183 いっそこのまま
「……情けない……」
一人になった裏路地の真ん中で、私は小さくそう呟きながらその場にへたり込んだ。
その拍子に羽織っていたコートが脱げて落ちるが、今の私にそれを気にする余裕など無かった。
……情けない。
ただ、その感情しか出てこない。
友子ちゃんは私が説得すると皆の前で啖呵を切って、彼女を殺す覚悟があるのかとリアスに聞かれても引き下がらず、例え刺し違えてでもリートを守るなんてカッコつけて……その結果がこのザマだ。
大切な友達が好きな人を傷付けようとしている状況で、追いかけることもせず、道の真ん中で一人座り込んだまま動けないでいる。
ホント……自分が情けなさ過ぎて、笑えてくるくらいだ。
「でもさぁ……仕方ないじゃんか……」
そう呟いた声は、酷く掠れてしゃがれたものだった。
だって、今の私が情けないと言うのなら、どうすることが正解だと言うんだ?
今すぐ立ち上がって友子ちゃんを追いかけて、刺し違えてでもリートを守るべき?
彼女がああなったのは、私のせいだと言うのに?
結局私は、昔から……生まれた時から、何も変わらない。
私が深く関わった人は、皆……何かしらの形で、不幸になる。
友子ちゃんと友達になって、やっと生きる意味が出来たと思った。
リートの奴隷になって、必要として貰えて、やっと報われるかもしれないと思った。
ようやく私にも、生まれてきて良かったと思える日が来るのではないかと……ずっと暗かった私の人生に、光が差したような気がしたんだ。
でも……私のせいで、結局また、大切な人達が苦しむことになる。
今までも、これからも、どうせ私は変われない。
これからも同じことを繰り返すくらいなら、いっそこのまま──。
「こころちゃ~ん? そんな所で何してるの~?」
思考を遮るように前方から聴こえてきた声に、私はハッと我に返る。
慌てて顔を上げると、そこには私のいる脇道を不思議そうな表情で覗き込むアランの姿があった。
その手には何やら歪な形をした石が握られており、よく見ると彼女の背後にはミルノや何人かの人影が立っている。
私はそれを見て咄嗟に「何でもないっ!」と返しながら立ち上がり、地面に落ちていたコートを拾って駆け寄った。
「ごめん、ちょっと色々あって……えっと、光の心臓を回収してきたの?」
「うん! もうバッチリ!」
アランはそう言いながら手に持った石を顔の高さまで持ち上げ、意気揚々と見せつけてくる。
良かった……これで、ようやくリートの怪我を治すことが出来るのか。
……友子ちゃんが殺していなければ、だけど。
「……」
「この子が心臓の守り人のルミナちゃん! リートちゃんの治療の為に付いて来て貰ったの!」
彼女はそう言って、隣に立っていた少女を手で示す。
背中まであるロイヤルブロンドの長髪に、周囲の雪にも負けず劣らずの白い肌をした少女。
人形のように整った顔立ちや、両目が固く閉じられていることから、どこか作り物のような浮世離れした雰囲気を漂わせている。
ルミナと呼ばれたその少女は、私の方に顔を向けてペコリと軽く会釈をした。
「こころさん……で、良いのですか? 初めまして、ルミナと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「あっ、はい……猪瀬こころです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「……は?」
自己紹介も合わせて挨拶していた時、どこからか訝しむような声がした。
何か変なことを言ってしまっただろうか? と不思議に思いつつ、声がした方に視線を向けると……──。
「……えっ……?」
「あっ、そうそう! 実は、今回のダンジョンではちょっと色々あって……この子、リン・イーストちゃんが助けてくれたの!」
アランは明るいそう言ってリンと呼ばれた少女の元に近付き、腕の無い右肩にポンッと軽く手を置いた。
……は? リン、イースト……? ダンジョンで、アランとミルノを助けた……?
何を言ってるんだ……? そんなこと、ある訳が無いだろう……?
だってソイツは、その女は……リートがいたダンジョンで、私を殺そうとして、死んだんだぞ……!?
私は目を見開いたまま、ゆっくりと口を開き、目の前に立つ女の名前を口にした。
「……東雲……さん……?」
「<嘘……マジで、猪瀬さん……?>」
掠れた声で名前を呼ぶ私に対し、東雲はギョッとしたような表情を浮かべてそう聞き返してくる。
……東雲理沙。
日本にいた頃は執拗に友子ちゃんを苛めて、この世界では私や寺島を殺そうとした彼女が、どうしてここに……?
「え? もしかして、二人って知り合いなの? いつの間に~?」
「……知り合い、というか……」
「アラン、ミルノ。戻って来てたのね」
不思議そうに聞き返してくるアランにどう答えようか迷っていた時、部屋の窓を開けて外に顔を出したリアスが、少し張ったような声でそう言ってきた。
それを見た東雲は「チッ」と小さく舌打ちをすると踵を返し、宿屋とは逆の方に向かって歩き出した。
「あっ、ちょ、ちょっと……!?」
突然この場を離れる東雲をアランが慌てて呼び止めるが、彼女は近くの角を曲がってあっという間に姿を消してしまった。
「特に用が無いなら急いでくれる? 早く二人の怪我を治してあげないといけないんだから」
突然のことに驚いたのも束の間。
リアスが急かすように続けたその言葉に、私はすぐさま振り返った。
「リート、無事なの!?」
「……? えぇ、当たり前でしょう? ただ、相変わらず苦しそうだし、治療を急いだ方が良いことに変わりは無いわ」
軽く首を傾げながら言うリアスの言葉に、私は「良かった……」と小さく呟いた。
何があったのかは分からないが、ひとまず、友子ちゃんがリートを攻撃することは無かったようだ。
……でも、このまま私が彼女の傍にいても良いのだろうか……?
心の中に影が差すような感覚に困惑していた時、突然アランがズイッと強引に心臓の石を押し付けてきた。
「ごめん! これ持って、先にリートちゃんの所に行ってて!」
「えッ、ちょ、アラン!?」
「私、リンちゃんを追いかけてくるっ!」
思わず聞き返す私に対し、アランは説明もそこそこに踵を返して東雲が去って行った方に向かって駆け出した。
突然のことにミルノはオロオロと動揺していたが、すぐに「ま、待ってよ! アランちゃん……!」と言って、彼女の後を追いかけて走り出す。
「ちょっ、二人共……!」
「えっと、事情はよく分からないけど……光の心臓と、その守り人はそこにいるのよね?」
突然のことに驚いていると、リアスが声からも分かる程に呆れた様子でそう聞いてきた。
彼女の言葉に、私は「う、うん……!」と答えながら片手で心臓の石を持ち上げ、空いている方の手でルミナの手を取って軽く挙げさせて見せた。
それを見たリアスは僅かにその表情を緩め、すぐに続けた。
「とりあえず、今は二人の治療を急ぎましょう。こころ、その子を連れて部屋に来て貰える?」
「わ、分かった……!」
私の返事を聞いたリアスは、すぐに窓から顔を引っ込めて部屋に戻っていった。
それに、私は手を握ったままのルミナを見て続けた。
「それじゃあ、えっと……とりあえず、案内しますね?」
突然二人になってどう接すれば良いのか分からず、緊張して思わずぎこちない話し方になってしまう。
そんな私の言葉に、ルミナは少しキョトンとしたような表情を浮かべたが、すぐにクスッと小さく笑った。
「フフッ。えぇ、よろしくお願いしますね。こころさん」
にこやかに笑みを浮かべながら言うルミナに、私は愛想笑いを返しつつ、彼女の手を引いて部屋に向かって歩き出した。
私なんかがリートの元にいて良いのかだとか、アラン達と一緒に東雲を追いかけるべきだったのではないかとか、色々な思考がグルグルと頭の中で渦巻く。
しかし、ひとまず今はリートの治療を優先すべきだと考え直し、私は部屋への歩みを進めた。




