179 東雲理沙VS望月双子②
「<……は……?>」
脇腹に深くめり込む、拳銃の銃口。
確かこの拳銃は、短刀を出していたような……と、頭の中のどこか冷静な部分が考える。
刹那、腰より下に力が入らなくなり、理沙は崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
頭上から、双子の荒い呼吸が降ってくる。
倒れた拍子に刺さっていた短刀が抜けたようで、刺されていた脇腹から、何か熱い物がドクドクと音を立てて流れ出ていくのを感じる。
──ヤバ、これ……流石に死ぬ……。
体中の熱が奪われ、意識が遠のいていくような感覚に死を覚悟した理沙は、このまま倒れている訳にはいかないと咄嗟に立ち上がろうとする。
しかし、心身の疲労や度重なる負傷によって彼女の身体はすでに限界を迎えており、立ち上がるどころか力を込めることすら出来ない。
双子もそれを察したようで、これ以上彼女に戦う力は無いと判断し、踵を返して心臓の守り人の元へと向かおうとする。
──……トドメを刺す必要も無い、ってか……。
──まぁ、確かに私も、これ以上は厳しいけどさ……。
霞む視界に双子の背中を収めながら、理沙はそんな風に考えつつ自嘲した。
とはいえ、彼女にしてはよく頑張った方だろう。
二人分の力を合わせた強大なステータスに、短刀付き二丁拳銃による距離を問わない圧倒的な蹂躙を行う、心臓の守り人二人を以てしても敵わなかった相手。
勝つことは疎か、本来ならば瞬殺されてもおかしくない敵を相手にここまで戦えただけでも、十分称賛に価することだ。
だからもう、良いのではないか……と。
理沙は静かに瞼を閉じ、自分の体を包み込む冷たい闇の中へと身を委ねて──
『勝手に満足しないでよ』
──……声がした。
自分を責める、“誰か”の声が。
その声に、理沙は重たい瞼を僅かに持ち上げた。
『見知らぬ女の子を助けて、命懸けで時間稼ぎをしてあげて……たったそれだけのことで、許されるとでも思った?』
霞む世界の中で、淡々としたその声が響き渡る。
理沙はそれに自嘲するように内心で笑い、頭の中で答えた。
──そんなこと言ったって……もう、これ以上、どうしようもないじゃない。
──あの双子共、滅茶苦茶強いし……私にしては、よく頑張った方だよ。
──だから、もう……──。
『私は許さないよ』
諦めるような理沙の思考を、声が遮る。
ぴくり、と。
指先が、微かに震えた。
『お前がどれだけの人を助けようが、どれだけの人から感謝されようが……私を殺した罪は、永遠に消えないんだよ』
『お前は一生掛けて、その罪を償い続けなくちゃいけないんだよ』
『だから……──理沙、生きて』
その声を聴いた瞬間、理沙はその拳を強く握りしめ、腕に力を込めて立ち上がる。
両足に上手く力を入れられず、立ち上がろうとすると膝がガクガクと小刻みに震えるが、それでも必死に地面を踏みしめた。
地面についていた左手を離して何とか体を起こした理沙は、少しずつ離れていく双子の背中を視界に捉えて、口を開いた。
「<……待てよ……>」
掠れた声で紡がれたその言葉に、双子はその目を微かに見開きながら立ち止まり、すぐに慌てた様子で振り返る。
そこでは、地面に大きく広がる血溜まりの中心で、膝を震わせて立つ理沙の姿があった。
「東雲さん……まだ、立てるの……?」
「<……はッ……勝手に、殺してんじゃ、ねぇよ……偽善者共ッ……!>」
震える声で言う花鈴に、理沙は口の端から血を流して荒い呼吸を繰り返しながらも、しゃがれた声でそう言う。
それを見た真凛は呆れたように溜息をつき、左手に持った拳銃をゆっくりと構えた。
「黙っていれば、生き延びられたかもしれないのに……まさか、その状態でまだ戦うつもりじゃないよね?」
「<その、まさか……だよッ!>」
理沙はそう言うと倒れこむように前方に体を倒し、その勢いを利用して双子に向かって駆け出した。
それに、双子はすぐさま両手の二丁拳銃を構え、引き金を引いて銃弾を連発した。
放たれた銃弾は理沙の体を貫くが、彼女はそれを物ともしないと言わんばかりに距離を詰め、怪我を負った右足で蹴りを放つ。
「そんな大振りな攻撃が、通用するとでも思った!?」
しかし双子はそれを軽々と躱し、その動きによる遠心力を利用して短刀を出したままの拳銃を振るう。
赤い液体に塗れた刃が理沙の頬を切り裂くが、それでも彼女の勢いは止まらないまま、素早く双子の懐へと潜り込んだ。
「しまッ……!」
一気に距離を詰められた双子は、驚きながらもすぐさま二丁拳銃の銃口から短刀を突き出す。
彼女の武器である棍棒は遠くに転がっており、今の満身創痍の状態から繰り出される徒手空拳など高が知れている。
この攻撃を避けられなかったとしても、すぐさま反撃すれば問題無い。
二人分の思考速度でそこまで考え、理沙の攻撃を返り討ちにすべく、彼女等は武器を構える。
しかし、そこで……──気付く。
理沙の左手が、自身の腰に提げている道具袋の中に突っ込まれていることに。
「はぁぁぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛ッ!」
理沙は喉が張り裂けんばかりの声を張り上げると、道具袋に突っ込んでいた左手を素早く引き抜き、双子に向かって振るった。
素手での攻撃に備えていた双子は、その攻撃を諸に受け止める。
……勢いよく叩きつけられる、風を纏った鞭を。
「ぐッ……ッはぁ!?」
不意を突かれた攻撃だったこともあり、空中でしなる鞭の勢いを殺しきることは出来ず、風魔法によって双子の体は吹き飛ばされる。
一瞬地面から足が浮くが体勢を崩すことは無く、ズザザザッと音を立てて何とか踏みとどまった。
「がふッ……」
その攻撃の反動が来たのか、理沙は口から血を吐きながらよろめいた……が、鞭を持った手を手近な岩につくことで、何とか体を支える。
最早立っているのもやっとと言った状態であろうに、それでも尚、彼女は闘志の消えぬ瞳で双子を睨みつける。
──この体のどこに、そんな力が……?
──大体、その武器は……──。
真凛が内心でそんな風に考えつつ、二丁拳銃を構えようとした時だった。
ズンッ、と。
突如として、全身に鉛でも纏わりついたかのように、体が重くなったのは。
──真凛! これ以上は……!
──分かってる……!
合体の限界が近いことを察し、明らかに動揺した様子で頭の中に訴えかけてくる花鈴の言葉に、真凛はすぐさまそう答える。
魔力が底を尽きれば合体は自動的に解かれるが、そうなると今までの負担が一気に押し寄せ、しばらく動けなくなってしまうのだ。
ただでさえ、ここはダンジョンのド真ん中。
しかも目の前には、満身創痍ながらも殺意に満ちた瞳でこちらを睨みつける、“元”クラスメイトまでいるときた。
このまま限界まで戦うのは、あまりにもリスクが高い。
「……今回は、一旦引くよ。花鈴」
「……! う、うん!」
小さく呟くように言った真凛の言葉に花鈴は慌てて頷き、双子は戦場を離脱するべく、踵を返して駆け出した。
それを見た理沙は、双子が自分を無視して光の心臓に向かおうとしているのではないかと危惧し、何とかそれを追いかけようと両足に力を込める。
しかし、彼女等が向かっているのがアランとミルノが逃げて行った方と逆方向であることに気付くと、力を込めていた両足から途端に力が抜けてその場にへたり込んだ。
──……逃げた……のか……?
「<……腰抜け、共が……>」
彼女は力無く笑いながらそう呟くと、近くにあった岩に凭れ掛かって大きく息をついた。
予想通り、あの能力の負担による制限時間が来たのか。
それとも、もしかしたら何か別の……戦略的な理由により、この場を離れたのか。
正確な理由など、分からない。……分かるはずもない。
ただ、一つだけ……確かなことがある。
理沙は息を吐くように小さく笑うと、自身の流した血によって出来た小さな池を見つめながら、微かに唇を震わせた。
「<……まだ……生きてる、か……>」
小さく、吐息にも近い声でそう呟いた時、見つめていた血溜まりの上に“誰か”が立った。
──あぁ、いや……少し、違うな……。
彼女は心の中でそう呟くと、片目から一筋の赤い雫を流し、小さく口を開いた。
「<──……また……死ねなかった……な……>」
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