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102 矛盾-クラスメイトside

「だから……寺島さんを殺したの?」


 友子の目を真っ直ぐ見つめながら、柚子は、静かな声でそう言った。

 それに、友子は瞳孔の開いた目で柚子を見つめ返す。


「どうして……それを……」


 掠れた声で聞き返す友子に、柚子は僅かに息を呑んだ。

 しばらくの間、二人の間に静寂が流れる。

 廊下や窓の外からは相変わらず騒音が聴こえてきていたが、今の二人には気にならなかった。


『最上さんは、なんで……』


 その時、友子の脳裏に、ラシルスの宿屋で柚子が何かを言いかけていた時の記憶が過ぎる。

 ──あの時は何を言いかけていたのか分からなかったけど……なるほど、そういうことか……。

 内心で呟いた友子は、静かに目を細めた。

 ──最上さんは、なんで……寺島さんを殺したの? か……。


「……確証は無かったよ」


 すると、ようやく柚子が、静寂を破るように言った。

 彼女は友子の目を見て続けた。


「まぁ、単純な話……寺島さんを殺す程の理由を持っている人間が、最上さんしかいなかったから」

「……それもそうか。私は寺島さん達に苛められていたから……」

「今更そんな嘘つかなくても良いよ」


 遮るように言う柚子に、友子は目を丸くして顔を上げた。

 それに、柚子は続けた。


「さっき、自分で言ってたじゃない。自分と猪瀬さんの邪魔をする奴等は殺してやる、って……」

「……まさか、最初から気付いて……」

「まぁ、イジメの復讐の可能性も少しはあるかと思っていたけど……最上さんの普段の発言とか聞いてたら、猪瀬さんの仇討ちだった可能性の方が断然高いよね」


 平然とした様子で言う柚子に、友子は口ごもる。

 しかし、そこでとある矛盾に気付き、すぐに口を開いた。


「私が寺島さんを殺したことに気付いていたなら……どうしてあの時、私を庇ったの?」


 あの時……友子が寺島葵を殺した翌日に、遺体が発見された部屋にて、集まったクラスメイトを前に柚子は……皆に疑われていた友子を庇ったのだ。

 友子は夜の間ずっと自分と話していたから、アリバイはある。友子は白だ……と。


「確かに、前日の夜を私達は一緒に過ごしていた。……けど、山吹さんが私の所に来た時は、大分遅い時間だった。……山吹さんが来るまでの間に寺島さんを殺すなんて、簡単な程に」

「……」

「山吹さんが気付いていないだけだ、って思ってたけど……私が寺島さんを殺したことに気付いていたなら、なんで嘘をついてまで、私を庇ったの……?」

「……私はね、最上さん」


 静かな声で言いながら、柚子は髪を耳に掛け、友子の目を真っ直ぐ見つめた。

 目が合うと、彼女は静かに笑みを返し、続けた。


「日本に帰れれば……何でもいいの」

「……え……?」

「言ったでしょ? 私には、日本に残してきた妹達がいる。……最上さんにとっての猪瀬さんくらい、大切な存在なの」

「それって……妹さんのこと……」

「あぁ、いや、恋愛感情では無いよ」

「……」


 遮るように言う柚子に、友子はすぐに口を噤んだ。

 自分の勘違いが何だか申し訳なくて、そのまま目を逸らす。

 それに柚子はクスリと小さく笑い、「でも」と続けた。


「それ以上に、妹達には幸せになって欲しいし、その為ならどんなことでも出来るよ。……もし、猪瀬さんの立場が私の妹だったら……私も、最上さんと同じことをしていたと思う」


 柚子はそう言うと顔を上げて友子の目を見つめ、優しく笑った。


「最上さん言ったよね? 自分を大切にしろ、って。だから、私は自分のしたいことを優先することにしたの。……妹の元に帰りたいという、自分の願いを」

「……」

「私が日本に帰る為には、魔女を殺すことが一番の近道。……でもね、クラスの皆には、それは出来ないと思う」

「……どうして?」

「皆には人を殺す度胸なんて無いから」


 堂々と言い切る柚子の言葉に、友子は僅かに眉を顰めた。

 それに、柚子は小さく笑い、続けた。


「魔女を殺せば日本に帰れるって理屈は理解していても、人って理屈でどうにかなるものでは無いでしょう? 今は相手が魔物だから何とかなっているかもしれないけど……心臓の守り人や魔女みたいに、見た目が人間と同じになると話は別。仮に殺せたとしても、その後長い間罪悪感に蝕まれてしまう」

「……でも、寺島さんを殺して平然と日常生活を過ごしていた最上さんは別?」


 冗談めかしたような口調で言う友子に、柚子は「そういうこと」と答えた。


「本当は私一人で戦いたいよ? けど、私の力では、どう頑張っても魔女や心臓の守り人を殺すことなんてできない。……最低でも一人、魔女を躊躇なく殺せる存在が必要なの」

「……だから、私を見逃した、と?」


 聞き返す友子に、柚子は頷いた。


「まぁ、最上さんが猪瀬さんの死をきっかけにそのまま戦意喪失する可能性もあったし、何より他の皆に手を掛ける可能性もゼロでは無かったからね。監視も兼ねて、ずっと行動は共にさせて貰っていたけど……魔女を殺す気満々みたいで安心したよ」


 そう言って、柚子は笑みを浮かべた。

 先程までと同じ笑顔のはずなのに、それはどこか冷たく、暗い印象のあるものだった。

 柚子はその笑みを絶やさずにソッと左手を伸ばし、友子に向かって差し出した。


「ねぇ、最上さん。……私と手を組もうよ」

「……何……?」

「さっきも言った通り、私は最上さんに魔女を殺して欲しくてずっと見逃していた。それに、最上さんだって魔女を殺したいって、自分の口で言っていたじゃない。私達、利害は一致すると思わない?」


 柚子の言葉に、友子は差し出された手と柚子の顔を交互に見た。

 答えを渋っている様子の友子に、柚子は続けた。


「別に、難しいことでは無いよ。最上さんは今まで通り、猪瀬さんのことだけ考えてレベルを上げて、思う存分心臓の守り人でも魔女でも殺してくれれば良い。ただ、必要な時は私の言うことを聞いて貰う。……寺島さんの時みたいに、暴走されたくないからね」

「……」


 柚子の言葉に、友子はしばし考える。

 かなり濁した言い方をしているが、必要な時は言うことを聞いて貰う、という条件がかなり重要なのではないだろうか。

 そこを重視してみると、色々と柚子の言葉の意味は変わってくるのではないだろうか。

 熟考する様子の友子に、柚子はすぐに続けた。


「言っておくけど、最上さんに拒否権は無いからね?」

「……どういう意味?」

「もしもここで私の提案を拒絶したら、私はクラスの皆に、最上さんが寺島さんを殺したってことを言いふらすよ。……私の為に動いてくれない最上さんを見逃す理由は無いでしょ?」


 悪びれることなく言う柚子に、友子はヒクッと頬を引きつらせた。

 すると、柚子は「それに」と続けた。


「最上さんだって、余計な面倒事は増やしたくないでしょ? 私が皆に寺島さんのことを伝えれば、きっと皆は最上さんのことを責め立てて……下手したら、この城を追い出されるかもね」

「……脅してるの?」

「違うよ。交渉してるだけ」


 笑みを絶やさずに言う柚子に、友子はさらに頬を引きつらせる。

 交渉だのと宣っているが、ここで友子が断ったとしても柚子に大したデメリットは無い。

 現時点でクラスメイト達に魔女達を殺すことは出来ないというだけの話で、もしも友子が断れば、他のクラスメイト達が魔女達を殺せるようにすれば良い話。

 あくまで、友子に魔女を殺させるのが一番手っ取り早いというだけの話だ。

 最初から、公平な立場などでは無い。……一方的な脅しのようなものだった。

 しかも、最初に拒否権は無いと宣言している時点で、ほとんど脅迫のようなものだ。


『奴隷に拒否権は無いぞ』


 その時、窓からこころを連れ出した魔女の言葉が、友子の脳裏をよぎる。

 ──奴隷に拒否権は無い、か……。

 内心で呟いた友子は、自嘲するように小さく笑った。


「最上さん……?」

「つまり、山吹さんは私を奴隷にしたいってこと?」


 ポツリと呟くように言う友子に、柚子はキョトンとした表情を浮かべて「え……?」と聞き返した。

 友子は続ける。


「魔女がこころちゃんに言ってたの。奴隷に拒否権は無い、って。……拒否権が無くて、自分の言うことを聞けって言ってる時点で、奴隷になって欲しいって言っているようなものじゃない?」

「そ、そんなことないよ……! 私は……!」

「手を組む、交渉……なんて綺麗な言葉で濁さないで、ハッキリ言えば良いじゃない。私が日本に帰る為に、私の命令を聞いて魔女を殺す奴隷になって、って」

「……」


 友子の言葉に、柚子は言葉を詰まらせて目を逸らした。

 彼女の言葉は、自分がギリギリの部分で隠していた心の汚い部分を無造作に触れているかのようだった。

 そう。柚子が欲しいのは、友達でも無ければ公平な立場の仲間でも無い。

 日本に帰る為に……大切な妹の元に帰る為に、自分の代わりに魔女を殺してくれる、矛となる存在。

 自分の手となり足となり、思うがままに動いてくれる……奴隷のような存在だった。

 しかし、辛うじて残っていた柚子の良心が、それを認めようとしていなかった。

 友子の弱みを握り、脅すような真似をしていながら……手を組むだけだと、交渉しているだけだと、自分の汚い考えを正当化していた。


「……山吹さんって、そういう所あるよね」


 すると、友子がそんな風に口を開いた。

 突然の言葉に柚子が顔を上げると、友子はジッと柚子の目を見つめたまま、続けた。


「日本にいた頃から、私のイジメのことすら知らないくせに、良い人ぶってリーダーぶって……この世界に来てからも、口を開けばクラスメイトの心配や妹のことばかりで……気持ち悪いと思ってた」


 友子はそう言いながら、ゆっくりと柚子に近付いて行く。

 距離が縮まると、二人の十センチ近い身長差が明瞭になり、完全に友子が柚子を見下ろす形になる。

 しかし、柚子はそれにグッと唇を噛みしめ、負けじと友子の目を見つめ返す。

 それに、友子は小さく息をつき、続けた。


「今だって、私のことを脅すようなことを言っておきながら、まだ良い人ぶろうとして……ホント、そういう所嫌い」


 静かな声で続けられたその言葉に、柚子は目を見開いた。

 しかし、すぐにギリッと歯ぎしりをして、口を開く。


「最上さんに……私の何が分かるの?」


 明らかに怒気を孕んだ声で言う柚子に、友子は僅かに目を丸くした。

 すると、柚子は自分の胸に手を当てて服を握り締め、続けた。


「私はッ……妹達を守らないといけないのッ! 妹達には私しかいないから、私が手本にならないと……良い人じゃないといけないんだよッ! 成績は常に上位で、学級委員長として皆を引っ張る優等生でいなければならないのッ!」


 堰を切ったように、感情が溢れ出す。

 柚子は続ける。


「私だって最上さんのこと嫌いだよッ! 大体、嫌いじゃなかったらそもそもこんな提案してないッ! ……東雲さん達が死んで、これからどうやってクラスの皆を奮い立たせようって悩んでる時に殺人事件なんて起こしてッ……花鈴や真凛とはギスギスするし、猪瀬さんが来た途端急に可愛い子ぶってッ……少しは周りのことも考えてよッ! ……奴隷? そうだね。いっそ奴隷になってもらった方が清々するかも。こっちの気も知らないで好き勝手されるよりも、奴隷になって私の言うことを聞いて動いてもらった方がまだマシだよッ!」

「……それが、山吹さんの本音?」


 静かな声で聞き返す友子に、柚子は自分の胸から手を離し、「そうだね」と答えながらその手を下ろした。

 それから、どこか疲れたような目で友子の目を見つめ、微笑を浮かべて続けた。


「……どう? 大嫌いな私の汚い一面が見られて、少しは満足した?」

「……皆に好かれる学級委員長の意外な一面が見られてビックリしたかな」


 心にも思っていないような平坦な口調で答える友子に、柚子は僅かに目を細め、「そっか」と呟いた。


「でも……嫌いじゃない」


 その後に続いた友子の言葉に、柚子は驚いた表情で友子の顔を見た。

 彼女の反応に、友子は小さく笑って続けた。


「ずっと、視野の狭い偽善者だと思ってたけど……意外と人間臭い部分があるんだな、って……一周回って、少しだけ好感が持てるよ」


 友子の言葉に、柚子は眉を顰めた。

 それに、友子は続けた。


「だから……こころちゃんを救って、日本に帰るまでの間なら……良いよ」

「……良い、って……」

「山吹さんの奴隷になる」


 続いたその言葉に、柚子は目を見開いた。

 友子はそれに、「一応、利害は一致するから」と続け、柚子に手を差し出した。

 柚子はそれに驚いた反応をしていたが、すぐに息を吐くように笑い、その手を握った。


「……じゃあ、交渉成立」


 柚子の言葉に、友子は静かにその手を握り返した。

 自分の大切な人を守りたい柚子と、自分とこころの邪魔をする者を殺したい友子。

 大切な人を守る為の盾と、自分に害を成す存在を殺す為の矛。

 一見すると矛盾した願いを持つ二人が、この時初めて、奴隷と主人という歪な形で結ばれた。

 例え互いのことを嫌悪していたとしても、双方の敵が同じなら、二人がぶつかり合う必要は無いのだから。


 先程までは眩いくらいに綺麗だった満月には、今では僅かに雲が掛かっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  やっぱ殺伐とした雰囲気は落ち着くと同時にワクワクするな。 [気になる点]  ・何でそこまで妹にこだわるんだろう?   ・でもあなた寺島殺した事バラしたら庇った事もバレるのでどのみち信頼…
[一言] はっきり言います。こういう歪な関係の百合めっちゃ好きです。ここにきて生まれたもう一組の「主人」と「奴隷」。矛盾という言葉との組み合わせも美しいですね。 常識人枠だと思ってた柚子の口から独善的…
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