138 頼れる仲間
「おるぁぁぁッ!」
フレアは怒声を上げると、鉄で出来たヌンチャクを思い切り振るった。
すると、彼女に飛び掛かろうとしていたモグラのような姿をした魔物の体がヌンチャクによって拉げ、吹っ飛んでいく。
顔に返り血が飛ぶのも意に介さず、フレアはすぐさま体を捻り、背後に迫っていたもう一体のモグラにヌンチャクをぶつけた。
しかし、体勢が崩れたままの状態での攻撃だった為かあまりダメージを与えられず、モグラは空中で身を捩ってその場に着地した。
「ッ……くそッ……!」
「任せて!」
フレアが顔を顰めるが、すぐさまアランがモグラの元に詰め寄り、大槌を振り下ろして押し潰す。
僅かに飛んだ肉片や返り血が顔と服に付着するのを見て、アランは顔を顰めながら腕で顔を拭った。
「うへぇ、きたなぁい……」
「ッたく……こんな地面じゃ、戦いづらいったらありゃしねぇぜ」
不満そうに漏らすアランを無視して、フレアは苛立った様子で言いながら近くの地面を踏みしめた。
……否。彼女が踏みしめたのは、地面では無く蔦だった。
地面だけじゃない。壁も、天井も……文字通り、四方全てが直径二十センチ近くある太い植物の蔦によって覆われている。
蔦を取り外せば他のダンジョンのように岩で出来た地面や壁が露わになるかもしれないが、それを確かめる気にはなれない。
天井や壁が覆われている分には特に問題は無いが、地面が覆われているのが少し厄介だった。
植物の蔦で覆われた足場は凹凸が多く、蔦自体が普通の地面に比べて柔らかいのもあり、しっかり踏ん張っていないとまともに歩くことすら困難だ。
「クッソ腹立つなぁ……さっさとこんなダンジョンクリアして、心臓の守り人倒しちまおうぜ」
「あっ、ちょっと! 急がなッ──きゃッ……!?」
イライラした様子で言いつつ、ズカズカと大股で歩き出したフレアを咎めるように言いながら後を追おうとしたリアスが、小さく悲鳴を上げながらよろめく。
「ッと……!」
しかし、転ぶ寸前で駆け寄ったフレアがリアスの体を受け止めた。
フレアはすぐにリアスを立たせ、わざとらしく溜息をついた。
「ッたく、あぶねぇなぁ……人のこと気にしてる場合かよ」
「違ッ……また蔦が絡まったのよッ!」
リアスは苛立った様子で言いながら、足に絡みついた細い蔦を引きちぎった。
これがまた厄介なのが、地面を覆う蔦は太いものだけでなく、私の小指程の細い蔦も混じっていることだ。
歩いていると、この細い蔦に足を取られてしまうことが多々ある。
私やフレア、アランみたいに身体的なステータスが高ければ、足に蔦が絡まっても力ずくで足を動かせば割とすぐに引きちぎれる。
しかし、リートやリアスのように身体的なステータスが低いとそうもいかず、先程のリアスのように足を取られてしまう。
移動中なら少々足を止めれば良い話だが、戦闘中だと命取りになりかねない。
「もうッ……本当にこのダンジョンウザい! まさか、これが心臓の守り人の部屋まで続いたりしないわよね!?」
「同感じゃな。全く……この地面は歩きにくくて仕方がないわ」
珍しく苛立ちを露わにするリアスに、リートが同意するように言った。
彼女はすでに疲労を露わにしており、荒い呼吸を繰り返しながら頬を伝う汗を拭った。
不安定な足場と蔦による足止めで最も苦戦しているのはリート、と言っても過言では無いだろう。
元々体力が無い上に、この不安定な足場では歩くだけでもいつも以上に体力を持っていかれ、しかも蔦に足を取られるせいでさらに体力が削られる。
リアスは細い蔦で足を取られても自力で引きちぎることは出来るが、リートはそれすら出来なかった。
まぁ、彼女の腕力や体力については今更どうこう言って何とかなる問題でも無いし、仕方がない。
そんな風に考えていた時、ポンッと肩に手を置かれた。
「……?」
「限界じゃ。こころ、おんぶしろ」
浅い呼吸を繰り返しながら言うリートに、私は「はいはい」と笑って答えつつ、彼女の前でしゃがんだ。
すると、リートは「うむ。苦しゅうないぞ」と言って私の肩に両手を置き、体を預けた。
ひとまず彼女の両足を掴んで立ち上がると、フレアがジッとこちらを見ていることに気付いた。
「……? フレア? どうかした?」
「……あっ、そうか」
私の疑問の声には答えず、フレアは何かを思いついたような表情でそう呟いた。
どうしたのだろうかと思っていると、彼女はすぐにリアスの腰に腕を回した。
「えっ、ちょっと……!?」
「こうすりゃあ良いじゃねぇか」
驚くリアスを無視し、フレアは軽い口調で言いながら、肩に担ぐような形で軽々とリアスの体を持ち上げた。
俗に言う、お米様抱っことか言うやつだ。
そういえば、私も前にリートにしたことがあるな……なんて能天気に考えていると、アランが「お~!」と歓声を上げた。
「何それ面白い! フレアちゃんてんさ~い!」
「ちょッ、呑気なこと言ってないで助けてよッ! ……というかフレアッ! 何すんのよッ!?」
「こうすりゃあお前も蔦に足取られねぇだろ? ……あー、でもちょっと戦いづれぇな。肩車でもするか?」
「馬鹿言ってないで早く下ろしなさいよッ!」
呑気な口調で言うフレアに対し、リアスは顔を真っ赤にしてジタバタと暴れながら怒鳴る。
フレアの体を蹴ったりしているが、彼女は特に痛がる素振りを見せずに「暴れんなって」と窘めるように言った。
「だってお前はまともに歩くことすら出来ねぇじゃねぇか。俺はさっさとこのダンジョンを出てぇんだ」
「だからってこんな運び方すること無いでしょう!? もっと他に無かったの!?」
「一々うるせぇなぁ……っつーか、かっる……お前ちゃんと飯食ってんのか?」
「食べてるわよッ! ……って、今そんなこと関係無いでしょ!?」
珍しく大声を出すリアスと、それを宥めるようなフレア。
いつもと立場が逆だな、なんて考えつつ歩いていた時、足に細い蔦が絡みついた。
強引に大股で歩くようにして蔦を引きちぎりつつ、私は小さく息をついた。
何というか……拍子抜けだ。
地面を覆う蔦のせいで色々と問題はあると言うのに……緊迫感が無い。
今までダンジョンに入った時はもう少し緊張感があったのに、なんて考えたが……フレアのダンジョンに入った時は、そもそもリートと二人きりだったから、彼女を守りながらの戦いで中々大変だった。
リアスの時は例外のようなものだし、アランの時は友子ちゃん達のことがあって色々と切羽詰まっていた。
確かに、このダンジョンも入るまでは大変だったが、こうして何のしがらみも無くダンジョンに入ったのは初めてかもしれない。
それに……と、私は前方で何やら言い合っている三人を見た。
まぁ、確かに個性の強い面々で、色々と苦労はあるけど……彼女達と一緒なら何とかなる、と考えている自分がいる。
この肩透かしを食らったかのような感覚も、私が特段強くなったとかでは無く、頼れる仲間が出来たからだと考えた方が良いのかもしれない。
そうすると、この感覚はむしろ、良い変化とも言えるのかな。
「おー! こっちの方が良いじゃねぇか! 頑張れば両手使えるし」
「ちょっとッ! 馬鹿ッ! ふざけてる場合じゃないでしょ!? はッ、早く下ろしなさいよッ!」
「あはは! 楽しそ~! 次私! 私もやりたい!」
気付けばフレアはリアスを肩車しており、担がれたリアスは顔を真っ赤にして怒鳴りながらフレアの頭を叩いている。
それを見て、アランはピョンピョンと軽く飛び跳ねながら、楽しそうに笑って言う。
頼れる仲間……まぁ、うん……戦闘面においてはとても頼りになる仲間達です……。
「全く……あやつらは何をしておるのじゃ……?」
「あはは……止めに入った方が良いかな?」
「……まぁ、そうじゃな。リアスも流石に気の毒になってくるわ」
リートの言葉に従い、私は三人の元に歩み寄ろうとした。
その時、ざわっ……と、胸の辺りがざわついた。
一瞬の胸騒ぎに気を取られた時、太い蔦を踏み外し、その場でよろめいた。
「おわッ……!?」
声を漏らしながらも、私は踏み外した足を少し離れた場所に着き、何とか踏みとどまる。
あっぶな……ホント、この不安定な足場は意外と厄介だな。
ほんの少し気が逸れただけでこれだ。もっと用心しておかないと。
「こころ、どうした? 足でも捻ったか?」
すると、頭の後ろからそんな声がした。
私はすぐに姿勢を立て直し、「大丈夫だよ」と答えた。
「ちょっとよろめいただけ。怪我とかは全然」
「それなら良いが……何か考え事でもしておったのか?」
「ん? いや……」
何でも無い、と答えようとして、私は言葉を詰まらせた。
少し間を置いて、私は続けた。
「……ちょっと……胸騒ぎがして……」
「胸騒ぎ……? もしかして、船から下りた時に言っておったやつか?」
「……まぁ、感覚は似てる」
リートの言葉に、私は目を伏せつつそう答えた。
言われてみると、確かにこの胸騒ぎの感覚は、あの時感じたものと酷似していた。
胸の奥がざわつくような、嫌な感覚。
あの時の胸騒ぎは、てっきり林の心臓を手に入れる際に生じる獣人族とのいざこざや、宗教問題などによる障害への不安……私と似た境遇にあるティナとの遭遇を予感していたのではないかと、密かに思っていた。
しかし、こうして無事にダンジョンに入った今、不安要素は無くなったはずだと言うのに……その胸騒ぎは、前よりも酷くなっていた。
「てっきり獣人族のことを予感したのではないかと思っていたが……違ったということか?」
「それもあったかもしれない。……でも、あの時よりも、胸騒ぎはむしろ酷くなっているような気がして……だから──」
「お~い! お前ら何やってんだ~?」
だから、林の心臓を回収するのはもう少し後にした方が良いかもしれない……と言おうとした私の言葉は、フレアの声によって遮られた。
見ると、彼女は相変わらずリアスを肩車した状態のまま、こちらに向かって手を振っていた。
肩車されているリアスは、怒鳴るのにも疲れたのか、最早諦めたように目元を覆っている。
……リアスが肉弾戦以外でフレアに負けた瞬間なんて、初めて見たかもしれない。
「あ、あぁ……ごめん! すぐに行くよ!」
私はそう答えつつ、リートの体を背負い直し、三人の元に歩を進めた。
すると、ポンポンと軽く肩を叩かれた。
「さっき、何か言いかけておったであろう? 何て言おうとしておったのじゃ?」
耳元で、そう囁かれる。
彼女の吐息が耳をくすぐる感覚に息を詰まらせそうになったが、私はすぐに顔を背けつつ口を開いた。
「だから、その……用心しておいた方が良い、って言いたかったんだ。何が起こるか分からないからさ」
「ふむ……? まぁ、それもそうじゃな。……おい、フレア。流石にそろそろ下ろしてやれ。見ていて気の毒じゃ」
リートがフレアにそう注意する声を聴きながら、私は小さく笑った。
……大丈夫。きっと……大丈夫だ。
今の私には、絶対に守り抜きたい大好きな人と、頼りになる仲間達がいるのだから。




