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016 奴隷の契約

 私が魔女の奴隷となる期間は、魔女が自身をダンジョンに封印したギリスール王国の王族等に復讐するまでの間らしい。

 けど、今は魔女の心臓は七分の一しか残っていない為、本調子では無い。

 だから、まずは世界に散らばっている心臓を集め、本来の力を取り戻してから復讐をするそうだ。


 でも、復讐が成功したとして、私はともかく他のクラスメイトが日本に戻れないのではないか。

 そう聞いてみると、魔女も少しは転移魔法は使えるらしいので、城にある魔法陣等を上手く使えばすぐにでも日本に転移してくれるらしい。

 クラインは半年かかると言っていたが、それは恐らく私達を異世界に留めるための嘘であろうとのこと。

 ……元からクラインにはあまり良い印象は無かったが、まさかそこまで嘘をついていたとは……アイツのことは、もう何も信じられないな。


 それらの説明を聞き終えた後で、私はどうしても気になることがあり、口を開いた。


「でも、三百年も封印されていたら復讐したくもなるだろうけど……三百年も経ってるんだから、もう魔女さんを封印した時の人達は残っていないのでは?」

「大丈夫じゃ。少なくともあやつが老衰如きで死ぬとは思えん」

「……どういう信頼……?」


 魔女の言う“あやつ”ってのが誰なのかは分からないが、老衰で死なないなんて流石にありえないだろう。

 ……いや、目の前にいる魔女は同い年に見えて三百歳は超えているのか……。

 でも彼女は例外だろう。確か、禁忌を犯した代償での不老不死だったはずだし。

 とはいえ、どうせ私には止める権利も無いんだし、別に彼女の気が済むならそれで良いか……。

 そう自分を納得させていた時、魔女は私の肩に手を添え、巻いてある布の上から指でグッと圧を掛けてきた。


「……?」

「痛みはないか?」

「えっ……無い、ですけど……」

「ほぅ……」


 私の言葉に、少女は小さくそう呟きながら、私の肩から布を取り外した。

 すると、布を巻く前まであったはずの傷が無くなり、カマキリに切られる前の綺麗な状態に戻っていた。

 魔女はもう一度私の肩をグッ、グッと押して痛みが無いことを確認し、小さく頷いた。

 それから右足の方の布を外してみると、こちらも綺麗に治っているみたいだった。


「どっちも治っておるようじゃのう。これなら、もう奴隷の契約が結べるな」


 どこか嬉しそうな口調で言い、すぐに魔女はベッドから下りて、何かを取りに行ってしまった。

 私はそれを横目に、左手を顔の前まで持って行って、軽くグーパーをしてみた。

 それからダランと垂らし、軽く前後に揺らしてみる。

 ……ちゃんと動く。


 すぐに私はベッドから下り、両足を地に付けた。

 右足に違和感はなく、少し歩いてみても何の異常も無かった。

 どちらも完全に治っている。


「む? 何を勝手に歩き回っておる」


 すると、何か色々な道具を両手に抱えた魔女が、そう言いながらこちらに歩いて来た。

 それに、私は「ご、ごめんなさい」と謝った。


「本当に怪我が治っているのか気になって、つい……」

「そんなに妾が信用出来んか」

「初対面の魔女を信じる方が無理な話では」


 不満そうに言う魔女に、私は咄嗟にそう返した。

 すると、彼女の表情はさらに不満そうな表情になり、私に近付いて来た。

 ……こうして並んでみると、思っていたよりも背が低い。

 話し方や態度等から私より背が高い印象があったけど、こうして見ると頭半分くらい私より背が低かった。

 大体、身長差が……10cmくらい?

 まぁ、私は外人の血が入っているせいか女子の中では背が高い方なので、仕方が無いか。

 と、一人身長について色々と考えていると、彼女は私の顔を覗き込みながら口を開いた。


「というか、さっきから思っておったが、その魔女という呼び方は何じゃ」

「えっ……だって、貴方の名前知りませんし」

「おや? 名乗っておらんかったかのう?」

「名乗られてないです」

「ふーむ……」


 私の言葉に、魔女はそう言いながら近くのボロボロの木の机に、持っていた色々な道具を置いた。

 それからこちらに振り向き、続けた。


「すまんのぉ。人と話すのが久しぶりで、忘れておったわ」


 特に悪びれる様子も無く謝る魔女に、私は苦笑を零した。

 まぁ三百年もここに封印されていたのなら、人ともロクに話したことないだろうし、仕方が無いだろう。

 一人納得していると、彼女は私の手を取って、続けた。


「妾の名は、リート・ヘルツじゃ。リートで良い」

「……え、ご主人様とかじゃなくて良いんですか?」

「何じゃその気色悪い呼び方は」


 心底不快そうに言う魔女……リートの言葉に、私は肩を竦めた。

 良く見る異世界転生モノでは、奴隷にご主人様とかマスターとか〇〇様って呼ばせたりするの見るから、普通なのかと思ったんだけどなぁ。

 でもまぁ、私もそういう呼び方するのは恥ずかしいし、名前で良いならそれに越したことはない。

 すると、リートは私の手を引き、椅子に座らせた。

 机と同じくらいボロい木の椅子に座ると、ギシッと軋む音がした。


「それで、お主の名前は何じゃ?」

「い……猪瀬こころ、です」

「イノセ……変わった名前じゃのぅ」

「異世界から来たって言ったじゃないですか」

「異世界の趣味は良く分からん」


 リートはそう言いながら、インクのようなものが入った小瓶の蓋を開けた。

 中には、真っ黒な液体が入っている。

 彼女は少し嗅いで匂いを確認し、机の上に置いてある道具の中からナイフを手に取って……自分の手首を切った。


「ちょッ!?」


 驚いている私を放って、リートはインクの瓶の中に手首から溢れた血を垂らす。

 赤黒い血液が黒いインクに溶けていくのを、私は見つめていることしか出来ない。

 ある程度血を垂らすと、リートはインクの小瓶を机に置き、ボロボロの布でナイフを拭いてこちらに差し出してきた。


「切れ」


 まさかの命令。

 切れって……リスカしろって、ことだよな……?

 こちらにナイフを差し出すリートの手首には、赤黒い痛々しい線が走っていた。

 しかしそれから目を逸らすことも許されなさそうだったので、仕方なくナイフを受け取る。


「き……切れって……」

「何じゃ、イノセ。やり方が分からぬか? だったら妾が」

「自分で出来るから!」


 私は慌ててそう言いながら、ナイフを手首にあてがった。

 自分でやるのも怖いのに、人にナイフの扱いを任せることなんて出来ない。

 大丈夫……腕や足を引き千切られる痛みに比べれば屁でもない。

 そう自分に言い聞かせながらナイフに力を込めると、手首に鋭い痛みが走った。


「ッ……」

「イノセ、血が出てきたらインクに混ぜるのじゃ」


 声がした方を見てみると、リートが離れた場所で光水を使って手首の傷を治療しているのが見えた。

 私はその言葉に従い、インクの小瓶の中に手首から流れる血液を入れた。

 ポタポタと滴り落ちる血液がインクの中に溶け込んでいくのが、嫌でも目に入る。

 数滴ほど血液を垂らしていると、リートが私の手首に湿った布を当てた。

 それはどうやら光水を染み込ませたもののようで、まるで水が染み込んでいくような感触と共に、瞬く間に傷口が塞がっていった。

 数秒程で完全に傷が塞がっているのを見て、私は小さく息をつく。

 なるほどね。これなら千切れた手足を治せるわけだ。


「……よし、これで良いのぅ」


 すると、リートがそう言いながら、小瓶から筆のようなものを取り出した。

 小瓶の縁で余分なインクを落としているのを見ながら、私は口を開く。


「それで何をするんですか?」

「む? ……あぁ。これを使って奴隷の契約を結ぶのじゃよ。契約の紋様を描くのじゃが……どこが良いかのう」

「……あまり目立たない場所が良いです」


 リートの言葉に、私はそう答えた。

 正直な話そういう紋様を描かれるのにも抵抗はあるが、奴隷になると決めた以上それはもう仕方が無い。

 でも贅沢を言えば露出する場所は避けたい。服で隠せる場所が良い。


「まぁ、無難に腹にしておくかのぅ」


 そう言うと、リートはインクに浸した筆をこちらに向けてくる。

 ひとまず描きやすいように少し背を反らすと、リートは私の腹に筆を這わせた。


「んんぅッ!?」


 直後、くすぐったいような感触が走り、私は小さく声を漏らしながら肩を震わせた。

 するとリートは腹から筆を離し、眉を潜めながら私の顔を見上げた。


「動くでない……上手く描けないじゃろう」

「ご……ごめん……」

「全く……あと変な声も上げるでないぞ」


 その言葉に、私はグッと唇を噛みしめる。

 リートはそれを見て、改めて私の腹に筆を這わせた。


「ぅぐっ……っぁ……ッ……」

「……」

「んくっ……あっ……くぁっ……」

「……」

「あぁっ……ッ……っや……」

「妾が変なことをしているみたいだからやめろッ!」


 必死に声を抑えたのに、結局怒られた。

 それに私は「無理言わないでよ……」と言いながら、椅子の背凭れに背中を預けた。

 するとこれまたギシィッと鈍く大きな音が立つので、私は慌てて背凭れから体を離した。

 それから自分の腹を見下ろしてみると、ヘソの上の辺りに何やら紋様のようなものが描いてあった。


「後はこれに妾の魔力を流すだけじゃのぅ……ジッとしておれよ」


 そう言いながらリートは紋様に指を当て、何かを呟く。

 次の瞬間、何か注射を刺されたような鋭い痛みが走り、次いで全身に駆け巡るように痺れるような痛みがビリビリと走った。

 紋様は黒く怪しい光を放ち、喉の奥から締め上げられるような声が漏れる。

 少しして痛みが治まると、私は大きく息を吐き、腹を擦った。

 不思議なもので、インクで描いたばかりだというのに、腹を擦った感触は紋様を描く前と変わらなかった。


「大丈夫か? 痛みは無いか?」


 すると、リートがそう言いながら私の顔を覗き込んで来た。

 それに私は首を横に振って、「大丈夫」と答えた。


「魔力流してる時は痛かったですけど、今は大丈夫です」

「……それなら良かった。それじゃあ、奴隷の契約はこれで終わりじゃのう」


 そう言いながらリートは私から離れ、インクの瓶と筆を机に置いた。

 ……思いのほか、あっさり終わったな。

 しかし、改めて考えてみると魔女の奴隷ってヤバくないか……?

 彼女の復讐が終わるまでとは言っていたが、それまで私は生きていられるのだろうか。


 ……いや、流石に偏見が過ぎるか。

 確かにリートは禁忌を犯した魔女かもしれないが、一生奴隷は酷だと言ったり、奴隷契約による痛みを心配してくれたりと、中々に良心的な部分もある。

 何より、私は一度彼女に命を救われている。

 魔女とか置いといて、そもそも彼女は命の恩人だ。命の恩人を信じないでどうする。

 まず出会ったばかりだし、偏見だけでどうこう言うのは良くない。

 そう考えていた時、突然足元に白い鎖が出現した。


「……これは?」

「妾の封印を可視化したものじゃ」


 そう言いながら、リートは軽く足を振る。

 良く見ると鎖の片側は足枷のように彼女の片足に付いており、もう片側は壁に繋がれていた。

 なるほど、これが封印……とぼんやりと見ていると、壁から伸びた鎖が途中で分岐し、もう一本が私の足に繋がっていることに気付いた。


「あの、これは……?」


 私はそう言いながら、足から伸びている鎖を指さした。

 すると、リートは私を見て「あぁ」と口を開く。


「イノセが奴隷になったことで、妾の封印がイノセにも共有されておるのじゃ」

「……封印が共有?」


 聞き返す私に彼女は頷き、続けた。


「そうじゃ。そして、封印が共有されることで、今その効力は弱まっておる。このまま上手くいけば、後はこの鎖に魔力を流せば封印を解除することが出来る」

「上手くいけばって……上手くいかなかったら?」

「その時は、まぁお主もこのダンジョンに封印されるか、魔力を流した時のショックで少なくともお主は死ぬのぅ」


 サラッと物騒な発言をするリートに、私は自分の頬が引きつるのが分かった。

 ……前言撤回するべきかなぁ、これ。

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