013 心境の変化-クラスメイトside
翌日、朝日が昇り辺りが明るくなってくる頃に、一行はダンジョンへと出向いた。
メンバーは八人の生徒に加えて、道案内の為にクラインと、護衛として数名の騎士が付いてきていた。
襲ってくる魔物を倒しつつ、一同は無事ダンジョンがある崖の元までやって来た。
「……これはまた、綺麗に破壊されていますね……」
ダンジョンの出入り口となる洞窟の前に散乱する瓦礫を見て、クラインはそう呟いた。
その壊れ方は、老朽化による崩壊よりは、意図的な破壊に近かった。
しかし、クラインはそれ以上何も言わずに、一行を連れてダンジョンの中へと踏み入った。
「このダンジョンは、上層、中層、下層の三層に分かれています。皆様のレベルでは、今は中層までが限界です」
「つまり、中層までの所に生存者がいなければ、捜索は打ち切りということですか?」
「えぇ……そうなりますね」
柚子の質問に答えるクラインの言葉に、友子は僅かに表情を曇らせた。
──中層までの場所にこころちゃんがいなかったら……。
そんなことを考えたが、彼女はすぐに首を横に振ってそのマイナス思考を振り払った。
そして、昨日柚子に言われたことを思い出す。
友達である自分が信じなくてどうする。絶対に見つかると、信じなければならない。
「危ないッ!」
一人意気込んでいた時、柚子が声を張り上げた。
突然のことに友子は困惑しつつ、武器である矛を構えた。
直後、柚子が友子の頭を掴み、強引に下げさせた。
「おわッ!?」
驚きの声を上げる友子を無視して、柚子は自身の武器である盾で殴るように、襲い掛かって来た魔物にぶつけた。
まるでボールのような見た目をした魔物は盾にぶつかり、拉げながら距離を取る。
バウンドするように地面を跳ね、少ししてその魔物は四つん這いになった。
それは、アルマジロのような見た目をした魔物だった。
「や、山吹さん……ごめん……」
「謝るくらいなら、早く反撃をッ!」
柚子の言葉に頷き、友子は矛の柄を握り締めてアルマジロの元に駆けた。
すぐに矛を振り下ろして攻撃するも、アルマジロが瞬時に丸くなってしまったために、固い甲羅によって防がれる。
「ぐッ……!」
「最上さんッ!」
後ろから聴こえた花鈴の声に、友子はすぐにアルマジロに矛の刃を引っ掛け、声がした方向に向かってアルマジロを投げつけた。
するとそこでは、花鈴が自身の武器である二本の短刀を構えて待っていた。
「ナイス……!」
小さく呟くように言って笑い、花鈴は短刀に炎を纏わせた。
飛んでくるアルマジロにタイミングを合わせ、切りつける。
「ファイアナイフッ!」
叫びながら、アルマジロに攻撃する。
すると、攻撃された部分の甲羅が僅かに溶け、その痛みでアルマジロの体勢が僅かに崩れる。
花鈴はそれに小さく笑みを浮かべ、短刀を持った手を地面に付けた。
「真凛ッ! 後は頼んだ!」
叫びながら、逆立ちの要領で自身の体重を支え、両足でアルマジロをボールのように空中に蹴り上げた。
すると、ちょうど蹴り上げられたところに向けて弓矢を構える真凛がいた。
彼女は弓矢に風を纏わせ、蹴り上げられたアルマジロを見てニッと笑った。
──ドンピシャッ!
「トルネードアローッ!」
叫び、真凛は蹴り上げられたアルマジロに向かって竜巻を纏った矢を放つ。
それは真っ直ぐアルマジロの方に向かって行き、ちょうど花鈴が付けた火傷の箇所に矢が突き刺さる。
竜巻によって威力が増強された矢は、そのまま隙間を縫うように突き進み、固い甲羅を貫いてアルマジロの体に突き刺さる。
それでトドメになったようで、アルマジロの体はそのまま地面に落下し、ドシャッと鈍い音を立てた。
「いよっし! 流石真凛!」
「ナイスパス、花鈴」
互いを称え合いながら、花鈴と真凛はハイタッチをする。
その様子を横目に見ていた時、クラインが僅かに息を呑んだ。
「……もしかしたら、生存者はこの層にいるかもしれません」
「えッ!?」
「どういうことですか?」
驚く友子に続けて、柚子がそう尋ねる。
すると、クラインは指輪の魔力を辿る為の魔道具を見ながら、続けた。
「このダンジョンに来るまでは、生存者がこのダンジョンにいることしか分かりませんでした。……ですが、ここに来てからは、近くにいるからか魔力が辿りやすくなりまして……それによると、どうやら同じ層にいるらしいです」
「じゃ、じゃあ……この層を探せば……!」
友子の言葉に、クラインは小さく笑みを浮かべ、頷いた。
彼の反応に、友子は昂る気持ちを抑えながらも、拳を強く握り締めた。
──……もうすぐ、こころちゃんを見つけられるかもしれない。
そんな期待が、友子の胸を熱くする。
「最上さん」
友子の考えていることが分かったのか否か、柚子が僅かに表情を明るくしてそう名前を呼ぶ。
それに、友子は「うんっ!」と大きく頷いた。
二人のやり取りを見ていた真凛が「そういえば」と口を開いた。
「最上さんさ、なんていうか……スラスラ話せるようになったよね」
「……えっ?」
「あー、確かに。昨日の夕食前の時から、なんか元気になった感じする!」
真凛に続けて言う花鈴の言葉に、友子は「そ、そうかな……」と言いながら、前髪を弄る素振りをする。
しかし、ヘアピンで前髪を留めているために、その指は宙を掠めた。
その様子を見て、柚子は「そうだよ」と笑う。
「どういう心境の変化なのかは分からないけど、なんていうか……変わったよね」
「……だって、変わらないと……また、こころちゃんに迷惑掛けちゃうから」
友子はそう言いながら、服の裾を指で弄ぶ。
こころがこうして行方不明になったのは、そもそも自分のコミュニケーション能力が原因だから。
あの時……グループを作る時、強引にでもこころを止めておけば、こんな風になることは無かったかもしれない。
そもそも、こころが東雲のグループに入った理由にあるであろうイジメの原因は、自分にある。
自分が変わらなければ、仮にここでこころが見つかったとしても、意味が無い。
変わらなければ、またこころを危険な目に遭わせてしまう。
そんな考えが、友子に変化をもたらしたのだろう。
「……ねぇ、誰か来るよ」
その時、近くにいた圭が、通路の奥を見つめながらそう呟いた。
彼女の言葉に、その場にいた全員がその方向に注目する。
視線の先……通路の突き当たりの、右に曲がる角になっている場所。
コツ……コツ……コツ……。
足音、というよりは……何やら杖を突いているような乾いた音が、通路に反響する。
クラインはそれを聴いてすぐに魔道具を確認し、すぐに視線を音がする方に戻した。
「……生存者が、こちらに近付いて来ています」
「ッ……」
その言葉に、友子は僅かにその表情を強張らせた。
ゆっくりと近付いて来る音が、あの東雲のグループの内の、誰か。
──一体誰が……。
「……」
生存者であると知ると、柚子は僅かに深呼吸をして、ゆっくりとその通路の奥の方に向かった。
すると、花鈴が「柚子!」と名前を呼びながら、柚子を止めようとする。
しかし、柚子はそれに構うことなく、大股で歩いて行く。
彼女が曲がり角に差し掛かった時、こちらに近付いて来た影が曲がってきて、柚子にぶつかった。
「きゃッ……」
小さく聴こえた悲鳴に、友子は僅かに目を見開いた。
だって、その悲鳴の声は……こころのものではなかったから。
「……そん……な……」
まるで足元が崩れ落ちるような感覚を味わいながら、友子は、柚子が体を支えるその人を凝視した。
長い杖で自身の体重を支えながら、一糸纏わぬ裸体でこちらにゆっくりと歩いて来るのは……寺島葵だった。
---
次回からこころ視点に戻ります