043 フレア③
「うおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオッ!」
本能のままに叫ぶ。
真っ赤に染まった視界の隅で、『状態異常:狂乱』という赤黒い文字が現れる。
関係無い。戦いたい。誰かを殺したくて仕方が無いッ!
ハッと顔を上げると、目の前に赤い髪の女が立っていることに気付いた。
「は……!? おい、待てって……ッ!」
女が何かを言っているが、気にせずに私は彼女に掴みかかった。
右手は無事に彼女の頭を掴むことに成功するが、左手はなぜか言うことを聞かず、動かなかった。
仕方が無いので、私は右手を離し、そのまま拳を放つ。
しかしそれをすんでの所で躱され、代わりと云わんばかりに腹を蹴り飛ばされた。
それによって赤い地面を数度跳ねるが、すぐに立ち上がり、目の前の女を睨んだ。
「急に何なんだよッ! 一体何が……ッ!」
「ガァァァァッ!」
何か文句を言う女を無視して、私は吠えながら彼女に向かって駆け出した。
すぐに地面を蹴って跳び上がり蹴りを放とうとするが、女は炎を纏ったヌンチャクを振るってくる。
仕方が無いので空中で身を捻ってそれを躱し、一度地面に着地する。
すると、近くに剣が落ちていることに気付いた。
ちょうどいいと思い私は剣を拾い、すぐに女に向かって振るった。
型などどうでもいい。殺せればいいのだから。
私の振るう剣に対し、女はヌンチャクで対応する。
鉄製のヌンチャクと剣がぶつかる度に、甲高い金属音が響き渡り、火花が立つ。
めんどくさい奴だな。
一気に攻め込もうとしていた時に、背後に熱気を感じた。
「……ッ!?」
慌てて振り向くとそこには、マグマの龍が二体、こちらに向かって迫ってきていた。
気付いた時にはもうすぐ目の前で、躱すことも出来なさそうだった。
それに、背後から女が笑うような声が聴こえた。
「オルァァァアアアアアッ!」
咆哮し、私はマグマの龍に向かって剣を振る。
剣がぶつかるとマグマの龍の頭が弾け飛び、マグマが飛び散る。
体に雫が僅かに付着し、肌が溶けるような熱気と痛みを感じる。
しかし、致命傷では無い。気にする必要は無い。
私がすぐにマグマの龍二体を片付け、すぐさま女の方に振り向き、剣を構える。
「なッ……クッソッ……!」
小さく呟きながら、彼女はヌンチャクに火を纏う。
このままでは先程の攻防と全く一緒だッ!
そう判断した私は、ヌンチャクを避けてすぐに彼女の懐に潜り込んだ。
しかし、接近し過ぎたために剣を振り抜くことが出来なかったので、仕方なく剣の柄で殴り飛ばした。
「ガハァッ……!」
呻き声を漏らしながら、彼女は地面を跳ねた。
それに、私はすぐに彼女の元に駆け寄った。
これで決める……ッ!
私は強く地面を踏みしめ、剣を思い切り振り上げた。
しかし、そこで女がヌンチャクで応戦しようとしているのが分かった。
ここで一々ヌンチャクを使われると、めんどくさいんだよな。
早く彼女を殺してしまいたいし、ここは確実にいこう。
私は剣に力を込め、小さく口を開く。
「シャドウタック」
呟くように言い、足元にあった女の影を突き刺す。
すると、彼女の影がカッと濃くなり、まるで闇のような漆黒に染まる。
黒くなった影は私の意思によって生き物のように動き、女の体に絡みつく。
影に絡みつかれた彼女は、「なッ!?」と声を上げながら私を見上げた。
これで殺せる……ッ!
その事実に頬を釣り上げた私は、握り締めた剣を振り上げた。
直後、視界から赤が消えた。
「……へっ?」
我に返った私は、目の前で起こっている現状が信じられずに呆然とした。
つい先刻まで私達を圧倒していたはずのフレアが、気付けば黒い軟体動物のような何かに拘束されている。
対する私は剣を振り上げた体勢のまま、固まっている。
もしもここで私が剣を振り下ろせば、フレアは剣で切り捨てられ、その命を途絶えさせることだろう。
そんな風に分析していた時、体中に激痛が走った。
「……ッ!? ッがァッ!?」
声を上げながら私は剣を落とし、一番激痛が走る左手を押さえながら蹲った。
何だこの痛さ!? 左腕はヌンチャクを受け止めた段階で諦めていたが、なぜか今は体中が痛い。
見れば、服の所々に焼け爛れたような穴が空いており、肌には斑点のように至る所に火傷の痕があった。
色々な痛みが全身に走り、私は呻く。
すると、目の前に誰かが立った。
「そりゃあ、あんな無茶な戦い方をすれば、そうなるじゃろう」
頭上から降ってきた声に、私は顏を上げた。
そこでは、掌の上でポンポンと赤い石を跳ねさせながらこちらを見下ろすリートが立っていた。
彼女の言葉に、私は「無茶な戦い方……?」と聞き返す。
そこで、朧気だった記憶が徐々に蘇り、リートの魔法で狂乱状態になったことを思い出す。
狂乱になっている間の記憶は無いが、理性を失うという話だし、かなり力任せな戦いをしたことだろう。
呆然としていると、リートは赤い石をグッと握り締めた。
すると、石はカッと赤白い光を放ち、まるで彼女の体に吸い込まれるように消えていった。
それから彼女はしゃがみ込み、私の頬に両手を添え──「いだだだだだ」──グイッと思い切り引っ張った。
急に何をするのかと思っていると、彼女は私の両頬を引っ張ったまま口を開いた。
「お主、妾が禁止していたスキルを使ったであろう」
「……ふぇ?」
「あの、フレアに使ったやつじゃ」
その言葉に、私は視線を動かしてフレアに視線を向けた。
彼女は未だに黒い何かに拘束されており、抜け出そうと必死に藻掻いている。
何だアレ、と思っていると、リートはさらに私の頬を引っ張る力を緩め、続けた。
「スキルは使うなと言ったであろう? それなのに使いおって」
「いや、覚えてないし……ってか、理性失ってるのにスキルなんて無意識に使うもの?」
「狂乱は目に映るもの全てを殺したくなるものじゃ。殺す為なら手段を選ばん」
なるほど……つまり、フレアを殺す為に手段を選ばなかった結果、スキルを使ったというわけね。
自分のステータスを表示してスキルを確認してみた感じ、シャドウタック辺りが怪しい。
少し見たところ、どうやら相手の影を具現化して生き物のように操る能力らしいし。
納得していると、リートは私の両頬をグニグニと軽く揉んだ。
「奴隷は主に従うものなのじゃから、使ってはならんと言ったスキルを使った罰を与えんといけんのぉ」
「うふぇ……罰っていった……」
一体何? と聞こうとした瞬間、リートは私の頬に優しく両手を添え、唇を奪ってきた。
自分の唇に、冷たくて柔らかい物が触れているのを感じる。
突然の接吻に、私は目を見開く。
驚いている間に彼女は唇を離し、怪しく舌なめずりをしてから、口を開いた。
「……罰、完了じゃ」
「……何を……」
『レベルUP!
猪瀬こころはレベル94になった!』
聞き返そうとした時、目の前にそんな文字が表示された。
それに、私はすぐにステータスを表示させた。
名前:猪瀬こころ Lv.94
武器:奴隷の剣
願い:リートの奴隷になりたい。
発動条件:リートを守っている間のみ力を発揮できる。
HP:9400/9400
MP:8760/8760
SP:7630/7630
攻撃力:9400/500
防御力:9400/500
俊敏性:9400/500
魔法適性:0/0
適合属性:火、水、土、林、風、光、闇
スキル:ソードシールド(消費SP5)
ファイアソード(消費SP7)
ダークソード(消費SP7)
ファイアボール(消費SP9)
コンフューズソード(消費SP9)
バーンスラッシュ(消費SP15)
ファントムソード(消費SP15)
フレイムソード(消費SP20)
バニシングソード(消費SP20)
ボルケイノソード(消費SP25)
シャドウタック(消費SP25)
グレネードスラッシュ(消費SP25)
ダークネスリマイン(消費SP25)
インプションキャノン(消費SP30)
ディスピアーブレイク(消費SP30)
サンシャインブラスター(消費SP40)
スピリットディストラクション(消費SP40)
「……これって……」
増えたスキルを見て、私は小さく呟く。
スキル名を見たところ、どうやら火属性のスキルが増えているらしい。
あと、レベルアップのおかげでボロボロだった体が完全回復した。
ひとまず立ち上がると、リートは私の顔を見上げて口を開いた。
「どうじゃ? 体の方は」
「なんかレベルが上がったおかげで、HPが完全に回復したよ。……あと、火属性のスキルが増えていたんだけど……」
「あぁ、それは、ここの心臓に火属性の魔法が籠っていたからじゃな」
その言葉に、私はなんとなく納得した。
前に、心臓の分裂によって使用可能な属性も分裂したと言っていたし、分裂した属性の内の火属性を回収したということか。
先程のキスで、その魔力を私に送ったのだろう。
一人納得していると、リートは私の腕をグイッと引っ張った。
「ほれ、もう用は済んだし、さっさと出るぞ」
「う、うん……」
「待てよッ!」
リートの言葉に頷いていると、後ろからフレアの声がした。
あぁ、すっかり彼女の存在を忘れていた。
振り向くと、未だにシャドウタックによって拘束されたままの彼女が、怒ったような表情でこちらを見ていた。
私達が振り向いたのを確認すると、彼女はジタバタと藻掻きながら続けた。
「お前等、俺のことを殺さねぇのか!?」
「……なんで、殺さないといけないの?」
予想外の質問に、ついそう聞き返してしまう。
すると、彼女はギョッとしたような表情を浮かべた。
それに、私は頬を掻きながら続けた。
「狂乱状態だった時に私が何を言ったのかは知らないけど……私達の目的は心臓の回収であって、別に貴方に恨みがあるわけでもないし、殺す理由は無いよ」
「ンだと……!?」
「右に同じ、じゃな。お主には別に興味はないし、イノセが殺さないと言うなら、妾も強制する理由は無い」
私とリートの言葉に、フレアは目を丸くして口をパクパクと開閉させた。
それに、私は鞘にしまった剣の柄に手を添えて続けた。
「殺されたいなら考えなくもないけど……別にそういうわけではないよね?」
「それはッ……」
「そういうことじゃから、妾達はもう行くぞ。……お主はお主の、好きな道を歩むがいい」
リートはそう言うと踵を返し、出口の方に向かって歩き出す。
背後からフレアが何か色々と文句を言っているのが聴こえたが、私は特に気にしないでリートの背中を追って……ダンジョンを脱出した。




