143 ミルノ③
「あ……アラン……?」
こちらに向かって大槌を構えるアランに、私は掠れた声でそう呟いた。
どうして、彼女が私に向かって武器を構えているんだ……?
それに、どうしてさっき、私に蹴りを放ってきたんだ……?
一体、何が起こっているんだ……?
「ちょっとアラン、何してるの!?」
「おいテメェッ! 冗談でも流石にそれは笑えねぇぞッ!」
理解が追い付かず困惑していると、私の後ろにいるリアスとフレアがそう言ったのが聴こえた。
すると、アランは困惑したような表情を浮かべて二人の方に顔を向けた。
「わ、私にも分からないよ……! 体が勝手に動くの!」
「はぁ? お前、何言って……」
フレアの言葉を待たず、アランは大槌を大きく振り上げ、私に向かって勢いよく振り下ろした。
私は地面を強く蹴って後ろに跳び、攻撃を躱す。
すると、アランの背後でミルノが体を起こし、こちらに向かって弓矢を構えているのが見えた。
それを認識した瞬間、彼女は私に向かって矢を放った。
「ソードシールドッ!」
ほぼ反射的に剣を構え、すぐに叫ぶ。
直後、放たれた矢は防御力の上がった剣にぶつかり、乾いた音を立てて弾かれる。
危なかった……と安堵する間も無く、すぐにアランが大槌を振るってきた。
咄嗟にソードシールドで受け止めようとするが、流石に彼女の攻撃を完全に受け止めることはできず、横にいなすのが精一杯だった。
「こころちゃん逃げてッ!」
しかし、アランはそう言いながらすぐに大槌を構え直し、こちらに向かって勢いよく振るう。
ヤバい、ソードシールドの効果はもう切れてしまったし、この距離では二度目は間に合わないぞ……!?
避けるか……? ……この距離で避けられるのか……!?
グルグルと思考が巡る中で咄嗟に剣を構えようとした時、私とアランの間に誰かが立った。
直後、その人は振るわれた大槌を素手で受け止めた。
「ふ、フレアちゃん……!」
「へへッ……ようやく自由に動けるぜ……」
腰を下ろして両足をしっかりと踏ん張り、両手で大槌を強く掴みながら、フレアは犬歯を見せて不敵に笑う。
植物の蔦に捕まっていたはずでは……? と一瞬驚いたが、彼女の右足首と左手首に植物の蔦が絡みついているのを確認する。
どうやら強引にちぎったようで、重力に従ってダランと垂れ下がった蔦の根本には、幾筋もの切り傷や焦げたような痕が残っていた。
「ホント……苦労したわ」
フレアがアランの動きを止めている間に後ろに跳んで距離を取っていると、リアスがそう言いながら頬を伝う汗を拭っていた。
咄嗟に視線を向けると、彼女は薙刀を肩に掛けて続けた。
「フレアの火魔法を使ってようやく切れたわ。……私には、ああいう力仕事は向いてないわね」
「そうなんだ……お疲れ様……」
私が見てない間に、二人もかなり苦労していたらしい……なんて感心していると、アランが大槌を大きく振り回すようにしてフレアの手を振り払い、横に跳んで距離を取った。
しかし、すぐにフレアがそれを追うように距離を詰める。
アランはそれに大槌を振るおうとするが、距離が近いせいで上手くいかない様子だ。
「ちょッ……フレアちゃん速いッ!」
「はッ! あめぇんだよッ……ッ!?」
驚いた様子で声を上げるアランに、フレアが不敵に笑いながら彼女の腕を掴もうとした時だった。
突然彼女は言葉を詰まらせ、肩を押さえながら体勢を崩した。
彼女の右肩に、ミルノが放った矢が刺さったのだ。
しまった……アランとフレアの交戦に気を取られていて、ミルノの存在をすっかり忘れていた。
慌てて視線を向けると、ミルノが矢を放った後の体勢でその場に立っていた。
考えてもみれば、フレアがアランの相手をしてくれている間に、ミルノをどうにかすべきだった……!
そんな風に考えていた時、ドゴォッ! と強烈な殴打音がした。
アランが向かって横薙ぎに振るった大槌が、体勢を崩したフレアにぶつかった音だった。
大槌で殴られたフレアの体は大きく吹き飛び、鈍い音を立てながら地面の上をバウンドする。
「フレアッ!」
すぐにリアスが声を張り上げ、薙刀を構えてフレアの元に駆け寄ろうとする。
その時、彼女の背後にある地面に矢が突き刺さる。
直後、そこから細い植物の蔦が生えた。
「リアスッ! 蔦が……ッ!」
「……ッ!?」
咄嗟に叫ぶと、リアスはすぐにこちらに振り向いて地面を見た。
しかし、それと同時に細い蔦は彼女の足に絡みつき、動きを止める。
ガクンッと動きを停止するリアスに、すぐにミルノが弓矢を構えたのが分かった。
「リアス……ッ!」
「岩球ッ!」
リアスを守る為に間に入ろうとした時、リートがそう叫んだのが分かった。
すぐに彼女の手から岩の球が射出され、弓矢を構えるミルノに向かって飛んでいく。
ミルノはそれを見て目を見開き、岩の球を躱す為にしゃがみ込んだ。
躱されたが、体勢は崩せたか……と考えていると、すぐにリートがこちらを見た。
「ミルノは妾とリアスで何とかするッ! お主はアランをどうにかしろッ!」
「わ、分かった……!」
リートに言われ、私はすぐにフレアの方に意識を向けた。
見れば、どうやら吹き飛ばされた衝撃で刺さっていた矢が抜けたようで、彼女は流血する肩を押さえて蹲っていた。
そこに、アランが大槌を振り上げて近付いている。
「こころッ!」
今すぐ加勢しなければと駆け出そうとしていたその時、フレアが声を張り上げた。
突然名前を呼ばれ、私は咄嗟に足を止める。
すると、彼女は前方にいるアランを睨んだまま続けた。
「その辺にッ……俺のヌンチャクねぇかッ!?」
「ヌンチャク!?」
「あぁ……! 武器がありゃあ何とかなるッ!」
フレアに言われ、私は足を止めて辺りを見渡した。
すると、かなり離れた場所にフレアのヌンチャクが転がっているのが分かった。
あの距離じゃ、今から私がヌンチャクを取りに行ってフレアに渡そうと思っても、間に合わないのでは……!?
そんな風に迷っている間にも、アランが大槌を振り上げた状態でフレアの目前まで迫ってきていた。
「させない……!」
さらに、ミルノがそう言ってこちらに向かって弓矢を構えた。
悩んでいる場合ではないな……と、駆け出そうとした時だった。
「フレアッ! これを使いなさいッ!」
リアスがそう言いながら、自身の武器である薙刀をフレアに向かって投げた。
空中で大きく回転しながら飛んでくる薙刀に、フレアは「あ゛ぁ゛?」と聞き返しながら顔を上げた。
しかしリアスの投げた武器に気付いた瞬間、彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに片方の口角をヒクリと釣り上げるようにして笑った。
「フレアちゃん、ごめんッ!」
すると、アランがそう謝りながら、フレアに向かって大槌を振り下ろした。
フレアはそれを横に跳ぶ形で躱すが、体勢が崩れた状態からの回避だった為か、空中でグルンと体が大きく回転する。
しかし、フレアはその動きの中でリアスの投げた薙刀を掴み、そのままアランに向かって振るった。
アランはそれを大槌で弾き、地面を蹴って後ろに跳ぶ形で躱す。
その間にフレアは地面に着地し、体勢を整えた。
「ッたく……こんな軽い武器じゃ、頼りなくて仕方ねぇや」
アランと向き直る形で立ったフレアは、そう言いながら、感触を確かめるように手先を使って器用に薙刀を振り回す。
「何よ……文句があるなら使わなければ良いじゃない」
彼女の言葉に、リアスはピクリと眉を顰め、不満そうな表情で言った。
それに、フレアは「いや」と言いながら薙刀の柄を握り直し、刃をアランの方に向けて構えてほくそ笑んだ。
「間に合わせには、これくらいで丁度良いわ」
「ほぇ~フレアちゃんかっこよ~……ぉわッ!?」
感心した様子で呟いていたアランだったが、彼女の意思に反して体が動き、対峙するフレアに向かって大槌を振るう。
フレアはそれを薙刀の柄を使って器用にいなしつつ、アランとの距離を詰めていく。
アランはそれに驚いたような表情を浮かべ、片手を大槌から離してその手でフレアを殴ろうとする。
しかし、突然彼女の足元が凍り付き、片足がツルリと滑る。
「うわッ……!」
「ッ……!」
アランは驚きながらも咄嗟に体勢を立て直そうとしたが、フレアがその隙を見逃すはずも無く、薙刀の柄を使って無事だった方の足に足払いを掛ける。
その場に尻餅をつきそうになるアランの体をすぐに組み伏せ、首筋に薙刀の刃を突き付けた。
しかし、アランはそれでもまだフレアから逃れようとしており、ジタバタと蠢いていた。
「むぐぅ~! フレアちゃん力強い~!」
「おい、動くな……ッ! 危ねぇだろうがッ!」
「私は動きたくなくても体が勝手に動くんだよ~!」
不満そうに言うアランに、フレアはこの距離でも分かる音量で舌打ちをした。
まぁ、こちらはひと段落といったところか……。
「凍結」
その時、リートの声がした。
見ると、いつの間にかミルノがフレア達の方に向かって弓矢を構えており、弦を引いた状態で固まっていた。
「なッ……なんで……ッ!」
ミルノは困惑した表情で呟きながら、矢を放とうとする。
しかし、いつの間にか彼女の両手は凍り付いており、矢を放てない状態になっていた。
「全く、最初からこうすれば良かったわ」
「なるほど……矢を打てないようにしたわけね」
小さく息をつきながら言うリートに、リアスが答える。
すると、ミルノが凍ったままの手を下ろし、地面に矢を刺した。
直後、そこから、先端が鋭く細い蔦が生える。
あれは……アランが私に攻撃するより前に、項の辺りに刺されていたもの……ッ!
リートかリアスにでも刺すつもりか……ッ!?
「ッ……!」
私はすぐに剣を抜いてリートの前に立ち、地面から生えた蔦を切り裂いた。
蔦自体は思っていたよりも固く無く、特に手応え無く切り捨てることが出来た。
私はすぐにミルノの前に立ち、剣の刃を彼女の首元に突き付けた。
「ッ……」
彼女は自身に突き付けられた私の剣を見つめ、小さく息を呑んだ。
それに、私はゆっくりと口を開いた。
「降参、すれば……殺しはしない。……私は……できれば、貴方を殺したくない……」
私の言葉に、ミルノは震える瞳でこちらを見上げた。
それから、その目を凍り付いた自分の両手に向け、フレアに組み伏せられているアランに向けた。
彼女はすぐに、俯くように目を伏せ、グッと口を噤んだ。
「……降参……します……」
少しして、かき消えそうなか細い声で、彼女はそう言った。




