115 好きになってはいけない人
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「ッかぁ~! 生き返る~!」
店員が持ってきた水を一気飲みしたフレアは、嬉しそうにそう言うと空になったコップをガンッとテーブルに置いた。
フレア、リアス、アランの三人は、リートに頼まれた買い物を終えて、とある喫茶店で休息を取っていた。
まるで男のようなガサツな態度を取るフレアに、リアスは呆れた様子で溜息をつき、口を開く。
「行儀が悪いわねぇ……外でくらいもう少し行儀よくしたらどうなの?」
「あぁ? こっちはずっと荷物持ちさせられて疲れてんだよ。文句言うなら自分で持てよ」
フレアはそう言いながら、隣の席に置いた荷物をクイッと親指で示した。
そこには、リートに頼まれた物資が詰め込まれた大きな紙袋が置かれており、見た目だけでもかなりの重量があることが分かった。
リアスはその袋をチラッと一瞥すると、すぐにフレアに視線を戻した。
「嫌よ。私は貴方と違って腕力無いもの」
「ハッ、非力~」
「筋肉にしか取り柄のないどっかの猿よりはマシよ」
「あ゛ぁ゛ッ!?」
「ねーねー、何かデザート食べちゃダメ~?」
本日の買い物の中でそろそろ二桁を超えそうな二人の争いを他所に、店のメニューを見ていたアランがリアスにそう問いかけた。
それに、リアスは視線をアランの持つメニューに向けた。
見ると、この店のメニューはドリンクやスイーツなどの種類が多く、結構色々あるみたいだった。
値段もそこまで高くなく、少しくらいなら許容出来そうな範囲だ。
「そうねぇ……そこまで高くないものなら良いわよ」
「本当!? やったぁ~」
ブラブラと足を揺らしながら嬉しそうにメニューを見つめるアランに、リアスは頬杖をついてメニューを見る。
折角なので、自分も何か頼んでみようと思ったのだ。
今自分達が持っている金は基本的にリートが管理しているものであり、言ってみればこれはリートの財布のようなもの。
本人は現在こころの看病という一番美味しいポジションをちゃっかり勝ち取り、物資の買い出しという都合の良い口実を使って二人きりの時間を作っている。
彼女の金で多少好き勝手するくらい、許されても良いはずだ。
──……まぁ、大人数で寄ってたかって看病してもこころの体には悪いでしょうし、物資が必要なのは本当みたいだけど。
内心で呟きながら、リアスはフレアにずっと運ばせた購入物を一瞥した。
「へぇ、確かに色々あんだな~。何頼もう」
「何言ってるのよ。貴方は水だけで十分でしょ?」
メニューを覗き込んでくるフレアに、リアスはそう言いながら、まだ半分程水が残っている自分のコップを差し出す。
すると、フレアは「酷くね!?」と声を荒げる。
それを見て、アランはケラケラと楽しそうに笑った。
「あっはは! ホント二人って仲いいよね~」
「「良くないッ!」」
「えぇ~?」
声を揃えて否定するフレアとリアスに、アランは訝しむような声を発する。
それに、フレアは大きく溜息をつき、ビシッとリアスを指さして続けた。
「だぁれがこんな性悪女と仲良くなんてするか。いっつも人をイラつかせるような癇に障ることしか言わねぇしよぉ。ったく、こんな奴に好かれるこころが可哀想だぜ」
「その言葉、ソックリそのまま返すわよ。こっちこそ貴方なんかと仲良くなんて死んでも嫌。短気で脳筋で乱暴でガサツで……理由なんて、上げたらキリが無いもの。こんな人に好かれて、こころも本当に苦労人よね」
「俺が短気なんじゃなくてお前が怒らせるようなことしか言わねぇんじゃねぇか」
「私が性格悪いんじゃなくて貴方があまりにも馬鹿過ぎるだけよ」
バチバチと、二人の間に火花が散るのを感じる。
今は人の目がある為に手こそ出てないものの、普段ならすでに殴り合いの喧嘩が始まっていてもおかしくない。
込み上げてくる怒りを押し殺すように、フレアはリアスが差し出してきていたコップを取り、中に入っていた水をグイッと一気に飲み干す。
その様子を見て、アランは「ふぅ~ん」と小さく呟いた。
「二人って、ホントにこころちゃんのことが好きなんだねぇ」
「……はぁッ!?」
「な、何よ急に!」
思いもよらぬ一言に、二人は途端に動揺を露わにする。
それに、アランは顎に指を当てながら続けた。
「だって、二人共喧嘩の最中でもこころちゃんのこと口にしてたし……ホントに大好きなんだな~って」
「……まぁ、否定はしないけどよ」
アランの言葉に、フレアは赤らんだ顔を隠すように目を逸らしながら吐き捨てるように言った。
リアスはリアスで、気まずさを誤魔化すようにコップを手に取り口を付ける……が、フレアが先程一気飲みした為に、中身は空っぽだった。
コトッと無言でコップを置くリアスを横目に見つつ、アランは両手で頬杖をつきながら続けた。
「でも分かんないな~。だって、こころちゃんってリートちゃんのこと好きでしょ?」
「「……」」
サラッと言い放つアランに、二人は引きつったような表情でアランの顔を見つめた。
二人の様子に気付いているのか否か、アランは頬杖をついてメニューに視線を落としながら続けた。
「リートちゃんもこころちゃんのこと好きだし、すでにあの二人は両想いで成立してるじゃん。それなのに二人揃ってこころちゃんのこと好きでいるなんて……虚しくないの?」
「……結構ズバズバ言うな、お前……」
不思議そうに聞くアランに、フレアは頬を引きつらせながらそう言った。
それに、リアスも少し驚いていたが、すぐに小さく息をついて続けた。
「こういうのは理屈じゃないのよ。そうやって割り切れたら、苦労してないの」
「……ふーん……?」
「分かってないだろ」
首を傾げながら言うアランに、フレアはそうツッコミを入れた。
それに、アランは「よく分かんなぁい」と言いながら足をブラブラと揺らした。
すると、フレアは苦笑するように小さく笑い、続けた。
「俺だって分かんねぇよ。しかし、まぁ……好きになった奴が別の奴と両想いだからって諦められる程、恋っつーモンは単純じゃねぇってことだ」
フレアはそう言うと頭の後ろで手を組み、背凭れに背中を預けた。
それに、リアスはクスリと小さく笑みを浮かべ、「そうね」と続けた。
「貴方と意見が合うのは癪だけど、こればかりは私も同意するわ。……それに、両想いではあるけど、あくまで両片想い。付き合ってるわけじゃないし、幾らでも略奪は可能よ」
「……凄いなぁ」
リアスの言葉に、アランはポツリと小さく呟くように言う。
その声色には、純粋な感嘆の感情が詰まっていた。
彼女にあるのは、あくまでダンジョンに封印されるまでのリートの記憶と三百年間ダンジョンの奥深くで暮らしていた時の記憶のみで、恋をした記憶は無かった。
リートの記憶から、あくまで知識として知っている部分はあるが、そこに情動が伴わない。
しかも、二人が恋している相手は、すでに別の人に恋している人。
知識でしか恋愛感情を知らないアランにとって、二人の感情は少し理解し難い部分があった。
──確かにこころちゃんは悪い人ではなさそうだし、どっちかと言うと良い人そうだし、背が高くて顔も綺麗だし、それなのに抜けてる所はあるけどそこはちょっと可愛いなと思うし、リートちゃんへの態度を見てると付き合ったら面白そうな人だなぁとは思うけど……。
「んん~~~……とりあえず何か頼も! お腹すいた!」
熱くなる顔を誤魔化すように俯きながら言い、アランは広げたメニューを覗き込んだ。
確かに、こころという人間には二人が心酔する程の魅力があるかもしれない。
しかし、すでに他の相手に恋していることが分かっている人を好きになるなど、自分が傷付くだけだ。
こころと行動を共にするようになって長いらしい二人ならばまだ可能性はあるかもしれないが、まだ一緒に行動するようになったばかりの自分ではあまりにも分が悪い。
だからこそ、こころを好きになってはならない。
そう、頭では理解しているのに……──
「──……なんか変だ……」
気付けばメニューを見ながら何やら言い争っているリアスとフレアを横目に見つつ、アランは小さく呟いた。
その声は、隣から聴こえる喧騒に掻き消された。