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025 小さい子供のような

 裸足で外を歩くのは大変かと思ったが、案外そうでも無かった。

 森の中は地面が柔らかい土の為、踏み心地が良く、足への負担も少なかった。

 後は馬鹿みたいに上がったステータスの恩恵か、あまり疲れることもなく、長い距離を歩いても息切れ一つしなかった。

 ……まぁ、それは私だけみたいだけど。


「はぁ……はぁ……中々見つからんのぉ」


 小さく息を切らしながら言うリートに、私は「そうだねぇ」と呟きながら、リートが歩きやすいように剣で目の前の枝や葉っぱを切り落としていく。

 ちなみに、剣はずっとリートが道具袋にしまっていたようだ。

 しばらく歩いていると枝や葉っぱが気になるようになってきて、彼女は袋から剣を取り出し、邪魔にならないように切り落とせとか言ってきた。

 ホントに人使いの荒い人だ。まさか奴隷の剣(スレイヴソード)のデビュー戦が、魔物相手ではなくその辺に生えてる草木を相手にすることになるとは……。


 そういえば、私の剣は奴隷の剣(スレイヴソード)という名前にはなったが、見た目自体はそこまで変わらなかった。

 ただ、少し剣の刃が赤みを帯び、柄は白くなって少し頑丈になったくらい。


「グルルルル……」


 その時、どこからか獣の唸り声のようなものが聴こえた。

 私は咄嗟に足を止め、リートを背中に隠しつつ、剣を構えながら声がした方に体を向ける。

 するとそこには、首が二つ生えた狼のような魔物がいた。


「……血気盛んですこと」

「あやつはギリスールルヴトーじゃな。顎の力が強靭じゃから気を付けるのじゃ」


 背中に隠れるリートの言葉を聞きながら、私は剣を狼に向ける。

 名前長いし、結局狼っぽい見た目であることには変わりないから、別に狼で良いか。

 狼は地面を強く踏みしめ、闘争心で目をギラギラと輝かせながら、こちらの様子を伺っている。

 自分から飛びかかってこないのか? なんて一瞬油断した次の瞬間、狼は口を大きく開いてこちらに飛びかかって来た。


「うぁッ!?」


 小さく声を上げながら、私は噛みつこうとしてきた狼の攻撃を紙一重で躱す。

 しかし、突然のことで驚きはしたが、狼の動きは思っていたよりも遅かった。

 だから私は冷静に片方の首を剣で斬り落とし、一度狼の腹を蹴り飛ばして距離を取る……つもりが、勢い余ってそのまま腹を蹴り抜いて風穴を空けてしまった。

 慌てて足を抜くと、片方の首が無くなった狼の死体は地面に崩れ、あっさり事切れる。

 呆然としていると、リートは私の肩越しに狼の死体を見て「ふむ」と呟いた。


「中々良い手際ではないか」

「そうだけど……思ってたよりも、自分の力って制御出来ないね」

「……と、言うと?」

「急に強くなったからさ。思ってたことと違うことが起きて、ちょっとビックリした」


 私はそう言いながら、狼の腹を蹴り抜いた足を軽く振って返り血を払う。

 それに、リートは「なるほど……」と小さく呟いた。


「まぁ、それについては特訓あるのみじゃな。じゃが、それは先に適当な町で色々と必要なものを買い揃えてからな」

「……了解」


 リートの言葉にそう答えながら、私は剣の刃に付いた血を払い落し、鞘にしまう。

 だって、しばらくは、剣は必要無さそうだと思ったから。

 私が枝木を切り落とした先には、緩やかに流れる川が見えていた。


「おー! 川じゃ!」


 リートも川に気付いたようで、嬉しそうに言いながら川の方に駆け寄っていく。

 ひとまず私ははだけそうになっていたローブを直し、彼女を追って早足で向かう。

 木々の間を抜けると、そこには綺麗に澄んだ川があり、リートはそれを前にして小さく息をついた。


「川じゃ……ふはは、やっと見つけたぞ!」

「ここまで来れば、後は川を辿っていくだけだね」


 リートの仮説が正しければだけど……と、心の中で付け足す。

 すると、当の本人は「そうじゃなぁ」とのんびりした口調で言いながら、近くに岩に腰かけた。

 それに、私は視線を向けた。


「リート?」

「少し休憩じゃ。疲れた」


 言いながら、リートはググッと伸びをした。

 そういえば、少し疲れた様子だったな。

 まぁまだ時間も早そうだし、少しくらい休憩しても良いか。

 そう思った私は、近くの岩に腰を下ろし、小さく息をついた。


 すると、どこからかそよ風が吹いてきた。

 爽やかな風が前髪を揺らすのを感じていた時、近くで風に揺れる葉に、なぜか既視感を覚えた。

 なんとなく一枚の葉を取って手元に持って来ると、それは笹の葉に似ていた。

 日本にあったものよりも葉は明らかに大きいが、それ以外に大きな違いはない。


「……」


 なんとなく、私は葉を千切り、笹船を作り始めた。

 これは、まだ私が小さい頃──まだ、母が頑張って私を愛そうとしていた頃に、作り方を教えてくれたものだ。

 七夕の季節に、私に作って見せてくれたことがある。

 まだ幼い私に丁寧に作り方を教えてくれて、何とか作れたのを覚えている。

 ちゃんと作れたら、凄く褒めてくれて……。


「何をしておる」


 昔のことを思い出していた時、リートがそう言いながら、私の背中に抱きついて来た。

 彼女は私の肩に顎を置き、手元を見て「お?」と小さく声を上げた。


「何じゃそれは。船か?」

「えっと……これは笹船って言って、私のいた世界にあったんだ」


 そう言いながら、私は作り終えた笹船をリートに見せた。

 すると、彼女はそれを手に取り、しばらく見てから「ほー」と感心した様子の声を上げた。


「これはまた、中々に見事な出来じゃのぉ……お主が作ったのか?」

「まぁ、うん……」

「ほぉ……ちなみに、これは水に浮かぶのか?」

「……貸してみて」


 説明するより見せた方が早いと思い、私はリートから笹船を受け取って立ち上がり、川辺に近付いた。

 すると、リートもトテトテと小走りで私に付いて来て、興味津々といった表情で笹船を見つめた。

 ひとまず彼女に見えるようにしながら笹船を流してみると、それは流れに乗ってスイスイと進んでいった。

 それを見て、リートは目を丸くして「おぉ!」と歓声を上げた。


「凄いのぉ! 本物の船のようじゃ!」

「でも、作るのは凄く簡単だよ?」

「何じゃ、それなら早く教えろっ」


 ワクワクといった感情を全面に出しながら、リートは言う。

 彼女の様子が、なんだか小さい子供みたいだなと思い、私は小さく笑った。

 それから先程使った葉と同じ木から二枚程取り、笹船の作り方を教えた。

 日本にあったものに比べると大きいために、同じ作り方でも比較的作りやすく、あっという間に笹船を完成させた。

 まぁ、初めてだからか少し不格好だったが、それでも中々上手い方だと思う。


「ほー……さっきイノセが作っておったものと同じじゃ!」

「ははっ……そりゃあ、同じ作り方で教えたからね」

「それもそうじゃなぁ」


 どこか楽しそうな口調で言いながら、リートはすぐに笹船を持って、川に近付く。

 ひとまずそれに付いて行くと、彼女は川の傍でしゃがみ込み、持っていたソレを川に流した。

 すると、不格好な船は緩やかな流れに乗り、瞬く間に流れていく。

 それを見て、リートはパァッと目を輝かせた。


「凄いぞ! 流れていったぞ!」

「まぁ、船だからね」

「イノセ! 今すぐ追いかけるぞ!」

「えぇ……」


 キラキラした目で言う彼女に、私は困惑してしまう。

 いや、今の私の身体能力ならまだ容易ではあるけど……。


「リートの体力で追いつける?」

「ぅぐ……」


 私の言葉に、彼女はすぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ここまで歩いて来るだけでヘトヘトだったくせに、と呆れていた時、彼女は少し間を置いてこちらに両手を広げてきた。

 ……ん?


「リート?」

「おんぶじゃ。おんぶ」


 当然のことのように言うリートに、私は「は?」と聞き返してしまう。

 すると、彼女はムッとした表情を浮かべ、私のローブをグイッと引っ張った。

 強引に自分の方に背中を向けさせると、肩をグググッと下の方に押してくる。

 ……しゃがめ、と?


「いや、急におんぶとか言われても」

「うっさいわ。お主の力ならすぐに追いつけるじゃろ」

「いや、それは……」

「奴隷に拒否権は無いぞ~」


 その言葉に、一気にげんなりしてしまう。

 ホンット、都合の良い時ばっかりこの言葉……。

 けど、逆らえないのも事実なので、仕方なくその場にしゃがむ。

 すると、リートは私の首に両手を絡め、体重を預けてきた。

 彼女の足を抱えて立ち上がると、首に絡まっている腕の片方が前に伸び、すでに大分遠くなっている笹船を指さした。


「ほれ、早く追いかけろ。命令じゃ」

「……はいはい」


 喜々として言う彼女の声に、私はそう答えながら、川を辿るように走り出した。

 ……この状況を少し楽しいと思い始めている私も、もう末期なのかもしれないな。

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