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015 奴隷を必要とする理由

「……なんで魔女さんは、私を奴隷にしようと思ったんですか……?」


 その疑問は、滑り落ちるように、口から零れた。

 単純な疑問だ。……というか、そもそも色々とおかしい。

 確かに私は奴隷になることを条件に命を救われているが、そもそも彼女が私を奴隷にする理由が、ハッキリ言えば無いのだ。

 初対面の私を救う必要性も無いし、彼女が初対面の赤の他人を救いたいだけの根っからの善人だとしたら、そもそも奴隷にするという交換条件を出している時点で前提が狂う。

 つまり、目の前に入る魔女には、私を奴隷にする……または、奴隷を必要とする理由があるのだ。


「……お主は、妾について、どれくらい知っておる?」


 そんな私の質問に、彼女は質問で返してくる。

 まさかの返答に、私は「へ?」と間抜けな声を発してしまう。

 すると、魔女は小さく息をつき、続けた。


「妾はこの場所に三百年も封印されているから、外での妾の外聞が分からんのじゃ。城の奴等が妾の存在を公表しているのか隠蔽しているのかも分からん」

「いや、私もこの世界に来てから日が浅いので、流石に外での認知度は存じ上げませんが……」

「……どういうことじゃ?」


 私の言葉に、魔女は訝しむような声で聞き返してくる。

 これは、一から説明した方が早いな。

 奴隷になった今、私の事情を明かしたところで問題はないと判断し、私はこの世界に来た経緯や理由等、今までのことを全て魔女に話した。

 私の説明を聞き終えた魔女は、しばらくふんふんと頷いた後で、口を開いた。


「なるほど……つまり、お主は妾の心臓を破壊する為に、ニホンとか言う世界から召喚されたというわけか」

「まぁ、そうなりますね」

「それが仲間に裏切られた挙句に妾の奴隷になるとは……中々愉快な人生を送っておるのぅ」

「……本人に言われたくないです」


 感心した様子で呟く魔女に、私はそう呟いた。

 すると魔女はケラケラと楽しそうに笑いながら、「良いではないか」と答える。

 何が良いのか良く分からない……と呆れていると、彼女は私の顔を覗き込んで続けた。


「つまり、お主はニホンとやらに帰る為に戦っている……ということか?」


 その言葉に、私は言葉に詰まった。

 ……考えたこと無かった。

 自分が何の為に戦っていたのか、なんて。

 今まで周りに流される形で戦っていたが、日本に帰る為に戦っているという意識は無かった。

 だって、クラインに最低でも半年は帰れないと言われた時、私は驚いただけで……悲しいとは思わなかったのだから。


 むしろ、あの時私は少しだけ……喜んでしまった。

 本当に心の底の密かな部分で、ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまったのだ。

 だって、六ヶ月もの間日本に帰れないということは、少なくとも六ヶ月の間はあの家に帰らなくて済むということだから。

 私はあの家にとって、いらない存在だから。


 母から聞いた話だが、どうやら私は、母がレ〇プされた時に出来た子どもらしい。

 友人との海外旅行中にはぐれてしまい、彷徨っている所を裏路地に引き込まれ、強引にやられたらしい。

 言葉も分からないし、相手の名前など知ることすら出来なかった。

 結局泣き寝入りするしか無く、心も体もボロボロに傷付いたところに、妊娠が発覚したとのこと。


 家族や友人は下ろすことを勧めたが、お腹の子供に罪はないと、母は強引に出産を決行した。

 誰にも祝福されない中で生まれてきた子供……私のことを愛そうとしたが、それは無理だったらしい。

 私を見る度にレ〇プ犯の顔を思い出し、その時のことを思い出してしまって子育てどころではなくなってしまう。

 大きくなってくると私の顔に父親の面影が出来てきて、余計に母の症状を悪化させた。

 責任を持って育てると宣言した手前、自分の家族や友人にも相談できず、一人で抱え込んでしまった。


 この話を私は、小学生の頃に、母の口から聞いた。

 ストレスが酷かったのだろう。酒を飲んだ母は、酔った勢いで私にこの話をしてきた。

 その度に、産まなければ良かった、お前なんかいなければ……そう言われてきた。

 母に愛されたくて、幼い私は、とにかく勉強を頑張った。

 良い点数を取って、褒められたくて……友達も作らず、ひたすら勉強を頑張ってきた。

 しかし、母が私を見ることは無かった。

 普段はまともに会話をすることも無く、酒を飲めば過去の話をしては私の存在の否定を繰り返す。

 それでも、私は勉強を頑張り続けた。

 幼い私には、それしか母を振り向かせる方法が無かったから。


 中学生になった時、母は一人の男と結婚した。

 母や私の事情を全て理解した上で許容した、寛容な人だった。

 彼は私にも愛想良くしてはくれたが、それでも母に比べればマシというレベルだった。

 他所他所しいし、家族というよりは他人に対するものだった。

 それも徐々に薄くなっていき、結局私は二人から疎外された。

 しばらくすると二人の間に娘が生まれ、いよいよ私の居場所は無くなった。

 実家に頼れないという理由ときちんと育てると宣言した責任感から、仕方なく家に置いているような感じだった。

 娘として最低限の世話はしてくれるが、それ以上のことも一切しない感じ。

 与えられた部屋も家の隅の方で、一人部屋を与えるというよりは、見たく無いものを極力視界に入れないように追いやるような感じだった。

 毎日食費だけ渡されて、何か必要なものがあれば、言えばそれを買う金だけが渡される日々。


 その頃には勉強を頑張ることを止めていたが、勉強癖でも付いていたのか、まぁまぁ良い成績を維持することは出来て、流されるように今の高校に入学した。

 ただなんとなく勉強をしながら過ごしていた時、偶然異世界転生モノの小説を見つけて、のめり込むようにハマっていった。

 私以上にどん底みたいな生活を送っていた人達が、異世界に行って特殊能力を手に入れて、色々な人に好かれながら大活躍する話は、読んでいて凄く面白かった。

 異世界に行けたら……そんな妄想が、私の空虚な日々を埋めていった。

 ……まぁ、結局こうして異世界転移しても、上手くいかなかったんだけどさ。


「……おーい? どうした?」


 その時、魔女がそう言いながら私の顔を覗き込んできた。

 私はそれにハッと我に返り、顔を上げた。

 するとそこでは、魔女がキョトンとした表情を浮かべて私を見ていた。


「どうしたのじゃ? 何か考え込んでおったが……」

「あぁ……ごめんなさい。ちょっと、ボーッとしていて……」

「……その割には、深刻そうな顔じゃったが……」

「本当に何でもありませんから」


 私がそう言って見せると、魔女はしばらくムッとした表情を浮かべていたが、やがて諦めたように溜息をついた。

 それから少し姿勢を正し、口を開いた。


「それで? 何の話じゃったかのう」

「……なんで私を奴隷にしたのか、っていう質問だったんですけど……」

「おぉ、そうじゃった。まぁ、そこまで難しい理由ではないのじゃが……お主は、妾がこの場所に封印されているということは聞いておるんじゃったな?」

「……まぁ、はい……」

「簡単な話、その封印の解除に必要なのじゃよ」


 ……魔女の封印を解除するのに、奴隷が必要? よく分からん。

 私の頭の中に、大量のクエスチョンマークが浮かぶ。

 すると、それが表情に出ていたのか、魔女は私の顔を見て大きく溜息をついた。


「まぁ、それについては追々説明するわい。とりあえず、お主の怪我が完全に治ってからの」

「……結構体を使うことなんですか?」

「多少は体に負荷は掛かるが、万全の状態なら大したことないわい。今のお主の怪我の具合だと、もしかしたらその治療中の手足は吹っ飛ぶかもしれんが」

「怖いよ!」


 サラッと物騒な話をする魔女に、私は咄嗟にそうツッコんでしまった。

 いやこっわ! 下手したら腕と足吹っ飛ぶの!?

 カマキリとの戦いの時の痛みを思い出し、傷があった部分がズキズキと疼くのを感じる。

 ゾクゾクとした寒気が走り自分の体を抱きしめていると、魔女は「今奴隷の契約とかをやったらの話じゃ」と否定した。


「さっきも言ったが、万全の状態ならちょっと痛い程度で済む」

「そ、それなら良かった……」

「なんでわざわざ治した手足をまたふっ飛ばさないといけないのじゃ」


 呆れた様子で言う魔女に、私はそれもそうかと納得する。

 かなり長いこと眠っていたせいで、まだ頭が働かないのかもしれないな。

 まぁ、あとはカマキリとの戦いでの痛みがトラウマになっているとか?

 そこまで考えて、とあることに気付き、私は口を開いた。


「ということは……魔女さんの封印を解いたら、私の奴隷契約は解約ということで良いのですか?」

「何を言っておる」


 私の期待は、魔女の冷たい一言により一蹴された。

 それにショックを受ける間も無く、彼女は続けた。


「冷静に考えれば分かるじゃろう。たったそれだけのことで開放したら、妾がお主に施した治療と釣り合いが取れぬ」

「……まぁ、確かに……」

「とはいっても、一生奴隷でいろとか酷なことは言わん。精々……妾の復讐を終えるまでの間辺りが妥当かのう」

「……復讐?」


 聞き逃せない単語があったため、私はそう聞き返す。

 すると、魔女はキョトンとした表情で私を見て、すぐに微笑んで「あぁ、復讐じゃ」と答える。

 彼女は身を乗り出して私に顔を近付け、続けた。


「妾をこの場所に封印したこの国の奴等に復讐する。……それまでが、お主が妾の奴隷でいる間の期間じゃ」

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