150 失敗した時のこと
私達は六人で泊まる為に、三人部屋を二つ取っていた。
リートとミルノと私で一部屋と、フレアとリアスとアランで一部屋だ。
今は今後の話し合いの為に同じ部屋に纏まっているが、後でフレアはこちらの部屋に移動することになっている。
寝ている間に二人の容態が悪化する可能性がある為、夜はそれぞれの部屋の面々で交代して見守ることにしている。
まぁ、その話自体は、今はそこまで重要ではない。
現在、リアスに話があると言われ、私は隣に借りていたもう一つの部屋に連れてこられているのだ。
「それで……話って、何?」
リアスに促される形で先に部屋に入った私は、後から部屋に入ってきた彼女に、単刀直入にそう切り出した。
正直に言えば、今はリートの傍からは片時も離れたくなかったから。
私の言葉に、リアスは後ろ手に扉を閉めながら口を開いた。
「さっきの……仮に、トモコが私達の邪魔をしてきた時に、貴方が話し合いで何とかするって話。……アレ、本気で言ってるの?」
どこか鋭さのある声色で言うリアスに、私は息を呑んだ。
どうして、そんな口調で聞いてくるんだ? 何かいけないことでも言ったか?
……いや、友子ちゃんはリートやフレアを殺そうとしたし、これからさらに障害になる可能性が高い。
前に私が友子ちゃんを殺したくないと言った時、リアスはこうなる可能性を踏まえて反対していたし、あまり良くは思っていないのだろう。
でも……と、私は拳を強く握りしめて顔を上げ、リアスの目を見つめた。
「……本気だよ」
私の言葉に、リアスは微かに目を丸くした。
彼女の反応に、私は一度大きく息を吸い、その息を吐き出すように続けた。
「確かに、友子ちゃんはリートやフレアにあんなことして……リアスが友子ちゃん達を殺すべきだって言ったのは、こうなる可能性を考えていたからだろうし、反対する気持ちは分かるよ。……でも、やっぱり友子ちゃんは、私にとって大切な友達だから……絶対に、私が友子ちゃんを説得して、止めてみせるから……!」
「落ち着いて」
まだ自分の気持ちを口にするのは慣れていないせいか、舌が上手く回らなくなり、途切れ途切れな話し方になる。
それでも必死に言葉を紡ごうとする私の言葉を遮るようにリアスは言い、私の肩を軽く掴んだ。
彼女の言葉に、私は反射的に口を噤む。
それを見て彼女は小さく嘆息し、私の肩を離して口を開いた。
「……貴方がトモコを説得したい気持ちは分かってるし、その気持ちを否定するつもりは無いわ」
「……じゃあ、なんで……」
「私が言いたいのは……今のトモコが、貴方の言葉を素直に聞き入れてくれるとは思えないってこと」
リアスの言葉に、私は目を見開いた。
すると彼女は小さく頷き、続ける。
「貴方が話し合いで解決したいっていう気持ちは分かる。……でも、トモコが貴方の言葉に耳を貸さなかったり、その説得が全く通じない可能性が高いと思うわ」
「……そんなこと……」
「だから、今の内に聞いておきたいの」
否定しようとした私の言葉を遮り、リアスは言う。
彼女の言葉に、私は続けようとした言葉を飲み込み、次の言葉を待った。
そんな私を見て、リアスは緩慢な動きで髪を耳に掛け、ユラリとこちらに視線を向けた。
「……もしもまた、トモコがリートを殺しに来て、説得も通じなかった時……貴方は、トモコを殺せる?」
静かな声で放たれたその問いに、私は絶句した。
……殺す……? 友子ちゃんを……?
「殺す……って……せ、説得出来なくても、殺さなくても良い方法はッ……」
「前に貴方がトモコを殺さないで欲しいと言った時は、私達とトモコ達の力量差は明確だったし、殺さなくても対処出来たわ。だから、トモコ達を殺したくないっていう貴方の気持ちを尊重することも出来た。……でも、今は……」
リアスはそこまで言ってクッと軽く唇を噛み、静かに目を逸らす。
……けれども、彼女が言いたいことはなんとなく分かった。
アランのダンジョンで友子ちゃんと再会した時は、私達の方が友子ちゃん達よりも圧倒的に強く、殺さないように力加減をした上でも対処のしようはあった。
しかし今は、友子ちゃんの強さは、私達と同等かそれ以上。
殺さないようにと力加減をして倒せる程、甘くはない。
「もしもまた、友子ちゃんが私達の前に立ちはだかった時……説得が通じなくて、戦わないといけなくなった時には、友子ちゃんを殺す気で挑まないと勝つことすらできない。……友子ちゃんを、殺さないといけなくなるかもしれない、ってこと?」
私がそう聞いてみると、リアスは少し間を置いた後、重々しく頷いた。
なるほど……言われてみれば、そうだな……。
リートは完全に不意討ちだったからまだしも、フレアやリアスは防戦一方って感じだったし、二人の攻撃は友子ちゃんに一切通用しなかった。
もしも友子ちゃんを本気で倒そうと思えば、殺す気でいかなければならないだろう。
「もしも、貴方がトモコを説得するって言うなら……その後のことも、ちゃんと見据えて欲しいの。トモコが貴方の話に耳を貸さなかったり、説得が通じなかった時……貴方はトモコと本気で戦うことが出来るのか。最悪の場合……トモコを殺すことが、出来るのか」
「ッ……」
真剣な眼差しで言うリアスに、私は静かに目を伏せる。
……友子ちゃんと、本気で戦う……? ……殺す……?
そんなこと、出来るわけが無い。でも、やらなかったら……リートが……。
「……出来ないなら、私達がやるわ」
続いたその言葉に、私はハッとして顔を上げた。
見ると、リアスは腕を組み、まっすぐ私を見つめていた。
彼女は続ける。
「別に……貴方に友達を手に掛けろなんて、酷なことを言うつもりは無いわ。貴方がどうしても出来ないって言うなら、その時は私達の誰かが代わりにする。貴方の代わりにトモコと戦う。でも、その場合は……貴方には、トモコの説得自体を諦めてもらうことになるけど」
そこまで言って言葉に詰まるリアスに、私は拳を強く握りしめた。
リアス達が私の代わりに友子ちゃんと戦うということは……私の代わりに、友子ちゃんを殺すと言うのか……?
それに、友子ちゃんの説得を諦めろってことは、彼女と向き合う機会自体を放棄しろということか……?
「……そんなのッ……」
「でも……貴方がそれで納得しないことは分かっているわ」
咄嗟に否定しようとした私を遮り、リアスはそう言った。
彼女の言葉に、私は「え……?」と聞き返す。
すると、彼女は小さく笑みを浮かべて続けた。
「だって、さっき言っていたじゃない? トモコのことは、自分で何とかする。トモコは、大切な友達だから……って」
「でも、それは……友子ちゃんと戦うこととか、ちゃんと考えて無くて……」
「だからこうして話したのよ。呼び出したのは……皆の前でこの話をしたら、フレア辺りが、自分がトモコを倒す~とか言いかねないと思ったから」
リアスの言葉に、私は「確かに」と苦笑交じりに答えた。
元々私が友子ちゃんのことを相談しなかったのも、皆がそうやって私の味方をしてくれると思っていたから。
今リアスがしてくれた話を皆の前で話していたら、きっとフレアやアラン辺りが、自分が友子ちゃんを倒すと言い出しかねないだろう。
そういう意味では、こうして呼び出してくれて良かったかもしれない。
「まぁ、すぐに決断するのは難しいかもしれないけど……あくまで、そういう可能性があるかもしれないってことは、考えておいて欲しいの。トモコを説得して止めてみせるって言うのなら、説得に失敗した後のことまで考えて欲しい、って」
リアスはそう言うと踵を返し、部屋を出て行こうとする。
それに、私は咄嗟に「待ってッ」と言いながら、彼女の手首を掴んだ。
突然呼び止めたものだから、部屋を出て行こうとしていた彼女の動きはガクンッと不自然に止まり、すぐに驚いた様子でこちらを振り向いた。
目が合うと、私は彼女の手首を握りしめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとう。わざわざ二人きりで、その話をしてくれて……」
「……別に、大したことじゃ……」
「ううん。多分、凄く話しづらい内容だと思うし……私が友子ちゃんとのこと、ちゃんと考えられていなかったんだなって気付けた。……まだ、結論は出せないけど……」
私はそう答えながら、リアスの手首を握る力を弱める。
……そう。まだ、結論は出せていない。
友子ちゃんとは、しっかり向き合いたい。向き合って、ちゃんと話がしたい。
けど、その話し合いの結果によっては、友子ちゃんと戦わなければならなくなるかもしれない。
リートを……好きな人を守る為に、大切な友達を殺さないといけなくなるかもしれない。
けど、この戦いから逃げたら、そもそも向き合うことすら出来ない。
こんな選択……優柔不断な私には、今すぐ決断するのは少し難しい。
「……でも、リアスに言われなかったら、友子ちゃんのことについて甘く考えたまま、戦わないといけなくなっていたと思う。だから……話してくれて、ありがとう」
私はそう答えながら、リアスの手を握って顔を上げ、笑って見せた。
すると、リアスは驚いたように目を見開き、すぐに空いている方の手で口元を押さえて目を逸らした。
「……リアス?」
「別に、私は可能性の話をしただけで……結局、答えを出さないといけないのは、貴方でしょう?」
リアスはそう言いながら、私の手から引き抜くように自分の手を引いた。
すると、途端にさっきまで彼女の手を握っていた手の行き場がなくなり、どこか物寂しくなる。
私はその手をキュッと軽く握り、頷いた。
「うん。今すぐには、無理だけど……早い内に、答えは出すつもりだよ」
確かに、今すぐにはこんなもの選べるわけが無いと投げ出してしまいたい選択だが、そう言うわけにはいかない。
幸いにも、今はまだ時間がある。
だから……友子ちゃんと次に会う時までに、必ず答えを出して見せる。
「……そう。それじゃあ、そろそろ部屋に戻りましょう? フレア達の容態も気になるし」
リアスはそう言うと扉を開き、部屋を出る。
彼女の言葉に、私は「う、うん……!」と頷き、彼女に続いて部屋を出た。