104 花鈴と真凛の話①
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花鈴と真凛は、生まれた時からソックリな双子だった。
身長、体重、その他諸々の身体的な数値が恐ろしい程に一致しており、顔なんて左右対称な泣きぼくろ以外は瓜二つだった。
成長して物心がついてくると、食べ物の好き嫌いから様々な好み、性格までもがソックリになっていった。
好きなものも嫌いなものも同じで、性格も一緒な二人は当然他の誰よりも気が合い、小さい頃から常に二人で行動していた。
両親は仲の良い娘達を微笑ましく思い、二人共に平等に愛を注いで可愛がった。
しかし、小学生になると二人はクラスがバラバラになり、それぞれのクラスで友達が出来始めた。
今まで二人が片割れ以外の人間と関わる機会は少なかった為、初めて出来た友達に戸惑いながらも、徐々に二人はそれぞれのコミュニティを築くようになっていった。
関わる友人の違いから、二人の性格にも少しずつ違いが現れ始めた。
花鈴は明るくよく笑う天真爛漫な性格になり、真凛は落ち着いた感じの大人びた性格になった。
だが、学年が上がってクラスが変わると、それぞれの友人が二人を間違えるようになり始めた。
最初は些細な問題だと気にしないようにしていたが、自分にとっては大切な友人が何度も自分と片割れを間違えるのは、徐々に堪えるようになっていった。
それだけでなく、双子ということで事あるごとに纏めて扱われるようになった。
学力や運動神経等の能力もほとんど同じである為、比べられることこそ無いものの、まるで二人が同一人物であるかのように扱う者が少しずつ増えていった。
主に教師や関わりの少ないクラスメイトなどが多かったが、たまにある程度接点のある互いの友人がそう言った扱いをすることもあった。
周りの人間の態度の反動か、二人の性格の差は増々大きくなった。
まるで自分達は違う人間だと云わんばかりに、性格や服装など、様々な部分で二人は互いに違いを作るようになった。
しかし、二人がどれだけ変化しても、そもそも顔や背格好はほとんど同じ。
多少回数が減っても、周りの人間の態度が完全に変わることは無かった。
年月を経るにつれて、徐々に他人にとっての自分の価値に疑問を抱くようになり、次第に片割れ以外の人間とクラスメイト以上の関わりを持つことを避けるようになった。
互いに違いを作ることも億劫になり、高学年に上がる頃には、幼い頃のように髪型から服装までソックリに揃えるようになった。
別にまた二人で揃えようと示し合わせたわけでは無いが、元々好みは似通っている為、意識せずに服装を揃えると容姿はほとんどソックリなものになった。
そんなこんなで年月は過ぎ、二人は中学生になり、伊勢中学校という学校に入学した。
中学生になると制服を着るようになり、別の小学校から入学してきた生徒も増え、二人が間違われたり纏めて扱われたりする頻度は小学校以上に増えた。
しかし、その頃には、二人は周りの人間に期待することを止めていた。
多少接点の多い人間とは軽い友人として親しくはするが、完全に心を開くことは無かった。
山吹柚子は、五十音順で並んでいる出席番号で真凛の後に並ぶ、学級委員長を務める生徒だった。
彼女は背が低く童顔で、見た目自体はかなり幼い。
出席番号の近さから、二人は何度か会話をしたことがあった。
話してみると、見た目に反して性格はしっかりしていて、どちらかと言うと大人っぽい印象が強かった。
見た目と中身のギャップが良く、彼女自身の社交性の高さもあり、入学してから彼女はすぐにクラスの中心的人物になっていた。
二人は、当初は柚子のことをそれほど意識はしていなかった。
出席番号の近さからそれなりに接点がある程度の、少し親しいだけのクラスメイト。
柚子には他に親しい友人がおり、互いにそれ以上親しくなろうとすることは無かった。
三人が友人関係を築くようになるきっかけは、本当に些細なものだった。
それは、ある日の昼休憩のこと。
「望月さん」
前後の机を付け合わせて弁当を食べていた二人に、柚子がそう声を掛けた。
それに二人が顔を上げると、柚子は「あっ、ごめん」と小さく謝りつつ、花鈴の方に視線を向けた。
「望月花鈴さんの方に用があるんだけど」
「……私?」
自分を指さしながら聞き返す花鈴に、柚子は小さく頷いて続けた。
「担任の永瀬先生が、数学の課題が望月花鈴さんだけまだ出てないから早急に出すように、って」
「課題……あぁ! まだやってない!」
思い出したように言う花鈴に、真凛は呆れた様子で「馬鹿」と小さく呟いて唐揚げを口に含んだ。
その様子に、柚子は困ったような笑みを浮かべつつ、「忘れない内に早く出してね」と言って自分の席に行った。
彼女は鞄から弁当箱を取り出すと、離れた席で弁当を食べている友人の元に向かった。
「……ッぁぁぁあああ……すっかり忘れてたぁ……」
花鈴はそう呻きながら、頭を抱えて机に突っ伏した。
彼女の様子に、真凛は口に含んでいた唐揚げを飲み込むと、呆れた様子で大きく溜息をついた。
「なんでそういう肝心なこと忘れるのよ。すでに性格が馬鹿なのに、頭まで馬鹿になっちゃった?」
「そんなに馬鹿馬鹿言わないでよ! 本当に馬鹿になっちゃうじゃん!」
「すでに馬鹿じゃない」
「違うもん! 大体……」
そこまで言って、花鈴は何かに気付いたようなハッとした表情を浮かべた。
突然押し黙る花鈴に、真凛は不思議そうに首を傾げつつ、口を開いた。
「……花鈴? どうかした?」
「……山吹さん……私達のこと見分けてなかった?」
「えっ……?」
「だって、さっき私のこと見て、普通に望月花鈴さんって呼んでたよ!?」
「……そういえば……」
花鈴の言葉に、真凛は先程の会話を思い出した。
──確かに、山吹さんは同じ苗字で反応した私を一瞥することはあったけど、望月さんと呼んだ時も望月花鈴さんと呼んだ時も花鈴だけを見ていた。
──まるで、花鈴が花鈴であるということに確信を持っているような……。
「……偶然でしょ」
真凛は吐き捨てるように言うと、ミートボールを箸で摘まんで口に含んだ。
素っ気ない言葉に、花鈴は「えぇ~?」と不満そうに言った。
「そんな感じしなかったけどな~……確信持ってる感じだったし?」
「元々あの人は堂々とした人じゃない。大体、今まで完璧に私達を見分けられた人がどれだけいた?」
「……お父さんとお母さん!」
「両親以外」
一刀両断するように言う真凛に、花鈴は顎に手を当てて考え込む。
真凛はそれに嘆息し、頬杖をついた。
その時、ふととあることを思いつき、「あっ」と小さく声を発した。
彼女の様子に、花鈴は目を丸くして「真凛?」と聞き返した。
「……そんなに気になるなら、山吹さんを試してみよっか」
真凛はそう言いつつ、離れた席で弁当を食べる柚子に視線を向けた。
彼女の言葉に、花鈴は「試す?」と聞き返す。
それに、真凛は軽く手招きをして「耳貸してみ」と言った。
花鈴がそれに言われた通りに耳を傾けると、真凛は両手をメガホンのようにして身を乗り出し、思いついたことを話した。
彼女の言葉に、花鈴はパッと目を丸くして口を開いた。
「それ凄く良い! ……でも、ちょっと意地悪じゃない?」
「意地悪なくらいが丁度良いよ。……それに、これが成功すれば、本当に山吹さんが私達を見分けられてるってことになるでしょ?」
「だからって……真凛は容赦無いなぁ」
どこか悪戯っぽく笑いながら言う真凛に、花鈴はどこか呆れた様子でそう呟いた。
真凛の作戦は、放課後に決行することとなった。




