吸い込まれるようにして消えていった。
「……じゃっ、目的も果たしたし、もう帰るか!」
フレアはそう言って立ち上がり、こちらに顔を向けた。
それに、私は「そうだね」と言いつつ、リートに視線を向けた。
彼女はそれに頷き、踵を返して、出口に向かって歩き出した。
「……おい、何してんだ?」
リートの後について歩き出そうとしていた時、背後からそんな声がした。
それに振り向いてみると、フレアがリアスに向かって、手を差し伸べていた。
「……フレア?」
「早く行かねぇと、置いてかれるぞ?」
サラッと言い放つフレアに、リートはギョッとした表情を浮かべ、「はぁッ!?」と声を荒げた。
「お主……ソイツを連れて行く気か!?」
「あ? そのつもりだけど……」
「何を言っておる! ソイツはイノセを攫ったのじゃぞ!?」
「それ言ったら俺もイノセを殺そうとしたし……」
「お主は強引に付いて来たんじゃろうが!」
「二人共落ち着いて」
喧嘩が勃発しそうな口論に、私はすぐさま仲裁に入る。
私の参入によって二人が口を噤んだのを確認し、続けた。
「別に、殺されかけたことも攫われたことも気にしてないから。フレアの同行を認めてる以上、リアスの同行も認めざるを得ないし……」
「イノセ……じゃ、じゃが……!」
「……付いて行っても良いの?」
文句を言おうとするリートを遮るような声が、背後からした。
振り向くと、そこではいつの間にか立ち上がったリアスが、どこか訝しむような表情でこちらを見ていた。
心臓の守り人の自然治癒力は彼女にも適応されているらしく、体中に残っていた火傷の痕も、ほとんどが治っているみたいだ。
リアスの言葉に、リートはしばし口ごもっていたが、やがてフイッと顔を背けた。
「二人が言うなら仕方が無いわ! 認めてやろう!」
「……フフッ、ありがとう。行く宛てが無くてどうしようかと思っていたの」
不満そうに言うリートに、リアスはどこか安堵したような笑みを浮かべて言った。
彼女はそれから、どこか艶めかしい手つきで私の手を取り、自分の腕を絡めて身を寄せる。
豊満な胸を私の腕に当てるようにしながら、彼女は小さく笑みを浮かべて私の顔を見て、続けた。
「じゃあ……これからよろしくね? イノセ」
「えっ……う、うん……」
突然の密着に驚きながらも、私はそう頷いた。
直後、目にも止まらぬ速さでフレアがリアスの肩を引っ掴み、強引に体を離させた。
「おいテメェッ! 何してやがる!」
「何って、これからお世話になるんだから挨拶をしただけよ?」
「挨拶って距離感じゃねぇだろうが今のはッ!」
「……フレア、それはお互い様ではないのか?」
「はぁッ!? おいリートッ! お前どっちの味方なんだよ!?」
「どっちの味方でも無いわ。何なら今すぐ二人共クビにしてやりたいくらいじゃ」
「フフッ、クビにならないように頑張らないとね」
気付けば賑やかに騒ぎ始める三人を前に、私は肩が重くなるような感覚がした。
……もしかしなくても、私、自分の首を絞めたのではないか……?




