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151 優等生の一面-クラスメイトside

---


「……」


 ゴトゴトと大きく揺れるスタルト車の中で、柚子は目を覚ます。

 数秒程掛けてゆっくりと瞼を開いた後、パチパチと軽く何度か瞬きをしつつ、起き抜けの働かない頭で何とか思考を働かせた。

 ──……スタルト車に乗ってからの記憶が、ほとんど無い。

 ──知らない内に、寝ちゃってたのかな……?

 ──……流石に、無理し過ぎたかな……。

 ぼんやりした思考の中で今朝からの出来事を思い出し、柚子は小さく嘆息した。

 早朝から魔道具を用いた濃霧の中の移動に始まり、獣人族の町への潜入にダンジョン攻略。魔女や心臓の守り人と友子の交戦のサポートや回復などもあり、心身ともにかなり疲労していたようだ。

 ダンジョンを出た時間帯ではまだ朝方だったにも関わらず、スタルト車の車窓から差し込む光は橙色だった。

 どれだけ長い時間眠っていたんだと呆れていた時、自分が何かに凭れ掛かっていることに気付く。


「……起きたなら、いい加減どいてくれる?」

「ッ……!」


 頭上から降って来た声に、柚子は弾かれたように飛び起き、慌てて自分が凭れていた人物に体を向けた。

 目の前にいる人物を見た瞬間、柚子はあからさまに顔を顰めた。

 その顔を見て、凭れ掛かられていた友子は小さく嘆息し、口を開いた。


「少しは隠す努力をしてよね。私は移動中、ずっと山吹さんの体重を支えてあげてたんだから……少しくらいは感謝したら?」

「別に頼んで無いけど……まぁ、それはありがとう」


 苦虫を嚙み潰したような表情で礼を言う柚子に、友子は呆れたような表情で「だから、少しくらいは隠しなって」と呟いた。

 彼女の言葉に、柚子は嫌悪感を一切隠すこと無く、フイッと顔を背けた。

 しかしそこで別のことに気付き、友子に視線を戻した。


「……っていうか、嫌なら起こせば良かったのに」

「山吹さん体重軽いから気にならなかった。……あと、途中で起こしても、結局今みたいに嫌そうな反応するのは分かってたし。しかも、無理に起こしたらその分余計に不平不満を言われると思って、起こさなかっただけ」

「……」


 淡々とした口調で語る友子の言葉に、柚子は不満そうに口を噤む。

 残念ながら友子の言うことは全て正鵠を得ており、反論の余地は無かった。

 仕方がないので、諦めたように溜息をつき、服のポケットから折りたたみ式の小さな手鏡を取り出して自分の顔を確認した。

 ずっと友子の肩に凭れていた為に、そちら側の髪が若干乱れている。

 柚子はそれに気付くと、すぐに結んでいた髪を解いてヘアゴムを手首に付け、手櫛で髪を整え始めた。


「……」


 その様子を横目に見ていた友子は、ふと、柚子の頭の後ろの方の髪が僅かに乱れていることに気付いた。

 友子がいる方なので、恐らく寝ている最中に付いたものだろう。

 後頭部に近い方である為に鏡では若干見えづらく、僅かに高い位置なので、このまま髪を結んでも恐らく乱れたままになるだろう。

 ──別にどうでもいいけど……後で気付いた時に、どうして教えてくれなかったんだって文句を言われそう。

 完全に理不尽な理由ではあるが、柚子なら言いかねないと考え、友子は諦めたように息をついた。

 ──……面倒だな。

 心の中で気怠そうに呟くと、友子は柚子の頭に手を伸ばし、乱れている髪を撫でつけた。


「山吹さん。ここ、寝癖付いてる」

「……? え、どこ?」


 友子に指摘され、柚子は驚いた様子で後頭部の辺りに手を這わせる。

 しかしその手は髪が乱れている場所からは若干離れており、むしろ整っている髪を少し乱していた。

 そんな柚子の様子に痺れを切らし、友子は彼女の手を掴んで髪が乱れている場所に持っていった。


「ホラ、ここ」

「うわ、本当だ。……ありがとう」


 若干不服そうにしながらも礼を言い、柚子は手櫛で髪を整える作業を再開する。

 彼女の様子に友子は小さく息をつき、窓枠に頬杖をついた。

 ──さっきもそうだけど……嫌そうにしながらもちゃんとお礼を言う辺りは、流石と言うか、何というか……。

 柚子の心根に染み付いているであろう“優等生”の一面に、感心とも呆れとも取れるような感情を心の中に浮かべながら、友子は何度目かになる溜息をついた。


 そんなやり取りをしている間にもスタルト車は進み、柚子が起きてから三十分程で、今夜泊まる宿屋のある町ゼクスに辿り着いた。

 宿屋の前にスタルト車が停まると、操縦士が扉を開けて、下りるよう促してくる。

 二人は椅子の下に仕舞っていた荷物を持ち、促されるままにスタルト車を下りて宿屋の中に踏み込む。


「柚子~!」


 宿屋に入った瞬間、突然誰かが柚子に抱き着いてきた。

 突然抱き着かれた柚子は驚いた反応を示しながらも、目の前で舞う濃いピンク色の髪を視界に収める。

 抱き着いてきた人物の正体に気付いた柚子はフッと表情を緩め、ぷはッと息を吐くように笑った。


「あははっ、熱烈歓迎だね。花鈴」


 そう答えながら、柚子は望月花鈴を抱き締め返す。

 すると、花鈴は満面の笑みを浮かべ、抱き締める力を強くする。


「全く……柚子は疲れてるだろうから、今日はゆっくりさせてあげなって言ったじゃない」


 すると、呆れたような表情を浮かべて溜息をつきながら、腕を組んだ望月真凛が現れる。

 彼女の言葉に、花鈴は「えぇ~」と不満そうな声を上げながら柚子の体を離し、真凛に視線を向けた。


「だって私達、最近ほとんど柚子達と別行動だったじゃん! やっとまた一緒にいられるっていうのに、喜ばない方が無理だって!」

「別に、日にち自体は大して経ってないでしょ。……というか、二人は今日心臓の破壊に向かってたんだから、疲れてるに決まってるじゃない。せめて、今日くらいは休ませてあげるべきでしょ」

「まぁまぁ。心臓の破壊と言っても、魔女に先を越されて失敗に終わったし……戦闘では最上さんが頑張ってくれたおかげで、私はそこまで疲れてないから、気にしなくていいよ」


 いつものように軽い口論を始める双子に、柚子は困ったような笑みを浮かべながら仲裁に入る。

 その様子を見ていた友子は、すぐにギョッとしたような表情を浮かべた。

 ──疲れてない、って……スタルト車の中であんだけ寝てたくせに……。

 若干引いたような反応をする友子に気付いているのか否か、柚子は胸の前で軽く手を叩いて「でも」と続けた。


「実は……最上さんが、魔女とその仲間の一人に深手を負わせることに成功したんだ」

「えっ! 友子ちゃんすご~い!」


 柚子の言葉に、花鈴は目をキラキラと輝かせながら友子に顔を向けた。

 こころ以外に名前で呼ばれたことによる不快感と、誰かに褒められることに慣れていない為に込み上げてきたむず痒さが相まり、友子はどんな反応をすれば良いか分からなくなる。

 結果、彼女は無言で顔を背け、会話から離脱した。

 その様子を一瞥した柚子は、すぐに花鈴に視線を戻して続けた。


「光の心臓を回収していない魔女達は、今頃思うように動けないはず。……だから、その間に光の心臓を破壊すれば、魔女を殺せる可能性は高くなると思うよ」

「ほう……その話、もっと詳しく教えて欲しいですね」


 どこからか聴こえた声に、柚子はハッとした表情で顔を上げた。

 見ると、そこには口元に緩い笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくるクラインの姿があった。


「クラインさん……」

「大体の話は聞かせて貰いました。まずは……山吹さん、最上さん。今日はご苦労さまです」


 朗らかに笑みを浮かべながら言うクラインに、柚子は軽く会釈をしつつ、クラインの顔を見つめた。

 以前土の心臓の破壊に向かった際の道中にて、柚子だけが、クラインの本来の性別に気付いた。

 どうして姿を隠してまで性別を偽っているのかは定かでは無いが、何か深い事情があるかもしれない為、深掘りをするつもりは無い。

 ──でも……性別のこと以外にも、何か隠してることがある気がするんだよな……。

 内心でそんな風に訝しみながら、柚子はジッとクラインの顔を見つめる。

 すると、クラインはそんな柚子の視線にすぐに気付き、ニッコリと笑みを浮かべた。


「どうしましたか? 私の顔に、何か付いてますか?」

「……いえ……別に……」


 クラインに聞かれ、柚子は小さな声で呟くように答えながら、目を逸らす。

 彼女の様子にクラインは「そうですか」と答えつつ、懐からジャラリと三本の鍵を取り出した。


「ひとまず、こんな所で立ち話も何ですし、部屋に向かいましょう。……この宿屋が広いとは言え、人目に付きますからね」


 クラインに言われ、柚子は自分達のいる場所が宿屋のロビーであることに、今更になって気付く。

 “彼女”の言う通り、今夜泊まる宿屋はかなり大きく、ロビーもそれなりの広さがあった。

 長いことスタルト車の中で寝ていたせいかまだ頭が働いておらず、人も疎らで通行人の邪魔になる様子も無かった為、あまり意識出来ていなかったのだ。


「それに……心臓の魔女についての話は、こういった公の場ではあまりしないで下さいね。一応、国家機密なので」

「あっ、すみません……つい忘れていて……」

「いえ、今日はお疲れでしょうし、久方ぶりの再会のようなので気が抜けていたのでしょう。今回は、私が魔法で皆様の声が周りには聴こえないようにしたので、問題はありません。……ですが、次からは気を付けて下さいね?」

「……分かりました」


 笑みを絶やさずに言うクラインに、柚子は重々しい声で答えた。

 ──……なんか、言い方にトゲを感じるな……。

 チクチクと針で刺すような嫌味じみた口調に若干苛立ちを覚えるが、全体的に見れば自分が悪いことには変わりないので、静かにその感情を飲み込む。

 彼女の反応にクラインは微笑み、白いローブを靡かせながらクルリと踵を返す。


「では、部屋に向かいましょうか。……最上さん、行きますよ?」

「ッ……!? は、はい……!」


 突然名前を呼ばれて驚き、友子は慌てた様子で答える。

 それからクライン達が部屋に向かって歩き出す為、友子もそれに続く形で歩きつつ、小さく息をついた。


 ──……こんなことしてる場合じゃ無いのに……。

 ──私がこうして道草食ってる間にも、こころちゃんは今頃、魔女のせいで苦しんでるって言うのに……。

 ──あの時、私が魔女を殺せなかったから……私が、弱いから……。

 ──もっと強くならなくちゃいけないのに……こんな所で、ゆっくりしてる場合じゃないのに……。

 ──一刻も早く、私があの魔女からこころちゃんを救い出してあげないといけないのに……ッ!


「……みさん、最上さん。話聞いてた?」


 突然話を振られ、友子はハッとして顔を上げる。

 そこには、キョトンとした表情で首を傾げながらこちらを見上げている柚子の姿があった。


「……え、何……?」

「やっぱり聞いてなかったかぁ。ここが今日、私達が泊まる部屋なんだって。だから、ひとまずここに荷物を置いて……それからクラインさんの部屋に行って、今後の動きについて話し合いをする予定だよ」


 困ったような、苦笑いのような笑みを浮かべながら話す柚子の言葉に、友子はふと顔を上げた。

 見ると、自分達が泊まる部屋の隣に当たる部屋の前で、花鈴と真凛がクラインから部屋の鍵と思しき物を受け取っていた。

 ──……全然聞いてなかったな……気を付けないと……。

 こころのことが心配なあまりに集中力が散漫になっていたことに気付き、友子は自己反省をしつつ、部屋の鍵を開けようとする柚子に視線を落とした。


「……で、その気味悪い話し方は何?」

「ッ……」


 友子の問いに柚子がピシッと固まるように動きを止めたのと、カチャンッと乾いた音を立てて部屋の鍵が開いたのは、ほぼ同時だった。

 先程、部屋のことや今後の予定について説明してきた時、柚子は終始にこやかに笑いながら明るい声で話していた。

 この世界に来たばかりの頃ならいざ知らず、友子が柚子の奴隷になってからそんな風に話しかけられたことは一切無かった。

 柚子はしばし硬直していたが、すぐにニッコリと笑みを浮かべながら友子の顔を見上げた。


「や、やだなぁ最上さん。話し方、って……私はいつもこんな感じでしょ?」

「いや……いつもはもっと嫌悪感露わにして、声も今より低ッ……」


 何やら誤魔化そうとする柚子に普段との比較を説明しようとした時、物凄い勢いで部屋の中に引き込まれる。

 その小さな体のどこにそんな力があるのかと驚いている間に、柚子は扉を閉め、ギロッと友子を睨んだ。


「ちょっと……急に変なこと言わないでよ」

「あ、いつもの山吹さんだ。安心する」

「あのねぇ……」


 ヒクヒクと頬を引きつらせながら怒りを露わにする柚子を無視し、友子は荷物を置くために部屋を見渡す。

 部屋の広さは中々のもので、奥の方に二つのベッドが間隔を置いて並べられている。


「山吹さん、どっちのベッドに荷物置く?」

「まだ話は終わってないんだけど」


 怒気を孕んだ低い声で言いながら、柚子は友子の横を通り過ぎ、窓際のベッドの傍に鞄を下ろす。

 彼女はすぐに友子を睨み、続けた。


「私の質問に答えて。……なんで急にあんなこと言ってきたの?」

「……だって、最近ずっとそんな風に話してたのに、急にヘラヘラして喋るから……気持ち悪くて」


 柚子の問いに答えながら、友子は壁際のベッドの上に荷物を置く。

 彼女の言葉に、柚子は「はぁ……!?」と聞き返した。


「気持ち悪いって何……!? そもそも、私がこんな態度するの最上さんだけだからね?」

「じゃあ、なんでさっき……」

「近くに花鈴と真凛がいたから」


 サラッと答える柚子に、友子は心の中でなるほど、と呟いた。

 その様子に、柚子は額に手を当てて溜息をつき、すぐに顔を上げて続けた。


「私が最上さんのこと嫌いなの、あの二人には言ってないし……いつもみたいに接して、変にギスギスさせたくないの」

「へぇ……優等生って大変なんだね」


 柚子の説明に、友子は特に感情がこもっていないような声で呟くように言った。

 それに柚子はヒクッと頬を引きつらせたが、これ以上友子と口論を続けるのは体力の無駄だと察し、すぐに小さく息をついた。


「分かったら、これ以上皆の前で変なこと言わないでよね。……ホラ、クラインさんの所に行こう」


 柚子はそう言うと大股歩きで、部屋の扉の方に向かう。

 その様子をぼんやりと眺めていた友子は、僅かに目を伏せた。

 ──話し合い……面倒だな。

 ──でも、今後の動きについての話し合いなら……こころちゃんを救う近道になるか。


「……うん。今行く」


 友子はそう言って頷くと、柚子の後を追って部屋を出た。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり友子と柚子は良い殺伐百合ですね…。本作でこんなに上質な殺伐百合に出会えるとは思わなかったので嬉しいです。望月姉妹の前では引率のお姉さんみたいに優しい皮を被ってるのに、友子の前では本当…
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