149 最悪の可能性
<猪瀬こころ視点>
光の心臓を手に入れる為にヒーレアン国に移動するに当たり、ひとまずベスティアの隣町であるメンシュに預けたスタルト車を受け取りに行かなければならなかった。
しかし、重傷を負ったリートやフレアには、メンシュまで歩いて移動するのも困難だと判断した。
なので、動ける中では最もスタルト車の操縦に長けているリアスと、最も近接戦に長けているアランがメンシュに向かった。
アランを同行させたのは、友子ちゃん達が近くにいるかもしれない今の状況では、何が起こるか分からないと危惧したからだ。
しかし、幸いにも二人がスタルト車を受け取りに行くまでに友子ちゃん達の妨害などを受けることは無く、無事に戻ってきた。
スタルト車を用いて、私達はヒーレアン国に向かって本格的に移動を開始した。
しかし、リートの体に負担が出ないように移動するとなるとあまり速度は出せず、半日掛けて日が沈むまで移動しても、ヒーレアン国どころかデンティ国を抜けることすらできなかった。
本当は日が出ている内に出来るだけ進んで距離を稼ぎたかったが、野宿はリートやフレアの体に負担になると判断し、日が沈む前に手近な町の宿屋にて休息をとることにした。
二人の怪我では宿屋に泊まるのを拒否されるのではないかと思ったが、冒険者等が魔物に襲われて重傷を負った状態で泊まりに来ることは少なくないらしく、思っていたよりもすんなり泊めて貰うことが出来た。
「仲間の怪我が酷いなら、ここから先にあるヒーレアンという国に行くと良いよ。あそこにはどんな怪我でも病気でも治してくれる、女神様がいるからねぇ」
宿屋にチェックインする手続きをしていた最中に、宿屋の受付をしてくれたおばあさんがそんなことを言ってきた。
……どんな怪我や病気でも治してくれる、女神様、か……。
「……まぁ、普通に考えて……光の心臓が関係しているわよね」
宿屋の部屋にてリートとフレアを寝かせた後、リアスがそんな風に呟いた。
彼女の言葉に、私は「だよね」と答えた。
「今回も、ミルノの時みたいに光の心臓が女神として崇められてるのかな」
「えっ……? 私の時みたいに、って……どういう、こと……?」
私の予想に、ミルノが驚いた様子でそう聞き返してきた。
もしかして、彼女は知らなかったのか?
リアスもアランも自分の境遇に関しては大まかには把握している節があったので、てっきりミルノもなんとなくは知っているものだと思っていた。
驚いている間に、アランがミルノに、獣人族の町での処遇について簡単に話した。
「豊穣の神様なんて……そんな立派なものじゃないよぉ……」
話を聞いたミルノは、頭を抱えながらか弱い声で呟いた。
今更そんなことを言っても後の祭りというやつだが……でもまぁ、ミルノには荷が重い話だよな。
「あははっ! まぁ、もう終わったことなんだし良いじゃん。気にしても仕方ないって」
アランは明るく笑いながらそう言って、ミルノの背中をバシバシと叩いた。
まぁ、彼女の言う通りなんだが……励まし方が雑過ぎやしないか?
内心でそんな風に呆れてると、リアスが溜息をつきながら首を横に振った。
「ミルノの時みたいな場合じゃなくても……誰かが光の心臓の力を利用して、女神を名乗っている可能性もあると思うわ。……どちらにしても厄介ね。できれば、心臓の回収にはそこまで時間を掛けたくないのだけれど……」
「つっても、それって結局は、受付のばーちゃんが言ってただけだろ? そもそも、その話が本当かどうかも分からねぇじゃねぇか」
リアスの言葉にそう言ったのは、ベッドに横になった状態で傷を押さえているフレアだった。
彼女の言葉に、アランが「あ~、確かに!」と納得した様子で言う。
「なんか、昔からの言い伝えとかかもしれないもんね! 昔話とか、伝承? みたいな!」
「で、でも……ヒーレアン国に光の心臓が封印されてるのは、本当だし……全くの無関係、でも、無いんじゃないかな……? 光の心臓が封印されたのも、もう三百年前のことになるんだし……」
アランの仮説に、ミルノがおずおずとした様子でそう言った。
それに、リアスは「そうね」と言いながら頷く。
「光の心臓による影響が、巡り巡って女神伝説になったのかもしれないし……何にせよ、全くの無関係とは言い切れないと思うわ」
「チッ……まぁためんどくせぇことになったな」
リアスの言葉に、フレアは舌打ちをしながらそう言って天井を仰いだ。
それに、リアスは「だからずっとその話をしてるのよ……」と、溜息交じりに呟いた。
しかし、また獣人族の時のような宗教問題が関わってくるとしたら、正直かなり厄介だ。
獣人族の時は奇跡的にティナに出会い、彼女を通じて林の心臓を手に入れることが出来たが、あんな幸運が何度も起こるとは考えにくい。
それに……──
「しかも、今回はトモコが何かしてくる可能性もあるからなぁ」
気怠そうに言ったフレアの言葉に、私はビクリと肩を震わせた。
……そう。今回は……──友子ちゃんが接触してくる可能性が高い。
友子ちゃんと再会した後で考えたように、彼女の目的が何にせよ、その目的はどれも遂行されていない。
だから、その目的を遂行する為にも、もう一度私達の前に現れる可能性は極めて高いだろう。
リート達が元気だったら、一旦光の心臓は諦めて大陸を渡って逃げることも出来たかもしれないが、今の状態ではそれも難しい。
それに、友子ちゃん達が私達の心臓の回収具合を把握しているなら、次に私達のとる行動を予測するのも容易だ。
確実に、光の心臓を手に入れようとする私達の前に立ちはだかるだろう。
「がはぁッ……!」
その時、突然リートが咳き込むと同時に吐血した。
私はすぐさま立ち上がり、彼女の元に駆け寄って体を起こさせた。
「リート!? どうしたの!? 大丈夫!?」
「がはッ……げほッ、かはッ……へ、平気じゃ……血が、喉に詰まった、だけじゃ……」
心配する私に、リートは何度か咳き込んでからそう答えた。
良かった。……いや、良かったのか……?
ただでさえ命に関わる重傷だし、今の状況では移動だけでも普段より時間が掛かるし、そこに友子ちゃんの妨害があったり、心臓の回収に手間取ったりしたら……──。
「……とにかく、今は光の心臓が封印されている町に向かうしか無いわね。急がないといけないことには変わりないもの」
嫌な予感が脳裏をよぎった時、リアスがそう言ったのが聞こえた。
咄嗟に顔を上げると、彼女はチラッとこちらを一瞥して続けた。
「光の心臓の状況については行ってみないと分からないし、トモコに関しては確実に来るとも限らないもの。……まぁ、警戒しておくに越したことはないけどね」
「ンで本当に来たらどうすんだよ? 今のアイツの強さじゃ、俺達が本気出しても勝てるかどうか……」
「その時は……私が何とかするよ」
リアスとフレアのやり取りを遮るように、私はそう答えた。
すると、リアスが驚いたような表情で私を見た。
「何とかするって……どうするつもり?」
「もしも、友子ちゃんが来たら……私が話し合って、説得してみるよ。友子ちゃんは……私の、友達だから……」
私の言葉に、しばらくの間静寂が流れた。
リートが繰り返す荒い呼吸だけが、室内に響く。
……何か、マズいことを言ったのだろうか……?
「……あの……」
静寂を破ったのは、意外にもミルノだった。
おずおずと手を挙げながら言う彼女に、リアスは「何?」と聞き返す。
「ご、ごめんなさい……私、状況が、理解できてなくて……今日の、トモコさん? のこととかも、全然……」
「……あぁ、そっか……」
ミルノの言葉に、私は小さく呟いた。
そうか……ミルノには私のこととか、諸々の事情をロクに説明出来てないまま、ここまで来てしまったから……。
今でこそリートやフレアの状態も大分落ち着いてきてるが、スタルト車を取りに行ってる時や移動中などはまだ安定しておらず、介抱に付きっきりだったし……。
ミルノはミルノで、そういうことを自分から言い出せるタイプでも無いので、ズルズルと引きずってここまで来てしまったというわけか。
「実は……」
「アラン、ミルノに事の顛末を話してくれる? 大まかなもので良いから」
説明しようとした私の言葉を遮り、リアスがアランにそう言った。
突然説明を任せられたアランはキョトンとした表情を浮かべたが、やがて「うん。分かった~」と答えた。
するとリアスは立ち上がり、私の傍までやって来ると、口を開いた。
「こころ。……ちょっと話があるから、来てくれる?」
「えっ……? ……でも……」
突然の言葉に驚きながらも、私は咄嗟に目を逸らし、その視線をリートに向けた。
彼女は私の顔を見ると、軽く首を横に振った。
「構わん……さっきは少し、咳き込んだ、だけで……今は、大分落ち着いて、おる……」
「……そっか……」
「お主が見て、おらんくても……一人になるわけでも、あるまいし……妾の、ことは……気にするな……」
荒い呼吸を繰り返しながら言うリートに、私は「……分かった」と頷いて立ち上がった。
すると、リアスが「来て」と言って部屋を出るので、私は彼女の後を追って部屋を出た。
あけましておめでとうございます。
今年も「命に助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました」をどうぞよろしくお願いいたします。




