005 遠い先のこと
この世界に来てから、一ヶ月が経った。
あれから私達は毎日のように城下町の外に出向き、朝から夜まで、魔物を倒し続けた。
指輪の恩恵か、体が戦い方を分かっており、特に苦戦もせずに戦うことが出来た。
危惧していたイジメの標的の転移も起こらず、今のところは連携も上手くいっていた。
三人との関係も悪くはなく、何とか平穏に戦えていた。
「猪瀬さん! そっち行った!」
その時、東雲の声がした。
私はそれにハッと顔を上げ、すぐに剣を構えた。
すると、ネズミのような見た目をした魔物が、こちらに噛みついてこようとしていた。
「ソードシールドッ!」
私は咄嗟に叫びながら剣を構え、噛みつこうとするネズミの口に剣を当てる。
すると、ネズミの歯が剣の刃に塞がれ、ギギッ……と鈍い音を響かせる。
「でりゃぁッ!」
叫び、私は剣を振るって、一度ネズミを突き放した。
すると、ネズミの体は地面の上を何度か跳ね、遠くに飛んで行く。
「ウィンドクラブッ!」
その時、東雲がそう叫び、棍棒を横凪に振るった。
すると風が起こり、辺りにいた大量のネズミの魔物を蹴散らした。
「ファイアウィップ!」
そして、その少し離れた場所で、葛西が火を纏った鞭を振るう。
すると、鞭が舞うように振るわれ、数匹のネズミを燃やしていく。
私はそれを横目に、先程遠くに飛ばしたネズミを剣で突き刺し、息の根を止めた。
『レベルUP!
猪瀬こころはレベル31になった!』
すると、視界にそんな文字が舞った。
私は早速指輪に力を込め、自身のステータスを表示した。
名前:猪瀬こころ Lv.31
武器:剣
HP 3100/3100
MP 240/240
SP 150/150
攻撃力:300
防御力:240
俊敏性:280
魔法適性:0
適合属性:土、林
スキル:ソードシールド(消費SP5)
アースソード(消費SP7)
クランプソード(消費SP7)
アースボール(消費SP9)
クランプボール(消費SP9)
ロックソード(消費SP10)
一ヶ月の戦いで、ステータスも上がり、スキルも増えてきた。
この中でも、ソードシールドの汎用性は高い。
剣を構えて使うスキルで、これを使うと剣の防御力が一時的に上がり、盾代わりになるというものだ。
尤も、防御力が上がるのは剣だけなので、剣を構えている場所以外からの攻撃には対応できないのだけれど。
とはいえ、魔物は基本真正面から攻撃してくるので、今のところは問題無い。
まだオーバーフローまでは時間は掛かりそうだが、この調子ならあと一ヶ月もすれば、魔女の心臓の破壊が可能になるかもしれない。
しかし、懸念点もある。
ここ最近、レベルの上がりが悪くなってきていることだ。
レベルが低かった頃は一日に二つや三つ上がるのが普通だったのだが、10を超えた辺りから一日に一つずつしか上がらなくなり、20を超えてからは二日や三日に一つ上がる程度になってきたのだ。
まぁ、レベルが上がってもこの辺りで戦い続けているから当然と言えば当然なのだが……これでは、レベル50に上がるのは遠い先のことになるかもしれない。
「皆、怪我は無い?」
その時、寺島が杖を持ってこちらに駆け寄って来た。
彼女の武器は杖で、適合属性は光と闇だった。
光属性は主に回復等で、闇魔法は相手に状態異常等のデバフを掛けることを主にしている。
杖の殺傷能力もほとんどないので、彼女は後ろの方でサポートに徹している。
「あぁ、ちょうどちょうどHP減ってたところ。お願い」
「了解」
「あ、私もお願い~」
「はいはい」
東雲と葛西の言葉に寺島はそう言うと、光魔法で回復を始める。
先程の戦いを見て分かる通り、葛西の武器は鞭だ。
適合属性は火と水。この二つは属性名で分かる通りの攻撃メインの属性なので、特筆することもない。
「私は平気。さっきレベルアップしたから」
「あぁ……レベル上がったんだ」
私の言葉に、東雲が棍棒を担ぎながら言う。
彼女の武器は棍棒で、適合属性は風と光だ。
風についても、割とそのままの意味なので言うことはないな。
ただ、彼女の魔法適性は私程ではないが少ない方らしく、光魔法も初級程度しか使えない。
そのため、回復は主に寺島の担当になっていた。
そういえば、どういう原理なのかは分からないが、レベルが上がるとHPやSPが全回復するらしい。
なぜか私には引く程魔法適性が無いので魔法を使わないから分からないが、どうやらMPも回復しているらしい。
「……そろそろ日も暮れるし、城に戻ろうか」
「あっ、そうだねぇ。帰ろ帰ろ」
東雲の言葉に、葛西は明るい声で言いながら、駆け足で東雲の隣に並んだ。
私と寺島はその後ろに追従する形で、四人で城に向かって歩き出す。
一ヶ月一緒にいて分かったことなのだが、東雲&葛西コンビと寺島の間に、見えない壁のようなものを感じる。
日本にいた頃は遠目に見ていただけなので分からなかったが、普通に三人仲良しというわけでなく、この三人の中でも少し溝があるようだった。
……色々とあるんだなぁ……と、前を歩く二人を見ながら考える。
そういえば、これもこの三人と一緒に過ごすようになって分かったことなのだが、東雲と葛西は思っていたよりも仲が良い。
葛西はただの東雲の腰巾着だと思っていたが、こうして普通に話しているのを間近で見ていると、ごく普通に互いを大切にし合っている友達同士に見えた。
まぁ、イジメの時は二人が中心になっていることが多いし、納得する部分もある。
これでイジメの主犯コンビじゃなければ、微笑ましくも思えたんだけどなぁ……。
「……あっ」
城に向かって歩いていた時、少し離れた所で、他のグループが戦っているのが見えた。
それは、山吹さんや最上さんのいるグループだった。
彼女等のグループは連携が凄く上手くて、戦闘にも余裕があるように見えた。
多分、山吹さんの指示が上手いのだろう。
彼女は武器が盾なので前に出てはいるが、あの場からでも戦況を把握出来ているらしく、上手く指示を出せている様子だった。
最上さんも奮闘しているようで、全体的に上手くいっているみたいだった。
他の二人も上手く立ち回っている。パーティの戦力のバランスも良いのか、安定した戦いだった。
……あそこにいるのが、私だったら……。
「猪瀬さん? どうかした?」
寺島に声を掛けられ、私はビクッと肩を震わせてしまう。
気付いたら、足を止めてしまっていたみたいだ。
我に返って前を見てみれば、寺島は私が立ち止まっている場所より数メートル程先にいるし、東雲と葛西に至っては私に気付かずにかなり先の方まで行っていた。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
「何してんの……ホラ、早く行こう?」
寺島の言葉に私は頷き、早足で彼女の元まで向かった。
……一瞬、変なことを考えてしまった。
確かに、山吹さんのグループは戦いも安定しているし、メンバーも比較的良い人が多い。
今のグループのように、常に気を張る必要もない。
けど……私にそんな安寧の道を選ぶ資格は無い。
私は最上さんのように性格も良く無いし、山吹さんのようなカリスマ性も無い。
なんだかんだ、こういう貧乏くじを引く損な役割が一番合っている。
それにしても、最上さんが楽しそうで何よりだ。
日本で色々と大変だった分、この世界では少しでも良い生活をして欲しい。
あぁそういえば、日本にいた頃は、もしも異世界召喚があるとしたら最上さんが主人公だ~とか考えていたな。
よくある異世界召喚モノなら、しばらくしたら最上さんに何か特別な力が目覚めて、チート無双を始めるんじゃないかな。
そんな風に現実逃避をしながら、私達は城に戻った。