133 戻りたい
「ティナちゃんは……これからどうしたい?」
私の投げ掛けた質問に、ティナはピクッと肩を震わせて顔を上げた。
すると、フレアが片方の手で作った拳をもう片方の掌に胸の前で打ち合わせるような動作を取り、「ンなの決まってんだろ」と口を開いた。
「族長とティナの兄貴と……その、ティナに酷いこと言うっていう獣人族の奴ら、皆まとめて俺等でぶっ飛ばせば良いじゃねぇか」
「馬鹿」
物騒な提案をするフレアに、すぐにリアスが端的に言いながら彼女の頭を軽く叩いた。
それに、フレアは頭を押さえながら「いった!?」と大袈裟な声を上げる。
彼女の反応に、リアスは腕を組んで溜息をつきつつ、口を開いた。
「そんなことできるわけないでしょ。ティナのことを良く思ってない獣人族がどれくらいいるかも分かってないのに……その人達を全員虐殺するつもり?」
「別に殺したはしねぇよ……ちゃんと手加減するって」
呆れた様子で言うリアスに、フレアは頭を押さえながら抗議する。
すると、それを聞いたアランが「えぇ~!」と不満そうな声を上げた。
「手加減するなんてつまんないじゃん~! どうせならめいっぱいやってやろ~よ~!」
「いや、流石に殺すのは色々とマズいだろ……あくまでちょっと懲らしめるくらいでだな……」
「どっちもダメに決まってるでしょう? 向こうには地の利もあるし、獣人族って皆身体能力も高いじゃない。それを大人数相手にして……多分、二人が思っている程上手くいかないわよ」
静かな声で窘めるように言うリアスに、フレアはどこか悔しそうに顔をしかめ、アランは不満そうに頬を膨らませていた。
三人のやり取りに、リートは無言で自分の額に手を当て、やれやれと言った様子で首を横に振った。
……まぁ、今後が思いやられる気持ちは分からなくもない……。
隣を見れば、ティナがぽかんと口を開けた状態で絶句していた。
フレアやアランの発言はあまりにも突飛で、驚くのも無理は無いだろう。
しかし、彼女の表情の理由はそれだけでは無いように感じた。
だって……──
「──ティナちゃんは……お父さんやお兄さんのことが嫌いってわけでは無いんだよね?」
その言葉は、無意識の内に口から零れた。
すると、ティナは驚いたような表情で顔を上げて私を見た。
「ニャッ、にゃんでそれを……!?」
「だって、会ったばかりの時に、真っ先に自分のことを“獣人族長の娘”って言ってたし……族長のことを憎んでいるのなら、そんな風に名乗らないと思ってさ。それに、今までの話の中でも、二人を責めるようなことはほとんど言わなかったよね? それって、本当は二人のことを嫌ってるわけではない……ってことでしょ?」
私の言葉に、ティナは僅かに頬を赤らめて目を伏せた。
……そう。
彼女は別に、家族のことを嫌っている訳では無いのだ。
それは、彼女の発言の節々から感じられた。
父親や兄から酷い扱いを受けていることに対しても、それを責めるようなことはほとんど言わず、どちらかと言うと自分のせいだと考えている発言が多かった。
好いているわけでも無いだろうが……少なくとも、ボコボコにされてしまえば良いとか、死んでしまえば良いと思えるほどでは無いのだと思う。
これは、なんとなく……私にも分かる。
私も、別に母のことを嫌っているわけではないから。
憎みたくても、恨みたくても……出来なかった。
どれだけ酷いことを言われて、冷たく扱われても……私の母親であることには、変わりないから。
血の繋がった……家族、だから……。
「……二人共、今みたいになる前は、凄く優しくしてくれていたニャン。父ちゃんは族長としての仕事もあって忙しそうだったのに、時間がある時はウチや兄ちゃんの相手を優先してくれたニャン。兄ちゃんも、昔はよく一緒に遊んでくれたニャン」
目を伏せたまま言いながら、ティナはグッと手を握りしめた。
少し間を置き、彼女は続ける。
「……確かに、今は二人共酷いこと言ってきたりするし、それで凄く悲しい気持ちになることはあるニャン。でも……死んで欲しい、とか……いなくなって欲しいって思うことは、無いニャン……昔みたいな……仲の良い家族に、戻りたいニャン……」
か細い声で言うティナに、私は静かに頷いた。
……そう言うのは、なんとなく分かっていた。
分かっていたからこそ……私は、それ以上答えられなかった。
力になりたいと言ったくせに、これからどうすれば良いか分からなかったから。
下手なことを言って引っ掻き回すわけにもいかないし……そもそも、部外者の私達に立ち入れるような問題では無いような気もする。
しかし、このまま放置するわけにもいかないし……。
「ふむ……一体どうしたものかのぅ……」
すると、リートがそんな風に呟いたのが聴こえた。
その言葉にハッとして顔を上げると、そこには顎に手を当てて考え込むリートの姿があった。
彼女の様子に驚いていると、アランが「はいはい!」と元気よく手を挙げた。
「じゃあさ、ティナちゃんのお父さんとお兄ちゃんに、ティナちゃんをイジメるのはダメ! って注意するのはどう?」
「あの二人がそんな素直に聞くと思う?」
「あー……じゃあ言うこと聞くまで殺さない程度にボコすとかは?」
「そんなことしたら余計に状況を悪化させるだけでしょ。馬鹿じゃないの?」
「冗談だっての……! ンな本気で返さなくっても良いだろ!?」
「あら、ごめんなさい。脳味噌が筋肉で出来てる貴方なら本気でやりそうだと思って」
「ンだと……!? じゃあお前には何か他に良い考えでもあんのかよ!?」
「それを今考えてるんじゃない。全く、結果を急ぎすぎないでよね」
「そんな下らん言い争いをしている場合か」
いつものように始まるフレアとリアスの口論……とも呼べない口喧嘩に、リートが呆れたように溜息をつきながらそう言った。
気付いたら当たり前のように始まっていた話し合いに、私は呆然と固まってしまった。
すると、リートが何を思ったのかパッとこちらを見て口を開いた。
「何じゃ、ボサッとして。お主も何か案を出さぬか」
「……えっ……?」
「えっ、では無いわ。ティナの力になるのでは無かったのか?」
「あ、いや、その、えっと……」
突然話を振られ、咄嗟に言葉が出てこず、挙動不審になってしまう。
私はしばし口ごもった後、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、口を開いた。
「いや……元々ティナの力になりたいって言うのは、私の我儘みたいな感じだったのに……皆、協力してくれるのか……と、思って……」
「そんなの当たり前であろう? お主一人でどうこうできる問題でもあるまいし……話だけ聞いて何もしないわけにもいかんじゃろう?」
当然のことのように答えるリートに、他の三人も頷いた。
彼女等の反応に、私は少し驚きつつも、「そっか……」と小さく呟いた。
そうか……当たり前、なのか……。
一人そんな風に納得していると、リートに軽く肩を叩かれた。
「しっかりせんか、全く……夜明けまでに、どうすれば良いのか考えるぞ? ……ほれ、ティナ。お主も何か案を出さんか」
「にゃぅッ!? そんな急に言われても困るニャ……!」
驚いた様子で声を上げるティナに笑っていた時、少し肩が軽くなったような感覚があることに気付く。
私が一人でティナの問題を何とかしないといけないと考えていたから、皆に頼るという考えなど微塵も沸かなかったし……皆がこうして協力してくれるなんて、思いもしなかった。
そういえば、自分の悩みを誰かに相談して協力してもらったことなんて、今までどれくらいあっただろうか。
一瞬、そんなことを考えて……すぐに振り払う。
今はそんなことを気にしている場合ではないし、気にする必要も無いから。