132 嫌う理由
この牢屋の中には電灯のようなものは無く、地下牢である為に窓も無い為、廊下を照らす松明の明かり以外にこの場所を照らすものは無い。
その為、この場所では昼夜関係無く、牢屋の中は全体的に薄暗かった。
多分今は夜中だろうか。ここに来たばかりの時に比べると、少し暗くなったように感じる。
しかし、今はむしろ丁度良かった。
牢屋の中が薄暗くなっているところに、リートの闇魔法の一種である幻を見せる魔法を重ねることで、牢屋の見張りをしている獣人からは私達が何もせず眠っているように見せることが出来た。
その魔法は魔力を加えることで音声の遮断も可能らしく、向こうには私達の会話を聞かれることも無い。
……私の我儘の為にここまでして貰って、少し申し訳ない。
しかし、形式的には、どうしても全員でティナの話を聞くことになってしまった。
本当は二人で話がしたかったのだが、流石にこの狭い牢屋の中ではどうしようもない部分もある。
こんな大人数で聞く話でも無いのだろうが、ティナの問題によって元々の作戦が上手くいかなかった部分もあるので、私達全員が全くの無関係というわけでもない。
ティナも納得しているみたいだし、このまま聞くことにした。
「……それで、ティナちゃんは……どうして、自分の家が嫌いなの……?」
牢屋の隅で縮こまるように座るティナの隣に腰を下ろしつつ、私はそう尋ねた。
それに、ティナは一瞬私の顔を見たが、すぐにフイッと目を背けて口を開いた。
「父ちゃんと、兄ちゃんに……嫌われてるから、ニャン……」
「……それは、どうして……?」
私の言葉に、ティナちゃんは膝を抱える両手に力を込めてさらに縮こまるような体勢になり、組んだ両手の中に顔を埋めるような形で目を伏せる。
しばしの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「獣人族は……代々、族長を務めるのは男であることが決まりニャン。……男の方が、力があるし、女よりも強いし……全ての獣人族を率いて、豊穣の神様を守るのに、向いてるから……」
「じゃあ、ティナちゃんは女だからってあんなに冷たくされてるの?」
どこかかき消えそうな声で言うティナに、アランが驚いた様子で聞き返す。
それに、ティナはすぐに顔を上げ、首を横に振りながら「そんなんじゃないニャ!」と言った。
しかし、すぐにグッと口を噤み、静かに目を逸らして続けた。
「……族長の子供は……男だったら、族長の後を継いで……女だったら、獣人族の中で、族長家と関係の深い金持ちの家に嫁ぐのが決まりらしいニャ」
ティナはそこまで言うと、自分の頭に手を当てた。
「でも、ウチはガサツだし、馬鹿だから……イイナズケ? とも、上手くいかなくて……色々、上手くいかなくて……出来損ないだって、言われて……」
「今みたいな扱いを受けるようになった、と?」
かき消えそうな声で言うティナの言葉を補うように、リアスが続ける。
すると、ティナは顔を上げてリアスの顔を見て、すぐにコクッと小さく頷いた。
なるほど……ティナが女だから族長を継ぐことも出来ないし、そのくせ彼女の性格が許婚とは反りが合わず、本来族長の娘としての使命である嫁ぎも上手くいっていないということか。
「今みたいに、邪魔者みたいに、扱われて……それが、段々と、町の人達にも伝わったみたいで……気付いた時には、ほとんどの人達が……ウチを、邪魔者みたいに扱うようになったニャン」
「町の人達が……ッ!?」
ティナが続けた言葉に、私はつい声を上げた。
家族だけじゃなくて、このベスティアの町の人間が、皆ティナに酷い態度を取るようになったのか!?
こんな小さな子供に……全員が……!?
予想だにしなかった思わぬ事実に、私は驚きのあまり言葉を失った。
いや……私の基準で捉えてしまったが、改めて考えてみれば、ティナは獣人族だ。
確かに、ベスティアの町自体は思っていたよりも大きい方だったが、そもそもこの町は森と濃霧に囲まれた閉ざされた世界の中にある。
この町の人間にとっては、同じ町に住む同じ種族の人々が世界の全てのようなものなのかもしれない。
加えて、獣人族は人族という共通の敵を持ち、林の心臓……豊穣の神という、共通で崇める神も存在する。
私が思っている以上に、獣人族間の関係は強く、深いのだろう。
そして、ティナの父親はそんな獣人族の長。
ティナの口振り的に、族長が町の人達に命令してやらせたというわけでは無いだろうが……族長のティナへの態度を見て人々は何かを察し、同じようにキツく当たるようになった、と言ったところか。
しかし、そうだとしても……家族以外からも、そんな扱いを受けるなんて……。
「……味方してくれる奴はおらんのか?」
言葉を失っている私を他所に、リートがそんな風に尋ねた。
すると、ティナはビクリと肩を震わせたが、少しして小さく口を開いた。
「か、母ちゃんは……優しく、してくれるニャン……」
「……えっ……」
「それに、町の人達も、全員が……ってわけでは無くて……中には、普通に接してくれたり、仲良くしてくれる人もいるニャン……!」
ハッキリと言い切るティナに、リートが無言で私を見てきた。
それに、私はつい目を逸らしてしまった。
……咄嗟に、声が出てしまった。
ティナの、母親は優しくしてくれるという言葉に……ショックを、受けたのか……?
どうしてだ? 私のように家族全員から疎外されているわけでも無ければ、母親に愛されているのは、良いことじゃないか。
どうしてショックを受ける必要がある?
……裏切られたとでも、思ったのか……?
勝手に自分と同じだと思っていたから……? 母に愛されなかった私と違って、ティナは母親から愛されていると知って……?
「……でも、母ちゃんも父ちゃんには強く言えないし、ウチのせいで母ちゃんが父ちゃんから色々言われることもあって……町でも、そんな感じで……家もこの町も、なんか居心地が悪くて、あまり好きじゃないニャン……」
一人思考を巡らせていた時、ティナがそんな風に続けた。
彼女の言葉に、私は顔を上げ、彼女の顔を見た。
……自分のせいで、別の誰かにまで迷惑が掛かる、か……。
私は今まで、完全に私の味方と言えるような存在がいなかったし、なんだかんだでそういう経験は無かった。
勝手にティナと私は似ているのではないか、なんて考えていたが……こうして見ると、私達の境遇は似ているようで全然違う。
境遇が似ているかもしれないからといって、力になれるなんて考えたのは、少し調子に乗りすぎたのかもしれない。
ティナにはティナの人生があるわけで、彼女の全てを理解することなど出来るわけも無いし、そのうえ力になるなんて……──いや、後ろ向きになったらダメだ。
わざわざ我儘言ってまで、ティナの力になるって決めたんだ。こんなことでへこたれている場合ではない。
私は軽く首を横に振って気持ちを切り替え、すぐに口を開いた。
「それが、ティナちゃんが、自分の家が嫌いって言った理由?」
「……まぁ、そんな感じニャン」
確認するように聞いてみると、ティナは目を伏せたまま、呟くように答えた。
話を聞いている時は少し感情的になってしまった部分もあったので、一度冷静になって、ティナの話を脳内で反芻してみる。
彼女が家族から厳しくされているのは、性別と……獣人族長の娘という立場故のしがらみから、か……。
どちらも、彼女自身にはどうしようもない問題。
こんな理不尽な理由で、家族からあんな扱いを受けるなんて……。
「じゃあ、わざわざ人族の町まで出てきていたのも……家や町の居心地が悪かったから?」
すると、リアスがそんな風に尋ねた。
彼女の言葉に、ティナはこくりと小さく頷いた。
それを見て、フレアは少し考えるような間を置いた後、ハッとしたような表情を浮かべて口を開いた。
「じゃあ、なんで人族から金をひったくったりしてたんだ? 別に、金に困ったりはしてないだろ?」
「……別に……ウチは辛い思いをしてるのに、昔獣人族を苦しめたっていう人族が幸せそうに暮らしているのを見て、なんかムカムカして……ちょっと迷惑掛けてやろうって思っただけニャン」
フイッと目を逸らしながら言うティナに、私は苦笑した。
まぁ、そこらへんはやっぱり子供っぽいというか、年相応というか……。
「昔から、人族が悪いって教えられてたから、嫌ってはいたニャン。……でも、農作業を頑張ってる姿とか見てると、人族も一生懸命生きてるんだって思ったニャン」
「それで、獣人族を怠けさせてる豊穣の神様は間違っている~……って思ったとか?」
聞き返すアランの言葉に、ティナはピクリと猫耳を震わせた。
しかし、彼女はすぐに首を横に振り、口を開いた。
「ウチは元から豊穣の神様のことは信じてないニャン。……父ちゃんや兄ちゃんから色々言われるようになった後、しばらくは豊穣の神様に祈った時もあったニャン。……でも、豊穣の神様はウチのことを助けてくれなかったニャン……!」
「……まぁ、妾の心臓じゃからな」
冷淡な声で切り返すリートに、ティナはグッと口を噤んだ。
それに、私はつい「リート」と窘めるように声を上げた。
いやまぁ、事実だけれども……空気というか……。
私は小さく嘆息しつつ、隣にいるティナに視線を向けた。
……まぁ、色々あったけど……彼女の事情は大体わかった。
家庭の中だけじゃなくて、町の人々全体が関わっている問題だったのは想定外だったが……味方してくれる人もいるらしいし、悪いことばかりでも無さそうだ。
ただ、彼女の事情を知っただけでは、まだ分からない部分がある。
私はティナを見つめたまま、口を開いた。
「ティナちゃんは……これからどうしたい?」




