123 ベスティアの町とは
宿屋にチェックインした私達は、二人部屋と三人部屋をそれぞれ一部屋ずつとった。
少ない荷物を纏めた後、私達はフレア達の泊まる三人部屋へと集まり、例の非常事態とやらについて聞くことになった。
三人部屋に五人で集まると少し狭かったが、テーブル等の家具を壁際に寄せて床に座ることで何とかなった。
「それで? 非常事態って、一体何があったの~?」
全員揃うなり、好奇心故に待ちきれなかったのか、アランが身を乗り出しながらそんな風に尋ねる。
彼女の言葉に、リアスは「そうね」と頷いた。
「色々と複雑な話だから……リート、地図を出してもらっても良いかしら?」
「ふむ……? 構わんぞ?」
リアスの言葉に、船酔いもすっかり治まり本調子を取り戻した様子のリートは、そう答えながら世界地図を取り出して広げる。
それを見てリアスは「ありがとう」と答え、地図の右上にある大陸の一番左端にある国を指さした。
「まず、私達がいるのが、このトソーシンっていう国。……それで、次に目指している心臓があるのが……──」
リアスはそう言いながら指を動かし、トソーシン国の隣にある国をトンと指さした。
「──ここ。デンティ国にある町、ベスティア。そこまでは良いわね」
「うむ。構わん」
リアスの言葉に、リートは頷く。
それに、私はリアスの指さした町を覗き込んだ。
ベスティアという町はデンティ国内の北端寄りの場所に位置しており、面積はそこまで広くなさそうだ。
「で、ここからが本題なんだけどよ。実はさっきスタルト車を取りに行った時に、どっかの商人の話が聴こえてな……どうやらこの町は、獣人族の住処になっているらしい」
「……獣人族?」
フレアの言葉に咄嗟に聞き返すと、彼女は私の顔を見て「あぁ」と呟いた。
「こころは知らねぇか。獣人族っつーのは、まぁ……言葉のままの意味だな。獣みたいな見た目をした人間のことだ」
フレアの言葉に、私は異世界モノでよく見た同名の種族のことを思い出した。
彼女の説明から察するに、恐らく私の知っているような、半獣半人の種族のことを言っていると考えて良いだろう。
獣人族というのは、大体の場合は、ケモ耳と尻尾が生えたような見た目をしている。
基本的に異世界モノはネットで無料の小説を読んだことしか無かったから、正確な見た目までは分からないけど……。
「獣人族……確か、奴隷や家畜として飼われている種族じゃったか?」
「それはどうやら二百年前までのことで、今は、一応は共存関係にあるらしいわ。……獣人族の話をしていた商人の人達に色々と話を聞いたんだけど、私達人族はともかく、獣人族は過去の歴史から人族を忌み嫌っていて、ある種の敵対意識を持っているみたいなのよね」
「それに、今でも獣人族を奴隷にしたがる輩はいるみたいで、裏ではそういう奴らの為に獣人族を攫って売り捌いている奴らもいるらしいぜ」
リアスの言葉に続けるように言うフレアに、私はなるほどな、と内心で呟いた。
まぁ奴隷の紋様なんてものが当たり前のように存在する世界だし、奴隷文化は根付いているのだろう。
私の見たことある異世界モノでも、獣人族のような種族は大体奴隷として好まれやすい傾向にあるし、そういった歴史があるのは不思議ではない。
大抵は、貴族に獣人族の見た目を好んで観賞用にしたがる層が一定数いたり、獣故に優れた身体能力を労働力として利用している場合が多い。
今はそうではないとしても、過去にそういった遺恨があり、未だに敵対心を抱いてしまうのは……どこの世界も同じか。
「だから、表面上は一応共存関係ではあるけど、実際は冷戦状態ってところかしら。獣人族は過去の遺恨から人族を嫌ってるし、人族も獣人族に対して差別意識を持っている部分がある、と」
「なるほど……種族間の問題は、確かに色々と面倒じゃな」
そう呟くリートに、私は僅かに目を伏せた。
確かに、種族間の問題は、私達ではどうしようもない部分はある。
そうなってくると、リアスやアランの時よりも厄介ではあるな。
二人の時は心臓がある町には普通に入れたし、そもそも人族同士だったから、種族だけで敵対視されるようなことも無かったし。
「でも、それならベスティアの町に入って強引にダンジョンに入っちゃえば良いんじゃないの? いきなり攻め込んじゃえば、獣人族でも反応出来ないでしょ?」
すると、アランが不思議そうな表情でそう聞いた。
かなり力業ではあるが、正直それが手っ取り早いような気もする。
力量差はあるだろうし、不意打ちに成功すれば……。
「いいえ、それは無理よ」
納得しかけていた私の考えは、リアスの言葉によって打ち砕かれる。
彼女の言葉に、アランは「えぇ~! なんでぇ~!?」と不満そうに言った。
それに、リアスはピッと人差し指を立てた。
「まず、聞いた話だと、ベスティアの周りにはかなりの木が生い茂っていて密林状態になっているみたい。しかも、かなり木々が密集した状態になっているらしくて、スタルト車で攻め込むのは難しいと思うわ」
「密林……林の心臓の効果か」
リアスの言葉に、リートが呟くように答えた。
彼女の言葉に、リアスは一度頷き、「えぇ、きっとね」と答える。
林の心臓……今私達が探している心臓か。
林属性は主に木や植物を使った魔法だから、その効果で密林状態になっている、ということか……。
そんな風に納得していると、リアスは二本目の指を立てた。
「二つ目の理由は、林の中は視界もままならない程の濃霧で満たされているらしくて、普通の人間は一歩でも迷い込んだら二度と森からは出られない……なんて言われているらしいの」
「俺達は心臓の場所が分かるから迷うことはねぇと思うが、スタルト車も使えない上にそんな状況じゃ、不意打ちどころか逆に俺達の接近に気付かれて返り討ちにされる可能性の方がたけぇんだ。……ホラ、獣人族って嗅覚とか視覚とか……俺達人族よりもたけぇからな」
リアスに続けるように言うフレアに、私は小さく唇を噛みしめた。
確かに、そんな中で不意打ちは難しいか。
返り討ちに遭っても、フレアとアランが問答無用で薙ぎ倒していきそうではあるけど、獣人族との正面衝突は流石に避けた方が良い。
「まぁ、全部私が教えたことだけどね」
「……うっせ」
どこか茶化すように言うリアスに、フレアはどこか吐き捨てるように、不満そうに言った。
……まぁ、アランでも思いつくようなことだし、この話を聞いた時にでもフレアがリアスに提案したのだろう。
で、さっきフレアが説明したようなことをリアスが話して論破した……と……。
それに、リートは「喧嘩するなら後にしろ」と釘を刺した。
「それより、他の理由じゃ。その口振り的に、他にもあるのであろう?」
「……話が早くて有難いわね」
リアスはそう言うと、三本目の指を立てる。
「三つ目。この二つの理由だけでもかなり厄介だけど、正直、これが一番手強いわね」
「え、何々~?」
興味津々と言った様子で聞くアランに、リアスは小さく溜息をついて続けた。
「獣人族がベスティアに住んでる理由の一つとして、この町では、農作物が普通以上に豊富に採れるらしいの。この理由……何だか分かる?」
「……林の心臓の効果……?」
咄嗟に浮かんだ答えを口にすると、リアスは小さく笑みを浮かべて「正解」と答えた。
それからの説明によると、リアスの考察では、ノワールが獣人族相手に交渉して心臓をベスティアの地に封印したとは考えにくいらしい。
推測の域は出ないが、獣人族が移り住んだ場所が、偶然林の心臓の魔力が干渉した地域だった可能性が高いのだとか。
「……そして、五感が優れた獣人族だからこそ……豊富な自然環境の原因が、ダンジョンの奥にある林の心臓であることに気付いたんでしょうね」
「……何……?」
リアスの言葉に、リートがピクリと肩を震わせ、僅かに反応を示した。
しかし、それを無視して、リアスは続けた。
「……獣人族達は、豊かな自然環境の要因である林の心臓を……豊穣の神として崇め始めたの」
「……まさかッ……」
「今、林の心臓のあるダンジョンは……豊穣の神の住まう祠として、厳重に保護されているらしいわ」
リアスの言葉に、私は静かに息を呑んだ。
種族間の問題に、地理的不利に……宗教問題。
これはまた、かなり厄介なことになったな……と、私は心の中で呟いた。




