180 アランとミルノVS光の心臓の守り人
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「キシャァッ!」
巨大なカメレオンのような見た目をした魔物は、しゃがれた声を上げながら長い舌を射出して攻撃を繰り出す。
アランはそれを大槌で弾き飛ばし、その背後からミルノが矢を放って攻撃した。
カメレオンはその巨体に似合わぬ素早い動きでそれを躱していくが、流石に全ての矢を完全に躱しきることは難しく、何本かの矢が体を掠って傷を付ける。
しかしすぐさまその傷は回復し、一瞬にして今までの攻防が全て無に帰してしまった。
「あ~! また回復してぇ! ズルいよ!」
「ズルではありません。自分の力を使って心臓を守る為に最善を尽くすのは、心臓の守り人として当然のことではありませんか」
地団駄を踏みながら子供のように駄々をこねるアランに対し、ルミナは杖を構えた姿勢のまま口元に微笑を浮かべてそう言うと、杖の構えを解いて自分の手元に戻した。
そんな彼女の言葉に、アランはむぅ、と不満そうに頬を膨らませる。
しかし、すぐにミルノが「危ない!」と声を張り上げながら彼女の手を引いて後方へと引っ張った。
直後、先程までアランがいた場所にカメレオンの前足が勢いよく振り下ろされ、刃物のように鋭く尖った爪が岩の地面に傷をつける。
「っとと、危なぁ……ごめん、ミルノちゃん。ありがとう」
「そ、それは全然、良いんだけど……攻撃しても、回復されちゃう、のは……厄介、だね……」
か細い声で言うミルノの言葉に、アランはコクッと小さく頷きながら、戦場内を縦横無尽に動き回るカメレオンに視線を向けた。
ただでさえ奴の動きは素早く、連射できるミルノの弓矢ならともかく、アランの大槌による大振りな攻撃で捉えるのは不可能と言っても過言では無かった。
ミルノの攻撃自体も全て命中させられる訳でもなく、先程のように掠り傷を与えたり一本か二本の弓矢を直撃させるのが関の山、と言ったところ。
しかし、その程度の攻撃ではミルノの光魔法によって瞬時に回復させられてしまい、致命傷には至らない。
「こんな所でグズグズしてる場合じゃないのに……! どうしよう!?」
「えぇ!? ど、どうするって、言われても……」
突然解決策を聞かれたミルノが驚いていた時、二人のやり取りを遮るようにカメレオンの追撃が入り、すぐさま二人はその場を離れる。
カメレオンを仕留める為には、ルミナに回復の隙を与えないようほぼ一撃で仕留める必要がある。
しかし、ミルノの弓矢には一撃で仕留められる程の攻撃力は無く、それを可能に出来るであろうアランの攻撃は躱されてしまう。
……つまり、カメレオンの動きを一時的にでも止めることが出来れば、アランの攻撃によって仕留めることが出来るのではないか。
「ッ……!」
ふと沸き上がった解決の糸口に、ミルノはすぐさま弓矢を構えて、壁や天井を素早く這いずり回るカメレオンへと標準を合わせる。
奴は体色を周囲の壁や天井に合わせている為に中々視認しづらいが、それでも素早く動き回っているおかげで全く分からない訳では無い。
ミルノは矢を引く手に魔力を込めた状態で一瞬息を止め、すぐさま矢を放った。
「ミルノちゃん!?」
突然矢を放つミルノに、アランは驚いた様子で動きを止めながら声を上げる。
直後、彼女の放った矢はカメレオンの周囲の壁に突き刺さり、そこから生えた何本もの蔦が奴を拘束しようと絡みつく。
しかしカメレオンは本能で自身の危険を察知したのか、咄嗟に壁を蹴って空中に身を投げることでそれを躱した。
その際に一本の蔦が奴の足に絡みついたが、それも素早く引きちぎられてしまう。
──やっぱり、そう中々上手くはいかないか……。
ミルノはそれを見てグッと口を噤むが、それらの攻防を見ていたアランがすぐに「そういうことか!」と声を上げ、足元の地面に手を突いた。
するとカメレオンが着地しようとしていた地面が泥沼になり、奴が着地した瞬間ドパァンッ! と音を立てて泥水が飛沫を上げる。
しかし、アランがすぐさま魔力を込めたことで泥沼は一瞬にして岩へと変化し、沼にハマったままだったカメレオンの動きが止められる。
「よし……!」
カメレオンの動きが止まったことを確信したアランは、すぐにトドメを刺すべく、大槌を構えて走り出す。
岩による拘束を解こうと必死にもがいていたカメレオンは、自分に向かって突進してくるアランに気付くとその口を開き、長い舌を用いて迎撃しようとする。
それを見たミルノは素早く奴の周囲に矢を放ち、地面から生やした蔦で口を含む岩で拘束しきれていない部分を束縛した。
「ナイス……!」
アランは小さく笑みを浮かべながらそう言うと大槌を振り上げ、拘束されているカメレオンの頭に向かって、思い切り振り下ろ──
「そこまで」
──そうとしたところで、ルミナの静かな制止の声が入り、アランは反射的に動きを止めた。
力強く振り下ろされていた大槌は、カメレオンの頭を粉砕する寸前の位置で止まる。
突然の制止に二人が驚いていると、離れた場所から戦況を観察していたルミナが二人の元にゆっくりと歩み寄り、拘束されたカメレオンの頭を軽く撫でながら口を開いた。
「ここまですれば、もうこの子の逆転は不可能でしょう。……貴方達の勝利です」
「え、でも……倒さないと、ダメなんじゃ……?」
淡々とした口調で自身の敗北を認めるルミナの言葉に、アランは驚いた様子でそう聞き返した。
ミルノもイマイチ状況を理解出来ていない様子で、カメレオンとルミナの顔を何度も交互に見つめながら、アランの元に歩み寄る。
ルミナはそんな二人の方に顔を向けつつ口元に小さく笑みを浮かべると、未だにカメレオンの頭の上で止まったままの大槌に軽く手を添え、その首を小さく横に振った。
「私は、今まで心臓の魔女がしてきたように、このダンジョンを攻略して下さいと言いました。……お二人がここにいるということは、魔女も守り人を殺さずにダンジョンを攻略して心臓を回収してきた、ということでしょう?」
「それは……そう、だけど……」
「あと、私も無益な殺生は好みません。……ですから、お二人の勝利ということで構いません。約束通り光の心臓は差し上げますし、魔女の治療も行いましょう」
にこやかに告げられたその言葉に、アランは拍子抜けしたような表情を浮かべつつ、ずっと構えていた大槌を引いて自分の手元に戻した。
そんな彼女の背中に隠れるようにしていたミルノだったが、すぐにハッとした表情を浮かべると、彼女の肩を掴んで口を開いた。
「あ、アランちゃん……! それじゃあ、早くリンさんを……!」
「んぇ? ……あっ!」
慌てた様子で言われた言葉に、アランは一瞬何のことか分からず間抜けな声を発したが、すぐにリンのことを思い出して声を上げた。
ルミナはそんな二人のやり取りを見て「リンサン……?」と首を傾げるが、アランはそんな彼女の腕を掴んで口を開いた。
「ルミナちゃん、ちょっと来て! 先に助けて欲しい人がいるの!」
「えっ? 一体誰が……──」
驚いた様子で聞き返すルミナだったが、アランはそんな彼女の腕を強引に引っ張り、心臓が封印されている部屋を飛び出した。
戦いが終わっても来なかったということは、未だに双子と交戦しているか、戦いの末に動けない状況となっている可能性が高い。
双子がこちらまで来ていない以上、敗北した可能性は無いと考えても良いだろうが……相討ちになったか、未だに交戦している可能性は拭いきれない。
どちらにせよ、一刻も早く合流して救出しなければならない。
そんな焦燥から、アランはルミナの手を引いて緩く湾曲した通路を駆ける。
「ちょっ、ちょっと、急に何なんですッ? 助けて欲しい人とは、一体──」
突然引っ張られて走らされている状況に抗議の声を上げるルミナだったが、通路の先にある弱々しい生命の気配を察知し、すぐさま口を噤んだ。
通路の広範囲を染め上げる夥しい血痕と、その中央に位置する岩に凭れ掛かっている理沙の姿を見たアランは、すぐにルミナの手を離して駆け出した。
「リンちゃんッ!? 大丈夫ッ!? しっかりしてッ!」
アランは慌てた様子で声を掛けながら理沙の元に駆け寄ると、彼女の肩を掴んでガクガクと揺らす。
鼻につく血の匂いと、その中心にある今にも消えそうなか細い魔力の気配に、ルミナは微かに息を呑んだ。
すると、後方から追いついてきたミルノが彼女の横を通り過ぎ、すぐさま理沙の元に駆け寄り口を開いた。
「り、リンさん……! し、しっかりして下さい……ッ! あ、アランちゃん、そんなに揺らしたら、危ないよ……!」
「だって、リンちゃんが……ッ!」
明らかに動揺した様子で交わされるやり取りに、ルミナは少し面食らいそうになったが、すぐに気を取り直して二人の元へと小走りで駆け寄った。
「落ち着いて下さい、この方はまだ生きています。……この方を回復すれば良いのですよね?」
「……! うん! お願い、ルミナちゃん!」
アランに頼まれたルミナは一度大きく頷くと、満身創痍の理沙の体に触れ、その手に魔力を込めた。
すると、彼女の全身に走る夥しい数の傷を光が包み、少しずつ癒していく。
──……この人……片腕が、無い……?
理沙の体に魔力を巡らせる中で、ルミナは彼女の体の構造に違和感を持つ。
全身の傷と同じように戦いの中で失ったものかと思ったが、すぐに、片腕を失ってからそれなりの時間が経過していることに気付いた。
光魔法で治せない訳では無いが、ただでさえ瀕死の彼女に欠損した四肢の修復まで行うのは身体への負担が大きいと考え、ひとまず今は傷の回復に集中することにした。
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