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014 ダンジョンのラスボス

---少し時間は遡り---


 瞼を開くと、私は自分の部屋のベッドに眠っていた。

 城の中にある、東雲達との四人部屋ではない。

 日本にある、私の部屋だった。

 体を起こした私は、目の前の状況が信じられず、呆然とした。


 ……今までのは……夢……?

 いや、夢と言うには、些か体感がリアルだった。

 でも、目の前にある部屋が偽物のようにも思えない。

 何より、異世界転移なんて非現実的過ぎるし……きっと、この世界から出て行きたいあまりに私が見た夢なのだろう。


「……夢なら、もっとマシな内容が良かったな……」


 そう呟きながら、私はベッドから立ち上がり、朝の準備をする為に階段を下りる。

 一階に行き、本日の食事代を貰う為に、私はリビングに入った。


「……おはよう」


 台所にて何かを作っている母に、私はそう声を掛けた。

 すると、母はパッとこちらに振り返り、優しい笑みを浮かべた。


「あら、おはよう、こころ。今ご飯作ってるから、そこで待っていてね」


 優しい口調で言う母に、私は、あぁ……と心の中で呟いた。

 ……納得。

 さっきまでの、異世界での出来事が夢だったんじゃない。

 今見ているのが、夢なんだ。

 だって、私の母が……あの女が、私に優しくするわけが無いのだから。


「……ねぇ、母さん」


 こちらに背を向けて何かを調理する母に、私はそう投げかける。

 それに、母は「なぁに?」と、これまた優しい声で聞き返す。

 私はそれに小さく笑って、いつものように、ゆっくりと口を開いた。


「母さんはなんで……私を産んだの?」


 こういう夢を見た時、いつも私は、同じ質問をしてきた。

 もう何百回、この質問を繰り返してきただろう。

 そんな私の言葉に、母はこちらに振り返る。

 彼女の顔にはもう、笑みは浮かんでいなかった。


---


「──────」


 どこからか、鼻歌のような歌声が聴こえてくる。

 ゆっくりと瞼を開くと、ゴツゴツした岩の天井が視界に入った。

 ……やっぱり夢か……。

 私は小さく息をつき、そこで、一つ気付いたことがあった。


 ……生きてる。

 呼吸も出来るし、体を動かすことも出来る。

 左肩と右足の痛みも、全く無くなったわけではないが、死にかけていた時の絶望的な痛みではなくなっていた。

 というか、さっき少し体を動かして気付いたけど……左手と右足、ある?

 私は咄嗟に右手をついて体を起こし、体に掛かっていた布を捲ってみた。

 そこには、一糸纏わぬ五体満足の体があった。


「……どうして……」

「む? 目を覚ましたか?」


 声がして、私は布で体を隠しながら顏を上げる。

 するとそこには、私と同い年くらいの一人の少女がいた。

 背中まである程に長い黒髪に、深海のように澄んだ藍色の目。

 彼女が着ている服は血まみれで、シャツの左袖と、ズボンの右足の部分が無い……って、ちょっと待て。あれ私の服じゃないか?

 状況を把握し切れていない間に、彼女は私の元まで歩いて来て、私が寝ているベッドのようなものに乗り掛かってきた。


「ちょっ……!?」

「動くでない」


 少女はそう言いながら、伸ばしたままの私の足の上に跨る。

 良く分からない状況からの突然の接近に頭がフリーズしてしまい、私は口をパクパクとさせながら固まってしまう。

 その間に少女は私に身体を寄せ、左肩に巻いてある湿った布きれを解いた。


「ッ……?」


 不思議に思い視線を向けてみると、ちょうどカマキリの魔物に切られた辺りに、溝のように深い傷のようなものがあった。

 少女はその傷の辺りを覗き込み、「ふむ……」と呟く。


「まだ治りきって無いのぉ……もうしばらくは安静じゃな」

「……あの……」

「ということは、こっちも……」


 言いながら、少女は腰を少しだけ上げて、私の体から完全に布を剥ぎ取った。

 ……って、はッ!?


「ちょ、ちょっと!?」


 私は咄嗟に、両手で股間部と胸の辺りを隠した。

 すると、少女は「今更何を隠す必要がある」と呆れた様子で言いながら、右足の付け根の辺りに巻いてある布きれを取る。

 そこには左肩同様、溝のような傷が残っていた。


「……これって……」

「妾がお主を見つけた時に千切れておったからのう、今は治療中じゃ。しかし、まだ治りきっておらんし、あまり動かしてはならんぞ」


 そう言いながら少女は布きれを持って、部屋の隅の方に歩いて行く。

 よく見ると、そこは他の床よりもへこんだ造りになっていて、壁の穴から垂れ流しになっている水が溜まっていた。

 少女は布きれを水に浸しながら、私の治療について話してくれた。


 それによると、まず彼女が私を見つけた時、私の左腕と右足は千切れた状態だった。

 私の命を救うべく、少女は近くにいた魔物に私の体を運ばせ、この部屋にて療養を開始した。

 部屋の隅に溜まっている水は光水(こうすい)というものらしく、名前の通り光属性の魔力が籠っている水のようで、光魔法による治癒効果のある水らしい。

 それを浸した布を千切れていた左腕や右足の患部に巻くことによって、回復効果を促し、接合しているというわけだ。

 ちなみにこの光水とやらはダンジョンの中に湧いている水らしく、何かの役に立つと思った少女は魔物に穴を掘らせ、この部屋に繋げさせたそうだ。


 少女の説明の中から、さらに幾つか分かったことがあった。

 まず、ここはまだ、ダンジョンの中だ。

 天井以外の岩は紺色だし、全体的に部屋の中が岩でゴツゴツしているので、なんとなくそうじゃないかとは思っていたが……。

 そして、魔物に引かせたという言葉から察するに……。


「もしかして、貴方は……このダンジョンのラスボス……ですか……?」

「……らすぼす?」


 訝しむように聞き返してくる少女に、私はしまった、と思った。

 色々と混乱し過ぎて、自分に一番親しみのある言葉を使ってしまっていたようだ。

 えっと、この世界でのダンジョンのラスボスは何て言うんだっけ?

 確か……。


「あの……魔女の心臓を守っている、守り人、とやら……ですか……?」

「……あぁ……少し違うのぅ」


 少女はそう言いながら、光水に浸していた布を取り出し、ヒタヒタと雫が垂れるそれを絞ることもせずにこちらに持って来た。

 それから先程のように私の足の上に乗ると、私の肩に布きれを巻き始める。


「違うって……」

「妾は、その心臓の本来の持ち主……とでも言えば良いかのう」


 ヒクッと、自分の頬が分かりやすく引きつるのが分かった。

 心臓の持ち主ってことは、つまり……。


「つまり、貴方は……魔女……?」

「あぁ、そうじゃ」


 あっけらかんとした口調で言いながら、少女は私の左肩に布を巻き終える。

 ……嘘だろ、おい……。

 ダンジョンの魔女って、確か、私達が最終的に倒さないといけない存在のはずじゃ……。

 ……なんでこんな近くにいるの……?

 ギリスール王国って、RPGとかで言うところの最初の町みたいなものなんじゃないの?

 なんで最初の町の近所にラスボス住んでんの? おかしくない?


「さて、もうそろそろ質問は終わりかのぅ」


 すると、私の右足の付け根に布を巻いていた魔女が、そう言って来た。

 彼女の言葉に、私は「待って……!」と、咄嗟に制止した。

 それに、魔女はキョトンと目を丸くして、「何じゃ?」と聞いて来た。


「えっと……なんで、その……魔女さんが、私なんかを、助けてくれるんですか……?」

「……お主、忘れたとは言わせんぞ?」


 どこか強い口調の魔女に、私は「へっ?」と間抜けな声を上げてしまう。

 すると、彼女はズイッと私に顔を近付けて、ニヤリと笑って続けた。


「命を助ける代わりに妾の奴隷になる。……そういう条件じゃろう?」


 一瞬、思考が停止する。

 しかし、すぐに脳が物凄い勢いで回転を始め、朧気だった記憶が蘇る。

 左腕と右足を失い、命が途絶えようとしていた正にあの時、彼女が奴隷になれば命を救うと提案してきたのだ。

 死にたくなかった私は、それに頷くことで肯定した。


 いや、ね? そりゃあ命を救って貰ったことには変わり無いし、それで奴隷になるというのも、まぁ、私が承諾してしまった以上仕方が無い。

 でもまさか、相手がダンジョンのラスボスとは思わないじゃん!


「それで? 聞きたいことは終わりか?」


 私の足の上に跨ったまま、魔女はそう言って首を傾げる。

 なんていうか、顔が良いから、そういう可愛らしい動作をすると普通に可愛いな。

 って……いやいや、何を考えている。

 私は頭に浮かぶ邪念を軽く振り払いつつ、改めて思考を巡らせた。


 他に聞きたいこと、か……。

 気になることとか、分からないこととか……考えれば、色々ある。

 けど、あまり質問責めにしても良くないし、今最も気になることを上げるとすれば……それは……。


「……なんで魔女さんは、私を奴隷にしようと思ったんですか……?」

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