163 傍にいたいから
私達は細い路地を出た後、大通り沿いにあった宿屋にチェックインをして、部屋に入った。
リアスの言っていた通り、人を差別しない為に目を瞑るという行為をしている人間はごく一部のようで、道行く人や宿屋にいた人の大半は普通に目を開けた状態で生活していた。
しかし目を瞑る程に熱狂的では無いにしろ、宿屋を探していた私達に道を教えてくれた通行人や宿屋のカウンターに立っていた女性等と話した感じ、この町に住む人間の多くがセルマーノ教の教えを信仰しているのを感じた。
日本は宗教に関しては割と緩い国だった為に少し異様に感じてしまうが、私のいた世界でも国によっては宗教に厳しい所もあったし、異世界特有の物という訳でも無いだろう。
しかし……──
「──他の国では廃れたセルマーノ教が、どうしてこの町にだけ残っているのか……気に掛かるわね」
ベッドの上に腰を下ろしたリアスは、丁度私の思考に続けるように言いながら顔の横に垂れていた長髪を指で掻き上げ、耳に掛ける。
彼女の言葉に、背凭れつきの椅子を前後反対にした状態で座ったアランが、椅子の背凭れを両手で掴んでガタガタと軽く揺らしながら口を開いた。
「それは単純に、この町だけセルマーノ教に熱狂的だったんじゃないの? ヒーレアン国自体あんまし大きい国でも無いし、他の国の情報も入ってこなさそうだし?」
「つっても、今まで行った町じゃ話にも出てこなかっただろ。なんで今更、この町にだけしっかり残ってんだよ?」
アランの問いに答えたのは、リアスが座るベッドの上で壁にもたれ掛かる形で座るフレアだった。
彼女は言葉に、リアスは「そうね」と呟くように答えた。
「偶然この町に残っているだけなら良いんだけど……もしかしたら、光の心臓が関わっている可能性もあるんじゃないかと思ってしまってね」
「……ミルノの時、みたいに……心臓が、宗教と関わってる、可能性も……あるかも、しれんと、いうわけか……」
ベッドの上に腰を下ろし、私の肩に寄りかかる形で胸を押さえて荒い呼吸を繰り返しながら言うリートに、リアスは「そう」と頷いた。
「ミルノの時と違ってセルマーノ教は崇拝する神が心臓とは別だから、心臓の回収自体は楽かもしれないけどね。けど、光の心臓とセルマーノ教の関係性によっては、信者が障害となり得る可能性もあるかもしれないわね」
「で、でも、私の時、は……なんとか、なったん、だよね……? だったら、今回も……な、何とか、なるんじゃ……ない、かな……?」
リアスの説明に、椅子に座るアランの近くの壁に凭れ掛かる形で立っていたミルノが、段々尻すぼみになりながらもそう聞き返す。
すると、リートが首を軽く横に振った。
「あの、時は……運が、良かった、だけじゃ……次は、無い……」
途切れ途切れに言うリートに、ミルノは「え……?」と微かに聞き返しながら、キョトンとした表情で軽く首を軽く横に傾げた。
それを見たアランは「あっ、そっか」と小さく呟き、すぐに続けた。
「ミルノちゃんの時はたまたま獣人族の宗教に反対的な子を見つけたから、その子に協力して貰ってなんとかなったんだよ~」
「そう、なんだ……」
「そうね。ミルノの時は運が良かっただけで、今回も同じように、というのは中々難しいでしょうね。だからと言ってゆっくり作戦を練っている時間も無さそうだし……あまり考えたくないけど、強行突破を視野に入れておく必要もあるかもしれないわ」
珍しくリアスの言葉から出た強行突破という単語に、フレアはパッと表情を明るくして「おっ?」と声を上げながら身を乗り出した。
大方、普段はリアスに否定されている強行突破という力技な作戦が、今回はその本人の口から出たので煽ろうとでもしたのだろう。
しかし、回復薬の効果が切れていたのか体を動かした際に傷が痛んだようで、彼女はすぐに「ッつ……」と小さく呟きながら腹を押さえた。
それを見たリアスは呆れたような表情で溜息をつき、すぐに前に向いて続けた。
「光の心臓については、実際にどんな状態にあるのか確認しないと分からない部分も多いし、こちらは状況に応じて対処しましょう。……それより問題は、この怪我人二人をどうするか、ね」
「ふ、二人を、ダンジョンに……って、言うのは……さ、流石に、無理、だよね……」
リートとフレアを交互に指さしながら言ったリアスに、ミルノは自身無さそうにそう答えつつ、静かに目を伏せた。
その言葉を聞いた私は、肩に凭れ掛かっているリートに視線を向けた。
戦闘や移動どころか、こうして座って話しているだけで苦しそうにしている彼女については、まぁ言うまでもない。
フレアは回復薬を使えば移動ぐらいは出来るかもしれないが、いつ傷が開くか分からないような状態だし、戦闘はほぼ不可能と考えて良いだろう。
ダンジョンの中にいる魔物や心臓の守り人は、この二人を守りながら戦って勝てる程生易しい相手では無い。
この二人を連れてダンジョンに、というのは、流石に無理な話だろうな。
「そうね、私もそう思う。だから、この二人はここに置いていくべきだと思うわ」
「なッ……」
リアスの言葉に、フレアはハッと顔を上げた。
何か反論しようとしたのであろうが、自分の怪我の具合を見て流石に言い返せないと思ったのか、彼女はすぐにグッと悔しそうに口を噤んで顔を伏せた。
その様子を流し目で見つめたリアスは小さく息をつき、こちらに視線を戻した。
「けど、流石にこの二人だけを置いておくのは危険だわ。体調が変動するかもしれないし、敵襲が無いとも限らない。……誰かがここに残って、二人を見ておく必要があるわ」
「それなら、私が残るよ」
リアスの提案に、私はほとんど反射的にそう答えていた。
すると、彼女は驚いたように目を見開いてこちらを見た。
その反応に、私は右手を強く握りしめながら続けた。
「私が、二人を……リート達を、守るよ」
私はそう言いつつ、隣にいるリートの手を掴み、少し強く握る。
すると、リートの呼吸が若干落ち着いたように感じた。
……こんな、死にそうなリートを置いて行くなんて……今の私には出来ない。
リアス達を信じていないと言う訳では無い。
皆なら、リートの怪我が悪化しないよう見守りつつ、何があっても必ず守ってくれると信じているが……単純に、私がリートの傍から離れたくないんだ。
リートが苦しんでいる時、私が誰よりも近くにいて、その苦痛を少しでも和らげたい。
私がいない間に怪我が悪化してるんじゃないか、死にそうな痛みに苦しんでるんじゃないか、敵襲に遭っているんじゃないか。
そう考えると心が落ち着かなくて、きっと戦闘に集中なんて出来やしない。
だったら最初から彼女の傍にいて、どんな時でも見守っていた方が、私の気が休まるというものだ。
……それに……──
「──……どこにも行かない、ずっと傍にいる……って、約束したからね」
私は皆に気取られない程度にリートの耳元に口を近付け、彼女以外の人に聴こえないくらいの声量でそう囁く。
すると、彼女は驚いたように目を見開き、パッと顔を上げてこちらを見た。
目が合うと、彼女は苦しそうだった表情を微かに緩ませ、どこか安堵したように口元を緩めて小さく頷いた。
「……まぁ、私もそう言おうと思っていたわ」
すると、リアスが呟くようにそう言ったのが聴こえた。
その言葉に、私はすぐに顔を上げて彼女を見る。
目が合うと彼女は小さく笑みを浮かべ、続けた。
「こころがどうこう、というよりは、消去法だけど……この部屋に敵襲があった時、私達の持っている武器の特性を鑑みると、アランとミルノの武器はこういう狭い空間での戦いには明らかに向いていないもの」
リアスの言葉に、私はなるほどな、と心の中で呟いた。
確かに、アランの大槌は小回りが利きづらく、こういう室内での戦いには不向きだ。
そしてそれは、遠距離戦を得意とする弓矢を扱うミルノも同様。
動ける面々の中でリートとフレアの見張りをするメンバーを考える際、この二人が真っ先に除外されるのは言うまでもないだろう。
「ん~? でも、それを言ったらリアスちゃんの武器も、部屋の中で扱うのはちょっと難しいよね? リアスちゃんも光の心臓の回収に行くの?」
一人納得していると、アランが自分の顎に手を当てながらそんな風に呟いたのが聴こえた。
彼女の言葉に、私は咄嗟にリアスの方に視線を向ける。
そういえば、リアスの武器は薙刀だっけ。
確かに、アランとミルノ程では無いにしろ、ある程度小回りが利きづらい武器ではある気もするが……。
「確かにそうだけど、二人に比べればまだ戦える方ではあると思うし、多少の動きづらさは魔法で補えるわ。……流石にこころ一人で二人を守るのは荷が重いと思うし、私はここに残ろうと思う」
「ンな心配しなくても、俺は回復薬があれば自分の身を守るくらいは出来るぞ? だから、こころはリートを守ることに専念すりゃあ良いし、お前は光の心臓を回収しに行きゃあ良いじゃねぇか」
「貴方は回復薬があると無理するでしょう? リートを守りながら誰かさんの子守りまで、なんて……流石に、一人でやるには荷が重いわ」
「あ゛ぁ゛ッ!? 誰がガキだッ!」
煽るように言うリアスの言葉に、フレアは声を荒げながら身を乗り出す。
しかしその動作が傷に障ったようで、彼女はすぐに「う゛ッ……」と呻き声を上げながら傷口を押さえて蹲る。
それを見たリアスは呆れたような表情を浮かべたが、すぐにやれやれと言った様子で首を軽く横に振り、アランとミルノの方に視線を向けた。
「私は、貴方達なら二人でも十分に光の心臓を回収してくることが出来ると思っているわ。どうしても無理だって言うのなら別だけど……どうかしら?」
彼女の言葉に、二人はほぼ同時に顔を見合わせた。
ミルノは自信無さそうな様子だったが、アランはどちらかと言うと自信ありげな様子で、アイコンタクトで「いけるよね?」と確認しているようにも見える。
その表情を見たミルノは一瞬目を見開いたが、すぐに両手の指を絡めながら目を逸らし、口を開いた。
「わ、私は……あ、アランちゃんが、それで良いって、言うのなら……か、構わ、ない、よ……?」
「ホントっ? じゃっ、決まりっ! 私達で行きま~す!」
アランはパァッと表情を明るくしながらそう言いつつ椅子から立ち上がり、ミルノの手を掴んで、無理矢理挙手させるように持ち上げた。
突然手を挙げさせられたミルノは、「あ、アランちゃんっ!?」と、動揺を露わにする。
そんな二人の様子を見たリアスはクスッと小さく笑みを浮かべ、すぐに私の方に視線を向けた。
「それじゃあ、二人には光の心臓の回収に向かってもらって……私達は、ここで二人をしっかりと見張っておきましょう?」
「……うん、分かった」
リアスの言葉に、私は大きく頷きながらそう答えた。