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001 異世界転移をしたらしい

 しばらく強い浮遊感が私の体を襲っていたが、やがて、それが収まっていく。

 と思えば、突然重力が掛かるような感覚があり、どこかに尻餅をついたのを感じた。

 咄嗟に手を這わせると、すぐに固い感触が返ってくる。

 先程の強い光のせいで、視界がチカチカと明滅して分からないが……多分、教室の床の上にでも座っているのだろう。

 恐らく、指輪が光ったことに驚いて、椅子から落ちたんだろうな。

 辺りからざわめくような声がする。尻餅をついたことで注目を集めてしまっているのかもしれない。

 恥ずかしいが、さっさと席についてしまおう。

 視界も戻ってきたことだ……し……?


「……ッ!?」


 視界が戻り、顔を上げた私は、そのまま言葉を失った。

 なぜなら、目の前に広がっていたのは、見慣れた教室では無かったから。

 六面全てが石で出来た大きな部屋の中央の、床から一メートル程の高さがある台座のような所に、私はいた。

 そして、その台座を囲うように、お揃いの暗い赤色のローブを着た人達が立っていた。

 彼等は口々に、何やら感心した様子で何かを話している。

 その声には、驚きと感嘆の二つの感情がちょうど半分ずつで混ざっているように感じた。


 部屋の中を見渡していて気付いたのだが、どうやらこの場所に来たのは、私だけではないらしい。

 私と同じ制服を着た人――同じクラスだった人達が、私を含めて大体十二人程度いる。

 中には、最上さんや……あの東雲グループの連中もいる。

 ある程度状況を把握していた時、こちらに白いローブを着た人が歩いて来るのが見えた。


「初めまして、異界の皆様。私は、このギリスール王国の宮廷魔術師を務めます、クライン・ラビリウスと申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って、クラインと名乗った人物は自分の胸に手を当てて、頭を下げた。

 フードを被っている為、その顔は伺えない。

 ローブのせいで体格すら分からないが……声から察するに、恐らく男性だろう。

 突然の自己紹介に呆気に取られつつも、そんな風に考察をしていた時だった。


「ご丁寧にどうも。私は、東雲女子高等学校普通科、二年A組にて学級委員長を務めております、山吹柚子と申します。……よろしくお願いします」


 ハキハキとした口調で紡がれた自己紹介に、私は声がした方に顔を向けた。

 そこでは、台座の上にて直立し、堂々と挨拶をする山吹さんの姿があった。


 山吹柚子。

 私達のクラスにて、学級委員長を務めている生徒だ。

 長い髪をポニーテールにしており、童顔で背も低く、見た目自体は幼く見える。

 しかし、その性格は芯の通ったもので、そのカリスマ性でクラスを纏め上げている。

 見た目も良いし、正直弱点など無いのではと思う程に完璧な人だ。


 そして、東雲に反論することが出来る、唯一の生徒だ。

 東雲の裏にいる理事長の存在や、スクールカーストによるイジメの可能性にも臆さず、間違っていることは間違っているとハッキリ言うタイプだ。

 そんな彼女を慕う生徒もそれなりにおり、仮に東雲と衝突する時があれば、クラスの二大派閥による闘争が起こるだろう。

 東雲も流石に山吹さんを敵に回すのは面倒だと感じている様子で、最上さんへのイジメも彼女にだけはバレないようにやっている。


 彼女がこの場にいることはまだ納得できるが……まさかこの状況で、ここまでハキハキと話すことが出来るとは……。

 とは言え、文武両道で質実剛健な彼女であれば、当然であるように感じる。

 驚きと納得の感情が同時に混ざりあうような、不思議な感情が私の胸中を占めた。


 そんな彼女の言葉に、クラインとやらはしばらく吟味するような間を置いた後で、口を開いた。


「その、シノノメとやらについては、後でお伺いしましょう。こんな場所で立ち話をしていても何ですし、とりあえず場所を変えましょうか。皆さん、私に付いて来て下さい」


 クラインの言葉と共に、赤いローブを着た数人の人間が、台座に階段のようなものを付けた。

 その階段を使って下りろということだろう。

 台座の高さはそこまで無いので、別に飛び降りても良さそうなものだが……まぁ、郷に入っては郷に従えと言うし、従っておこう。

 そう思って、立ち上がった時だった。


「きゃッ」


 背後から、そんな声がした。

 それに咄嗟に振り返った時、何かが私の横を通り過ぎた。

 数瞬後、台座の下から、誰かが床に落ちる音がした。


「……え……?」


 驚きつつも視線を向けると、そこでは……最上さんが倒れていた。

 落ちた際に打ったのか、彼女は腕を押さえて、低い声で呻いている。

 それに呆然としていた時、背後から、聞き覚えのある笑い声がした。


「きゃははははッ! 最上さんってば鈍くさぁ~い」


 その声に、私はバッと振り向く。

 案の定、そこでは東雲と葛西が、最上さんを見下ろして馬鹿にするように笑っていた。

 ……この状況でも、こんなくだらないことをするのか……。

 山吹さんが平然としていることが異常なのであって、本来は気が動転して取り乱してもおかしくないような状況だ。

 にも関わらず、奴等はこんな状況でも、イジメを行う。


 ……いかれているとしか言いようがない……。

 しかし、それを本人に直接伝える度胸は無い。

 結局は、黙って見て見ぬフリをすることしか出来ない。

 そんな自分が嫌になりつつ、私は視線を最上さんに戻した。


「最上さんッ!」


 すぐに山吹さんが台座を飛び降り、倒れる最上さんに向かって駆け寄った。

 次いで、赤いローブを着た人間数名と、クラインさんも駆け寄った。


「最上さん大丈夫ッ? 怪我は無い?」

「ッ……だ、だいッ、だい、じょうぶ……です……」


 オドオドした口調で言うが、前髪で隠れてはいれど、その顔色は大丈夫とは言えない様子だった。

 もしかして怪我したのでは……と危惧していると、クラインさんは「失礼」と言って、最上さんの制服の袖を強引に捲った。

 すると、彼女が押さえていた腕には、無数の痣のようなものが出来ていた。


「……うわ……」


 つい、小さく声を漏らしてしまう。

 遠目から見ても、それはかなり痛々しい状態だった。

 目を凝らしてみると、痣だけではなく、煙草で根性焼きでもやったかのような火傷の痕もあった。

 カッターかナイフで切りつけたような、切り傷のようなものもある。

 両親から虐待でも受けていたのか、それとも……と、私は気取られない程度に、東雲に視線を向けた。

 他の生徒もあまりの傷害に言葉を失う中、奴だけは……涼しい顔をしていた。

 まるで見慣れていると云わんばかりのその表情に、私は、彼女が犯人である確信を持った。


「……何?」


 ずっと見ていたことがバレたのか、彼女は冷たい眼差しで私を見て、冷ややかな声でそう聞いてきた。

 それに、私は視線を逸らし、「なんでもない……です……」と、小さく呟くように答えた。

 すると、視界の隅で、クラインさんが最上さんの怪我に触れたのが見えた。


「……聖なる光よ、かの者の傷を癒す為、今我に加護を与えてくれ給え。ブレシュールソワン」


 突然、何やら呪文のようなものを唱えた。

 一瞬、「え、厨二病?」と場違いな考えが脳裏に過る。

 しかし、最上さんの傷が見る見るうちに癒えていくのを見て、その考えは遥か彼方へと飛んでいった。

 私含め台座の上からその光景を見ていたクラスメイト達は勿論、間近で目の当たりにした山吹さんや、その魔法を経験した最上さんですら驚きのあまり言葉を失った。

 それに、クラインさんは最上さんの袖を直し、ゆっくりと立ち上がってこちらに振り向いた。


「さぁ、早く別の部屋に移動しましょう。……危ないですので、台座から落ちないように、足元にはお気を付けて」


 優しい口調で言うクラインさんの言葉に、他の生徒達は速やかに階段を使って台座を下りて行く。

 その間に、最上さんは腕を擦りつつ、山吹さんに支えられる形で立ち上がる。

 東雲はしばらくその光景を見下ろしていたが、何も言わずに視線を逸らし、葛西に続いて階段を下りた。

 私は最後尾に続く形で歩きながら、拳を強く握り締めた。


 ……夢のまた夢だと思っていた。

 こんなこと、起こるはずが無いと思っていた。

 しかし、先程起こった出来事は、嘘でも幻でもない。

 試しに頬を抓ってみると、鈍い痛みがした。

 ……夢でも、無い。


 ……あぁ……ついに来た……。

 自分に起こった出来事に、無意識の内に口角が上がっていくのを感じる。

 ずっと待ち望んでいた、この状況。

 夢物語だと決めつけて、諦めていたこと。


 私はどうやら……異世界転移をしたらしい。

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