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170 互いの目的

「ハァッ……ハァッ……ケホッ、ケホッ……ハァッ……」

「ミルノちゃん、大丈夫? 休む?」


 双子の元から逃走し、どれくらい経った頃だろうか。

 体力の少ないミルノが息を切らし咳き込んだのを見てアランが心配し、二人が立ち止まったのを、先頭を走っていたリン……東雲理沙が確認し、その場で足を止めると軽く周囲を見渡した。

 双子を撒く為に幾つもの角を曲がったことで細く入り組んだ路地に来ていたようで、狭い通路内には、双子どころか魔物の姿すら無さそうだった。

 ひとまず危機的状況を脱したことを確認した理沙は、近くの壁に背中を預けて小さく息をついた。


 ──咄嗟に助けちゃったけど……これからどうしたもんかな。

 心の中で呟きながら、彼女は隣にいるアランとミルノを一瞥した。

 魔女の心臓について詳しそうだった彼女等に取り入れば光の心臓を入手できると思い、コッソリ後をつけて接触する機会を窺っていた時に、二人の前に花鈴と真凛が現れた。

 本来は物陰に身を隠したまま様子を見ているつもりだったのだが……異様な能力を用いて少女二人を圧倒する双子の姿を見て、咄嗟に助けに入ってしまったのだ。


 彼女の良心が働いた、という訳では無い。

 二丁拳銃というこちらの世界の人間には馴染みの無い武器を使い、自分達と同年代かそれより幼い見た目の少女達を圧倒する双子の姿に何となく腹が立ち、邪魔したくなっただけだ。

 何の考えも無しに飛び出した上に、戦いの中で知らない内にフードがはだけ、感情に任せた挑発までしたのだ。

 元々接点の薄いクラスメイトではあるが、それでも双子は自分の正体に気付いたことだろう。

 流石に少しカッとなりすぎたな、と自己反省しつつ、はだけたフードの縁に指を掛けて被り直そうとした時だった。


「あ、あの……!」


 突然声を掛けられ、理沙はフードを被る手を止めて声がした方に視線を向けた。

 そこでは、先程助けたミルノが自身の服の裾を握りしめながら、どこか不安そうな表情でこちらを見つめていた。


「えっト……わたシに、何かヨうが、ありますカ……?」


 急に話し掛けられたことに驚きつつ、彼女はぎこちない口調でそう聞き返す。

 そして、すぐにげんなりしたような表情を浮かべた。

 まだ自分が一人で旅をするようになる前……ギリスール王国近くのダンジョンにて死にかけた時、利き腕と共に失くした指輪。

 あの指輪には装着した人間の力を引き出す能力だけで無く、異世界から来た自分達のような人間が言語で苦労しなくて済むよう、自分が見聞きしたり話したりする言語を全て自動で翻訳する機能が備わっていた。

 その指輪を失ってから、この世界で生き延びる為に独学で必死に言語を学び、読み書きと聞き取りは日常生活で使えるくらいまで習得した。

 しかし発語にはまだ慣れておらず、話すと日本語特有の訛りやぎこちなさが出てしまう。

 聞き取りには問題が無い為にその過ちを自覚してしまい、この世界の言語を話す度に少し不快な気分になってしまうのだ。

 そんな理沙の様子に気付いているのか、ミルノはしばらく口ごもるような素振りを見せた後、ゆっくりと続けた。


「さ、さっきは、助けて頂いて……あ、ありがとう、ございました……! あ、貴方に助けて、貰えてなかったら……今頃、ど、どうなって、いたか……」

「私も……! さっきは助けてくれてありがとう!」


 どもりながら礼を言うミルノに続けるようにアランが言い、ガバッと勢いよく頭を下げた。

 二人の言葉に、理沙は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに目を伏せながら続けた。


「べツに、お礼なんテ必要無い、でスよ……」


 尻すぼみな口調で答えながら、彼女はフードから指を離した。

 それを見たミルノは少しキョトンとしたような表情を浮かべたが、すぐに両手の指の先を絡めながら続けた。


「それで、あの……ひ、一つだけ、お聞きしたい、ことが……あるん、です、けど……」

「……? 何でスか?」


 小首を傾げて聞き返しつつ、理沙は内心溜息をついた。

 何度もどもったりして常に自信無さげに話すミルノの姿は、元クラスメイトの友子を彷彿とさせたからだ。

 ふと込み上げた既視感に少しだけ不快感を抱きつつ、理沙はそれを表情に出さぬよう努めながら次の言葉を待った。

 そんな彼女の言葉に、ミルノは自信無さそうに俯きがちになりながらも続けた。


「あ、の……こ、答えたくなかったら、良いん、ですけど……あ、貴方は、どうして……このダンジョンに、来たん、ですか……?」

「……どうしテ、って……」


 か細い声で聞いてくるミルノに口ごもった時、彼女の背後で、アランがキッとこちらを見つめながら大槌を軽く構えているのが目に入った。

 理沙はそれを見て、なるほど、と心の中で呟いた。

 言われてみれば確かにその通りで、この世界の一般人が心臓のダンジョンに入る理由は無い。

 一般に公開されているのならまだしも、このダンジョンのように厳重に守られているような場所にわざわざ入るということは、十中八九ここに封印されている心臓が目的であるということになる。


「……そウ言う貴方達は、なぜこの場所に訪れタのですか?」


 理沙はそう聞き返しつつ、僅かに目つきを鋭くして目の前にいる二人の表情を見つめた。

 自分が心臓のダンジョンにいるのがおかしいのと同じように、目の前にいる二人がこのダンジョンにいるのにも、必ず理由がある筈だ。

 双子がこのダンジョンにいた理由が、光の心臓を破壊する為であることは分かっている。

 そんな双子と敵対していたということは、この二人の目的が心臓の破壊である確率は限りなく低い。

 それゆえに、自分とかなり似通った目的を持っている可能性もあるが……まだその真意は分からない。

 場合によっては敵対する可能性も考慮し、左手に魔力を込めつつ、理沙はゆっくりと口を開いた。


「私が貴方達の恩人であルと考えているのデあれば、私よりもさキに、貴方達の理由を教えテ下さい。……その理由にヨって、教えルかどうか考えさせテ貰います」


 理沙の返答に、ミルノとアランは顔を見合わせる。

 現状、想定外とは言え命を救う形になった自分に対して敵意は無いものの、お互いの目的によっては相対することになるかもしれない。

 先程の双子との戦いからこの二人の実力を完全に測ることは難しいが……少なくとも、かなり強い部類であることは分かった。

 異世界人故に銃の知識に乏しく、その上不意を突いた攻撃が多かった為に分が悪かったが、身のこなしや咄嗟の判断力等はかなり優れていると感じた。

 武器の知識を補った状態で正々堂々戦えば、彼女等に軍配が上がるかもしれない。


 だからこそ……出来れば敵対はしたくない。

 双子に対しては武器の知識量における有利不利が無く、アランとミルノを制して気を抜いた瞬間を狙って攻撃したので逃走に成功したが、実際正面からまともにぶつかれば勝ち目はほぼ無いだろう。

 それはこの二人組に対しても言えることで、恐らく単純な戦闘力では敵わない。

 だからこそ、出来ることなら友好関係を築きたい。

 しかし、もしも目的の相違によって敵対することになるのであれば、何とか不意討ちで仕留める以外に勝ち目はないだろう。

 気取られぬよう細心の注意を払いながら、彼女は左手に魔力を込めつつ、二人の次の言葉を待っ──


「私達は、魔女の心臓の守り人なんだ」


 ──っていたところで、アランがそう答えた。

 その言葉を聞いた瞬間、理沙はその目を大きく見開いて「は……?」と聞き返す。

 彼女の反応に、アランは大槌を構え直しつつ続ける。


「このダンジョンにいるってことは、魔女の心臓については知ってるん……だよね?」

「……まァ……たしょウ、は……」

「私達は、その心臓の守り人……だった、って言うのが、正しいのかな」


 それからアランは、たまにミルノのフォローを受けながら、理沙に自分達の事情を話した。

 自分達の守っていた心臓が、心臓の魔女であるリートに回収され、今は共に旅をしていること。

 他にも仲間がいるが、今はリートと仲間の内の一人が怪我をして動けず、何人かの仲間がその見張りをしていること。

 自分達はリート達を救う為に、光の心臓とその守り人の力が必要であること。

 その為にこうしてダンジョンへと入り、攻略を進めていることを手短に話した。


「……と、言う訳で……今はとにかく時間が無いの! だからお願い! もしも良かったら、力を貸してくれないかな!?」


 話し終えたアランは、必死な表情でそう言いながら理沙の肩を掴む。

 その言葉に、理沙はしばらく呆けた表情を浮かべたまま言葉を失っていた。

 幼い見た目にそぐわない高い戦闘力を持った不思議な少女達だとは思っていたが、まさか心臓の守り人だなんて思いもしなかった。

 しかも、この場にはいないだけで同じルリジオ内には心臓の魔女や他の守り人もおり、光の心臓を回収しようとする目的は魔女の回復の為だと言う。


 あまりにも……出来過ぎている。

 まるで、今まで自分に降ってきた不幸が、全て幸運となって降ってきたかのようなご都合主義っぷり。

 そんなことがあって良いのだろうかと、目の前の状況が信じられず、しばらく言葉を失ってしまった。


「……ねぇっ、聞いてるのっ?」


 しかし、アランに軽く肩を揺すられたことによって強引に現実に引き戻される。

 何はともあれ、現状自分の目の前にいる少女達が心臓の守り人であり、魔女の為に心臓を回収しようとしているという事実に変わりは無い。

 出来過ぎた話だが……彼女達と敵対する必要が無いのなら、それに越したことはない。


「……はい。聞いテいますよ」


 訛りのある口調で答えながら、理沙は自分の肩を掴むアランの手に左手を重ねた。

 それから、彼女はニコッと柔らかく笑みを浮かべて続けた。


「私のもくテきは、光の心臓ヲ魔女に届けるこトです。だから、良かったラ、私に協力さセてくれませんか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] アラミルちゃん、そいつひどい奴なのよ、騙されないで。君たちピュアだから信じちゃうけど、人は自分にとって都合の良い人を「良い人」だと思うものなのよ。 カタコトなのはそういう意味があったんですね…
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