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間話 大物の器

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 ここは、グランル国首都グランルの裏路地にひっそりと建つ小さな店だ。

 店員は店主のオヤジのみで、店内も飾り気の無い質素な佇まいをしている。

 この店は世界規模でも希少な、ルーヌイの専門店である。


 ルーヌイとは、最近出回り始めた、まだあまりメジャーではないとある料理の名前だ。

 料理で使う麺に何やら工夫を加えて縮れさせ、魚介スープや鶏ガラスープに調味料で味を付けたものに浸し、具を乗せた料理。それがルーヌイ。

 麺をスープに浸すという斬新すぎる料理に、食べることを避ける者は少なくない。

 しかし、一度食ってみればこの美味さは格別で、定期的に通いたくなる魔の食べ物である。


 このグランルにはグランル火山というものがあり、その麓にあるヴォルノという町では、グランル火山をモチーフにした激辛のコリースが密かに人気を博しているそうだ。

 そして、その人気を利用して、この店ではその激辛コリースを真似た激辛ルーヌイが一種の看板メニューとなっている。

 このルーヌイのスープに辛味はよく合い、麺に絡み合った激辛のスープを啜るのがまた、中々に美味なのである。


 辛さは1辛から5辛まで選べるが、個人的には3辛が一番美味しい。

 1辛や2辛の辛味は弱く、4辛は辛味が強くてルーヌイの味を楽しむ余裕などなく、5辛に至っては最早人間の食べ物ではない。

 店主のオヤジ曰く、5辛に挑戦する客はたまにいるが、完食出来た客は未だにいないらしい。


「いらっしゃい」


 その時、店主のオヤジの声がした。

 俺はそれに、麺を啜りつつ視線を向けた。

 入店してきたのは、十代くらいの女の子三人組だった。

 先頭を歩くのは黒髪に青い目の少女で、その後ろに、白髪に赤い目の少女が続く。

 少し距離を取って赤髪に同色の少女が続いている、少し変わった三人組だった。


 俺は生まれた時からこの町に住んでいるが、この辺りでは見たこと無い顔だ。

 何より、髪と目の色が違うというのが珍しい。

 俺達は体内の魔力の適合属性によって髪と目の色が決まるのだが、大体は二つの適合属性の内、特に適性が高い方の属性の魔力によって色は決まる。

 多少色に濃淡等の差はあれど、大体は魔力によって決まる。


 だが、ごく稀に、髪色と目の色が違う人間が生まれてくることがある。

 それは適合属性の両方の適性が高くて甲乙つけがたい為に、両方の魔力の属性が髪と目でそれぞれ出てくるのだ。

 髪と目の色が違うことは天才の証と呼ばれており、魔法の英才教育を施され、歴史に名を残す程の魔術師になることが約束されている。

 一人ならまだしも、髪と目の色が違う二人組など、一度見たら確実に忘れないはずだ。


 考えられるとしたら、観光客か、ここ数日で引っ越してきた可能性が高い。

 どちらにせよ、まだこの辺りに来たばかりであろう二人が、この裏路地にある店をわざわざ選んだ理由がイマイチ分からない。

 一緒にいる赤髪の少女が、この辺りに詳しいとかだろうか?

 それにしても、若い女の子三人でフラッと立ち寄るような店では無いと思うが……。


 一人悶々と考えつつルーヌイを食している間に、三人はどうやら何を食うか決めたらしく、店主のオヤジを呼んだ。

 オヤジが注文を取りに三人のテーブルに行くと、黒髪の少女がメニューを持って、口を開いた。


「塩ルーヌイ一つと、激辛ルーヌイの3辛と5辛をそれぞれ一つ」

「ブハッ」


 黒髪少女の言葉に、俺は驚きのあまり麺を気管に詰まらせてしまった。

 すると、途端に四人から注目されてしまったので、俺は咳払いで誤魔化し、水を飲んだ。

 しかし、まさかの激辛ルーヌイの5辛だと?

 無知とは言え、あれは人間の食べ物ではない……最早危険物だぞ?

 流石に心配したのか、オヤジは少し不安そうな様子で、口を開いた。


「あの、この激辛ルーヌイは本当に辛くて……5辛は厳しいかと……」

「大丈夫じゃろう。イノセは辛い物に強いからのう」

「ちょっ、リート……」


 黒髪の少女……リート? の言葉に、イノセと呼ばれた白髪の少女が戸惑ったような声を上げた。

 ふむ……あのイノセとか言う白髪の少女が頼んだのか。

 てっきり、赤い髪の少女かと思った。ヤンチャそうな雰囲気だし。


 それに、オヤジはまだ少し心配そうではあったが、若気の至りとして諦めたのか黙って厨房に下がって行った。

 オヤジが三人分のルーヌイを作っている間に、俺はスープを残してルーヌイを完食した。

 しかし、あのイノセさんがどう5辛を食うのか気になったし、まだ胃袋には空きがあった。

 だから、オヤジが三人にルーヌイを出した後で呼び止め、一人前のライスを注文した。


 待っている間に、俺は何気なく三人組に視線を向けた。

 激辛ルーヌイの5辛は当然の如くイノセさんの前に置かれており、3辛は赤い髪の少女の前に置かれていた。

 黒髪のリートとか言う少女の前には、塩味のルーヌイが置かれていた。


 しかし、こうして見るとやはり5辛のルーヌイは禍々しい見た目をしているな……。

 真っ赤なスープはグツグツと湧き立ち、湯気ですらうっすら赤くなっているように見える。

 普段は黄色い色をしたちぢれ麺が、スープの色を吸って赤くなっているじゃないか……。

 ヴォルノの激辛コリースも過去に食ったことはあるが、ここの激辛ルーヌイの5辛はあんなものとは比べ物にならない辛さだ。


「いただきます」


 イノセさんはそう口にすると、すぐさまルーヌイの麺をフォークで掬い、口に運んだ。

 激辛のスープをよく絡めた麺を、ズズズッと勢いよく音を立てながら啜る。

 見ているだけで、口の中が熱くなる。

 ただでさえ尋常じゃない辛さを誇る5辛のルーヌイを、あれだけ勢いよく啜るとは。

 あの女、死んだな……。


「あ、美味しい」


 ……はぁぁぁぁッ!?

 サラッと言い放つイノセさんに、俺は言葉を失った。

 あの5辛のルーヌイが、美味しいだと!?

 それを見て、向かい側の席で3辛のルーヌイを啜っていた赤髪の少女が「うへぇ」と声を上げた。


「すげぇなイノセ……俺はこの3辛でも充分辛いぞ」

「あはは、辛い物には強いから……あ、リート。一口いる?」

「いらぬ!」


 イノセさんの言葉に、リートさんはギョッとした表情でそう返した。

 あぁ、赤髪の少女の言う通りだ。普通、どれだけ辛い物に強いと言っても、精々4辛が限界。

 5辛は最早、口の中にマグマを直接流し込んでいるようなものだ。


 若い娘に遠慮して店主のオヤジが手加減したのか? と思ってオヤジに視線を向けてみたが、俺の予想はすぐに潰える。

 なぜなら、オヤジは俺の注文したライスを準備しながらも、信じられないといった表情で三人組を見ていたからだ。


 あの顔は、いつも通り本気で5辛を作ったのだろう。

 しかしそれをイノセさんが平気で平らげていくものだから、驚いているのだ。

 いや、俺だって驚いている。あの危険物をまるで普通のルーヌイのように食していく姿は、あの味を知っている者からすると信じられない光景だから。


 呆然としていると、店主のオヤジがライスを持って来てくれた。

 俺は残ったスープの中にライスをぶち込み、スプーンを使ってかき混ぜる。

 3辛でも、辛いものは辛い。麺がある内は炭水化物に絡めることによってまだ耐えられるが、スープ単体になると辛さが一気に際立つ。

 だから、こうしてライスと混ぜることで食べやすくして食べ切るのだ。

 ここのスープはとても美味で、激辛ルーヌイのスープは辛味の中に鶏ガラの味が効いていて、残すには勿体ない味だ。

 まぁ、5辛の辛さは麺やライスを加えても、とても食えたものではないが……。


「……な……に……?」


 ふと顔を上げた俺は、掠れた声で小さく呟いた。

 なぜなら、イノセさんが平然とスプーンでスープを掬い、美味しそうに飲んでいるのだから。

 辛さに強いのは分かる。だが、だからと言ってあのスープを飲んで平然としていられるはずがない。


「少しピリッとしていて美味しいね」


 ピリッとどころじゃないだろう! あの辛さをピリ辛で済ませるのには無理があるぞ!

 俺は心の中で叫びながら、スプーンを握り締めた。

 そんなこんなで、彼女はあっという間に激辛ルーヌイの5辛を完食し、他の二人と共に店を出て行った。

 空っぽになった器を見つめながら、俺は三人が座っていたテーブルを見つめた。


 なんていうか……ルーヌイを食うだけなのに、異様に疲れてしまった。

 だが、中々に面白い物を見た。

 激辛ルーヌイを平然と食べる姿に圧倒はされたが、食べっぷり自体は良く、見ていて気持ちの良いものではあった。


 髪と目の色の違いから、魔法の才能も確立されている。

 彼女はもしかしたら、将来大物になるかもしれないな……なんて、無責任にぼんやりと考えつつ、俺は会計を済ませて店を後にした。


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某恋愛頭脳戦漫画でとある回を読んでから、一度はこういう回が書きたいと思っていたんです。

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