022 頼まれごとと償い
歩きながら、猪瀬さんの生きている理由やリートさんのことについて色々聞いた。
それによると、猪瀬さんはカマキリの魔物に殺されかけていたところをリートさんに救われ、その代わりに彼女の奴隷になったらしい。
そして、リートさんには色々とやりたいことがあり、その目的の達成の為にこのダンジョンを出てこれから旅に出るのだとか。
で、猪瀬さんはその目的を達成するまでの間、奴隷として共に旅をするんだって。
ちなみに髪と目の色が変わっているのは、治療の副作用のようなものらしい。
「じゃあ、ダンジョンを出てからも、城には帰らないってこと?」
「うん。だから、城に戻ったらこのことを皆に伝えておいてもらえると嬉しいんだけど……」
「分かった。……そういえば、猪瀬さんは、理沙ちゃんや林檎ちゃんがどうなったのか知ってる?」
私の言葉に、猪瀬さんはギョッとした表情を浮かべて私を見た。
しかし、すぐに目線を逸らし、「えっと……」と小さく呟く。
彼女の様子から、私は二人に何があったのかを想像し、僅かに息を呑んだ。
「もしかして、二人は……もう……」
「……その、リサとリンゴとやらは、何じゃ? そいつらも、イノセを裏切った奴等か?」
リートさんはそう言いながら、猪瀬さんに視線を向ける。
すると、猪瀬さんは少し間を置いてから、小さく頷いた。
それに、リートさんは「あぁ、アイツ等か」と納得したような表情を浮かべた。
……アイツ等……?
「もしかして、二人は、理沙ちゃん達に会ったの?」
「会った、というか……」
「おぉ。二人共死んでおったがのぉ」
「リートッ!」
口ごもる猪瀬さんの言葉を遮るように、リートさんはサラッと言い放った。
それを、猪瀬さんは慌てた様子で窘めた。
……死んだ……? あの二人が……?
驚きとか、悲しみとか、そういう感情は一切湧いてこなかった。
というか、単純に……信じられなかった。
だって、林檎ちゃんはともかく、理沙ちゃんが死ぬとは思えなかったから。
猪瀬さんや私を見捨ててまで……きっと、林檎ちゃんすら見捨ててまで生きようとしたであろう彼女が死ぬなんて、信じられなかった。
けど、きっと二人の口振りから察するに、二人共死体で発見されたのだろう。
「……そういえば、なんで寺島さんは、その……生きてるの……?」
すると、猪瀬さんが言いにくそうにしながらも、そう聞いて来る。
私はそれに、ハッと我に返る。
……そういえば、説明していなかった……。
二人の死は少なからずショックではあったが、ここで嘆いていても仕方が無い。
ひとまず、理沙ちゃん達に見捨てられ、魔法を使ってなんとか生き延びた経緯を話すと、猪瀬さんは目を丸くした。
「じゃあ、寺島さんも、あの二人に見捨てられたんだ……」
「うん。だから、てっきり二人は生きているものだと思ってて……」
「ふむ……見捨てられた二人が生きていて、見捨てた二人が死んでいるとは、中々皮肉なものじゃのぉ」
私達のやり取りを聞いていたリートさんが、そう言って小さく笑う。
まぁ、言われてみると、確かに。
そんなやり取りをしていると、リートさんは突然立ち止まり、地面に手をついた。
「リート、どうしたの?」
「イノセ達が転移されたというのは、この辺りじゃったかのう?」
「えっ? そうだけど……」
猪瀬さんがそう言った時、突如、床がカッと強く瞬いた。
直後、足元に光り輝く魔法陣が現れる。
いつぞやの転移トラップを思い出し、私は咄嗟に身構えた。
すると、あっという間に光が私達を包み込み、消し去っていく。
と思えばすぐに光は止み、私達は地に足をついた。
その際にバランスを崩してしまい、私はその場に尻餅をついてしまう。
杖が地面を転がり、カランカランと乾いた音を立てるのを聞きながら、私は「いったぁ……」と小さく呻いた。
「だ、大丈夫!?」
転んだ私を見て、猪瀬さんが慌てた様子で手を差し伸べてくる。
ひとまず彼女の手を掴んで立ち上がりつつ、杖で自分の体を支える。
それから辺りを見渡すと、先程私達がいた場所よりも明るいことに気付いた。
……ここは……──
「──……転移トラップに引っ掛かる前に、私達がいた場所……?」
「転移トラップの魔力を逆から辿ったのじゃ。こうすれば、上層までなら来ることが出来るからのぉ」
どこか得意げな表情で言うリートさんに、私は「なるほど」と小さく呟いた。
つまり、私達が引っ掛かった転移トラップを逆行して、上層まで一気に転移したというわけか。
一瞬私達もそうすれば良かったのではないかと思ったが、多分リートさんがあまりにも簡単そうにやっているだけで、多分実際はかなり難しいのではないかと思う。
「さて、ではすぐにでも外に向かうか」
どこか上機嫌な様子のリートさんの言葉に頷き、歩き出そうとした時、どこからか話し声のようなものが聴こえてきた。
それに足を止め、私はその声に聞き入る。
「……む? 冒険者か何かか?」
リートさんも気付いたのか、そう呟きながら耳を澄ます。
同じように耳を澄ましていた猪瀬さんが、しばらくしてハッと目を見開き、口を開いた。
「この声……山吹さん達のだ」
言われた通り、その声は山吹さん達のものだった。
どうやら私達のグループ以外の二グループがいるらしく、中々に賑やかな声がする。
なんでこんなところに……と思っていると、リートさんが不思議な表情でこちらに振り向いた。
「そのヤマブキとやらは何じゃ? またお主等の知り合いか?」
「あー……一緒に召喚されてきた人達」
不思議そうなリートさんの言葉に、猪瀬さんがそう答える。
すると、リートさんは目を丸くして、「ほぉ!」と言った。
「では、テラシマはそのヤマブキとやらの所に行けば良いのではないか?」
「あぁ、確かに」
リートさんの言葉に、私はそう答える。
すると、彼女はすぐに私の手を引き、声がする方に背中を押した。
「ほれほれ、善は急げじゃ。早く行かんか」
「わ、ちょ、ちょっと! そんな速く歩けないから!」
急かすリートさんに言いながら、私は杖で体を支えつつ、早歩きで山吹さん達のもとに向かう。
すると、猪瀬さんがハッとした表情を浮かべ、「寺島さんっ!」と私を呼び止めた。
「な、何……?」
「さっき頼んだことっ! 私のこと、ちゃんと皆に伝えておいてね!」
猪瀬さんの言葉に、私は、先程頼まれたことを思い出す。
すぐに「うんっ!」と頷き返し、杖をついて山吹さん達のもとに向かった。
重たい足を動かしながら必死に通路を歩き、角を曲がると、なぜかこちらに歩いて来ていた山吹さんにぶつかった。
疲れた私の体はグラリと大きく揺れるが、山吹さんが慌てて支えてくれたことによって、何とか立ちなおす。
それから杖で自分の体を支えていると、山吹さんは私を見て、僅かに目を丸くした。
「寺島さん、これ着て」
そう言って、すぐに自分の着ていた上着を脱ぎ、私に羽織らせる。
あぁ、そういえばリートさんに服を奪われたせいで、裸だったか。
割と二人が普通に接してきていたのと、ダンジョン内の気温が適温だったせいで、少し忘れていた。
山吹さんに連れられて皆のもとに戻ると、すぐに皆がこちらに近寄って来た。
それからすぐに皆が口々に労いの言葉を掛けてくるので、私はつい呆気に取られた。
すると、私を囲う皆を、山吹さんが手で制止した。
「ちょっと、寺島さんも疲れてるんだから……とりあえず、城に帰ろう」
彼女の言葉に、皆は少しずつ静かになり、ダンジョンから出る為に歩き出す。
その光景を見た私は、小さく息をついた。
……紆余曲折はあったけど、私は……帰って来たんだ……。
日本に帰れたわけではないし、回復を終えたらまた戦いに行かなければならないことは分かっている。
それでも、ひとまずこのダンジョンからは生き延びられた。
とりあえず、城に戻ったら、今までのことを最上さんに謝りたいな。
許されないことだし、もしも私が最上さんだったら、絶対に許さないと思う。
だけど、一度誠心誠意謝って、これから態度で示していけばいい。
一生許されなかったとしても、せめてもの償いだ。
……そういえば、最上さんはどこにいるんだろう……?
「……ッ!?」
辺りを見渡していた私は、人の隙間に見えたソレに、言葉を失った。
そこには……酷く暗い目で、こちらをジッと見つめてくる最上さんがいた。
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