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031 自分を大切に-クラスメイトside

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 翌朝、寺島葵の遺体が見つかったという報せを受け、柚子はすぐに彼女が泊まっていた部屋に向かった。

 第一発見者は城のメイドで、葵の朝食を持って行った際に、遺体となっているところを発見したらしい。

 メイドの悲鳴ですぐにクラスメイトや城の使用人などが異常に気付き、光属性の適性のある者がすぐに光魔法での回復を試みたが、すでに死んでいたために意味が無かったとのこと。

 柚子が報せを聞いて部屋に向かった時には、使用人やメイドが葵の遺体の回収を終えており、血痕の残る部屋でクラスメイトのほとんどが集まって何かを言い争っていた。


「……一体何が……」

「だからッ! 私はやってないってッ!」


 柚子の言葉を遮るように、花鈴が叫ぶ。

 すると、言い争っていた相手がバンッと壁を思い切り殴った。


「じゃあ誰が寺島さんを殺したって言うのッ!?」

咲綾(さあや)、落ち着いて……」

「落ち着けるわけないじゃん!」


 落ち着かせようとする圭に対し、青い髪と目をした少女、海藤(かいどう) 咲綾は、そうヒステリックに喚いた。

 彼女は部屋を手で示して、続けた。


「だって、クラスメイトが殺されたんだよッ!? あんな、無残に……ッ! しかも、その殺人鬼がこの中にいるかもしれないって言うのにッ……! なんで皆そんなに落ち着いてんの!? わけわかんないッ!」

「ッ……! とにかく私はやってないッ!」

「でも昨日の夜この部屋の近く歩いてたじゃん!」

「歩いてただけだって!」

「……どういう状況?」


 捲し立てるように言い合う花鈴と咲綾を尻目に、柚子は隣にいた真凛に小声でそう尋ねた。

 すると、真凛は一度咲綾を一瞥してから柚子に視線を戻し、口を開いた。


「寺島さん、どうやら刃物で殺されていたみたいで……何度も切りつけられたり、刺されたりした痕が残っていたの」

「で、武器が刃物な上に、昨晩この部屋の近くを望月さ……あー、花鈴ちゃんが通ったのを咲綾が見かけたらしくて、寺島さんを殺したのが花鈴ちゃんじゃないかって」


 真凛に続けるように言うのは、クラスメイトの明城(あかぎ) 晴陽(はるひ)だった。

 彼女は真っ赤に染まった髪を耳に掛け、同色の目を細めながら続けた。


「と言ってもまぁ、あの子は白でしょう。……ナイフじゃ、あそこまで惨い殺し方は出来ないでしょうし」

「……惨い?」

「かなり深い傷が何本かあったし、寺島さんの体を貫通したような刺し傷もあったからね。ナイフじゃあそこまで出来ない」


 晴陽の言葉に、花鈴に詰め寄っていた咲綾がパッと顔を上げた。

 彼女はしばらくその言葉を吟味するような間を置いてから、渋々といった様子で花鈴から離れた。

 それに、花鈴がホッと息をついてるのを見つつ、真凛は「それに」と口を開いた。


「花鈴はいつも私と一緒にいるから、アリバイはあるよ。寺島さんを殺せる程の時間離れていたこともないし……少なくとも、花鈴では無いよ」

「真凛~」


 フォローする真凛の言葉に、花鈴は泣きそうな声で名前を呼びながら抱きついた。

 それに、真凛は「よーしよしよし」と宥めるように言いながら、花鈴の背中を優しく撫でた。

 すると、ずっと無言で話を聞いていた黄緑色の髪に同色の目の森川(もりかわ) (すい)は、小さく溜息をついた。


「ていうかさ、皆本当は、犯人分かってるんじゃないの?」

「……ちょっと」


 呆れた様子で呟く翠に、圭が咎めるように言う。

 すると、翠は頬を引きつらせるようにヒクッと笑い、続けて口を開いた。


「もう今更隠す必要無いじゃん。東雲さん達は死んじゃったんだしさぁ」

「翠ッ」

「それって……東雲さん達が最上さんを苛めていたって話?」


 遮ろうとする圭を無視して、静かな声で柚子は言った。

 それに、一瞬にして室内の空気が張りつめた。

 まさか知られていると思っていなかった翠は、飄々とした態度を一変させ、目を見開いて柚子を見つめた。

 全員の態度に、柚子は眉を潜めながら、口を開いた。


「昨日、最上さんから聞いたの。……苛められてたって。皆が、私に知られないように根回ししてた……って」

「……柚子……」

「……寺島さんを殺す程恨みがあるのは、イジメを受けていた最上さんだけ……だから、彼女が犯人だって言いたいの……?」


 静かな声で聞く柚子に、皆答えられない。

 すでに、柚子以外の皆の考えは、それで統一されていたからだ。


「……そうだよ」


 静寂を破ったのは、翠だった。

 その言葉に、他の全員がハッと翠を見た。

 柚子は少し目を丸くしたが、すぐにその目を細めて「そう」と小さく呟いた。


「残念だけど、最上さんは犯人じゃないよ。……昨日の夜は、ずっと私と話していたから、彼女にもアリバイはある」


 そう言いながら、柚子は踵を返し、部屋の扉の方に歩いて行く。

 近くにいた真凛が咄嗟に止めようとしたが、柚子の服を掴む寸前でその手は止まり、結局空を切る。

 柚子はそれに気付かずに、扉を開いて廊下に出た。


「……お疲れ様」


 柚子が扉を閉めるのを見計らい、その扉の隣の壁に凭れ掛かる形で立っていた友子が、そう声を掛けた。

 それに、柚子は少し息をついてから、口を開いた。


「……全部聞いてたんだ」

「まぁ……ね」


 そう答えながら、友子は目を逸らす。

 彼女の反応に、柚子はどこか居心地の悪さを感じつつ、続けた。


「なんか……ごめんね。変な空気になっちゃって……」

「……大丈夫。山吹さんは悪くないし……私が犯人じゃないって言ってくれて、嬉しかったよ」


 友子はそう言いながら、髪の毛先を指で弄ぶ。

 それに、柚子は何と答えれば良いのか分からず、口ごもる。

 すると、友子はそれを見て小さく笑い、続けた。


「クラスの皆のことも平気だよ。皆が言うことは尤もだし、疑われても仕方が無いよ」

「……」

「……もしかして、山吹さんも本当は、私のこと疑ってる?」


 暗い表情を浮かべたまま答えない柚子に、友子がどこか不安そうに、そう尋ねた。

 それに、柚子はハッと顔を上げ、「違うよッ!」と答えながら首を横に振った。

 しかし、すぐに俯いて、大きく溜息をついた。


「ごめん。ちょっと、色々なことが起こり過ぎて……考える時間が欲しい」

「……山吹さんってさ、真面目……だよね」


 友子はそう言いながら、凭れ掛かっていた壁から離れる。

 それに、柚子は「そう?」と聞き返す。

 すると、友子は頷き、続けた。


「日本にいた頃も、だけど……今だって、クラスの皆のことを考えていて……凄いと思うよ」

「……でも、最上さんへのイジメにすら、気付けなかった」


 そう呟きながら、柚子はフラフラと歩き、目の前にあった壁に額を付けた。

 拳を強く握り締めながら、彼女は続けた。


「今回だって、そう。……皆があんなに冷たい人だったなんて、知らなかった」

「……冷たい?」

「寺島さんが死んだって言うのに、犯人捜しに言い争い……寺島さんの死を悲しむ人なんて、一人もいやしない。ううん、寺島さんのことだけじゃない。東雲さんも、葛西さんも……猪瀬さんも死んだって言うのに、誰も悲しんでない。……こんなのおかしいよ」


 小さく掠れた声で呟きながら、柚子は壁を軽く殴る。

 それに、友子は何も言わずに、静かに葵の部屋の扉を見た。

 ──山吹さんが言うことも、間違ってはいない。

 ──けど、皆が皆、山吹さんのようにクラスメイト全員のことを平等に思っているわけじゃない。

 ──私へのイジメを山吹さんに隠していたのは、東雲さんが怖かったのもあるだろうけど、きっと一番の理由は山吹さんが東雲さんに目を付けられるのを避ける為。

 ──生存者の捜索に行ったのも、きっと東雲さん達が心配だったなんてのは建前で、本当は山吹さんが心配だっただけ。


 未だに落ち込んでいる柚子に視線を戻し、友子は小さく息をついた。

 ──彼女は、自分がどれだけ大切にされているかを知らない。

 ──皆が冷たいわけじゃなくて、今残っている人達は皆、山吹さんのことを一番に思っているだけなのに。

 しかし、生真面目な彼女にこれを言っても分かってもらえるとは思わなかったので、友子は小さく溜息をついて視線を逸らした。


「……ごめん。ちょっと、部屋に戻るね」


 すると、柚子がそう呟いて壁から離れ、フラフラと部屋の方向に歩き始める。

 友子は目を丸くして、その後ろ姿を見送る。

 ……別に、彼女を心配する理由も義理も無い。

 ──でも、流石にこの状態で放置しておくのは……。


「……山吹さんは、真面目過ぎるんだよ」


 気付いた時には、そんな風に言っていた。

 それに、柚子は足を止め、キョトンとした表情で振り返る。

 彼女の反応に、友子は髪の毛の先を少し弄って、続けた。


「だから……クラスの皆を大切に、とか……学級委員長だからって、根詰めすぎ」

「……でも……」

「皆を見ていれば分かるでしょ? 結局皆、自分と親しい人以外はどうでもいいんだよ。……私だって、こころちゃん以外はどうでもいいし」


 その言葉に、柚子は「えっ」と小さく呟いた。

 友子はそれに「だから」と言いながら柚子に近付き、彼女の肩を掴んで続けた。


「山吹さんだって、もっと……自分を大切にした方が良い」

「……自分を……?」

「だから……えっと……えっと……」


 咄嗟に続けようとするが、どう言葉を続ければ良いのか分からず、しどろもどろになってしまう。

 自分の肩を掴んだまま、忙しなく視線を彷徨わせながら言葉に詰まる友子を前に、柚子はしばらくキョトンとした後にクスクスと笑い始めた。


「えっ……? 何?」

「ふふっ……ううん。ただ、最上さんって不器用だなぁって、思っただけ」


 言いながら、柚子は自分の肩を掴む手を包み込むように握り、離させる。

 それから、自分より背の高い友子の顔を見上げ、はにかむように笑った。


「ありがとう。……参考にするね」

「……うん」


 柚子の言葉に、友子は頷くことしか出来なかった。

 すると、友子は笑顔で頷き、踵を返す。

 その後ろ姿を見送りながら、友子は柚子に握られた手を見つめた。

 ……自分の手を握った小さな感触に、唯一の友の手を握った時の記憶が重なる。

 そして、先程柚子に言った言葉が……その友に言いたかったことの一つであることに気付く。


 ──山吹さんもこころちゃんも、自分のことを犠牲にし過ぎなんだよ。


 心の中で呟きながら、友子はその手で、自分の前髪を掻き上げた。


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