154 反吐が出る-クラスメイトside
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「あっ、柚子じゃん! お~い!」
友子と柚子が部屋を出た時、丁度クラインの部屋の近くに立っていた花鈴が柚子に気付き、大きな声で呼びかけながらブンブンと手を振る。
それに、クラインの部屋の扉に手を掛けていた真凛も顔を上げ、柚子達のいる方に視線を向けた。
彼女は柚子に気付くと、パッと僅かに表情を明るくした。
「柚子、遅かったね。確か、私達より先に部屋に入ったよね?」
「えっ、そうかなぁ。うーん……さっきちょっとだけ最上さんとお喋りしてたから、そのせいかも」
真凛の問いに、柚子はそう言ってはにかみつつ、小走りで二人の元に駆け寄る。
その様子を遠目に見ていた友子は、先程の柚子とのやり取りを思い出し、誰にも気付かれない程度に小さく息をついた。
──……お喋り、ねぇ……。
「へぇ……随分、最上さんと仲良くなったんだね」
柚子の言葉に、真凛はどこか感心したような口調で言いつつ、ユラリと友子に視線を向けた。
──……? 何か、含みのある言い方だな……。
突然視線を向けられた友子は、訝しむように眉を顰めながら真凛に視線を返す。
「そうかなぁ。最上さんとは最近ずっと一緒に行動してたから、話す数が増えただけだと思うけど……もしそうだったら嬉しいな」
かと思えば、柚子は照れ臭そうにはにかみながら、そんなことを宣い始める。
友子はそれにギョッとしそうになったが、態度に出すと後々面倒なことになると察し、強く歯を食いしばって必死に無表情を取り繕う。
とは言え、話に名前を出されているのに無反応は角が立つと考え、何とか笑顔を作りながら彼女は口を開いた。
「あ、はは……山吹さんにそう言って貰えるなんて、光栄だなぁ……」
──……反吐が出る。
「何はともあれ……クラインさん待たせてるし、早く行こうか」
真凛はそう言いつつ、クラインの部屋の扉を開ける。
それに、花鈴は「あ、そうだったね!」と思い出したかのように言い、近くにいた柚子の腕に抱き着いた。
「柚子、行こっ!」
「えっ、うん……って、ちょっと、引っ張らないでよっ」
明るい声で言いながら腕を引っ張る花鈴に、柚子は困ったように笑いながら答えつつ、花鈴に続いて部屋に入る。
──……騒がしい人だな……。
二人の様子を眺めながら友子はそんなことを考え、小さく息をついた。
ただでさえ人とのコミュニケーション自体があまり得意では無い上に、色々と慣れないことをしたせいで、一気に気疲れしてしまった。
──話し合いと言っても、どうせ私にはほとんど発言権無いし……さっさと座って休もう。
そんなことを考えながら部屋に入ろうとした時、部屋の中に片足を踏み込んだ状態で扉を押さえている真凛が、ジッと自分の方を見ていることに気付いた。
「……望月さん? どうかした?」
「ん? いや……部屋に入らないのかと思って」
「あぁ、ごめん。望月さ……真凛さんのテンションが高くて、ちょっと気後れしちゃって」
「……真凛は私だけど?」
僅かに目を細めながら言う真凛に、友子はギクッと肩を震わせてしまう。
──あぁ、そうか……久々に会ったから、間違えた……。
ただでさえ何日も別行動だった上に、今日一日の中で色々なことがあって疲弊していたこともあって、間違えてしまったようだ。
「ごめん、間違えて……」
「いや、よくあることだから、別に気にしてないよ。それよりホラ、早く入ろう」
「うん。ごめんね」
友子は何度も謝りながら真凛の元に歩み寄り、彼女が押さえていた扉に手を当てる。
すると真凛はその場を離れ、柚子達の後を追うように部屋の中に入った。
その後ろ姿を見つめつつ、友子は後ろ手に扉を閉めた。
──何だろう……? なんか、さっきから……私が話に絡むと、望月さん達の態度が淡白な感じになるような……?
──と言うよりは、何というか……私を山吹さんに近付けないようにしている……?
花鈴や真凛が自分と話す時の態度に違和感を抱いたが、今はそんなことを考えている場合では無いと考え直し、友子は軽く首を横に振って思考を振り払った。
それから部屋の中に入ると、すでに三人はベッドの上に腰を下ろしていた。
柚子が一番奥に座っており、その隣に花鈴、真凛と続いている。
──まるで、私が山吹さんの隣に座らないようにしてるみたい……。
友子は一瞬そんなことを考え、そんなわけないかとすぐに考え直しつつ、視線を横に向けた。
するとそこでは、三人と向かい合うような形で椅子に座るクラインがいた。
彼女はクラインに軽く会釈をしつつ、空いていた真凛の隣に腰を下ろした。
「はい。それでは全員揃いましたし、今後のことについての話をしましょうか」
全員揃ったのを確認したクラインは、若干明るめの声でそう言った。
彼は柚子の方に視線を向け、続けた。
「では、まずは山吹さん。今日の魔女との戦いについて、簡単なもので良いので聞かせて頂いても良いですか?」
「は、はい。今日は……──」
クラインに促され、柚子は今日の戦いについて簡単に語った。
何とかダンジョンを攻略し、林の心臓が封印されていた最奥の部屋に辿り着いたものの、すでに魔女に心臓を回収された後だったこと。
しかし、心臓の守り人との戦いが終わってすぐだった為か魔女達が油断しており、友子が不意討ちで魔女と心臓の守り人の一人に深手を負わせることに成功したこと。
そのまま魔女にトドメを刺そうと奮闘したが力及ばず、あと一歩というところで逃走されたこと。
これらの話を、友子とこころ関連の話や柚子が友子にした行為関連の話などは上手く隠しつつ、柚子は皆に話した。
道中での柚子の言動を思い出し、皆の前で優等生ぶる彼女の様子に友子は若干不服だったが、自分とこころのことについても伏せてくれていた為に渋々口を噤んだ。
「なるほど……ということは、現状では魔女と心臓の守り人の一人が深手を負い、ほぼ動けない状態にある。未だ光の心臓を回収出来てない魔女達一行にはその傷を治す術は無く、隣の国に封印されている光の心臓を取りに行くに違いない、ということですか?」
柚子の話を聞いたクラインは、自身の顎に手を当てながら要約を話す。
彼の言葉に、柚子は「はい」と頷いた。
「ですが、深手を負った二人を連れて全員でダンジョンに向かうとは思えません。多分、二人を守る者と、ダンジョンの攻略に向かう者で分かれると思います」
「私も同じことを考えていたところです。魔女達一行が全員揃っているとこちらの分が悪いですが、彼女等の内二人を戦闘不能にし、残りの面々を二手に分断せざるを得ない状況を作り出したのは強いですね。この状況を活かしたいものです」
ノワールの言葉に、柚子はすぐに思考を巡らせる。
魔女の一行を二手に分断した現状を活かすということは、自分達は一団となってダンジョンに潜り、人数の多さを使って光の心臓を破壊するということだろうか。
そうすれば、光の心臓を手に入れる以外に傷を治す術の無い魔女達一行は唯一の治療の術を無くし、友子が負わせた傷によって心臓の魔女は命を落とすはずだ。
──……あとは風の心臓を破壊すれば、少なくとも戦いの日々からは解放される。……戦いで、これ以上誰かが命を落とす可能性は無くなる。
──……そうしたら、日本に帰る為の転移魔法が完成するのを待つだけで良い……。
無事に妹の元に帰ることの出来る未来が見え始めた状況に、柚子は密かに拳を強く握り締める。
さらに、光の心臓を破壊することで心臓の魔女が死ぬのであれば、魔女を殺すことでクラスメイトが余計な負担を背負う羽目にもならないで済む。
強いて言えば、戦いが終わった後での友子とこころの衝突が気に掛かるところではあるが……──。
──……でも、魔女との戦いさえ終わってしまえば、そこで最上さんは用済み。最上さんと猪瀬さんの問題は、私には関係無くなる。
心の中でそう呟き、柚子は誰にも気取られない程度にほくそ笑む。
しかし、そこでふと気に掛かったことがあり、彼女の頬が微かに引きつった。
「……あれ。そういえば、猪瀬さんが心臓の魔女の奴隷になっていますよね? それはどうするんですか?」
すると、真凛がふと、クラインに問い掛けるように言った。
彼女の言葉に、柚子はハッとした表情で顔を上げた。
真凛が言った疑問は、丁度さっき柚子が気に掛かった懸念と同じだったのだ。
「えぇ。猪瀬さんのこともありますし、光の心臓を破壊したからと言って心臓の魔女を確実に殺せるとも限りません。ですが、当然光の心臓の破壊は最優先事項。……ですから、我々も二手に分かれましょう」
すると、クラインはそう提案した。
彼の言葉に、友子はすぐにクラインの顔を見た。
──二手に分かれる……? ということは、つまり……──。
「つまり……──光の心臓を破壊しに行く二人と、心臓の魔女を殺してこころちゃんを救出する二人に分かれるってこと?」
偶然友子の思考に繋げるような形になりながら、花鈴は両手の人差し指と中指をそれぞれ真っ直ぐ立てる。
ダブルピースのようになった両手を見つめながら、彼女は「あれ?」と続けた。
「でも、こころちゃんが心臓の魔女を守ってるとも限らないよね? 光の心臓の回収に向かってるかもしれないし……?」
「どちらかと言えば、光の心臓を破壊しに行く者と、心臓の魔女を殺しに行く者で二名ずつに分かれる、という考え方で良いでしょう。猪瀬さんは……絶対にこちらの味方に付くとは限らないので、彼女の処遇については一旦置いておきます」
こころが魔女の味方に付くかもしれない、と言外に匂わせるようなことを言うクラインに、友子は微かに眉を顰めた。
──そんなこと……あるわけが無い。
──こころちゃんは私の大切な友達なんだから……奴隷として仕方なく魔女に従っているだけで、私が助けに行けば、絶対に私の味方をしてくれるのに……。
──だから、こころちゃんが魔女の味方についた可能性について考える時間なんて無駄だ。
──そんな時間があるなら、さっさと魔女を殺しに行った方が良い。
──こうしている間にも、こころちゃんは苦しんでいるって言うのに……。
沸々と込み上げる仄暗い感情に、友子は両手の指を組み、これ以上の話し合いは無駄だと言うかのように視線を伏せた。
その様子に気付いた柚子は、微かに視線を上げて、自分から離れた場所に座る友子を見た。
二人の様子に気付いているのか否か、クラインは特に反応を示さぬまま続けた。
「とは言え、仮に彼女が魔女側に付いたとしても、向こうの陣営でまともに戦える人間は……林の心臓の守り人が味方に付いていると考えても、せいぜい四名程度。人数差は二対二か、どちらかに人数が偏ったとしても三対二と、ほぼ同数の人数差で挑むことが出来ます」
「……私は、心臓の魔女を殺しに行きたい」
クラインの説明を聞いていたのか否か、友子は両手の指を組んで俯いた体勢のまま、独り言のように言った。
話を聞いてなさそうだった友子の意外な反応に、柚子は微かに目を見開いた。
しかし、柚子が何か言うよりも、他の誰かが反応するよりも前に、友子は指を絡めた両手をギュッと強く握りしめて続けた。
「……私が、魔女を殺さないといけないの。こころちゃんを苦しめている奴等は皆、私が殺さないと……」
暗い声で呟く友子に、花鈴と真凛は、自身の背中に何か冷たい物が走るのを感じた。
彼女の声色には、冗談や妄言などではなく、本当に今すぐ誰かを殺してしまいそうな殺意がこもっていたから。
しかも、友子には寺島葵を殺したという、その殺意を裏付ける事実が存在する。
それを知っていたからこそ、二人は友子の発言に、微かに恐怖してしまったのだ。
花鈴と真凛の反応に対し、今まで友子と行動を共にしていた中で見慣れていた柚子は、それを見て小さく嘆息した。
──なんだか様子が変わったから、何事かと思ったけど……何だ、いつものやつか。
──それじゃあ……心配する必要は無さそうだな。
柚子は心の中で呆れたようにそう呟いたが、すぐにその顔に笑みを浮かべて口を開いた。
「それじゃあ、心臓の魔女の殺害には私と最上さんが向かうよ。だから、花鈴と真凛は光の心臓の破壊に……」
「ちょっ、柚子……!」
平然と友子との同行を提案する柚子に、花鈴が慌てた様子で言いながら柚子の肩を掴む。
しかし、いざ反論しようとすると咄嗟に言葉が出てこず、すぐに口ごもってしまう。
出来れば友子と柚子が二人きりになる状況は避けたいところだったが、柚子と友子の同行を止める正当な理由が無い為、反論が出来ないのだ。
しかも、花鈴と真凛のオーバーフローの力は二人が一緒にいないと機能しない為、二手に分かれることが確定した時点で友子と柚子が行動を共にするのはほぼ確定したようなものだった。
口を真一文字に結んで不服そうな表情を浮かべる花鈴に、突然声を掛けられた柚子は、キョトンとした表情のまま首を傾げる。
クラインはしばらくその様子を眺めていたが、やがて全員に視線を向け、口を開いた。
「まぁ、もしかしたら何か異論がある方もいるかもしれませんが……ひとまず、ヒーレアン国の町ルリジオに着いた後は、最上さんと山吹さんが心臓の魔女の殺害、望月さん達が光の心臓の破壊に向かうという方向で進めましょう」
「はい。了解しました」
クラインの言葉に、柚子がハキハキした口調で答える。
彼女に続けるように、友子は俯いたまま「はい」と呟くように答え、真凛はそれを横目に見つつ「分かりました」と答えた。
それから、真凛がまだ不服そうにしている花鈴を肘で軽く小突くと、花鈴は「はぁい」とどこか不満そうな口調で答えた。
まだ各々で不満を抱えつつ、ひとまず今後の方針が決まったということで、今回の話し合いはこれで終わることになった。
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